語りアカシ―ドッペルゲンガー―
ホラーと銘打ってますが、どうなんでしょう。
この世には、人の姿を模した、人にあらざる者と言うのが居ります。
かく言う私もその1人。
いえいえ、決して皆様に害を加えるような存在ではございません。
私はただの語り部にございます。
お気軽に、「アカシ」とお呼び下さい。
では、人に害を為すモノとは一体何なのか。
気になりますか。
ヒトは知りたがるもの。
そして、語れと言われれば語るのがこの私。
それでは語らせて頂きましょう。
害を為すモノ、今回は……
*
「ドッペルゲンガーって知ってるか?」
親友である明石に問われ、オレは黙って頷いた。
ドッペルゲンガー。
直訳は「二重の歩く者」。
確か、ドイツ語だったと思う。
一般的には、もう1人の自分、と思えばそれで良いらしい。
自分のドッペルゲンガーを見た者は、寿命がもう直尽きるとさえ、言われている。
その正体は、脳のボディーイメージを司る部分に問題が…例えば腫瘍が出来たとか、そう言うことらしい。
でも、それも仮説でしかないから。
「もう1人の自分、だろ?」
「そうなんだけど…この間さ、見ちゃった。」
「何を。」
「お前のドッペルゲンガー。」
嬉々として、明石はそう言った。
オレのドッペルゲンガーだと?
何だそりゃ?
ネタか?
「この間、カラオケ行っただろ?」
「男2人でロボットアニメ主題歌の3時間メドレーって言う、痛々しいことぶちかました日だな。」
「あ、ちなみに次回は特撮主題歌の3時間メドレーで行くから。」
「…勘弁してくれ。」
「それはともかく。」
話の流れを戻し、明石は真剣な表情になった。
「待ち合わせん時にさ。来てみたら、遅刻常習者のお前がいたんだよ。時間ちょうどなのに。」
…あの日は確か、オレが約束の時間より5分遅刻したから、それは無い。
かと言って、明石がオレを見間違えるとも思えない。
「服装が違ってたから、他人の空似なのかとも思ったんだけどさぁ…」
「それでドッペルゲンガーってか?馬鹿馬鹿しい。」
そうなんだよなぁ、と呟いて、明石は胡散臭そうな目でこちらを覗き込む。
何だか、疑っているような目だ。
つーか、何を疑われるようなことがある?
「…生き別れの双子とか、そういうオチは無いよな?」
「無いね。」
「じゃあ、生霊?」
「お前にそこまで執着して無いし、5分の遅刻如きでそんなモン送るような繊細な神経してない。」
オレに双子はいないし、生霊とか幽体離脱とかマジでありえない。
そもそもオレは、そんな非科学的な物は信じていない口だ。
ある訳が無い。
きっと明石の見間違いだ。
そんな、いつも通りの馬鹿な会話を明石とした後。
オレは1人、帰路についた。
夕日が、異常に赤い。
血のような赤。
そんな中、オレの目の前に誰かが立って、道を塞いだ。
…邪魔すんなよ。
そう思った、瞬間だった。
その誰かを見て、俺が絶句したのは。
「よぉ。」
驚くしかない。
何しろ、そこにいるのは見紛うこと無くオレ自身だったんだから。
鏡でもあるのかと思ったが、学ラン着ているオレとは違って、そいつは完璧に私服だ。
とってるポーズも違うし、何より今、こいつはオレに向かって「よぉ」と声をかけたでは無いか。
……ドッペルゲンガー…
明石が言っていた単語が脳裏を過ぎる。
えーっと?
自分のドッペルゲンガーを見た者は、近いうちに死ぬんだっけか?
…冗談じゃねぇ。
何でこんな奴を見たくらいで、オレが死ななきゃいけないんだよ?
死ぬ訳無いだろ、このオレが。
いやいや、ちょっと待て。
これは明石が仕組んだドッキリなのかも知れん。
そう言うことを嬉々としてやる奴だ、明石は。
「…は。」
目の前にいる「オレ」…私服の方が、鼻で小さく笑う。
オレもよくやるが、実際やられると軽く殺意湧く。
…消し去りてぇ。
この世から塵一つ残さず消滅させてぇ。
「案外、冷静なもんだな。」
苛立っているにも関わらず、目の前の「オレ」は冷静とか抜かしやがった。
嘘吐け、今のオレのどこが冷静だこの野郎。
今すぐにでも消したくて消したくてしょうがないってのに。
「明石の言った通りだ。俺のドッペルゲンガーがいるなんてなぁ。」
…は?
何言ってんだこいつ。
ドッペルはお前の方だろ?
…そう思っているのに、さっきから声が出ない。
「それ見て、驚きを感じない俺にびっくりだよなぁ。」
ふざけんな。
殺す、殺す、殺す。
絶対、この世から、消す。
「オレ」はオレ1人で充分だ。
「それともアレか?明石の仕組んだびっくりとか。」
「……それは、てめぇの方じゃないのかよ?」
ようやく出たオレの声に、目の前の「オレ」…偽者、ドッペル、「俺」は驚いたような顔になった。
何驚いてんだよ。
まさか本気で、喋ったらボロが出るとか思ってたのか?
冗談じゃねぇ。
お前が偽者なんだろうが。
「…は。マジかよ。こりゃあ傑作。」
何が傑作なんだよ。
その言い方じゃ、まるでオレが偽者みたいじゃないか。
ああ、もう本当に消えてくれ。
消したい。
消えろ。
死ね。
殺す。
「ここまで似てくると、『双子説』を信じたくなるなあ、俺。」
「オレは嫌だね。お前見てるとムカムカしてくる。」
なおものんびりした様子の「俺」に向かって、言うと同時に、オレは思わず殴りかかった。
鳩尾を、拳で。
唐突のことで、あいつも対応し切れなかったんだろう。
情けない声を出して、腹を抱えて呻く。
ああ、何て見苦しいんだろ。
こんなのが「俺」?
冗談じゃねぇ。
オレは1人で十分だ、お前なんかいらねーよ。
思い、再びオレは相手を殴りつける。
パキ
やめっ
ピシャ
たすけて
グシュ
なんで
ゴキン
こんな
ブシャ
めに!?
メギ
……
ギニュ
耳障りな「音」が止むまで、…何回ぐらい殴っただろう。
既にそいつの顔は、原形を留めていなかった。
それだけじゃない、そいつはピクリとも動かない。
オレの拳にはそいつの血らしきものが付いてる。
……へぇ、ドッペルゲンガーって、死ぬんだなぁ。
……
あは。
あはははははっ。
なぁんだ、大したことねぇじゃん!
「ドッペルゲンガーと出会った者は死ぬ」!?
嘘ばっか、死んだのはドッペルの方じゃねぇか!
あはははははははははははははははははははははっ!
「あーあ。やっちゃった。これで…この物語は、お仕舞いですね。」
つかつかと、どこからとも無く、明石が歩み寄りながらそう言った。
血塗れのオレを見て、どこか嬉しそうな顔をしてやがる。
……いや、違う。
この顔は、「嬉しそう」じゃなくて…
……「楽しそう」だ。
それに、何か、雰囲気が変だ。
いつものおちゃらけた様子がまるで無い。
オレの知ってる明石なのに、明石じゃ、無い。
あと、なんでいきなり周りが暗くなってんだ?
これじゃぁまるで、演劇の舞台の「暗転」じゃねぇか!
そう思った時、唐突に明石が口を開く。
オレの知らない、異様な雰囲気を纏って。
*
ドッペルゲンガー。
二重の歩く者。
それは即ち自らの影。
自分が影である事を忘れた、哀れな存在。
…貴方のことですよ?
「何の冗談だよ、明石?オレが、ドッペルゲンガー?オレが、影?」
ええ。
人にあらざる、人に害をなすモノ。
現に貴方は、自らに牙を剥き、害をなした。
しかし、お陰でなかなか面白い物語を演じることができました。
貴方には感謝しなければなりませんね。
「あか…し…?何…言ってるんだよ?」
ええ。私はアカシ。
奇異なる物語の語り部にして、異形を巻き込む登場人物。
人には決して害を為さぬ者。
そして、貴方と同じ、人にあらざるモノ。
おや?いかがなさいました?
まるで、何を言っているか分からないとでも言わんばかりのお顔をなさっておいでですが?
「だって、お前、明石だろ?オレの友人の!」
それは貴方の思い込み。
このお話の登場人物に、「物語」であることを気取られぬための設定。
「嘘つくなよ!オレが実在しないって、そう言いたいのか!?」
ええ、そうです。
その証拠に…貴方、私のフルネーム、言えますか?
「あ、あかし…アカシ…あれ?明石…何だっけ…!?」
やはり混乱しておいでのようですね。
いいえ、百歩譲って、私の名を知らないことも良しと致しましょう。
では、貴方のお名前はなんですか?
「オレの…名前?オレは…オレは…『オレ』は…誰だ?」
ほら、ね。
申し上げたでしょう。
貴方こそが、人に害をなすモノ。
今回の主人公。
…ドッペルゲンガーだ、と。
「嘘、だ。じゃあ、オレが殺した『俺』は…」
ええ、お察しの通り、貴方の…本体です。
ああ、そのように怯えた目で彼を見ないであげて下さい。
貴方は本能に従って行動されたのですから。
自らが、彼の「影」であることなど、すっかり忘れて。
その結果が、これ。
貴方は、自分自身を殺したのですよ。
だってそうでしょう?
実体が無ければ、影など存在できないのですから。
「う…うわああぁぁぁぁぁぁっ!」
ああ、もう形作ることも出来なくなってきたようですね。
では、おやすみなさい。
物語の永遠の闇の中で。
「やめて!助けて!何で俺がこんな目に!?」
おやおや。
散り際まで、本体の真似事とは。
本体になりたい。
でも、本体がいなければ存在できない。
所詮「影」などそんな物。
己が立場を忘れた罪です。
皆様、お楽しみいただけましたか?
あなたの影は大丈夫ですか?
あなたに反旗を翻していませんか?
いや、そもそも…
あなたが「影」ではありませんか?
お気をつけ下さい。
いつ、あなたが物語の登場人物になるとも、分からないのですから。
私はアカシ。
人に似た、人にあらざる者にして、それらを語る、ただの語り手…
なんだかよく分からない感じに仕上がってしまいました。
どんでん返しが好きな僕ですが、流石にちょっと詰め込みすぎたようです。
ワンパターンですね、反省しています。
僕なりに、ドッペルゲンガーというのはこんなものなのだろうと思って書いたので、なんとも言いがたいです。
それでは、また。
少しでも怖い、と思っていただけたら幸いです。
秋月真氷・拝