ep3 - 凡骨の初狩は凡骨通りに報われない!
「ギタノ、警戒しろよ。どこからあのきしょ悪い虫が襲ってくるかわかんないからな」
俺と背中を合わせて背後を見張っている親友のギタノに言った。ギタノは俺より随分と背が高いため、俺の頭部は彼の肩くらいの高さにしか届かない。身長が185センチくらいあるだろう。マジデカイ奴だ。
「わかっている。こっちはクリアだ」
目の前が真っ暗になって、気が付いた時には俺は知らない寺院に横たわっていた。階段の先にある広々とした四角い寺院で、四方に壁がなく、屋根とそれを支える柱しかない。目が覚めたら中央に不気味なおじさんがおかしな祈りを唱えていて、ギタノは階段の所で暇そうに腰を下ろしていた。
そこで何時間も俺を待ってくれていた。
“旅立ちの儀式”を終えた者は全員あの寺院に転送されるらしい。
ギタノは三十分ほどで”旅立ちの儀式“を終えたそうで、その一時間後くらいに俺がやってきたらしいのだけど、やっと来た!っと思ったら気を失っていたみたいだ。
それからまだ三時間ほども待ったそうだ。
俺が起きたのはもう昼過ぎだった。
「ダグザがナイトに導かれるとはな。てっきり勇者になると思っていた」
俺達は背中を合わせた状態で警戒しながら汚い通路を進んでいた。
「ああ、なるつもりだったよ。でも不公平になりたいクラスにはなれないじゃないか。あの頭のおかしい石像にナイトだと判定されてさ、仕方がなかったんだよ」
思いだすだけで腹が立つ。
超うざくて残酷な石像め……。もう二度と会いたくないもんだ。
「頭のおかしい石像?何のことだ?」
ギタノは背後で俺が何を言っているのかわからないという口ぶりで聞き返した。
「何のことって……“旅立ちの儀式”で石像にクラスを判定されただろう?」
「いや……普通に愛想の良い緑髪の美人なお姉さんだったが……石像なんていたのだろうか?」
え……?
どういうこと?
今度はこっちが聞き返したい気持ちなんだけど。
愛想の良い緑髪の美人なお姉さん?
冗談でしょう?
「どういうことだ!?」
「こっちのセリフだ」
何故そこまで扱いが違う!?
「俺も美人なお姉さんが良かったんだけど!」
「ダグザが気絶していたのがなんとなく理解した……っダグザ!上だ!避けろ!」
うわっやばっ!?
狙っていたとしか言えないタイミングに、俺とギタノの頭上から虫が落下してきた。
俺とギタノはお互いに前へ転んで落下攻撃を何とか避けた。
「ダグザ、無事か?」
「ああ、そっちは?」
「こっちも大丈夫だ」
落下した虫を挟み撃ちにする形になった。
「グエェェェェ……ッ!」
しかし、虫は俺の方に向いてやがる。どろどろとしたきしょ悪い緑色の粘液まみれの鋭そうな両牙を剥き出しにして、今にでも襲うと言わないばかりの体勢だ。
こいつはバグだ。
下水道に住み着いている虫で、何でも食いつくすと言われている。
緑色のきしょ悪い粘液には毒が混じっているそうで、傷つけられたら感染されて毒状態になる。
六本の足が生えており、口は大きくて鋭い歯何本と両牙が剥き出しになっている。口からはもちろん、粘液がどろどろと垂れ落ちている。
虫自体はそれほど大きくはないけど、きしょ悪くて正直怖い。見てるだけで鳥肌が立ってしまう。
バグは潰されたようなぺたんこな形をしていて、大人一人の半分の大きさだ。スピードも遅いし、攻撃も噛み付けることしか出来ないので、恐れることはない。
ないけど、きしょ悪すぎる。
きしょ悪すぎるぞ。
気持ち悪い。
近付きたくもない。
めっちゃ匂うし……。
まぁ、下水道自体が匂うんだけど。
「来るぞ!気をつけろ!」
「わかってる!かかってこい!この最強のブロッカーが止めてやる!」
俺もギタノも剣を抜いた。
「グエッ!」
牙で襲い掛かってきたバグを剣でブロックした。
これでも食らいやがれ!このきしょ悪いくそ虫め!
そのままバグを思い切り後ろへ押して、一本の右足を剣で切り取った。
「グッェェェ……」
バグは斬られた足の方に斜め右に半分倒れる。
はははっ!
斬ってやったぞ、このくそきしょ悪い虫が!
これが最強ブロッカーの実力だ。
何だ、結構簡単じゃないか。
明日にでも大悪の魔法使い――何とかラスを倒しに行こうじゃないか。
倒せる気がするぞ!
倒せる気が……っ!?
「くわっ!?うわあぁぁぁ……!?」
目が、目があぁ……!?
「ダグザ!?大丈夫か」
「この野郎、俺の目に粘液を飛ばしやがった!うわぁぁ、前が見えない!見えない!怖い!怖い!ギタノー!助けてくれー!」
調子に乗っていた末に、いきなり目に粘液が飛んできて冷静になることが出来ず、混乱状態で後ろに転がり始めた。
敵が見えない以上は後ろに転がって逃げるしかない。
なんとかして服の裾で目を拭いているけど、毒が混じっているせいかしびれて痛いし、かすんでいて視野がぼやけている。
怖い怖い怖い怖い!
きしょ悪い虫に食われて死にたくないよぉぉ……。
「ほりゃ!」
ギタノの声と共に衝突の音が響いた。
「ちっ、俺の攻撃が利かない……」
「バカ!刀を使え!なんでまだ初期装備でもらったその木刀を使っているんだよ!?そんなもん捨ててちまえ!」
初期装備はマントと役に立つ道具の他に、木剣ももらったけど、既に剣を持っていたため捨ててやった。っていうか、木剣より盾が欲しいんだけど!盾なしでまともにブロック出来ねぇだろう!
「母から預かった大事な刀でこの気持ち悪い虫に触れてたまる物か!」
「後で洗えばいいじゃないか!命がけの戦いだ!俺の状態を見やがれ!」
「これだ!ダグザこれを使え!」
転がり止まった俺の胸に硬い何かが落ちてきた。それ手に取って、ぼやけている視野で見て見ると、ポーションのフラスコだった。
「おお!ナイスギタノ!」
口でキャップを外して急いでポーションを流すように額から目にぶちかけた。
「あ~癒される~。これぞ癒しの水だ~!」
「ダグザ!治ったのなら早くこいつを斬ってくれ!俺では無理だ……」
当たり前だ!
そんな木刀で斬られるわけねぇだろう!
仕方ない。
バグは攻撃をかましていたギタノの方へ振り向き狙いを変えていた。ギタノは木刀をバグに食われそうになっている。
チャンスだ!
「これで死にやがれ!このキモッバグめ!」
地面に落ちていた剣を拾って勢いよくバグの背中に思い切り刺した。そして、刺した剣を横から貫いた。
「グぃぃぃぃぃぃぃぃ」
くそ奇妙な悲鳴を上げながらバッグは身動きをなくして地面に倒れた。
「はぁ……はぁ……はは……やったぞ」
「ああ、これで二匹目だな。こいつは手ごわかった」
地面に尻餅をついた。
下水道だから地面もきしょ汚いけど、まぁ良いだろう。足が震えていて立っている状態じゃなかったし。
あれ……?
そういえば、俺達は一体なぜ下水道でバグ狩りをしているのだろうか?
こんなもんを狩っていても意味がない。
汚れるだけだ。
価値のある素材とかも手に入れれないし。
「なぁ、俺達なんでここに来たんだっけ?」
倒れているバグの死体の向こう側に尻餅をついてるギタノ問いかけた。
「宿に入るためではないか。忘れたのか?ナイト用の宿に泊まるには、クエストを一つでも達成していなければならない条件があったのだ」
「あー、そうだったそうだった。思いだしたよ。ふざけた話だ」
非常にふざけた話だ。
駈け出しナイトで、この地方を闇で満たそうとしている大悪の魔法使いを倒すために来たっていうのに、ナイト用の宿はクエスト一つ達成していなければ泊まれないルールがあるのだ。
冗談じゃない。
「必要なのは牙だったよな?」
「ああ、そうだ」
俺は立ち上がり、ギタノがいる方に回ってバグから牙を切り取った。
「これで四本だから後六本か……」
「後三匹だな」
クエスト内容は、バグの牙を十本採集することだ。報酬としては千リアの金貨がもらえる。二人だから二つのクエストを達成しなければならないと思っていたけど、クエストの達成報告時に参加者の名前を伝えれば、参加した全員が達成者となるらしい。ただし、一人で達成しても十人で達成しても、もらえる報酬は増えない。
それと、後でどうやってとあるクエストを達成したのかしていないのかを確認するのかは、わからない。
何らかの手段があるのだろう。
「うーだりぃー。もう疲れた」
「だが、クエストを達成しない限り宿には泊まれない」
仕方がない。
「お前な、その刀使えよ……」
「断る」
「はぁ……」
「何という武士だ、お前は……武士道を歩むナイトとして恥ずかしくないのか」
「全くない」
「はぁ……」
ギタノもナイトとして判定されたけど、俺と違って騎士道じゃなく、武士道の方に導かれた。背が高く、力もあり素早さもあり、体系も容姿も優れている。いつも長い髪の毛をポニーテールにしていて、前髪は細長くて左右にわかれている。
どう見ても武士だ。
昔からそれが彼のなりたかったクラスだから、俺と違ってそのまま導かれてギタノには良かっただろう。
「これからは俺がバグをブロックしよう。その間にダグザが倒せ。それがナイトの役割でもある」
「あーわかったよ。ブロッカーはお前に任せるよ」
大悪の魔法使いをブロックできる自信はあるけど、きしょ悪い虫は無理だな。純粋な俺には汚れすぎている。
「グッイィィィィィィィ……」
遠くからバグの鳴き声が下水道に小さく響いた。
「来るぞ」
ギタノは木刀を構えて前に踏み出た。
「よーし、良いだろう。掛かってこいや!ぶった斬ってやる!」
下水道は薄暗くて向かってきているバグの姿は見えないけど、確実にこっちに来ているのはわかる。
何というか、ただの勘じゃないんだ。第六感っていうか、パーティをあらゆる攻撃から守らなければならない、ナイトの感知センサーっていうか……。
バグが頭上から落下してきた時もそうだ。
身体内が危険だと教えてくれた。
恐らくギタノも同じことを感じただろう。
『グッイィィイィィイィィ……』
またまた正面から鳴き声が響いた。今度はもっと近くて迫力のある鳴き声だ。まるで、複数の鳴き声が合わさったみたいな感じの……。
複数の、鳴き声……?
え……?
まさかね……?
「何かおかしくないか?」
「おかしいな」
「悪い予感がするんだけど」
「するな」
『グッイィィイィィイィィ……』
『グッイィィイィィイィィ……』
『グッイィィイィィイィィ……』
『グッイィィイィィイィィ……』
『グッイィィイィィイィィ……』
『グッイィィイィィイィィ……』
『グッイィィイィィイィィ……』
『グッイィィイィィイィィ……』
『グッイィィイィィイィィ……』
今度ははっきりとわかる程に接近していた。
「に、逃げろおおおぉぉ!」
「逃げるぞ!」
一匹や二匹の話じゃない。
十匹、いや、十匹以上だ。
死ぬ!
追いつかれたら完全に死ぬ!
冗談じゃない!
バグなんかに死んで言い訳がない!
誰がバグなんかに殺されるんだ!?
バグに殺される前に、バグに殺される恥で死ぬのが先だ。
肩超しに背後を確認したら、数え切れない程のバグが追いかけてきている。何匹かはさっき殺されたバグの死体を食べ始めていた。
気持ち悪い。
吐きそう……。
「ど、どど、どうなっているんだ!?」
「恐らく、さっきの戦いが呼び寄せたのだろう。ダグザが結構叫んでいたからな」
「畜生!下りた階段から町に上がるぞ!」
「わかった」
俺とギタノは真っ直ぐに進んで逃げていた。ここまでは、迷いわないようにただ一直線に歩いてきただけだった。だからこのまま進めば出入り口へ続く階段が見えるはずだ。
バグは動きが遅い。
このまま走って逃げれば、追いつかれる心配はまずない。
このまま、走っていれば……。
「ダグザ!前方からも攻めてきているぞ!」
「な、ななん、なっんだとおおおぉぉぉぉぉお!?」
『グッイィィイィィイィィ……』
背後から追ってきている程の数じゃないけど、前方からも数匹のバグが攻めてきていた。
やばい……。
やばいやばいやばいやばいやばいやばいっ!
戦うために止まれば背後のバグに追いつかれて終わりだ。
バグ如きに、虫如きに、殺されるとは……。
「ダグザ!あそこだ。あの橋を渡るぞ」
「下水道に迷ったら出られないって言われたぞ?」
「こいつらと戦うか?」
「もちろん!……あの橋を渡るぞ!」
頑張って走る速度を加速して、前方から攻めてきているバグより先に橋にたどり着くと、迷いことなく渡った。
「このまま他の出口を見つけるまで止まらず突っ走るぞ!」
「了解だ!」
そう伝えて二人で突っ走たものの、すぐに足を止めることになる。
「ああっ!」
「ここまでか」
行き止まりだった。
橋を渡り、そのまま突き進んだら、下水道が上から流れる円形の場所に出た。
終わった……。
なんて!
下水道でバグ如きに誰が死ぬか!
「ギタノ、命が掛っているんだ!今度はちゃんと刀を使えよ!」
全力で走っていた俺とギタノは同時に足を止めて、背後から追ってきているバグへ勢いよく体を半回転した。
「死んだ方がマシだ!」
「こういう場面に返す言葉じゃねぇ!」
使う場面は色々あるけどその名言は敵に何か要求されたときとかに使う言葉だ!
「とりゃああっっ!!」
俺は剣を抜き取り、バグの大群を率いっていた先頭のバグに上から剣を貫いた。
バグはぐぃぃぃと弱気な鳴き声をして、動かなくなった。
「ははははっ!!ざまゃ見やがれ!お前らのボスを殺してやったぞ!さっさと降参するがいい虫けら共が!」
バグの頭部を貫いた剣を取り出しながら盛大に告げて見せた。
……通用するわけないよねー。
後から来ていた大群のバグはひるむこともなく、どんどんと攻め込んできていた。
『グッイィィイィィイィィッッ!!』
「わあっ!?」
いやあぁぁぁぁぁぁ!?
死ぬ~!!
死んじゃう~!!
後ずさろうとしたら思わず躓いて後ろに転んでしまった。
尻餅をついている状態で、目の前に大群のバグが俺の体を食い尽くすために押しかかろうとしている光景を見て、恐怖のあまりまた混乱状態に陥ってしまった。
四つん這いの状態で必死に下水道の奥へと進んでいった。
「ギ……」
ギタノに助けを求めようとしたら口を閉じた。
横を見れば……ギタノは振りかざしていた木剣をバグに食われたみたいで、俺程見っともなくはないけど、蹴りを入れながら同じく必死に奥へ逃げようとしている。
奥に進んだ所で行き止まりなんだけど。
もう俺の冒険は終わるっぽいんだけど。
旅立って一日も経たずに死にそうなんだけど。
悪魔にでもなく、モンスターにでもなく、町の下水道に潜んでいる超最弱の虫に殺されるんだけど。超可愛そうじゃないですか。俺超見っともないじゃないですか。これだとただの落ちこぼれ見たいじゃないですか。超自信あったのでみんなにカッコつけて大会に出場したらビリだった程情けないじゃないですか。
「おい、てめえ!?やめろ!離せ!俺の足を食おうとしているんじゃねぇ!!ああっ!靴が!!俺の靴が食われてしまった!!」
いやだああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!
予備の靴がねぇんだけど!
買う金もねぇんだけど!
こんな所で裸足のまま死んじゃあ嫌だよおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!
「石像の女神様ぁぁぁぁぁぁぁっ!!ナイトクラスの神様ぁぁぁぁぁぁっ!!」
もはや、ただの痛い男としか言えない程に、混乱状態で大泣きじゃくりながら奥の方までたどり着いてしまった。
下水道の流れが激しくて、俺のわめき声がほぼ流れの音でかき消されている。
それでも、それでも……俺はあきらめずに叫ぶ!
「誰でもいいから、誰か、誰か!誰か助けてくれよぉぉぉ!!」
「……たす、けて、あげようか……?」
「え……?」
「誰だ!?」
俺も、隣にいたギタノも、声が聞こえて立ち止まった。
下水道の激しい流れにかき消されるはずの小さな声。すぐ近くに居なければ、絶対に聞こえていなかった弱そうな声。
その言葉で、混乱状態だった俺はなぜか落ち着くことが出来た。
多分、助けてあげようかっという言葉が聞こえたからだろう……。
何も言ってこなかったら、多分、俺もギタノも気付くことはなかっただろう。
下水道が激しく流れ出ているその奥の方に、腰を下ろした状態で壁に身を預けている、小柄な女の子がいた。
見るからに健全とは程遠い状態だ。
俺とギタノがこれから殺されて死ぬ状態というのならば、この女の子はもうすぐ死にそうという状態だ。
「助けるって……お前の方が死にそうじゃないか。お前もバグにやられたのか?」
「ち、違う……!ごっほごほ……!」
「お、おい……」
俺の問いかけに首を横に振った小柄な女の子は、咳をして口から血を吐いた。
「そのマント……あなた達、駆け出し、ナイトよね……。ハァ、ハァ……ポーション、あったり……する?」
本当に、今死んでも不思議じゃない程に彼女の状態はすごく酷い。体は傷だらけで、装備もボロボロで、お腹を深く斬られたようでそこから出血している。
「私を、助ければ……」
「ダグザ!」
「ああ」
彼女が最後まで言い終わるのを待たずに、ギタノと俺はさっそく治療に掛かった。治療と言っても、初期装備と一緒にもらった数少ないポーションを与えるだけだけど……。
俺もギタノも巾着袋からポーションのフラスコを取り出した。ギタノは彼女の頭を抱えてポーションを飲ませ、俺は彼女の傷だらけの体と特に斬られたお腹にポーションをかけまくった。
「くそっ!バグがもうすぐそこまで来ているぞ!」
俺達の手持ちにあったポーションを全て使った。
これで足りるかはわからない。
ポーションは怪我を癒す効果もあるけど、本来は体力を回復するための飲み物だ。
死にかけている者を救うほどの効果はないはずだ。
それに、この子を助けられたとしても、彼女が俺達を助ける保証はない。
(むっははははは!純粋な駈け出しナイトわね!私を助けたことは感謝するわ!それではここでバグ共に情けなく食われるがいい!!むっはははははは!!)
みたいなことを言って、俺達を残して去ったらどうしよう……。
そういう展開になる可能性もあることは考えたけど、やっぱり死にそうな女の子をほっとけない。
俺はそこまで見っともなくはない。
俺でも微かなプライドもあるし、許せないことや見過ごせないことだってある。
その結果で死ぬことになったら……後でこの子を呪ってやろう……。
「近寄るんじゃねぇ!くそ虫があああああっ!!」
足元にまで攻めてきた大群のバグにぶっきらぼうに剣を振りかざした。
「ギタノてめぇ!その刀を使いやがれ!死ぬぞ!」
「断る。俺の決意は死を前にしたからと揺らぐ程弱くない」
「そんなもん今関係あるかあああ!!うわああ!?食われるぅぅぅぅ!!くわれてしまうぅぅぅぅ!!食われたくないよぉぉぉぉぉ!!」
バグの大群から一匹が飛び出してきて襲い掛かった。俺は背後に倒れ、食われないように剣で上半身に乗っているバグの口を必死で塞いでいる。気持ち悪い緑色の粘液がドロドロと垂れてくる。
気持ち悪っ!吐きそう……。
ギタノてめぇ!
横を見れば、ギタノはさっきの女の子を守ろうと必死にあがいている。
この子も何なんだ!?
さっきまで喋っていたのに、ポーションを上げたらびくりとも動かなくなったじゃないか!
畜生っ!やっぱりダメだったか!
死んでしまったのか!?
ちっ、ポーションの無駄使いしてしまったってことかよ……。
まぁいい。
どうせここでみんな死ぬんだ。
もう前みたいに混乱状態には陥っていない。これは混乱より深い状態、絶望より深い闇、無の状態だ。
少々物足りないロリっ娘だったけど、死ぬ前にそこそこかわいい女の子が見れただけでも良かったというべきだろう。
「声に出てるよ。それならどういう子がタイプ?」
なんだ、思考が声に出ていたのか。無理もない。殺さている瞬間なのでそこまで気が回らなかった。
「そうだなぁ」
隣から聞こえた声に、俺は四匹のバグに体をかじられて、食われそうになりながらも素直に答えた。
なんだ、俺とギタノの仲だ。隠すこともない。そういえば、結構長い付き合いなのに、女の話あまりしなかったな。
一つの心残りだ。
「俺はもっと大人っぽい女性が好きだな。手で揉めて柔らかい感触が感じれるような形のいい胸と、がっしりと捕まえられるお尻。そういう女が良いな。お前はどうなんだ?」
「ダグザ」
「なんだ?死ぬ前に早く答えてくれよ」
「いや……今のは失礼と思うんだが……」
「あたしは一緒に居て楽しくて優しい男が好きだよ。ま、次はタイプな女性と出会えると良いね!」
「え……?」
違う声が二つ?
ギタノの声と……さっきの声!
まさかと思いながらなんとか横を見ようとした瞬間、
『グぃぃっっ……!?』
俺の上に乗っかっていた全てのバグが、何かの力によって後ろへ飛ばされた。
それでやっと横を向くことが出来た。
そこには一人の小柄な女の子が立っていた。自分より大きな白と銀色に輝く目立つ杖を握って、不敵な笑みを浮かべている。恐らく、その杖で俺を襲っていたバグを叩き飛ばしたのだろう……。
身に着けているロープの装備はボロボロで、長くて滑らかなブラウンらしい髪も汚れていて、まだまだ傷だらけで、どこをどう見ても救世者には見えない。見えないはずだけど、俺にはその子を天使に見えた。
「天使だ……」
「あら、ありがとう。でも今更褒めても説得力ゼロだよ?普段ならあんたみたいなくそ男は置き去りにするけど……ふふふ。ま、助けてくれたわけだし、お友達さんもイケメンだし、感謝しなさい!」
女の子は俺を見下ろして楽しそうに言うと、微笑みながらダンっと一回だけ杖を地面に叩いた。
俺達の方へ狂ったように攻め込んできてた全てのバッグが一瞬にして動きを止めた。
彼女からは言葉に出来ない神秘的な神聖の気配がする。気持ちが落ち着いて、安堵の出来る気配。
「これは……」
「聖魔導士……セイントだ」
俺の呟きに答えたのは、やや後ろにいるギタノだった。彼は見惚れているかのように女の子から視線を逸らさずに直視している。俺も彼女の方に向き直る。
周囲が段々金色に輝く光で照らされていくのがわかった。
彼女の能力だろうか?
その時、女の子はもう一度金色に輝いている杖を地面に叩いた。
「オール・ディバイン・アンカー!!」
女の子が気合のこもった透き通る高らかな声で唱えると、バグの大群の上に無数の光玉が現れ、爆裂するかのように全部まとめて光輝く十字架に変身した。空気が引き締めて、神聖の気配が大きく増した。
眩しすぎて思わず手で目を庇ったけど、それでも周囲全体が強烈に光輝いていて、何が起こっているのか全く見えなかった。




