反躬自省
急に現れた誰かに殴りとばされ、咲也は舗装された地面に転がった。幸い頭は打たなかったが体中を擦りむいて痛い、それ以上に殴られた頬が痛い!
「リッカ‼」「立花くん‼」「立花‼」
常磐、六花、小兎子の声。心配してもらえる嬉しさと心配をかけた申しわけなさに胸が痛んだ。遠巻きに見ている他の生徒たちも騒然としている。
「なんだお前は‼」
常磐が咲也を殴った人物に殴りかかった。大人なみの長身で筋肉質な体から繰りだされた拳が相手の頬に突きささり、拍子にそいつのかぶっていたヘルメットが落ちる。
ヘルメットが作る陰に隠れていた顔が露わになり、咲也は息を呑んだ。作業着姿のその男は常磐ほどの身長で大人だと思っていたが、顔つきを見ると自分たちと大差ない年齢と思われた。
見ない顔、同じ学校の生徒ではない。
今は常磐に殴られた頬を腫らしているが、結構な美形だった。自分のような女顔とは違う、男らしい精悍な面構え。鋭い眼光で常磐を見すえ──殴りかかりながら。
「オレの名は、相馬 小次郎‼」
バキィッ‼ 小次郎と名乗った少年に頬を殴られ、常磐が少しよろめいた。小次郎は身長こそ常磐と同程度だが、細身で筋肉量は常磐ほどではないように見える。それでもあの威力。
「名前など訊いていない‼」
常磐が殴りかえす。だが今度は小次郎はまともには食らわず、その拳を両腕でガードした。その動き、体格差を覆して常磐をよろめかせた拳打、小次郎には格闘技の心得があるのではと思えた。
心得のない咲也に確信は持てないが。
対して、常磐はガタイはいいが特になにか習っているわけではない。体格差を技量差が埋め、2人は互角に殴りあっていた。拳に言葉を乗せながら。
バキッ‼
バキィ‼
「日立市在住、小学5年生‼」
「それも訊いていない‼」
「あのボガバンテの運転手だ‼」
作業着にヘルメットをしていたからもしやとは思っていたが、やはりそうだった。さっきまで双腕重機ボガバンテの運転室でそれを動かしていた運転手。
己の手とマスタースレーブで繋がったボガバンテの手によって【令和の大直刀】を振るい、何枚もの畳を台座ごと斬った。格闘技の他に、真剣を扱う居合道かなにかもやっているのか。
バキィッ‼
運転免許を取得できる年齢に満たない子供が重機を運転するのは農家ではよくある話だ。免許は公道を走るためには取らないといけないが私有地内で動かす分には必要ない。
小次郎がこの工場で双腕重機を動かしている背景は不明だが、親がここで働いている縁でとか、そんなところだろう。
バキィッ‼
「お前のプロフィールに興味はない! いきなりリッカを、あいつを殴った了見を訊いている‼」
「そいつはボガバンテを侮辱した、当然の報いだ‼」
「文句は口で言え! 先に手を出すな、野蛮人め‼」
「貴様ァ! 茨城を蛮地とほざいたか‼」
「土地は関係ない! 被害妄想も大概にしろ‼」
「こんの東京モンがぁ‼」
バキッ‼
バキィ‼
「お、おい──おごぉッ‼」
「い、岩永──げふぅッ⁈」
「や、やめ──がはぁッ⁉」
引率の担任教師たちがとめに入るが、2人がよけた相手の拳に当たり、全員 一撃でノされた(いつも高圧的に接してくる教師たちに生徒たちは誰も同情しなかった)。
大の大人でもそうなる、子供の中でも小柄な者がとめに入るのはなお危険。怪我では済まないかも知れない──それでも。
「ありがとう」
「「えっ⁉」」
寄りそってくれていた六花と小兎子に短く礼を言ってから、咲也は常磐と小次郎のあいだに割って入った。
「やめて」
「「⁉」」
常磐が咲也を案じるのは当然として、咲也に立腹していた小次郎としても殺す気まではない。2人は揃って拳を引いたが、体に乗った勢いはとまらなかった。
ガッ──常磐と小次郎は咲也が挟まれて潰れないよう、互いの両肩を掴んでつっかえ棒にした。それでも消しきれなかった勢いにより、2人の額同士が小柄な咲也の頭上で衝突する。
「「いってぇ‼」」
「ああっ! 大丈夫⁉」
「平気だ……それよりリッカ! 危ないだろう‼」
「2人をとめるには、ああするしかないと思ったから。トキワ、僕のために怒ってくれて、ありがとう。でも、いいんだ。悪かったのは僕だから。こんなことにしちゃって、ごめん」
「……お前が、そう言うなら」
次に咲也が小次郎のほうへ向きなおると、小次郎は憮然とした表情をしてはいたが、もう殴りかかってくるような雰囲気ではなくなっていた。咲也は姿勢を正し、深々と頭を下げた。
「ごめんなさい」
「『ボガバンテはロボットじゃない』って発言、撤回するか?」
「しません」
「ああん⁉」
「マスタースレーブで操られる人形はロボットじゃなくてパワードスーツと呼ぶべきだ。僕がそう思っていることは変わらない。心にもない口先だけの撤回なんて求めてないでしょう?」
「まぁな。だが開きなおられるのもムカつくぜ」
「本当に悪いとは思っています。ロボットとパワードスーツの線引きなんて僕個人の解釈で、他人に押しつけるもんじゃない。マスタースレーブ好きな人に聞かせて不快にさせるなんて論外だ」
「……」
「それは分かってた。だから君に聞かせる気はなかった。内輪でだけ話してるつもりだったんだ。でも運転室の中にまで届いたってことは、かなりの大声だったんじゃない?」
「ああ、すげー声だった」
「やっぱり。気づいてなかった。声量にまで気が回らなくなってたし、周りに人がいることも忘れてた……言いわけにならないね。とにかく全面的に僕が悪かったんです。すみませんでした」
咲也はまた頭を下げ。
小次郎の返答を待つ。
「……ま、腹ん中でなにを思おーが勝手だし、それを表に出さねー分別があっても、感情をセーブできねー時もあるか。わーった、頭上げろよ。オレも、いきなり殴って悪かった」
「あ、ありがとう……!」
咲也が頭を上げると、小次郎は照れくさそうに微笑み、右手を差しだしていた。その手を握りかえすと、周囲の生徒たちから拍手が起こった。
ぱちぱちぱちぱちぱち
咲也の見えない所で教師3人と、7月7日に六花をイジメていたのを咲也にやりこめられて以来クラスの笑いものになっている5年2組の男子2人は、瞳を憎悪に濁らせていたが。
その時、ボガバンテが爆発した。