鉄樹開花
アニメやゲームとは違う現実での爆発。
動画やTVニュースでしか知らなかったその音を聞くのも、巨大な火柱が上がる様を見るのも。生では初体験の咲也には、どこか非現実的に思えた。
火柱はすぐ収まったが、出火元の双腕重機ボガバンテはその後もごうごうと燃え、もくもくと黒煙を噴きだしている。
ボガバンテの位置と自分たちのいる場所とは距離があったため直接的な被害はなかったが、熱気はここまで伝わってくる。映像では感じなかったその熱が、これは現実だと告げている。
それでも咲也はまだ夢かと疑った。
だってボガバンテの燃料に引火した原因は明らかに車体を外から裂かれたことで。それをやったと思しき機械の虎が、いつのまにかボガバンテの傍に現れているなんて。
(ありえない……!)
頭の形、全身の黄色に黒の縞柄から虎を模していると分かる、四足歩行ロボット。機甲虎とでも言うべきそれは、生身の虎よりずっと大きい。こんな物はアニメなどの中だけの存在のはず。
自分の好きな搭乗式巨大人型ロボット兵器が実現するか知りたくて現実のロボットの開発状況を調べた経験から、咲也はなおさらそう思った。
スタイルが良すぎる。
現代のロボットはどこの物も、言っては悪いがもっとダサい。技術的に機能と美観を両立させられず、機能を優先した結果だ。
だがこの機甲虎にはその歪さが感じられない。本当にロボットアニメに出てくる、物理的制約に縛られずにデザインされたロボットのよう。だから──
ガォォォォッ‼
口を大きく開けた機甲虎が吼えると同時に、その喉の奥から炎を吐いた。まるでファンタジーの竜のように。
炎は咲也の、周囲の生徒たちの頭上を越えて、背後にあった建物の壁を撃った。たちまち引火し、建物が燃えはじめる。
ウワァァァ‼
生徒たちの悲鳴。咲也は我に返った。もう現実味がどうとか考えている場合じゃない。これが常陸 建 機の演出なはずもない!
『皆さん、こちらへ‼』
「列になって避難を‼」
その証拠にここの工場長のお爺さんと、ボガバンテを運転していた相馬 小次郎 少年、常陸建機の関係者たちは生徒たちと教師らの避難誘導を始めている。
「「「邪魔だ! どけェ‼」」」
だが教師3人が指示を無視して一目散に走りだした。進路を塞ぐ、教師が守るべき生徒たちをはね飛ばしながら。それに憤ったのを引金に、生徒たちも完全にパニックになった。
「あんの、腐れ先公どもがァ‼」
「地獄に落ちろォ‼」
『皆さん慌てずに! 慌てずに!』
咲也はその恐慌に自分も呑まれていないか自信はなかったが、なにがあっても常磐・六花・小兎子と4人で無事に逃げることを最優先に考える、それだけは忘れまいと己に言い聞かせた。
「みんな、僕たちも!」
「ああ!」「「うん!」」
「僕はみんなを見失わないように最後尾を走る! みんなは絶対に後ろを振りむかないで、前だけ見て走って! いいね⁉」
「心得た!」「「分かった!」」
常磐・六花・小兎子のあとに続いて咲也も走りだした。その直前、機甲虎が巨体に似合わぬ跳躍力でどこかへ跳びさっていくのが視界の端に映った。
こちらを追ってきてはいない。
人間自体は標的にしないのか。
もっとも人間には火事だけでも充分な脅威だ。早く逃げねば。工場敷地内の建物のあいだの路地をひた走る。その周囲の建物も燃えている。もう辺りは火の海だ。
(燃えるの、早すぎない⁉)
最初に引火した建物から、あまりに離れた位置からも火の手が上がっているのを見て、咲也は確信した。あの機甲虎、放火して回っている!
(冗談じゃないよ‼)
道理で火の回りが早いわけだ。今や逃げる先にも炎が見える、これではいつになったら安全な所へ逃げきれるのか分からない!
「「はっ、はっ!」」
息を切らして前を走る六花と小兎子が、後ろ姿からも怯えているのが分かって痛ましい。励ましたいが、背後から声をかけて2人の気を散らしたくない。
前に集中していないと走る速度が落ちて、それだけ逃げ遅れる危険が増す。後ろを振りかえるなと言ったのもそのためだ。後ろから来る他の避難者と衝突する可能性も高くなるし。
「ついて来てるか!」
「「「うん!」」」
前を向いたまま自分と女子2人の安否を確認した常磐の声も、震えていた。当然だ、いつも頼もしい常磐だって超人じゃない。
火事なんて、みんな初めてだ!
ましてや、あんな機械の化物!
自分も。好きな人型ではないとはいえアニメのようなロボットが現れた、こんな場面に遭遇すれば喜ぶ人種だと思っていたが、いざ実現したら少しも嬉しくない。
大切な人たちを失うかも知れない恐怖でそれどころじゃない!
(3人を、守らなきゃ‼)
そう気を張っていても、ジワジワと不安がにじんでくる。周囲の悲鳴、バチバチと火の爆ぜる音、肌を炙る熱気、噴きだす汗、乾く喉、もつれる足──ドンッ‼
「⁉」
咲也は声もなく転んだ。踏んばりが効かなかったのもあるが、直接の原因は誰かの手に横から肩を押されたからだ。
後ろから走ってきた誰かが振った腕にたまたま当たった、ではなく。明確に、こちらを転ばせようと押してきたのが力の伝わりかたから分かった。
走りさるその人物と、その隣のもう1人が一瞬こちらを振りかえった。7月7日に六花をイジメていたところを自分がやりこめた男子2人組──2人とも、ニヤニヤと笑っていた。
(あいつらぁ!)
逆恨みの仕返し、にしたってこんな状況で! 自分たちのしたことが相手の命を奪いかねないと分かってないのか⁉
胸が悪くなるが、今は奴らに構っている暇などない。後ろで自分が転んだことにも気づいていない3人に早く追いつかな──
ガラガラガラッ‼
横から倒れこんできた、崩れた壁の残骸が、咲也の眼前の通路を塞いだ。それだけならアスレチックの要領で登って越えるが、残骸が炎上していては近寄れもしない。
「……は?」
気づけば咲也は常磐・六花・小兎子はおろか、他の生徒たち全員からもはぐれ、たった1人、燃える残骸のこちら側に取り残されていた。携帯電話はバスの中、誰にも連絡は取れない。
「なに、コレ」
本当はもう分かっている。
でも分かりたくなかった。
六花をトラックから救い、そのあとイジメからも救ったことで、すっかり舞いあがっていた。立花 咲也はヒーローだ、人を助ける側の存在だと。
だから、カッコつけて──
《僕はみんなを見失わないように最後尾を走る! 3人は絶対に後ろを振りむかないで、前だけ見て走って! いいね⁉》
なんて言ったせいで。
はぐれても気づいてもらえなかった。
自分で種を蒔いていては世話がない。
とんだ間抜け。
運良く2回、六花を助けられたからって、なにを自信過剰になっていた。こんな状況に対処する訓練なんて受けたことのない、ただの11歳の子供が。
3人のことは心配だが、そちらは常磐がいてくれるから大丈夫と信じる他、もう自分にできることはない。
それより自分の身を守らないと、生きて3人と再会できな──それを意識してしまったら、もう駄目だった。
「あ、アーッ‼」
自分は助ける側なんかじゃない。
火事場で逃げ遅れた、要救助者。
「死にたくない、シニタクナイ、しにたくない‼」
3人が死んでしまうかもという恐怖に抗う中で、無意識に頭から追いやっていた自分が死ぬ可能性への恐怖に、とうとう咲也は捕まった。
「だったら動け、僕‼」
この道はもう通れない。来た道を戻って迂回するしかない。どういう構造かも知らない敷地内で、自力で逃げられる道を探しながら。
そんなの無理と思いながらも、やるしかないと、咲也は踵を返して駆けだした。そして死に物狂いで走りまわり──
迷った。
複雑な構造はしていないのかも知れないが、炎で通行不能になっている箇所があちこちにあるために、工場敷地内はすっかり迷路と化していた。
「ふッ、ざけんなァァ‼」
いつしか咲也は建物の中に入っていた。通りぬけられるルートを見つけなければ燃える建物に閉じこめられると分っていても、目の前の火から逃げるにはいったん入るしかなかった。
理科の実験室のような場所だった。
床がツルツルで、清潔感があって。
ただ小学校の理科実験室よりずっと広く、また机でぎっしり占められてもいない。代わりに咲也にはなにか分からない様々な機材が置かれており……その奥に、それは立っていた。
……。
……。
咲也は夢遊病者のようにフラフラと、そちらへ歩いていった。もう走る力がないのもあるが、本当に夢を見ている気分だ。
人型ロボットだった。
全身は明るい緑色で、金色に縁取りがされている。両眼に見えるライトは黄色く点灯している。頭の左右から後ろ向きに伸びるアンテナが、どことなく東洋龍を思わせる。
高さは目測で……4mほど? 搭乗式では小さいほう。バスの中で常磐と話した、大型車両に積めるギリギリの大きさ。また、7月7日に見た夢の中で乗っていたのもこれくらいだった。
そういう、自分の愛する、ロボットアニメに出てくるような、搭乗式巨大人型ロボット兵器そのものに見えた。つまり機甲虎と同じく、現代の物としてはカッコ良すぎる。
アニメの主人公機でも通じる。
シルエットは人のより縦に潰れて横に伸びた印象だが、数多の創作上のロボットには、こういう体型も珍しくない。
(常陸の……?)
ここにあるのだから常陸建機か、違っても同じ常陸グループの会社が作ったはず。常陸建機製のボガバンテとは毛色が違うが、同じ社内でも開発者が違えばそういうこともあるだろう。
この手のロボットの開発状況は常にネットで調べているので、自分が知らなかったということは未公表の機体だろう。まだ世間に見せるほどの完成度ではない? とてもそうは見えないが。
(考えても分からないや。今はそれより)
この部屋の端のほうの火もどんどん広がっている。命の危機はもうそこまで迫っている。けど、これが期待どおりの代物なら。
少し火に当たっただけで壊れはしないし、中まで火は通らない。これに乗って動かせれば炎の壁を突破して避難できる。
咲也はロボットの傍に到着し、そのすぐ横の昇降台を昇った。機体の肩の高さから、全身に比して小ぶりな頭部を見下ろす。
「あった……!」
頭部の根元、首周りの装甲の前側が、少し浮きあがっていた。中に通じる出入口、しかも開いている! その縁にアルファベットが刻まれていた。
【BLOOM】……ブルーム。
こいつの名前?
確証はないが今はそう思おう。
ガチャッ‼
咲也が縁を掴んで引っぱると、頭部を乗せたハッチは背中側を支点にガバッと持ちあがった。開いた穴の下に座席が見える。
咲也は両脚を穴へ下ろし、座面を踏んで慎重に中に入りながら頭上のハッチを閉め、窮屈さに難儀しながら座席につき、両脚を前に下ろした。
「ああ……ッ!」
そこは夢にまで見たロボットの操縦室だった。それも、創作で様々に描かれるコクピットの中でも咲也が一番好きなタイプそっくりで、本当にあの日の夢で見たまんまでもあった。
四角い箱型の空間。
座席の前・左右・上の壁をモニターが覆い、機外の景色を映しだしている。正面モニターの下には計器類の並ぶコンソールパネル。
座席の左右にはグリップが左右横向きの操縦桿らしきレバー。グリップを握った時、親指で押す位置に複数のボタン、人差指で引く位置にトリガーがついている。
サブモニターに隠れて見えないが、両足の足裏にペダルを踏んだ感触がある。これも左右一対、同サイズ。
「完璧、だ‼」
なんだよ常陸、こういうのもあるんじゃないか!
この入出力装置はボガバンテのようなマスタースレーブ方式には対応していない。手元のレバーと足元のペダルだけで操縦する方式のもの!
自分がずっとずっとロボットを操縦したいと思っていたのは、こういうインターフェースでだ‼
「動かせる!」
ハッチは開きっぱなしだった。モニターの電源もついたまま。コンソールパネルには車のキーらしきものも刺さったまま、エンジンはかかっているはず。
さっきまで試験でもしていたのか誰か乗っていて、火事になって機体をそのままに逃げたということだろう。これならすぐ動かせる。咲也は実物は初めて見る6点式シートベルトを締めた。
「よし、行こう、ブルーム‼」
機体に意気揚々と声をかけ、左右のレバーを握っていざ発進──と思ったところで、咲也はピタリと固まった。
「コレ、どうやんの⁉」
この2つのレバーと、2つのペダルを。どう操作すると、ブルームはどう動くのかが。つまり操縦方法が、分らなかった。