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勇者になれなかった凡骨ナイトの報われない冒険!  作者: 白希熊
凡骨ナイトの始まり
19/20

ep19 - 凡骨ナイト死す……

ちゅゆ……ちゅくゆの森という小難しいおかしな名前でソフィアと口論し続けて、一時間くらい経過したところでやっと発言出来た俺とギタノ。それから狩りに行く準備を万端にし、二日後、俺達は狩場に向かって出発した。


 特に俺は、この勝負を絶対に負けるわけにはいかないので……絶対に負けるわけにはいかないので、準備万端の更なる高みを目指す意思で準備に取り組んだ。


 お金だけはいくらでもあるから、ブロックに役立ちそうなアイテムを自分で片っ端から色々と探して購入した。アイテムが多すぎて、大きめのバックパックを新しく買って背負うことになったけど、ブロックする分には邪魔にならなさそうだ。


 後は前回のオクトワームとの激戦でエンチャントした剣が石化してしまったので、新しい剣も、俺が利用可能でより丈夫な盾も購入した。

 武器屋のおじさんに聞いたところ、この盾は1トンの衝撃をも耐える質の良い材料で鍛造されたそうだ。その代わりに結構重量があるけど、これもモンスターをブロックする分には問題なさそうだ。


 どんなモンスターなのかは大体ソフィアから事前に説明されているけど、正直説明だけじゃああまり想像が浮かない。


 まぁ、さすがに1トンの衝撃は与えられないだろう……。


 俺達は今、ちゅゆ……ちゅくゆの森に突入してそのまま北に突き進んでいる。

 未だにモンスターとは遭遇していない。

 見掛けるのはここで生存している無害な動物達だけだ。


「なぁ、まだ着かないのか?これじゃあ着く頃にはもう体力残ってないじゃないか……ま、まさか!?それがお前の狙いか!?わざと遠回りをして、俺の体力が滅激した状態でモンスターをブロックさせる企みだな!」


 森に高く聳え立つ木々を避けて通り抜けていた先頭の俺はハッと企みに気付き、後ろから付いて来ているソフィアに向いた。

 彼女は面倒くさそうな視線で俺を見つめてため息を吐く。


「何を言っているのですか?そんなことあるわけないです!どういう発想をしているのですか?そもそもそんなことをしたらダグザに付いている私も疲れてしまうのですよ?それで、もしもダグザが死んだら逃げられないでしょう……」

「おい!?最後なんて!?」


 なぜか最後の言葉だけが小さな呟きだったので俺は聞き返した。


「何でもないですーっ!もう少しで付くはずですからそのまま真っ直ぐに進んでください!あ!あれです!あれですよ!前の小山が見えますか?あの小山がちゅくゆの住処への入り口です!」


 俺の背中を勢いよく両手で前へ押して答えてくれなかった。

 あ、確かに小山みたいなのが見える。

 あまり遠くない。

 森の中に小山か……。


「ダグザ、結構近いから気を張って進んだ方が良いぞ」

「わ、わかってるよ。襲ってきてもこっちは準備万全だ!」


 一番後ろの、ソフィアの後ろでみんなの背後を警戒しながら付いて来ているギタノが注意をする。

 大丈夫だ。

 ソフィアから説明された限り、ちゅゆ……ちゅくゆというモンスターは俺の身長の半分くらいの小柄な体格をしている。緑色の体をしていて、武器は人間みたいに剣や斧、弓とかを扱う。強暴なモンスターだけど身動きは遅く、知能も低いらしい。

 俺達三人でも普通に倒せるレベルのモンスターだってソフィアが言っていた。

 危険があるとすればちゅゆ……ちゅくゆの数だけだそうだ。ものすごい数が潜んでいるのだそうで、他のモンスターの注意を引かないように大きな音を立てずに慎重に倒していく方が良いみたい。


 俺はいつでもブロックが出来るように既に盾を握って進んでいる。

 大丈夫だ。

 もしものためにバックパックにも色々と役に立つアイテムが揃えている。

 怖いもんなしだ。


「ダグザ、気を付けてください!ここから先はちゅくゆ族の住処です!」


 後ろのソフィアにそう言われて、俺は上を確認した。


 既に小山の間近まで辿り着いていて、そこには大きな門があり、上に見たことのない文字で何かが大きく書かれていた。門を通り抜けた先には大きな穴が、やや暗い通路の向こう側まで繋がっている。


 もうここからはモンスターと戦闘になるかもしれないので、盾を構えて前に突き出しながら穴の中へと進んでいった。


「うわっ、ここ暗くないか?ほとんど何も見えないぞ」


 ソフィアとギタノが付いてくる足音を聞きながら振り向かずに訪ねた。


「我慢してください!後モンスターと出くわしたらみんなで出来る限り素早く倒すようにしましょう!仲間を呼ばれると面倒なことになります!」


 緊張のこもった声音で彼女が興奮気味に忠告する。


 小山の中は暗くて少し狭いけど、空気は爽やかで息苦しくなくて、涼しい感じだ。

 俺も緊張で硬くなりながらも貴重に前方へ進んでいく。

 事前に説明を受けていても、一応見たことのないモンスターだ。

 それにも関わらず、絶対に負けられない勝負までもが掛っている。


 正直に言おう。

 強張っている……。

 怖い……。

 こういう緊張感は好きじゃない。

 スリルなんてとは無縁でありたい。

 だけど、この生意気小娘と賭けたからには優勝するしかない。

 土下座して謝ってやるもんか。

 少々ブライドが不安定な俺にも、死んでもやれないことがあるのだ。

 この小娘には頭すらも下げられない。


 パーティリーダーとして……。


 天井から砂ぼこりが真上に振ってきて、軽く目を染みる。掻きそうになるけど、油断するわけにもいかないので堪えた。

 何も現れないじゃないか。

 もう出口が見えてきたぜ。

 はは……よかったよかった。

 ここは暗い上に狭いから戦闘になったらブロックしづらい。

 もっと広い場所が良い。


「ダグザ大丈夫か?さっきから妙に静かだぞ?」


 ソフィアの後ろから来ているギタノが不思議そうな声音で尋ねてきた。


「怖いのですよ!ダグザは今ここに来て怖がっているのです!」

「そうか。なるほど……」

「真に受けるな!こ、怖くなんてねぇよ!誰が、ちゅゆ……ちゅくゆとかふざけた名前のモンスターを怖がるんだ?俺は、へ、へ平気だからな?ちっとも怖くねぇよ!」

「怖がってますね」

「ああ、怖がっているな」

「お前ら!!っておい!?来たぞ!来るぞ!来た来た来た来た!!やばいやばいっ!!」


 小山の中の狭い穴を通り抜ける一歩の所で、突然一匹の小柄のモンスターが中に飛び込んできた。

 小柄な体型を左右に揺れながら飛び跳ねる形で突撃してくる。


 やばい!

 何だ!?

 動きが変だ!


「落ち着くのです!一匹だけならそれほど強くないはずです!妙な動きだけに気を付けてください!」

「お、おお押すな!」


 突飛の突撃に驚いて反射的に後ずさっていた俺を、ソフィアが前へと押し返そうとしていた。


「ダグザ!ブロックしろ!俺達が後ろで攻撃を仕掛ける!」

「わわ、わかってるよ!」


 ギタノの言葉を背に、俺は重い盾を前に突き出して身構えた。


「グルグルルルルルル!!」


 ちゅゆ……ちゅくゆは小さな剣と盾を握っていて、左右に体を揺れながら奇妙な叫びを上げると間近まで突撃していた。

 俺の半分くらいの体格だ。


 大丈夫だ!


 妙な動きをしているけど鈍そうで強くはなさそうだ。

 自分の方が明らかに上だと判断した俺は、盾を突き立てたままで敵を迎えた。


「ソフィア!見て見ろ!こんな雑魚モンスターなんて容易くブロックしてぐわぉおおっ!?」


 剣を振り下ろしてきた敵の攻撃を盾でブロック出来たけど、想像していた以上に強力すぎてふらつきながら後ろへ倒れてしまった。


「ちょっ、ちょっと!ダグザ!しっかりしてください!」


 巻き込まれて同じく倒れたソフィアは怨言を怒鳴る。


「なんだこいつ!?強すぎじゃないか!何だったんだ今のは!?や、やめろ!攻撃してくるな!」

「クッルクルルルルルッ!!」


 倒れ込んだ俺をちゅゆ……ちゅくゆが激怒な様子で叫びながら何度も剣を振り下ろす。


 この盾重い!

 マジ重い!

 くそ重い盾で何とか身を庇って連続攻撃を防ぐ。

 こんな重い盾を装備するバカがどこにいるんだよ……!?


「ひゃぁ!こっちにこないで下さい!私達まで巻き込まれるのではないですか!」

「一匹だけだ!勇気を出せダグザ!」


 二人共が恐怖で徐々に下がっていた俺を前へと押し返していた。


「お、お前ら!ふざけんな!このモンスターおかしいぞ!見て見ろよ!狂ったような攻撃しまくってやがる!それにめっちゃ強い!強いぞ!」


 激怒に狂った様子で剣を振り下ろしまくるちゅゆ……ちゅくゆの力はすさまじい。

 丈夫であるはずのこのくそ重い盾もが攻撃に耐え切れずに段々と凹んできている。


 冗談じゃない。


 ソフィアめ。

 なんてモンスターを選んでくれやがったんだ!


「クルックルックルックルックルックルルー!!」


 もっと怒り叫び、今度は剣だけじゃなくて盾でも攻撃してきた。

 こ、このままじゃあ盾が持たない!っていうか俺の身が持たない。

 一撃一撃が重い!

 そんな小柄な体格でどうやってそこまで力があるんだ!?


「ち、畜生!やばい、やばいぞ!誰か何とかしてくれ!攻撃を仕掛けろ!」

「ぷっふふふふふ!やはりですね!情けないです!見っともないです!もう勝負はつきました。ダグザはブロック出来ませんでした。私の勝ちです!!」


 俺がピンチなのにも関わらず、ソフィアは立ち上がって体勢を整えると、甲高く俺を嘲笑しだした。


 こ、この小娘が……!


「何を言ってやがる!てめぇの目は節穴か!俺はちゃんとモンスターをブロックしているぞ!これをブロックと呼ばず!なんと呼ぶ!?」


 地面に尻餅をついたままの状態でも、何とか怒り狂っているちゅゆ……ちゅくゆの連続攻撃をブロックしている。

 ブロックはブロックだ!

 どんな状態だろうと関係ない!


「こ、この人こんな見っともなくて情けない状態でも意地を張りましたよ!恥ずかしくないのですか!?」

「恥ずかしい?そんなの俺にはねぇよ!!勝てばいいんだよ!勝てば!そして今、俺は見事なまでにちゅゆ……ちっ……ちゅくゆをブロックしているじゃないか!」


 ちっ、何なんだこのおかしな名前は……!

 大事な場面でまたモンスターの名前が言えなかったじゃないか。


「未だにモンスターの名前が言えないとか終わっていますよ!子供以下ですよ!」

「うるさいな!ギタノも言えないだろうが!」

「ちゅくゆだな。最初は難しかったが、さすがにもう言えるぞ」

「な、何だって!?」


 剣を構えて攻撃を仕掛ける隙を狙っているギタノが噛まずにはっきりと言って見せた。

 裏切り者め……!

 噛まずに言えないのは俺だけなのか?

 は、恥ずかしいじゃないか……。


「クッルルルルルルルルッルル!!」

「いつまでもブロックさせるんだよ!?さっさと攻撃しやがれ!!」


 ちゅゆ……くそが……ちゅくゆはもう蹴ったり頭で突進したり始めた。

 完全に怒り狂っている。


「もう!わかりましたよ!でもこれで終わりじゃないですからね!この一匹倒したらまた次もきちんとブロックしてもらいますから!!」


 ソフィアは確認を取りながらも納得のいかない様子で、慣れた手つきで弓に矢を番えて乱暴に構えると、素早く狙いを定めて打った。

 矢は俺の髪の毛を掠めて頭上をぎりぎりに勢いよく通り、暴れまくるちゅくゆの額に命中した。


 言えた!

 ちゅくゆの名前に勝った!


 ちゅくゆが身に着けていた仮面は砕け、その下にあった顔面は歯を剥き出しにしている恐ろしいしわだらけの怪物だった。

 額に矢を貫かれたちゅくゆは、天を仰ぎながら身震いをして、そのまま地面にバタッと固く倒れた。


「よっしゃあっ!!弱い弱い!なんてことねぇぜ!次だ、次!突き進んでいくぞ!」

「何を喜んでいるんですか?今のは完全に私のおかげです!ダグザは死にかけていたのではないですか!」


 喜んでガッツポーズを決めていた俺に、背後からソフィアが呆れた様子で怒鳴ってきた。


「お前こそ何言ってんだ!俺の完璧なブロックのおかげでモンスターが倒せたんじゃないか!」

「あれのどこがブロックというのですか!?あれはただの見っともないやられ方です!」

「まぁ、どっちもどっちだ。確かに今のはブロックとは言えないが一応はブロックしたからな。ダグザも、ソフィアがモンスターを倒していなければ今でも苦戦していただろう。ここで一狩りして回ろう」


 背を低くしてソフィアを睨んでいた俺と、背伸びして俺を睨んでいたソフィアとの睨めっこの間にギタノが入り込んで口論を止める。


「クッルルルル!」


 それが合図と言わんばかりに中にまた一匹のちゅくゆが入り込んできた。

 倒したばかりのちゅくゆと全く変わらない容姿をしているけど、被っている仮面が重なっているみたいで、今度のちゅくゆは剣じゃなくて槍を装備している。


「今度こそ見せてやる!こんなモンスター俺一人で充分だ!」


 そう言い残して、俺は槍を前に出して突入してくるちゅくゆに突っ込んだ。片手で盾を持って体を守りながら、もう片手で腰に下ろしている剣を抜き、右側の隙間から突き出す。


「ギタノ、準備しておいてください。この展開は前回も見ましたね。結果は見えています」

「ああ……俺は何度もこの展開を見てきて、結果はいつも変わらなかったが、今度こそ成長してくれたのかもしれない。一応見守ってやろう……」


 あいつら、後で覚えとけよ……!

 背後で良からぬ内容の話がまだ聞こえてきたけど、今は目の前の敵に集中だ。

 こいつを見事に倒して見せたら、後で散々謝ってもらおう。

 土下座して謝ってもらおうじゃないか!


「クルルルッ!!」

「来い!ちゅくゆ!」


 勢い良く突っ込みながらお互い威圧を掛けて睨み合う。


 一対一の真剣勝負だ。


 プライドを賭けた戦い。


 向こうの事情は知らないけど、知らなくてもわかる。このちゅくゆも俺と同様に大事な物を背負っている。

 絶対に負けられないという感情が目に宿っているのが見えるぜ!

 これは覚悟の戦いだ。

 どれだけ、どれくらい、どの程度、どの事情で、どの理由で覚悟を決めているかで勝負が決まる。

 それともちろん。

 何を背負ってここまで生き延びてきた経験と実力が試される。


 いわば……プライドと、覚悟と、実力の決闘だ。


 そして、それら全部を試される決闘で、俺は負ける自信がねぇな!


 お互いに目の前まで接近した距離の所で、俺は肩を盾に寄り掛かって固めると、そのままちゅくゆに突進を仕掛けた。

 まずは勢いよく突っ込んでくる相手のバランスを崩し、その隙に剣を突き刺す。相手は盾がないので断然に俺より不利だ。

 これが一般的で盾を装備していない相手にすごく役に立つ完璧な戦法だ。

 相手のちゅくゆも両手で握っている槍を上げてきてスピードを上げた。


 今だ!


「もらった!……なっ!?」


 なん……、

 だと……!?


 目の前まで接近していたちゅくゆは、高く上げた槍を突如に突き刺した。俺の方にじゃなくて、フェイントを仕掛けて地面に槍を突き刺したのだった。


「クッルッルッルッル!」


 嘲笑う風な叫びを発しながら、地面に突き刺した槍を利用して俺の頭上をすらりと飛び越えていった。


「畜生ぉおおおおっ!!」


 勢い良く突っ込んでいた俺は、急に目の前の敵がいなくなり、早く止まることが出来ずに何メートル先まで滑って行った。


「卑怯だぞ!このヤロぶぉおああっ!?」


 ぅ……!?

 ぅぅっ……。

 横腹が……。


 やっと止まることに成功してちゅくゆに振り向こうとしたら、急に飛んできた槍を間一髪に避けられて、横腹を掠られてしまった。


 横腹をやられた……。

 ぅぅぅっ……。

 やばい!

 出血してる!

 痛い……。

 マジ痛い……。

 もうだめかもしれない……。

 ここまでか……。

 俺はくそお重い盾と剣を落とし、地面に倒れた。

 まさか、あのちゅくゆがこの様な手を持っていたなんて……。


「ダグザ!大丈夫か!?」


 後ろでギタノが叫んでくる。

 倒れたままなんとかギタノの方を確認したら、二人は一瞬にして俺を飛び越えたちゅくゆを倒していた。


 ちっ。

 俺のライバルをもう倒しやがったのか……。

 俺にも、あいつにも、まだ覚悟が足りなかったようだ。

 ここでやられた振りをしとこう。

 ズルい戦法でやられたのだ。

 そんなの恥じゃない。

 良くあることだ。


「ダグザ!しっかりしろ!今ポーションを掛けてやる!」


 素早く駆け寄ってきたギタノが、ポーチからポーションを取り出しては瓶の蓋を開けた。


「ダグザ……やられた振りをしないでください。ダサいですよ……超ダサいですよ……情けないです。いい加減にしてください」


 後から駆け寄ってきたソフィアが嫌悪な眼差しを向けながら冷たく言う。


「ちょっ、そんなこと言わないでくれ……。真剣な決闘をしようとしたら背後から攻撃されたじゃないか。卑怯にも程がある。ぅぅ……横腹がめっちゃ痛い……」

「少し掠っただけですよ……。卑怯はやられている振りをするダグザの方です。大袈裟にしないでください。大体これくらいでやられるとかか弱い女の子ですか!はいはい早く立ってください!ポーションは不要です!!」

「ああ!ポーションが……!」


 ソフィアは若干イラつきながらギタノの手からポーションをむずと取ると、自分で一気に飲み干した。


「ハァ……」


 ポーションで疲労が癒されたのか、満足そうな表情で息を整えると、また嫌悪な眼差しで俺を見下ろしてきた。その姿勢のままニヤリと悪気のある微笑みを向けてくる。


「痛っ!?お、おい、怪我人に物投げんじゃ……あっ痛い!痛い痛い痛い!や、やめてくれ……!お、お願いします……マジ痛いからやめて……!」


 ポーションの空瓶を投げつけられたことで文句を言おうとしたら、ソフィアは悪気のある邪悪な微笑みを浮かべたまま俺の横腹を踏みつけてきた。


「ソ、ソフィア……やりすぎでは……」

「大丈夫ですよ!この程度が丁度良いです!ダグザは私との勝負に負けましたから土下座して謝ってもらいます!パーティのリーダーとしてメンバーとの約束はきっちり守らないといけないですよ!ね!?ダグザ!?守ってくれますよね!?早く土下座して『俺は見っともなくて情けない惨めなリーダーです』と私に認めてください!」


 止めたらいいのか駄目なのかと迷うギタノに、ソフィアは軽く手を振ると、踏みつけている俺の横腹にもっと体重を掛けながら屈んで顔を近づけてくる。


「あー痛いっ!マジ痛い……足どかして!ちょっと……!ソフィア……?なんで、そんな……」


 ちっ、こういう場面は痛みに耐えながらもパンティーが覗けるという褒美があるはずなんだけど……この小娘が長いローブを身に着けているせいで何も見えない。


 ちっ、覗けたとしてもロリのパンティーを見て全く興奮出来やしない。

 ロリコンじゃないけど、せめてエリザのパンティーなら……。

 ギタノに失礼か。

 ああっ!マジでくそ痛い!


「きゃっ、汚い手で私に触らないでください!キモイですーっ!」


 横腹を踏みつけている足をどかそうとして手でつかむと、なぜか軽蔑されてしまった。

 ぐはっ!?心が刺された様な感覚……!

 この世の最大の凶器は言葉で間違いない。


「おい!汚いのはお前の靴じゃねぇか!」


 わっ?っていうかなんかめっちゃいい匂い……。


 ソフィアの銀髪がフードから崩れ出て、その柔らかな毛先が俺の鼻に触れた。ハーブの甘くて優しい匂いが嗅覚を襲って思わず横腹の痛みまでもが癒された。


「仕方がないぞ、ダグザ。最終的にお前はちゅくゆをブロック出来なかった。この勝負はソフィアが優勝したということになる。男として約束を果たせ」


 そ、そんな……。

 まさか、この俺が負けたというのか……。


「ちょっと待ってくれ……!」

「待ちません!勝負は勝負です!約束は約束です!さぁさぁ!さっさと果たしてください!」


 ソフィアは両手を腰に当てながら俺を急かす。


「お前達だって見ただろう!?ブロック出来なかったんじゃなくって、ブロックしなかったんだよ!あの野郎俺を避けて通りやがったじゃないか!今のはなしだ!なし!それに二匹だけで出来るか出来ないかを判断されちゃあたまったもんじゃない!」


 さっきよりも強く踏みつけられてくる痛みに耐えながらも抗議する。


「この惨めな男は何があっても負けを認めないつもりですよ!!ダグザいい加減にしてください!!」

「ダグザ……」


 ギタノまでもが哀れな者を見る様な眼差しを向けてくる。


「お、おい……。や、やめろ……。そんな目で俺を見ないでくれ。心に突き刺さる……。あれだ、あれ……もう一度だけチャンスをくれ!頼む!もう一回だけで良い!」


 手を合わせてどうしてもと怪訝そうな面持ちのソフィアに頼み込む。


「はぁー……わかりました。わかりましたよ。最後のチャンスですからね?今度こそ駄目でしたら負けを認めくださいよ?」


 うんざりした様子で俺の目を覗き込んで確認してくるソフィア。ものすごい至近距離でソフィアと目が合い、銀髪のめっちゃいい匂いの香りもあったからなのか、つい変なこと意識してしまった。

 こうやって至近距離で見つめると、ロリながらもどこか大人びた美しさがる。

 本当にまるで人形の様に美しい。

 正直どうでもいいけど彼女の磁器みたいなすべすべな肌が羨ましい……。


「……ああ!もちろんだ!」


 俺は彼女から目を逸らし、少し照れながらもその条件を受け入れる。

 地面に倒れ込んだまま手を合わせた状態で女の子に踏みつけられている自分を、俺も情けなくて惨めだと……ちっとも思わないね。

 思うわけないじゃないか。

 惨めはこの勝負に負けてソフィアに土下座をすることだ。その上に自分のことを惨めだと認めなければならない。

 そんなことが起こって良いはずがない。

 絶対に負けられないのだ。

 次は何があってもブロックして見せないと。

 俺のこの状態にいれば誰だってそうするに違いないだろう。

 ギタノだって……いや彼は多分しないだろう……。妙にプライド高いからな。

 他の男だってするはず……。


「それでは早く他のちゅくゆを連れて来てください。一人で行くんですよ!ここまで一匹のちゅくゆを連れてきてブロックして見せてください!」

「わ、わかった……。それなら腹から足をどかしてくれ」

「ちょっと待ってください。もう一回……もう一回だけ蹴ってからどかします」

「お、お前!ふ、ふざけんな!やめ、痛っ!?痛ぇぇええ!!今思い切り蹴ったよな!?距離まで取って蹴ったよな?うわっなんか血出てるよ!血が!!」

「うるさいですーっ!駄々言ってないで早く立ち上がって連れ来てください!もう一回蹴りますよ!?」

「わ、わかったわかった。今行く、今行くから勘弁してくれ……」


 全く。

 なんて強暴な小娘だ。

 まるでちゅくゆじゃないか。


 くそったれ……。


 激痛が走る横腹を抑えながら立ち上がり、落ちていたくそ重い盾を拾って装着した。光が差し込んでくる小山の出口へ何歩か歩いて後ろを振り向き、


「せ、せめて、ぽ、ポーションを……」

「使うわけないではないですか!!軽傷です!とっとと行ってください!」


 頼んでみたものの全く相手にされなかった。


 くそったれ……。


 こいつら俺を何だと思ってやがるんだ。

 パーティのブロッカーだぞ?

 パーティで一番大事な役者と言っても過言じゃない立場の者だ。それなのにこの扱いはないだろう……。


 畜生め……。


 さっさとこの強暴な醜いちゅくゆをブロックして見せて、彼女に俺の足を舐めさせてやろう。


 足取りをいつも以上に重く感じながらも一歩一歩前に進んでいく。

 ああ、重いのは……この使えない盾のせいじゃねぇか!

 何だこれ、重すぎだろう……。

 冗談じゃない。

 めっちゃ高かったぞ、この盾!

 ものすごく丈夫だとか武器屋の店主に言われたから購入したなのに、まぁ……丈夫なのは確かに丈夫なんだけど……ちゅくゆの攻撃で少々凹んだけど……俺が満足に使えないのなら意味ないじゃないか。

 そこんところもきちんと説明してくれ。

 確か……結構重いから力に自信がある人にしかお勧めできないって言っていただけだから、力に自信がある俺は買ってしまったよ。買ったというのに使えないとかマジないわー。

 苦労して何とか構えられるから攻撃は防げるけどね。防げるけど重すぎて一回攻撃されたら体勢崩してしまう。

 これはあれを使うしかない。

 もっとピンチな状況だけに発動するつもりでいたけど、今はそんなこと言っていられない状況だ。


 まずは一匹だけ釣ってソフィアとギタノのところに連れて行かないと。

 前方の奥には小山の出入り口。

 大きな穴からは激しい光が差し込み、眩しすぎてその後に何があるのかは窺えない。近づくにつれて穴から吹き込んでくる涼しい風が頬を触れ、重たい空気が段々と爽やかになっていく。


 今頃感じたけど、ここの空気滅茶苦茶重たいな。突入した時は結構良かったのに、長くいると結構息苦しいのだと気づいてしまう。息苦しかったからきちんとブロック出来ていなかったんだ。

 そうだ。

 そうだよ。

 そうに違いない。


 勿体なく購入してしまった重たい盾を出来る限り振り上げて、激しい光から目を守りながら出入り口を通り抜けていた。

 それでも尚、一時的な閃光に襲われた視野を堪えて、激しい眩しさと抵抗しながらも盾超しから範囲を見渡した。


「あ……」


 限りない森林が続いていた。

 高い木々が立ち並ぶ、綺麗な森林が姿を現していた。


 しかし、それだけじゃない。


 それだけじゃあ狩場とは呼ばない。

 狩場というスポットが定義されているのは、狩場としての条件を果たしているからである。

 そして、限りなく続く森林には、ハンターの期待を裏切りない光景が待ち受けている。


 そこには数え切れない程の無数……いや、膨大で億兆と呼ぶにふさわしい数のモンスターが潜んでいた。


 そのモンスターはもちろん……ちゅくゆだ。


 木を切断していたり、水を運んでいたり、植物を取集していたり、多種多様な仕事をこなしている様子だ。

 災難なことにエラく注意が引かれやすいらしく、森林で生活している全ちゅくゆがパッと一瞬で小山の出入り口の方を見た。

 まるで、そこに舞台があって何かのアトラクションが今始まるとでもいうような雰囲気が場を飲み込んだ。


 残念なのが、非常に残念なのが……そのアトラクションの主役が俺だということである。


「えぇぇ……」


 嘘だろう……。


 俺に注意を引きつけられた全ちゅくゆは、仮面の下から脅威な視線を送り、大鳴き声を響かせた。


『クルクルルルルルルルルルルルルルルルルルルルッ』

『クッルルルルクルルルルクルルルッ』

『クールッ』


 冗談じゃねぇ。

 何がクールだ!この野郎!


「にっ……!!」


 逃げろおおおぉォォォォ……ッ!!


 俺は考える間もなく踵を返して、全速力で来た道を駈け出した。


 冗談じゃない冗談じゃない冗談じゃない!!


 何も聞いてねぇぞ!

 何なんだあの数は!?

 相手に出来るわけねぇだろう!

 って、マジかよ……!

 追いかけてきやがる!


 ドドドドドドドドドドドドドッと、

 小山内の通路が酷く揺れ出し、足音が大きく響きだし始めた。

 装備が邪魔で……特にくそ重たい盾が邪魔で不器用に逃げ走りながらも肩超しに背後を窺えると、山の如くにちゅくゆの大群れが追いかけてきていた。

 小山内の通路はそれほど広くないから、出入り口の方でちゅくゆが詰まって、最終的には三匹ずつしか入り込んで来れない。

 それでも大ピンチに変わりはない!!


「おーい!!お前達!逃げろおおおおォォォォ!!」


 ずっと先の方で突っ立って何やらを話しているソフィアとギタノに叫んだ。

 二人はこっちに視線を向き、首を傾げながら様子を窺ってくると、疑問の表情が段々と驚きの表情に変化してくのが伝わった。


「ダッ……ダグザの馬鹿ーっ!!」


 驚きから怒りの表情に変わったソフィアが拳を強く握って怒声を上げた。


「バカはお前の方だ!バカ野郎!!」


 俺達をこんなとんでもない狩場に連れてきやがって……!


「馬鹿野郎はいつも馬鹿な事をやらかす馬鹿ダグザの方が馬鹿野郎ですーっ!!」


 さらに力を込めては拳を握ったまま身を乗り出して叫んでくる。

 ちっ、こいつは無視だ。


「ダグザ、一体何があったのだ?」


 ギタノは心配のある面持ちで駈け出している俺に尋ねる。


「そんなこと今はいいんだよ!!逃げろ逃げろ逃げろ!!」


 躓いて転びそうになった体を何とか持ちこたえ、剣を握っている手で二人を急かす。

 この剣も盾も邪魔だ!


 特にこの盾!

 誰だよこんな重たい盾を買った奴は……!


 背後では、

 ドドドドドドドドドドドドドッと、

 足音を響かせながらちゅくゆの大群れが狂気状態で容赦なく追いかけてくる。

 速ぇぇえええ!!

 何が、身動きが遅いだ!滅茶苦茶速いじゃねぇか!


「ダ、ダ、ダグザは逃げないでブロックしてください!」

「ふざけんなっ!」


 やっと緊急事態だと理解してくれたギタノとソフィアが俺の少し前から走り出した。


「一匹連れてくるはずが、何をしたら群れ全体連れてくる事態になるのですか!?馬鹿ですか!?」


 走りながらちらちらと肩超しに背後を窺うソフィアが苛立った様子で声を荒げて聞いてくる。


「知るか!!情報をきちんと伝えないお前が悪いんだよ!」

「私が悪いのですか?ダグザがきちんとモンスター釣ってこられないのが悪いのです!!」

「釣るも何も!顔を出しただけで襲い掛かってきたんだよ!」

「それがきちんと釣ってこられない証拠です!ブロックも出来ない!敵を引き付けることも出来ない!役立たずです!役立たずーっ!!」

「役立たずというんじゃねぇ!ソフィアがロクでもない狩場しか知らないからじゃねぇか!!このろくでもない小娘が!!」

「うるさいうるさいうるさい!うるさいですーっ!!ダグザが受け入れた条件です!もう勝負はダグザの負けです!今ここで認めてください!そして私に土下座してください!!」

「この状態でするかっ!!それにまだ負けは認めてねぇよ!この勝負はなしだ!なし!」

「もう知りません!ダグザは最低です!最低の男です!最低で最低の男ですー!!私ともう喋らないでください!」


 ソフィアはまた肩超しに振り向き、ベーっと小さくて赤い舌を出して見せた。

 こ、この小娘が……!


「その議論は後にした方がいい。今はそれどころではないぞ。ちなみにだが……こいつらどこまで付いてくるのだろうか?」


 ガチで口論していてもう少しで喧嘩になりかねない俺とソフィアと違って、ギタノは普段より焦っている様子でも落ち着いた声音で話してきた。


「どこまで付いてくるか知らないけど、このまま逃げ続けるしかねぇ!」


 ソフィアとの口論とこの状態にまだ腹立っていることで、俺の声はまだ張り上がっていた。


「し、しまったです!大変です!緊急事態です!!」


 今更何を言っているのか、ソフィアは急にものすごい焦りの表情を浮かべては俺とギタノを見つめる。


「何言ってんだ!緊急事態なのは全員知っているよ!」

「ち、ち、違うのです!!逃げたら駄目です!いきなりの事態で忘れていました!ちゅくゆは非常に強暴なモンスターです!私達を捕まえるまでどこまでも止まらず追ってきます!」

「はああぁぁっ!?」


 すごく焦った様子で説明したソフィアの言葉に俺は絶叫した。


「どこまでも負ってくるだと!?冗談じゃねぇ!それじゃあ逃げきれないってことなのか!?」

「いや、ダグザ、ソフィアが言おうとしていることは多分それではない」


 ソフィアと同様に焦り始めていた俺に、ギタノはさっきよりも冷静な状態で答えた。


「そうか。それなら良かった。焦りすぎて適当なこと言いやがったな!」


 焦りは禁物だと良く言ったことだ。


「だから違うのです!!ダグザは自分の良い方にしか聞こえない病持ちですか!!はあ……一応尋ねますけど、ここからどこへ逃げるつもりですか?」


 自分自身を落ち着けるように深呼吸をすると、ソフィアはまだ焦りが残った真剣な表情で尋ねてきた。


「そりゃ町に逃げるに決まってるだろう!」

「それが駄目なんですー!」


 そして、俺の答えを見事に否定しやがった。


「何故だ!?だったらどこに逃げろと言うんだよ!?」

「ちゅくゆはどこまでも追ってきます!町に逃げたら大変なことになりますよ!町の人々を巻き込むわけにはいきません!」

「知るかそんなもん!!ピンチは俺達の方だ!俺達が助かりゃあ良いんだよ!他の人は自分で何とかしやがれ!」


 何だ……そんなことが心配だったのかよ。

 俺はちゅくゆがどこまでも追ってくるという衝撃的な情報でまだショックを受けて焦っているというのに、ソフィアはそんなばかな心配をしていたのか。

 だからばかはばかなんだよ……。


「こ、ここ、この人は今とんでもなく卑怯なこと断言しましたよ!自分の事しか考えてない愚か者です!!クズです!とんでもないクズです!!ダグザは一遍死んでください!!」


 ソフィアは不機嫌を現す表情で隣を走るギタノに俺のことを愚痴る。

 なぜか愚痴られながら色んな中傷を受けてしまった。


「ダグザは過去に辛い目に遭ったのでな。だが、ソフィアの言う通りだ、ダグザ。町にこのモンスター共を引き付けるわけにはいかない」

「へっ!ヒーローごっこしたいなら一人でやれ!俺は自分の命が大事だ!」

「本当最低!最低男!最低クズ男!良いでしょう!私一人でやります!二人共は好きに逃げてください!!」

「お、おい!バカか!?」


 急激に、ソフィアは背負っている矢筒から矢を取り出し、思い切り地面を踏み張ると足を止めた。そのまま横向きで素早く弓に矢を番えて構えると、背後を追ってきていたちゅくゆの群れに放った。


 ギタノはもちろん、俺も彼女を追い越すと同時に走るのをやめて振り向いた。

 放たれた矢は群れの内を走っていた一匹のちゅくゆの額を貫いた。被っていた仮面は砕き、緑色の小さな物体はそのまま群れの中へ倒れ込んで飲まれていった。

 それからスイッチが入った様に、ソフィアは次から次にすさまじい速さで矢を放ち続けた。放たれた全ての矢は全て命中し、ちゅくゆを一匹一匹倒していく。

 しかし、どれだけ素早くていくら矢を放っても、この数を相手じゃ勝てるわけがない。何匹も倒しているのにも関わらず、数が全く減っていない印象だ。ちゅくゆの群れはひるむことなく、勢いよく三列に怒り狂った状態で追いかけてくる。


「おい!俺達がどうにか出来る数じゃない!さっさと逃げるぞ!」

「嫌です!ちゅくゆを町に抱いては駄目です!ここで仕留めます!ここは狭いからいくら攻めてきても全部同時に相手にしなくて済みます!!」


 ソフィアは俺を見ずに矢を放ちながら意地を張る。


「ダグザ、俺はソフィアに賛成だ。戦うなら狭いこの通路で戦った方が俺達には有利だ」


 ギタノも頭狂ったのか、ソフィアのそばへと駆けつける。


 こいつら……バカだ。

 ちっともわかっていない。

 ここは勇者気取りする地じゃない。

 生き延びる場所だ。

 畜生……!


「ああ!もうっ!!ここから先は何があってもソフィア!お前の責任だぞ!オオオォォォオオ!!」


 俺も頭狂ってしまって、盾と剣を構え直すと、全力で追ってくるちゅくゆの群れを迎え撃ちに突撃した。


「もともとはダグザが引き付けたのが悪いです!責任はダグザが取ってください!私は知りません!」

「お、おいお前!ふざけるなよ!お前のせいで逃げきれなかったんだ!少しは反省しやがれ!それともっと攻撃をしまくれ!長くはもたないぞ!」


 盾を固定し、右側から剣先を突く形でちゅくゆをブロックしていた。

 必死の必死状態だ。

 一匹ですらまともにブロック出来ないというのに、三、四匹を同時に防げるわけがあるか。

 それに、上から盛り込むように後ろ列のちゅくゆ達がどんどん上がって襲ってきやがる。それらのちゅくゆは背後のソフィアが矢で撃ち殺しているけど、全くキリがない。


「ひゃぁ!?ダグザ!きちんとブロックしてください!矢が飛んできています!」

「で、出来るか!この数を見ろ!前衛の奴らを防ぐだけで精一杯なんだよ!わっやっべ!こいつら力を合わせてきやがった!」


 一緒同時に攻撃を合わせ始めている。さっきまでとは衝撃が極端に激しくなって背後へ転びそうになった。


「しっかりしろ、ダグザ!みんなの命がお前に掛かっている!」


 俺の隣でギタノは襲い掛かってくるちゅくゆを斬り殺してくれている。俺も剣先で突いて反撃しているけど、防御に全力を専念しているため、剣の攻撃は弱くてただの冷やかしに過ぎない。

 それでも、ちゅくゆは一応警戒して避けている様子だ。


『クッルッルッルッルッルッルッルッル!!』

『クルルルルルルルルルルルルルルルッ!!』

『クールクールクールクールクールクール!!』


 まるで突き進む軍隊とでもいう風に、前衛のちゅくゆが鳴き声を上げると、後衛の奴らも続いて大きく叫ぶ。仮面の下からなので鳴き声が押し殺した声音になり、響き方が結構不気味で恐ろしい。

 それでも、これ以上は進ませないと必死で盾を突き立てて踏ん張る。ギタノも隣で一歩も引かずに刀で斬撃を繰り出している。


 き、気持ち悪っ……!


 ギタノが斬り殺しているちゅくゆの血が激しく飛び散って、盾や剣ならともかく、体にまで淡い緑色の液体がしみついてくる。

 前回の狩りで少なからず気持ち悪さには慣れたけど、それでも気持ち悪いことは気持ち悪い。こればかりはしょうがない。

 そうだ。

 強さはともあれ、外見的にあのミミズ共に比べれば、こいつらちゅくゆはかわいく見えるぜ。仮面下に隠れている表情は恐ろしいけど、仮面自体は普通でなんともない。

 ハンマー、剣、ランス、矢、石までもの攻撃を盾で塞いで、死ぬ気で何とか耐えている。

 こんな奴らに負けるわけにはいかない……!

 こんな所でクールとか叫ぶおかしなモンスターにやられてたまるか……!


「ソフィア!このままじゃあらちが明かない!手札とかなんかあるだろう!何とかしろ!」


 振り向かずに背後で今でも矢を放ち続けているソフィアに叫んだ。


「もう!私に頼ってばかりではないですか!ダグザもブロック以外何かしてください!!」

「ブロック以外何か出来るか!!どうせそのバッグに切り札仕込んでやがるんだろう?さっさと使え!大ピンチだ!今すぐ利用しろ!」


 俺のバックパックには一応戦闘用に色んな小道具が仕入れてあるけど、今はとても取り出せない。こんな激しいい戦闘でバックパックから道具を取り出せるとか、人間の技じゃねぇ。

 だから今はソフィアに頼るしかない。

 この小娘はミミズ共のボスであるオクトワームと戦っときだって、色々便利な技や道具があったというのに、最後まで隠し持っていやがった。

 この状況は最大の危機だ。

 手の内を隠し持っている場合じゃない。


「今回は役に立つ道具は何も持ってきていません!」

「は!?嘘つけ!お前が無計画に来るわけないだろう!」


 ソフィアが選んだモンスターだ。計画的な彼女がもしものために何も用意していないわけがない。


「う、嘘ではですー!!こ、今回は……ダグザがブロック出来ずに無様で情けなくやられた時のための対策しか建てていませんから私の逃走用の道具しか用意していません……」

「お、おい……い、今なんて言った!?なんで早口で申し訳なさそうな感じで物々呟いたんだ!?聞こえなかったぞ!」


 背後のソフィアを窺う余裕はないので今どんな様子かはわからないけど、今とんでもないこと言われた気がするぞ……。

 俺の聞き間違いだ……!

 きっとそうに違いない……!


「ギタノ、ソフィアがなんて言ったのか聞こえたか?」

「…………」


 俺の聞き間違いだったと確信するために隣で戦っているギタノに尋ねるけど、彼は斬撃を繰り出すだけで何も答えてくれない。


「な、なぁ……」

「ダグザ……気持ちは死ぬほど理解できるが、ここは不平を言うより、他の対策を出来るだけ早く立てるほうがいい」


 俺が納得できないで諦めずにしつこくすると、彼は前向きな考えを提案してくれる。


「ああそうだな。全くその通りだよ……」


 ギタノに同意して深く頷いてから、俺は肩超しに背後を向き、


「こ、この……このバカ小娘がぁぁああああああっ!!」


 自分が出せる最大限の声量で叫んだ。


「ば、ば、ばば、馬鹿ではないですーっ!!わ、わ、私は当たり前の結果を予想して!じ、自分を守る対策を立ててまでです!!何も、悪くないはずです……!」


 怒鳴られて動じたのか、白いほっぺたを微かに赤らめて涙目になりながら、ソフィアは一生懸命に抗議する。

 どれだけ泣いて喚こうが情けは掛けないぞ。


「ソフィア!モンスターが通り抜けたぞ!」

「な、何だと!?」


 俺が振り向いてソフィアを叱っていた際に、その油断を狙ったかのように一匹のちゅくゆが右側の小さな隙間から通り抜けて、彼女に襲い掛かった。


「ひゃぁっ!?ち、近づかないでください!!」


 まだ動揺中だったソフィアはびっくりして、後ずさりながら矢を放とうとした瞬間に、石ころに躓いて尻餅をついてしまった。それでも矢はぎこちなく射出され、斧を握り構えていたちゅくの左肩に命中した。

 クルルッ!?という喚き声をあげるものの、ちゅくゆはひるまずにソフィアに攻め進む。


「わっ!?ら、らら、『ライト・アロー!』」


 尻餅状態で引き下がると同時に、動転しながらも何らかの魔法を唱えたソフィアの頭上から、眩い矢が攻め込むちゅくゆを狙撃した。

 ちゅくゆは胸を貫かれてゆっくりと膝を突いて倒れ込み、眩い矢は消え失せた。


「気を緩むな、ダグザ!ソフィア大丈夫か?」


 ギタノは、また隙間から通り抜けようとしていたちゅくゆを斬り、狂気状態の群れを斬りやめずに声を掛ける。


「わかってるって!!」

「へ、平気です!はぁ、初めてこの弓術魔法を利用しました……。焦りました。びっくりです。すごいです。かなりすごいです……!」


 ソフィアは勢いよく立ち上がり、未だに動転している様子でブツブツと何か独り言を呟いている。


「お、お前な!そういう魔法が使えるならもっと早く使えって!!」

「馬鹿を言わないでください!弓術魔法はすごく魔力を消耗します!アーシャはそれほど魔力に裕福ではありませんよ!」

「畜生……!使えない小娘だな……」

「今聞こえました!!使えないのはダグザの方ですー!!」


 背面から拗ねた怒声が飛んでくると共に、矢が鋭く横髪を通り抜けて正面のちゅくゆを狙撃した。


「て、てめぇ!ぎりぎりに矢を放つなって何度も言ってるじゃねぇか!?ヒリヒリするからやめろ!」

「ふん、そんなことは知らないです!ダグザの頭が大きいからではないですか?」


 なっ、俺の頭が大きいだと……!?

 こ、この野郎……。

 後で覚えとけよ……。

 覚えてろよ……!


「ダグザ、まだ何も思いつかないのか?もうそろそろ限界だ……」


 肩を並べて戦っているギタノが辛さの混じった声音で尋ねてくる。見れば刀を振るう威勢がさっきよりもかなり弱まっている。

 やばい……。

 やばいぞ……!

 これはやばい状況じゃないか。

 いや、やばいのは最初からやばいんだけどそうじゃない。

 そうじゃないんだ。

 ギタノが隣でちゅくゆを斬りまくってくれなければ、全体が俺だけに襲い押しかかってくる。そうなれば俺も耐えられないぞ。

 そもそも俺も限界だ。


 ちっ、やっぱり俺だけ逃げるべきだったか……。


 いや、しかし、相棒のギタノとうざっこい小娘を置いて逃げるわけにもいかなかった。


 一応……一応だけど俺は相棒と保護者だ。


 だから責任は嫌いなんだよ……。

 どうせ全うできないんだからさ。

 やっぱヒーロー気どりするんじゃなかった。

 誰だよ、勇者になりたかった世間知らずは……。

 バカじゃねぇの?


「ダ、ダグザ!矢が少なくなってきました!」

「はぁあ!?冗談じゃねぇよ!お、お前、ふざけんなよ……!」

「ふざけてないです!ピンチです!」

「ピンチだってことは、前衛でくそ強暴なこいつらをブロックしている俺が一番理解しているんだよ!!」

「そんなことは知らないです!それはダグザの役目ではないですか!ただそれだけです!頑張って私を守ってください!」


 こ、この……小娘!


 逃げていた時は一人でも相手するとかなんとかほざいていたくせに、今はそれかよ……。

 完全に追い込まれている状況だ。

 もうどうにもならねぇよ。

 腕がめっちゃ痛ぇ!

 前衛のちゅくゆ共が飽きることなく攻撃を綴り返してやがるし、後衛の奴らは狂ったように突進や遠距離攻撃仕掛けてくるし、盾を構えている腕がもうしびれてきてもう限界だ。

 何この強さ!?

 こんなちっこい体格でどこからそんな強さを発揮しているんだ?

 唯一無事なのは余計に重たいこの盾だけだ。

 盾だけは散々強力な攻撃を受けているにも関わらず、少々凹んではいるものの、ぴんぴんしている。

 くそ重たいだけのことはある。

 しかし、重たすぎてもう構えているにも限界だ。


「ダグザ……ソフィアを連れて逃げろ!」


 急に、ギタノは刀に飛びついたちゅくゆを斬りはらいながら、覚悟を決めたという風な目で俺を見つめた。


「何を言ってやがるんだ!ギタノを置いて逃げられるわけがないだろう!」

「そうです!!私もダグザとは絶対に逃げません!そもそも逃げても無駄なんです!」


 ソフィアも首を振ってギタノの提案を拒んだ。

 今妙な発言を聞こえた様な……。


「しかし……逃げるなら今がチャンスだ!どうせ俺も長くは持たん。今なら、短い間だけだがこいつらを妨害することが出来る」


 明らかに身動きが重くなっているギタノは微かに息を荒げている。

 相棒になんてことを言わせてるんだ、俺は……!

 ヒーロー気取りするなら最後までやれってんの!

 性に合わねぇよ。


 くそったれい……!


「お前が行け!ソフィアを連れて逃げろ!ブロッカーは俺の務めだ。俺が残る!」

「いや、ダグザを残すわけには……」

「今すぐ逃げましょう!ギタノ!ダグザの覚悟を無駄にしてはいけないんです!」


 ソフィアは既に弓を背負って逃げだす準備に掛かっていた。


「お、おいてめぇ!ちゅくゆの群れに放り出すぞ!」

「ダグザがリーダーです!リーダーが何とかしてください!パーティメンバーの命を守りのがリーダーなんです!」

「知らねぇよ!誰のバカな意地でこんな状況になってると思ってんだよ!?」

「ダグザですーっ!!」

「なんだってーっ!?」


 背面から甲高い叫び声が飛んでくると、俺も振り向いて全力で叫び返した。


「お、お前ら……!こんな状況で口論するな……や、やばい状況だ……!」


 思わずちゅくゆの群れを忘れて、ソフィアと口論していた。その微かな間にギタノは一人で狂気に攻めてくるちゅくゆを抑えてくれていた。

 刀一本で攻撃を塞ぎながら反撃し、突破しようとする者を蹴りで阻止している。しかし、どう見ても無理している。

 ギタノでもさすがにもう限界だ。


「悪い!つい頑固な小娘と無駄な口論をしてしまっていた。あっ……!」

「ソフィア!気を付けろ!また一匹行ったぞ!」


 ちゅくゆの群れに向き直って盾を突き立て直した隙に、また一匹が俺とギタノの間を通り抜け、ソフィアに襲い掛かっていった。


「い、言われなくてもわかってます!私に襲い掛かってきたことを後悔させてあげます!え……?へ……?も、もう矢がありません!ぴ、ピンチです!ひゃぁあ!?助けてください!!」


 悲鳴が聞こえて振り返れば、ソフィアはダガーを片手に壁際で必死でちゅくゆに抵抗していた。


「お、お前……!ふ、ふざけんなって言っただろう!?」

「ふざけてないです!ひゃっ!は、早く誰か助けてください……!!」


 ちゅくゆの斬撃を何とかダガーで受け止め、焦りの含めた強張った表情で助けを求めてくる。


「こっちも大ピンチなんだよ!畜生が……!」

「俺が行く!ここは頼んだ!うおっ!?ダ、ダグザ……!」


 ギタノが言うと同時に、俺もソフィアの所へ彼と一緒に駈け出していた。


 なっ……ミスった!


 もう、遅い……!


 防ぐ者、ブロックする者がいなくなり、道を切り開かれたちゅくゆの群れは山の如きに崩れてきた。


「ぎ、ギタノッ!!この野郎!!ギタノを返しやがぐあああぁぁぁぁっ!?」


 ちゅくゆ共は先にギタノを捕らえ、次に俺と激突すると、そのまま踏みにじって突進していった。

 溜め込んでいた怒りを全て発散するかのような勢いで、俺とギタノを一瞬にして群れの中へ飲み込み、俺達は何の抵抗も出来ずに埋もれてしまった。


「ダ、ダグザ!ギ、ギタノ!わ、私を……一人にしないでください……!!」


 ソフィアらしくもない程に、露骨に恐怖の表情を浮かべた彼女は、壁際で身を潜めて強く目をつぶっていた。


「ソ、ソフィア……!に、逃げろおぉぉぉぉ……」


 大量のちゅくゆに乗っかられた状態で、立て続けに限りない攻撃を受けながらも、必死でソフィアに叫んだ。

 とんでもなく凄まじい激痛が全身に走り、気がおぼろげになっていく。頭部を叩かれる衝撃が脳内に激しく響く。

 失いかけている精神で、何とか気を保とうと頑張りながら、ぼやけた視野で周囲を見渡す。ギタノの姿は見えない。ソフィアがどうなったのかも窺えない。

 うぅぅ……とんでもない痛みだ。

 でも、ミミズに溺れるよりはちょっぴりとだけマシかもだ……。


 ここまでか……。


 ちょっと待ってくれ……最後に、完全に気を失って死ぬまで、少し本音を整理させてくれ。


 すまんギタノ、やっぱり俺は失格だ。優秀であるお前と違って、俺は失敗だ。他の人が相棒だったらと、毎回密かに思っていた。謝るよ。しかし、お前も運が悪い奴だな……。


 エリザ、すまん……。

 約束を果たせなかった。

 お金はほとんど……二割程度しか使っていないから許してくれ。

 後な、ギタノにも教えなかったことなんだけどな、ロリコンじゃないけど結構いい女だと思っていたぜ……。

 おっと失礼……。

 愛しい小柄な天使。

 もう一度だけ会いたかったな。


 おしまいにソフィア、逃げられたか逃げられなかったか、生き延びれたか死んでしまったかは知らないけど、畜生が、てめぇ最後までバカで使えない小娘だったな……。

 でも、てめぇの言う通りだ。やっぱり俺はリーダーもブロッカーの役割を務められないようだ。


 畜生が……。


 実は……心中じゃあ、てめぇの事を気に入ってたんだよ。性格のある小娘だと認めていた。俺は性格のある小娘はうざっこくて嫌いだけど、本当は嫌いじゃねぇんだよ……。

 まぁ、今更どっちでもいい話だ。

 よし、結構長かったけど準備は整った。


 終焉だ。


 …………。


 真っ暗な思想の内で、完全に気を失う間際に、あることを思いだしてしまった。


 …………。

 …………。

 あっ……、

 あれ……、

 死んだら確か、

 蘇生する可能性があるんだっけ?

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