ep5 - ナイト用の宿とはなんて……!
この世界には二つの地方が存在する。
神々に守られた地方と、大悪の魔法使い――フェルンブラスに支配された地方。
一つの世界に、二つの世界が存在すると考えればわかりやすい。
神々に守られた地方には戦争はなく、飢餓も、苦しみも、罪もない天国の様な世界だ。そこの人々はみんな共に平和に暮らして誰もが理想の生活をしている。
大悪の魔法使い――フェルンブラスに支配された地方は闇に満ちた世界で、強暴なモンスターも、血を追い求める狂った悪魔も、最悪しか存在しない。
十六歳の誕生日を迎えると、神々に支配された全ての若者は“旅立ちの儀式”を通して、フェルンブラスを討伐する目標で向こうの、フェルンブラスに支配された地方へ旅立つ。
そこで名クラスの名神々から力を分けてもらえるわけだ。
俺は大体そう師匠から教わった。
実際にどうなのかはわからん。
実際にここで生活し、地方を冒険し、経験を積んでいかなければならない。それで知識や力が追いついてくるだろう。
そんなわけで俺達、俺とギタノは朝早く起き上がって狩りに行く支度を済ました。
支度を済ますって言っても、ただ単にもらった初期装備のマントを身に着けて、ポーションや工具が入っている布袋を背負うだけだ。
「はぁ、もっときちんとした宿だと思っていたのに、何なんだここは……」
「完全に物扱いだな。俺達はまだ駆け出しだから仕方がない」
「仕方がなくねぇよ。きちんとしたところに寝るのは当たり前だろう。物置の床に寝るなんてふざけてる」
そう、俺達の部屋は物置の中だった。
錆びた古い鎧や使い物にならない剣や色々と散らかった物置の床で寝るしかなかった。
唯一の空き部屋がここだった。部屋とは絶対に呼べないんだけどね……。
ここはナイト用の宿だけど、一人一人みんなが平等っていうわけじゃない。
クエストを達成した数や、手に入れている称号で扱いが全く異なる。
すごいナイトだと高級な部屋で泊まり朝食まで用意されるらしい。
なんて理不尽な……。
これからフェルンブラスとやらをブロックする者だというのに、何ていう扱いだ。
俺の気が変わっても知らねぇぞ……?
みんな困るよ……?
俺程の実力者そうそうやってこないぜ……?
「そろそろ行った方が良い」
「そうだな。あいつを待たせるとやーやー文句吐いてきそうだし……」
物置を後にして、中庭見たいな広い場所を通り抜けると数多くの部屋が並んでいる廊下に出る。この宿は六角形のナイトのシールドの形をしていて、十階以上もある大きな建物だ。上に上がっていくごとに部屋が高級になっていく仕組みらしい。
ちなみに物置は中央の中庭の隅っこにある。小さく古びていて埃だらけだ。
こんな立派な建物は初めて見た。この国じゃ良く見かけるけど、俺とギタノがいた向こうの地方にはあまりない。特に俺達の故郷なんて……子供の頃に風車を初めて見ただけでテンション上がりまくりだったわ。
俺としては情けない。
廊下をそのまま進んで数多くの部屋のドアを通り過ぎていって、受付があるエントランスへ向かう。
エントランスは集まり場みたいな場所で、宿のナイト達が情報を交わしたり、待ち合わせをしたり、暇人は座って本を読んだりしている。
ほとんどが立派とまでは言えなくても中クラスの鎧を身に着けている者達だ。
なんか羨ましい。
羨ましすぎるぜ。
俺とギタノは未だにこのカッコ悪い灰色のマントを身に着けているのだ。おかげでどこに行ってもこの地方で言う駆け出し――ニュービー扱いだ。
俺達みたいな駈け出しナイトもたくさんいるけど、ここに来て二日目だからあまり話す機会はなかった。それに、ナイト同士は普段パーティを組まない。組むとしても大人数のパーティで、それでも最大二人だけらしい。それ以上だと邪魔になる可能性が高い。それとも、強力なモンスターが大群に襲ってくる狩場に狩りに行く時などは、多くのナイトが必要になるけど、その場合は複数のパーティに分かれるから一組に付きナイトが二人までだ。
俺とギタノは共にナイト同士だからもう他のナイトとは組めない。
後衛クラスのシューターが必要だな。
「よう、オッサン。狩りに行ってくるぜ」
受付のカウンター後ろに突っ立っている厳つい色黒のおじさんに声を掛けた。
「おじさん言うんじゃねぇ!次言ったら半分にへし折ってやるぞ!昨日言ったはずだがっ!?」
殺意のこもった目つきとエントランス内に響き渡る太い声で、カウンターを叩きながら怒鳴られて思わず驚いて飛び出しそうになった。
「わりぃ……忘れてた。次は気を付けるよ」
昨日はバグに散々な目に遭って疲れ果てていたので、同じように怒鳴られたことを忘れてしまっていた。
「身のためにそうするがいい。狩りに行くだと?どうせ死ぬだろうから言っとくが、死ぬんじゃねぇぞ」
「お、おう……」
悪い奴、じゃなそうだ。
多分……。
今思い出したけど、この宿の一つのルールが出入りするときは必ず受付に声を掛けることだそうだ。他にも色々あったはずだけど、覚えていないからいいや。
って俺このおじさんの名前忘れてわ……。名前忘れてたのでもう一度名乗ってくれないかって頼めるわけもないし……。
「ギタノ、あいつの名前覚えているか?」
厳ついおじさんに聞こえないように、隣を歩くギタノの耳にささやいた。
「確か、ケイロンだったはずだ」
ケイロンか……。
次は名前で呼ぼう……。
必ず……。
宿を出てまず周囲を見渡した。
日が昇り始めているばかりでまだ朝が早いというのに、町はもう人達で賑わっている。店は営業準備を終わっている頃で、道路では大勢の者達が往来している。
宿の前にはレストランがある。
この宿に泊まるナイトのほとんどがあそこで夕食を取っている。昨日宿に入った頃は大勢のパーティで賑わっていたので、夜には結構賑わうみたいだ。
宿を出て、ここから右側を真っ直ぐ進めば丁度リーカン国の城にたどり着けれる。三つの塔が高く聳え立つ城は街のどこに居てもその姿が伺える。
「あっ、いたいた!良く起きれたわね。君たちの事だからあたしを待たせると思っていたわ」
左側の大通りから声を掛けながらトコトコと小走りに向かってきたのは、翼があればまぎれもなく小柄な天使になれるエリザだった。
ブラウンのロングヘア―。童顔に宝石の様な美しさを発つ瞳。ロリっ娘な容姿は黄色の装飾が付いている神聖感丸出しの白いロープに包まれている。
うん。
朝一でその姿を目にするのは悪い気分じゃないな。
翼がなくてもまぎれもなく小柄な天使だ。
黙っていれば……。
「おう、おはよう。これでも時間にはうるさい方なんだよ」
「おはよう。今日はよろしく頼む」
俺とギタノの間まで近づいた彼女に挨拶をした。
「おはよう。……それじゃ行こうっか」
近くに来るなり、急いでいるかのように彼女は付いて来てっと首で示してさっさと歩き始めた。
疑問に思っていたらすぐに理由がわかった。
良く見れば、周囲の者達がエリザを見て何やらをささやいてやがる。
まぁ、そりゃそうだろうな。
ロリっ娘な体形でも、こんな神聖的でかわいい女の子が近くを通れば目立つよな……。
へっ!彼女はこれから俺達と一緒に狩りをしに行くのだ。
羨ましいだろうこの野郎共!
まぁ、行くというよりは教えてもらうって言う方が近いけどね。
昨日、分かれる間際に色々あってこの展開に繋がってしまったのである。
昨日、思い切ってエリザに俺らとパーティ組まないかって聞いたら、
「え?嫌よ。ニュービーとパーティを組むなんて、あたしになんの得もないわよ?」
と即答された。
落ち込んだのである。ギタノは同情する表情で俺の肩に手を乗せたまでだ。
しかし、即答したエリザは何か思い悩むことでもあったのか、顎に指を当てて考える仕草をすると、
「そうね……。一度くらいは一緒に狩りに行って色々と教えてあげなくもないわ。それでは明日朝早く宿の前で集合ね。約束よ?」
と言い残して去っていった。
あの時、彼女は一体何を思い悩んだのだろうか?
俺達を可哀想と思ったのかな。
聞けばいいか……。
「なぁ、なんで俺達と狩りに行く気になったんだ?」
前を足早に歩いていたエリザに後ろから声を問いかけた。
「バグにすらやられる君たちをあのままほっといていたら、次の狩りにでも死にそうだったからね」
ちらっと背後の俺達を窺って仕方がないという風な感じで答える。
なんか今馬鹿にされたような……。
やっぱり可哀想と思ったのか……。
「でも、友達でもないし、昨日会ったばかりで……」
「君たちはあたしの命を救ってくれたのよ?ま、あたしも君たちを助けたから借りはチャラなんだけど。それに、いくら友達じゃなくても知り合いが死ぬのは嫌なの」
なるほど。それもそうだな。
俺とギタノはそのまま足早に進むエリザに付いて行って、街の正門を通って外に出た。