運命
眩しい太陽がアスファルトを焦がす。7月7日、梅雨は明けたか曖昧だが、少なくとも晴れた今日は、すっかり夏。
午前8時すぎ、登校時間の通学路を、小学5年生 男子2人組がよれよれのランドセルをしょって歩いていた。
「そこで目が覚めたんだ」
「クッ、うらやましい!」
2人組の片割れ、立花 咲也が能天気な笑顔で朝の夢を語ると、咲也の幼馴染で同級生であるもう1人、岩永 常磐が厳つい顔をしかめた。
立花 咲也は、小さな体に花のように可憐な顔で、脳みそも花畑な残念美少年。
岩永 常磐は、大きな体に岩のように厳つい顔で、脳みそも石頭な堅物優等生。
と、近所では有名な凸凹コンビ。
よく『正反対なのに仲がいい』と言われるが、当人たちにしてみれば同じものを深く愛する者同士。その他の違いなど些細なことだ。
そう、常磐も──
「俺も見たいな、ロボットに乗る夢……ところで、なぜその夢で俺は敵だったんだ。お前はそんなに俺を殺したいのか」
「んなワケないじゃん! いや夢のキャスティングの理由なんて僕にも分かんないけど。決戦相手って、よく知らない人より親友とか肉親とかのほうが盛りあがらない?」
「それは確かに」
咲也は明るく振るまっていた。目が覚めた時はロボットに乗っていた夢が夢だったことで気落ちしたが、今はその気持ちを胸にしまい単に『いい夢を見た』という態度で話している。
悩みを1人で抱えこんでいると言えなくもないが、そこまで深刻な話とは思っていない。こんな悩んでもどうしようもないことでイチイチ暗くなっていたくないだけ。
それに、不満自体は親友の常磐にまで隠すつもりもない。
「あー、現実でもロボットに乗りたーい!」
「お前はそればっかりだな。ま、同感だが」
「今朝あんな夢見たからますます乗りたくなったよ。でも現世には搭乗式ロボットがない! ロボットのある世界に生まれたかった! 今からでもトラックにはねられて──」
「いやそれラノベの話!」
主人公である現実世界出身の人間が死んで、現実とは異なる世界=異世界に生まれ変わるという導入のラノベ(ライトノベル、小説の一分類)は多い。
その主人公の現世での死因の代表格が〔トラックによる交通事故〕で、最早トラックは異世界転生の代名詞となっていた。
そして数ある異世界には、搭乗式ロボットが存在する世界もある。この世で無理なら、ロボットに乗るにはそういう世界に転生するしかない、という主旨のことを咲也が言ったら。
常磐に本気で心配された。
「やめろよ⁉ 現実と虚構を混同するな、異世界なんて実在しない……とは証明できんが、まぁないだろ!」
「いや、それくらい分かってるし。冗談だよ、自殺なんかしないって。トキワには僕がそこまで馬鹿に見えてるの?」
「ああ」
「うおーい!」
などと、話していた時。
交差点で歩行者用信号が青なのを確かめていた咲也の耳にけたたましいクラクションの音が響き、反射的に横を向くと、今ちょうど話題にしていたトラックが走ってきた。
しかも、減速していない。車両用信号は赤なのに! まさか停止線でとまらず横断歩道を通過する気か⁉
咲也と常磐はまだ歩道にいた──が、前を歩いていた同じ学校の女生徒2人は、もう横断歩道に足を踏みいれてしまっている!
「「危ない‼」」
咲也と常磐が叫んだ時には、少女たちの片方はすでに反応していた。後ろに跳んでこちらの歩道に退避する──が。
もう1人の少女が、立ちつくしている。
じっと、迫りくるトラックを見ている。
「イヤァァァァ‼」
悲鳴を上げたのは……跳びのいたほうの少女だった。もう1人の少女は悲鳴を上げることもできず…………歩道に倒れ、動かなくなった。
一緒に転がった、咲也に抱きしめられながら。
「怪我、ない?」
「はっ……はい」
咲也が自分の腕の中で震えて固まっているその子に声をかけると、か細い返事。少女の息遣いと、温もりが感じられる。
ドキドキと、心臓が早鐘を打つ。
いつもロボットの話題でばかり騒いでいる咲也だが、それでも思春期の男子。異性への興味もしっかりある。
だが女子とこんなに密着しているというのに、このドキドキはそういう意味でのものではなかった。そんな気分になる余裕はない。
ただひたすら怖かった。
泣きだしていないのが自分でも不思議なくらいだ。あまりの恐怖に涙も引っこんだか。もうトラックにはねられて異世界転生とか、たとえ冗談でも二度と考える気にならない。
(死ぬかと思った。この子も、僕も)
あのトラックは、やはり減速しなかった。猛スピードで停止線も横断歩道も越えて、今はもう走り去ってしまっている。
この子はそのトラックに今にもはねらるところだったが、とっさに手を伸ばした咲也が寸前で抱き寄せたため、事なきを得た。
咲也は姿勢を崩しこの子を抱いたまま転んでしまったが、ランドセルがクッションになって地面に体を打ちつけることはなかった。少女のほうも無傷なようでなによりだ。
(でも……)
下手したらこの子を助けられなかったどころか、助けようとした自分まで一緒にはねられて死んでいた。
なにせこんな経験、初めてだ。
とっさに動けたのは日頃こういう場面に遭ったら『ヒーローっぽくこう動こう』とイメージトレーニングしていたからだと思うが。成功したのは運が良かっただけだろう。
咲也は上体を起こしながら、腕をほどいて少女を解放した。2人して地面にへたりこんでいるところに、常磐が心配そうに見下ろしてくる。
「おいリッカ‼ 無事か⁉」
「うん」「はい──あれ?」
少女が常磐へ言いかけて、首をかしげた。話しかけられたと思ったが気のせいだったというようなその仕草に、咲也はぴんと来た。
「もしかして君の名前【リッカ】?」
「ええ……あ、そっか。あなたも?」
「うん。渾名だけどね。僕は立花 咲也。立つ座るの立つに、植物の花で、立花。それを立花って読みかえてるんだよ」
「そうなんだ! わたし、名雪 六花。六つの花って書いて、六花だよ。リッカ同士、お揃いだね♪」
「そっ、そうだね」
ぱぁっ、と。それこそ花が咲いたかのような六花の笑顔を見て、咲也は今度こそそういう意味でドキドキした。今になって気づいたが、この子──
(めちゃくちゃカワイイ⁉)
人形のように整ったあどけない顔立ちに、ぱっちりした瞳。やや気弱そうだが愛嬌のある表情。名前がお揃い、そんな些細なことを全力で喜んでいるらしい、小犬っぽいオーラ。
前髪を切りそろえた黒髪はサラサラのストレートロングで、大和撫子という言葉を思わせる。
顔も、袖なしの白いワンピースからのぞく腕も、その名のとおり雪のように色白な肌をしている。
(こんなカワイイ子を抱きしめてたとか!)
同じ小学校の同期生。一度も同じクラスになったことがなく、これまで交流はなかったものの見覚えはある──が、こんな美少女とは気づかなかった。
初めて、女の子に見とれた。
「ご縁を感じるな~…………って⁉ そそそそんなことより⁉ たたたた、助けてくれて、ありがとうございました! あなたは命の恩人ですぅっ。お礼が遅れて、ごめんなさいぃぃぃっ‼」
慌てて立ちあがり、頭を下げる六花。
咲也も立って、腕を振ってなだめる。
「どういたしまして。気にしないで、呆然としちゃってたのは僕も同じだしさ」
「あぅぅ~、おそれいります~っ」
それで互いの身長も分かった。六花は同学年の女子の中でも低いほうだろう。咲也も男子の中で低いほうだが、六花はさらに小さい。
そう分かると六花の小動物っぽい印象が増す。抱きしめて頭を撫でたい衝動に駆られて、咲也は必死に耐えた。異性に勝手にふれてはいけない、さっきみたく救助のためでもない限り。
「いつまで話してんの。もういいわよね⁉」
自分はドギマギしているし六花は恐縮しているしで間がもたなくなっていたところ、2人の間に苛立った声の主が割りこんできた。六花と一緒に登校していた、もう1人の少女。
その子が六花に抱きつく。
「六花、ああ、よかった……! もう、跳びのいたらアンタついてきてないんだもん、血の気が引いたわよ。あのまま死なれてたらアタシ『友達を見捨てて自分だけ逃げた』って一生 引きずるとこだったじゃない!」
「ご、ごめんね? 小兎子」
六花から【コトコ】と呼ばれた少女にも咲也は見覚えがあった。この子も同じクラスになったことのない、これまで縁のなかった同期生だ。
名前は確か……月影 小兎子。
背は六花と同じくらい。日本人としては明るめの茶色い短髪は、頭の左右で高く結ってツーサイドアップにしている。肌は小麦色の、活発そうな少女。
「なんで逃げなかったの‼ アンタ死ぬ気⁉」
「その……もちろん死にたいわけじゃないよ? ただ迫ってくるトラックを見たらふと『このままはねられたら異世界に転生して魔法使いになれるかも』って頭に浮かんで、反応 遅れちゃって」
「あ、アンタって子は……!」
立花と六花、2人のリッカはどうやら頭の中も似ているようだ。興味の対象がロボットか魔法かという違いはあれど。
立花のほうのリッカこと咲也がふと横を見ると、常磐と目が合う。どうやら同じことを考えたらしく、2人して苦笑した。
「もう、今後は気をつけてよ」
「うん、小兎子。気をつける」
話が済んだようで、小兎子は抱きしめていた六花を離すとこちらに振りむいて──時間がとまった。
思えば今までは後ろ姿だけで、咲也が小兎子の顔を正面からちゃんと見るのは今が初めてだった。
整ったその顔は、普段なら六花と同じくらい美人なのだと伺える。しかし今は涙で赤く腫れたせいで崩れてしまっていた。いわゆる『せっかくの美人が台無し』という状態。
でも、だからこそ。
その泣き顔に咲也は目を奪われた。六花に見とれて人生初の衝撃を味わったばかりだというのに、2度目がこんなにすぐ訪れるとは。
「……」
「え?」
なにか言ってきた小兎子に咲也が間抜けな声を返すと、小兎子は顔を真っ赤にしてプルプルと震えだした。どうも怒らせてしまったようだ。
「ど、どうしたの?」
「なによ、おかしい⁉ そりゃアタシはなにもされてないけど、大事な親友の命を助けてもらったのよ、お礼くらい言ってもいいでしょ‼」
「あ、お礼を言ってくれてたのか! ごめん、君に見とれてて聞こえてなかった」
「…………ええ⁉」
小兎子の顔がさらに赤くなった。ただ怒りは解けたようで険しさがなくなり、代わりにどんな顔をすればいいのか測りかねているような忙しい表情になる。
「なに言ってんの⁉ アタシなんか──」
「え? 月影さん、名雪さんと同じくらい美人だし、なにも変じゃないでしょ。それに友達を想って泣けるのって素敵だよ。だから、すごく綺麗だなって──」
「分かったから⁉ それ以上 言わないで‼」
小兎子がこちらに両腕をぶんぶん振って制止してくる。その後ろでは六花が嬉しそうな拗ねたような複雑な顔をしていて、わけが分からず困惑する咲也の隣で、常磐が何事かつぶやいた。
「(リッカ、お前、凄いな)」
「なにか言った?」
「いや、なにも」
¶
一方。
信号無視して横断歩道を通過した直後のトラックの乗車部分では、助手席に座る男が横から運転席のハンドルを左手で握り、右手で運転席の男の肩を激しく揺さぶっていた。
「馬鹿野郎、起きろ!」
「ん? ……うおっ!」
居眠りしていた運転手が目を覚まし、ハンドルをしっかり握りなおす。それまで助手がなんとか支えながらも蛇行していたトラックの軌道が、ようやく安定した。
運転手が安堵の息を吐く。
「ふぅ、危ねぇ危ねぇ。死ぬとこだったぜ」
「それと、子供をひくところだったぞ!」
「あん? そうなのか、気づかなかった。完全に意識 飛んでた時だなそりゃ」
「気をつけろ、俺たちはまだ警察の厄介になるわけにはいかないんだからな」
「分かってんよ」
自らの過失で子供を死なせるところだったと知ってもまるで悪びれない運転手。そして助手席の男も、ただ警察に捕まりたくないだけで子供の命には興味がないような口振り。
明らかに、まっとうな人間ではない。
「寝る間も惜しんで完成させたんだ。しっかり実行部隊に届けて使ってもらわねーと、俺たちの苦労が水の泡だもんな」
「そうだ。全ては──」
2人の言う〔届けもの〕──それは今このトラックの荷台の中でうつ伏せになって眠っている、ネコ科動物のような姿の獣。
ただしその体はネコ科最大の虎や獅子よりずっと大きく、その表面は硬く滑らかで角張っている……機械の塊。
「「我ら【ザナドゥ】の悲願のために」」