野良猫と野良犬と血統書付きの犬
人権がまだ発明されていない時代。
メンタルも当たり前ですが現代日本人とは違いますのでご注意ください。
フランスのお城巡りした時にですね、川いうか堀と言うか、とにかく水の上に建物が割と多くてですね。うん。で、穴が開いてるんですよ。建物に。
「妃の子が死産だったり、女の子だったりしたら、ここから捨てて流して、近くに生まれた子(愛人の子だったり親族の子だったり)を実子として届ける」で、「後日(次の子が生まれたりなんなりしたら)病気で儚くなってもらう」みたいなのをしれっと話されて「中世後期の貴族もなかなかにやべぇな」って思ったものです。人権はともかくすでにキリスト教は成立してたはずですがね……。
でもうっかり丈夫に育ってうっかり家督を継いじゃった子もいるかもしれない。と考えると、歴史の面白さと同時に血筋なんてどこまでほんとかわかんないんだろうな。と言うね。
可愛らしい少女だった。
下位貴族出身の少女で、天真爛漫な生来な明るさと、人好きする笑顔。人の心の痛みに寄り添える、心優しい少女だった。
日ごろから何かと腹の探り合いをしていた高位貴族の男子生徒たちは、そんな彼女に癒やしと安らぎを覚え、気が付けば彼女を特別に思うようになっていたのだ。
だがある日突然、少女は姿を消した。
まるで、初めからそんな少女はここにはいなかったというように。忽然と。
彼女の存在を特別に思っていた男子生徒は驚いて彼女の行方を捜そうとしたが、彼女の存在はまるで煙のように消えてしまった。
彼女と同じ学園の生徒や彼女と同じクラスだった生徒に彼女のことを聞いても、誰もが口をそろえて言う。
「そのような女子生徒ははじめからいませんでした」
そんなはずはないと、彼女の行方を追う男子生徒の中でも一番高位な生徒、この国の王太子は自身の婚約者である公爵令嬢に詰め寄った。
彼女が何度か少女に接触したという話を聞いていたからだ。
「そうは言われましても、婚約者がいる男子生徒にあまりふしだらな接触はしない方がよろしいと通告、警告した女子生徒は他にもおりますので、それが誰か……などは」
高位貴族令嬢の嗜みとして、主だった貴族の関係者の名前と顔は頭に叩き込んである公爵令嬢はそう言って小首をかしげた。
それ以外は公爵令嬢にとっては記憶している意味もない十把一絡げの有象無象だ。一時名を知っても、それ以上は覚えている価値もない。
ゆえに、婚約者である王太子に、ファム・アセスルと言う男爵令嬢を知っているか、お前が声をかけたことがあると言われても全く分からなかった。
対して、王太子は、自分と少女との心温まる交流を「ふしだら」と言われて頭に血が上っていた。
公爵令嬢であるアデリーナは、幼いころから王太子の婚約者だった。
現宰相を務めている公爵の娘で、公爵家令嬢に、王太子の婚約者にふさわしい教養と美しさと所作を持つ、典型的な貴族令嬢である。
だが、王太子にとってはいつの頃か、彼女と一緒にいると息苦しさを感じて仕方がなかった。喉が締め付けられるような、真綿で首を絞められていくような、そんな息苦しさだ。
それが、ファムと言う少女と一緒にいるときだけは感じなかった。自分が自分らしくいられるようで、楽に息が出来ていた。
だからこそ、ファムとの時間が王太子にとって大事だったのだ。
その彼女が突然姿を消した。しかも自身の婚約者が関わっているかもしれない。王太子は義憤に駆られて自身の婚約者に詰め寄ったのだ。
「殿下は、たしか、南に個人的な別荘をお持ちでしたわよね? 美しい白い薔薇の庭園のある」
「あ、あぁ」
公爵令嬢、アデリーナは突然自身を訪ねてきた王太子の主張なのか世迷いごとかわからない発言を一通り聞いた後、突然そう尋ねた。
まったく関係のない問いに、王太子は戸惑いながらもうなずいた。十五になったときに、父親である国王から下賜された小さな別荘だ。
「もし、もしもの話ですわよ? 殿下が雌の犬を飼っているとします。美しい毛並みの、血統のいい、犬です。王族が飼うのにふさわしい犬ですわ」
「何を言って」
「もしも、の、話ですわ。ご想像なさった?」
「…………あぁ」
妙に押しの強いアデリーナの言葉に、王太子は頷いた。そんなことよりもファムの行方を確認したかったのだが、彼女の前では強く言えない。
あの奇妙な息苦しさが、王太子を襲う。
「殿下がその雌犬を連れて、南の別荘へ遊びに行きました。美しい白いバラ咲き誇る美しい庭園で美しい犬がはしゃぎ、走る。それはそれ美しい光景ですわね」
「……そうだな」
「そこに野良犬がやってきます。汚れて、薄汚い雄の野良犬です。あろうことかその野良犬は、美しい庭園のあちこちを我が物顔で歩き回り、粗相をし、あまつさえ美しい雌犬に襲い掛かろうとする。殿下はその野良犬をどうしますか?」
「……屋敷の外に放り出すように命じるな」
彼女に言われるままに想像していた美しい光景に、突然薄汚い野良犬が現れ、王太子は思わず眉をひそめながら告げる。
アデリーナは微笑みながら頷いた。
「えぇ、そうですわね。たかが野良犬のすることですから、言って聞くような相手でもありません。ですがその野良犬はこともあろうとも追い出されても追い出されても庭園に入ってきて雌犬に発情するんです。さらに雌犬もほだされて来たのか受け入れかける始末。殿下はどうなさります? 野良犬を受け入れます? それとももっと遠くに捨てに行きますか?」
「いや………」
王太子は首を振る。王家に飼われるほどの犬だ。どこかの貴族の献上品である可能性がある。そんな犬が、どこのものとも知れない野良犬と番になりました。などと報告できるわけがない。
受け入れられるわけがない。かと言って何度追い払ってもやってくるとなれば。
「私ならさっさと野良犬を処分させますわ。たかが野良犬一匹。大した手間も損失もありませんもの。まぁ町で野良犬をかわいがっている存在がいるかもしれませんが、躾もまともにできなかったんですもの、知らないうちに処分されても仕方がないというもの。
可愛がるのならきちんと首輪をつけて、躾けておかなければいけませんわね?」
それが飼い主の責任と言うものですわ。と言うアデリーナの言っていることは正しい。だが、今話題にするべき話ではないだろう。
王太子が知りたいのは、ファムと言う少女の行方だ。
「……何が言いたい。貴女の言っていることは意味が分からない」
「おや、まだわかりませんか? そうそう、美しいと言えば学園の庭園もなかなかのものでしょう? ですが最近まで野良猫が徘徊しておりまして、しかも発情期に入ってしまったようであちこちでうるさくてうるさくて」
「なにを……」
他の高位貴族からも苦情が出ていたんですよ。と、アデリーナは憂いを込めた表情でため息をつく。
王太子はそのような話は聞いていない。と、再び話の行方が分からなくなったように戸惑った。だが続くアデリーナの言葉にようやく意味を理解した。
「ですがようやく最近になって始末されたようでして。これで静かになりますわ」
「アデリーナ! 貴様!」
王太子は激昂したように声を荒らげ、立ち上がった。そんな彼を前にして、アデリーナは小首をかしげる。
「殿下、どうなさりました? そのように声を荒げて」
「アデリーナ、貴様ファムに何をした!」
怒鳴りつける王太子に、アデリーナはそっとため息をついた。
「おかしなことをおっしゃいますわ。私は何もしておりませんし、私が今しましたのは学園にいた野良猫のお話ですわよ? それに、処分したのは学園の職員でしょうし」
そのような欺瞞を、と言いかけたところで王太子は気がついた。
アデリーナは「他の高位貴族からも苦情があった」と言っていたのだ。つまり、少女を疎ましく思っていたのはアデリーナだけではない。いや、もはやそういう問題ではないのだろう。
そもそも、関わっているのがアデリーナ、彼女だけならば学園の生徒がことごとく「そんな生徒はいなかった」などと答えるわけがない。
そのことに気がついた王太子は、崩れ落ちるようにソファに座り込んだ。そんな婚約者を公爵令嬢は痛ましそうに見つめる。
そんな婚約者の視線に、王太子は思わず自身の口元、いや、喉を抑えた。今まで感じたことがない程の息苦しさが、彼を襲う。
「そんなにショックを受けて……殿下は猫がお好きでしたのね? それでしたら今度私がプレゼントいたしますわ。王家にふさわしい、きちんと躾けられた美しい猫を」
そう言って婚約者は美しく微笑んだ。王太子にはその微笑みが、獲物を腹いっぱい食べて、満足そうな肉食動物のように思えて仕方がなかった。
「……ファムは……いや、その野良猫はそんなに生徒の迷惑になっていたのかい?」
「えぇそのようで。声につられて気がそぞろになっていた生徒もいたようですから、そちらのご実家からも学園に申し出があったのでは?」
学園はやはり学ぶことが一番大事ですから、野良猫に迂闊に手を出して、引っ掻かれたり、そこから傷が膿んだりしたら一大事ですものね。
大事なご子息を預かっている学園側も早急に対応したのでしょう。
そう言って婚約者は微笑む。その美しい笑みには一切の負の感情は感じられない。ただ事実のみを告げているのだとわかった。
だからこそ、そうか。と、婚約者の言葉に、王太子は小さくうなずいたのだ。
その日から、私は学園から消えたファムの行方を追うのはやめた。生きているのか、死んでいるのか。どちらにしろ、彼女が私の前に現れることは二度とないだろう。
彼女の実家であるアセスルでは当家にそのような年ごろの娘はいなかったの一点張り。もし当家の名を持つ者が学園に通っていたとしても、それはアセスル家には一切関係がない、名を騙った痴れ者だと言い切ったのだ。
そして、同じように手を引いた男子生徒はそのまま学園を卒業し、そうでない男子生徒はやはりいつの間にか学園から姿を消していた。病気療養だったり、婿入りだったりと様々ではあるが、全員が共通して貴族の名を失ったということだ。
「さぁ殿下、まいりましょう」
今日も私の婚約者が私の隣でほほ笑む。
とうの昔に私は気がついていた。かつて、彼女が私に語ったもしもの話。あの話でいたのは雌の犬だった。だが本当は―――――。
――美しい毛並みの、血統のいい、犬です。王族が飼うのにふさわしい犬。
見目のいい、血統がいいだけの王太子。
そうだ。私はとっくに気が付いていたのだ。父が、陛下が貴族たちの傀儡に等しいことは。国の運営は、宰相が、貴族が実権を握り、私たち王族はただのお飾りでしかない。
もしくは、何かあった時に簡単に挿げ替えられる人形の首。
または、民衆の怒りや憎しみを受けるための贄。
そうでなければ飼い主に逆らわないように、よく躾けられた犬だ。
「殿下」
婚約者が美しく微笑む。
息が詰まる。
昔から彼女を前にしていると感じた息苦しさ。
その理由が今ならわかる。この息苦しさは――。
私につけられた、見えない首輪の苦しさだ。
ふと、悪役令嬢ものやざまぁってある程度人権に配慮してるんだよな。と。
いや書いてるの日本人だし、転生者の場合は中身も日本人なので染み付いてるんでしょうけど。
ちゃんと言い聞かせようとしたりとか、してるんですよね。大抵は。
最初に抹殺とか、殺処分とかが出てこない。平和。
排除しようとしても家に帰らせようとしたりとか、家で躾けなおしますとか、修道院とか。
うん、まぁ、そこまでしてやる価値も意味も公爵令嬢からしたらないのでサクッと処分してしまえ。と言うコンセプトでした。
公爵令嬢と男爵令嬢が同じ土俵に立つことなんぞありえん。って言う。
男爵令嬢のことはヒトとは思ってないです。野良猫です。そして高位貴族の感覚を今の現代の感覚に照らし合わせるとハエを一匹叩き殺した程度の感覚で書いてみました。罪悪感なんてないです。
台所を飛び回るハエが叩きつぶされたのを見て「ハエがかわいそう」と真剣に思う人はあんまりいないんじゃなかろうか。
いや、お気に入りを重用しすぎて国が滅びた例は過去にもいろいろありますけど、まだ王太子だからね。うん。
貴族の力が強い国。と言うことにしましたので、既得権益を損ねる可能性のある異分子は早々に排除されました。
また王子が名前出てこなかったんですが、まぁうん、そういうことです。
ちなみに令嬢が王子に用意すると言った猫は「遊びたいならこっちが相手用意してやるから余計なところで胤を振りまくじゃねーよ」という忠告です。血統管理、大事。(やりすぎると前作みたいな世界になりそうですが)
男子生徒がやらかした話が続いたんで、次は女子生徒がやらかす話でも……。
アデリーナ
現宰相を務めている公爵家の令嬢。幼いころからの王太子の婚約者である。
貴族令嬢として幼いころから躾けられ、教育され、王太子妃として学んでいるごく普通の貴族令嬢。
ノール王子
第一王子にして王太子。アデリーナの婚約者。
学園で初恋モドキを経験したけどあっさり潰された。貴族怖い、婚約者怖い、逆らわんとこ。となったある意味ヘタレ。
たぶん少女に対しても肉欲と言うよりは気が楽と言うか、おぎゃりたかっただけで、彼自身も彼女とどうこうなるつもりは(今のところは)あんまりなかった。
野良猫がうるさかったから処分しました。って言われた「あっちゃーそっかー」と思った程度には彼も王族なのです。
貴族たちの顔色を伺いながら、それでもつつがなく王権を維持。たぶん死因は胃癌とか胃潰瘍とかその辺。彼の肖像画は胃のあたりを手で押さえているポーズが多く残されているという。
ファム
男爵令嬢。実は転生者だったかもしれない典型的なお花畑少女。
ハーレムルート! と、あちこちで高位貴族の男子生徒に粉をかけた結果、サクッと殺処分された。
日本のような人権がないということをいまいち理解していなかったための悲劇である。もしかしたら生きているかもしれないが、社会的には死んでいる。