最強の剣客、エルフの少女を助ける
《ヴェルエンド大陸》の北方、《ルベンダ王国》の《ヴァスタ領》内に一人の男がいた。
男の名はクロウ・ミサギ。
乱雑に伸びた黒髪を後ろで結び、古びた着物に身を包む。
腰に下げるのは一本の刀――体格もよく、この辺りでは見ない風貌であるが故に、目立つだろう。
東方のとある島国では名の知らぬ者はいないとされるほどの剣客であるクロウだが、ここでは名もなき剣士の一人でしかなかった。
若い頃は傭兵として活躍していたが、それも限られた地域での話。世界的には、クロウはまだまだ無名なのだ。
そんなクロウが思い立って世界を巡る旅を始めたのは……ただの『思いつき』である。
クロウは、負けることのない戦いに少しばかり飽きていたのだ。
故に、無闇に刀を抜いて戦うようなことは、今はしない。
刀を抜くのは腹が減った時と――喧嘩を売られた時だ。
「おかしな格好の奴がいると思ったら……なんだ、お前は」
「通りすがりの旅の者だ。気にするな」
すでに焼き払われた後の村に、数人の武器を持った『兵士』達。
旗印があるからこそ、どの国の人間か分かる。――この領地の兵士だ。
その一人が、クロウに向かって手に握った槍を向けている。
これだけでは、クロウの方も刀を抜いたりはしない。
「旅の者、か。わざわざこんなところに?」
「都の方で旨い酒や飯のあるところを聞いてな。ここがその一つだったんだが……遅かったようだ」
「どこぞの国の人間か知らんが、運がよかったな」
「ほう、運がいいとは?」
「我々は一仕事終えたばかりだ。もう少し早ければ、お前も巻き込まれていただろう。特別に、お前のことは見逃してやる」
一仕事――その言葉で、クロウはすぐに理解した。
この村を焼き払ったのは、この兵士達がやったのだ、と。
兵士達が浮かべている表情から、話す前から分かっていることではあった。
彼らはこの惨状を見て、悲壮感ではなく優越感に浸っていたのだから。
生き残っている者はおらず、斬られ、弓で射られ、あるいは魔法によって殺されている。
どういう理由か分からないが、王国領内の村を、王国内の兵士が殺したのだ。
しかし、だからといってクロウが何か手出しをすることはない。
「隊長! 見つけましたよ」
「おお、本当か!?」
「はい。間違いなく、《エルフ》の子です」
クロウの視線の先には、兵士に連れられた少女がいた。
《エルフ》という種族は初めて見たが、話には聞いたことがある。
尖った耳に、美しく長い銀髪――まるで、人形のようだ。
なるほど、まだ十歳かそこらの見た目に見えるが、将来は美人になるだろうということがよく分かる。
あるいは、見た目に反してすでに年齢で言えばクロウより上の可能性もある。
「お、おお……っ。素晴らしい! 早速領主様へ連絡を。その子を連れて帰り、献上するのだ」
「はっ」
どうやら、前の前にいる男がこの部隊を率いる隊長らしい。
「あー……その、なんだ」
「ん、まだいたのか……。我々の気が変わらぬうちに早く去れ」
「興味本位で一つだけ聞かせてくれないか。この村を襲ったのは、その子を手に入れるためか」
「それを聞いてどうする? だが、今は気分がいいから答えてやろう。その通りだ。我々は、そこのエルフを手に入れるためにここに来た」
「そうか」
クロウは男の答えを聞くと、そのまますれ違うようにして歩き出す。
近づいたのは、兵士達に連行されるエルフの少女だ。
周囲の兵士達は警戒するように武器を構える。
「貴様、何者だ!」
「娘、お前はどうしたい?」
兵士の問いかけには答えず、クロウはエルフの少女を見て話しかける。
エルフの少女は、力のない表情でクロウを見上げた。
「……?」
「助かりたいか?」
「貴様……見世物ではないぞ。さっさとここから去れ!」
「お前に聞いているんだ。助かりたいか?」
「……助けて、くれるんですか?」
「望むのならな」
「何を勝手にしゃべって――」
「た、助けてっ!」
兵士の言葉を遮るように、エルフの少女が叫ぶ。
瞬間、腰に下げた刀をクロウは抜き去った。少女を捕えていた兵士達はクロウに武器を向けていた。
だが、その武器がクロウに襲い掛かるまえに――周囲にいた者達を斬り伏せる。
兵士達はその場に倒れ伏し、刀を握ったクロウがエルフの少女の前に立つ。
「いいだろう。その代わり、ここに干すと旨い果実があると聞いた。それを依頼料にもらうぞ」
「き、貴様……!」
先ほどまで話していた隊長の男が、怒りに満ちた表情でこちらに槍を向ける。
次いで、事態を認識した他の兵士達もこちらにやってきた。
エルフの少女は怯えた様子を見せるが、クロウは少女の髪をそっと撫でてやる。
そうして、周囲の兵士達に向かって宣言する。
「悪いな、たった今依頼を受けちまった。これより俺はお前達の敵だ。――恐れぬのならば掛かってこい」
「誰が貴様のような旅人に恐れるか! 風変りな見た目をしおって……ハッタリなのが目に見えるわ!」
駆け付けてきた兵士の一人が、大剣を握りしめて駆けてくる。
体格の良い兵士だが――クロウは兵士が大剣を振り上げたのを見て、横一閃。
ピタリと兵士の動きが止まり、やがてふるふると身体を震わせると、そのまま脱力して膝を突いた。
「――俺からのアドバイスだが、来るのならば全員で掛かってきた方がいい。一矢くらいは報いることができるかもしれないぜ?」
「おのれ……っ!」
「ま、待て――」
隊長の男が静止の言葉を口にする。
だが、他の兵士には届かなかったようだ。
次々と、武器を構えて兵士達がクロウへと向かってくる。
――隊長の男は、すでに今までの戦いを見て理解したようだ。否、そもそも戦いにすらなっていなかったということを。
その後は、全く同じであった。
数名の兵士がクロウに向かっていくが、全て斬り伏せられる。
遠くから矢を射られても、その矢をクロウは素手で掴み、投げ返して弓兵を討つ。
――蹂躙という言葉が、まさにその状況にはふさわしかった。
やがて、兵士達も理解してクロウへ向かうことをやめる。
すでに残された者達は、数えるほどしかいなかった。
「隊長さん、あんたは部隊を纏めるだけあって、相手の力量がすぐに理解できたようだな」
「な、あ……貴様は、一体なんなのだ……!」
「最初に言っただろう。ただの旅の者だ、と。残った者を連れてここを去れ。次に姿を見ることがあれば、問答無用で斬り伏せる」
「……っ、て、撤退するっ!」
隊長の男の言葉に従い、生き残った兵士達が逃げ出していく。残されたのはクロウと少女だけになった。
「終わったぞ、娘」
「……あ、ありがとう、ございます」
たどたどしい声で、少女が顔を上げて言った。
「あくまで仕事の依頼を受けただけだ。ここで暮らしていたのなら、果物のことくらいは分かるだろう?」
「分かります。わたし、探してきます。だから、お願い、いいですか?」
「お願いとは、仕事の依頼か?」
「……はい。ここの人達のお墓を、作りたいんです」
エルフの少女が言い放つ。
村の人々の墓を作りたいと言う。埋葬をして、弔うという精神が少女にはあるようだ。
「この村の世話になっていたからか?」
「……はい。行くところのないわたしに、優しくしてくれました」
「そうか」
行くところがない――その時点で、少女には両親もいないのだろう。
そんな彼女のことをこの村の人々は保護していた。
随分と優しい人間性が垣間見える。すでに、村は滅んでしまっているが。
だが、その精神に敬意を表することはできる。
「いいだろう。それくらいは手伝ってやる」
「それともう一つだけ」
「なんだ?」
「わたしに、剣を教えてくれませんか?」
「――なに?」
少女の言葉に、クロウは少し驚いた表情を浮かべた。
果物だけで、随分と『依頼』をしてくる少女だ。
だが、確かに少女はこのまま誰かに任せることもできるわけではなかった。
先ほどの兵士達は、エルフを手に入れるために村一つを滅ぼしたのだから。
……少なくとも、クロウは彼女を誰かに預ける当てもない。
(面倒だ、と断ってもいいが――俺の剣術を見て、学びたいと言うか。中々に、見所はあるな)
どのみち、目的があって旅をしているわけではない。
故に、クロウも少女一人に剣術を教えてやるくらいの時間は、十分にあった。
「ダメ、でしょうか?」
「いいだろう。代わりに雑用でも何でもやるって言うのなら、剣術くらい教えてやる。ただし、見込みがなければ諦めろ」
「……っ! は、はいっ」
クロウの言葉に、少女は力強く頷いた。
こうして、一人の剣客は弟子を取ることになった。
クロウの名がこの大陸でも知られるようになる――『エルフ連れの剣客』として。
こういうめっちゃ強い剣士が旅人しながら女の子を助ける……みたいなお話が好きなので書きました。




