ep16 - ワームのボス出現……!
「おい、ダグザ。いい加減気を取り直せ。ここはダンジョン内だぞ、後ろに引っ込んでないで狩りに参加してくれ。お前が前衛にいると心強い」
俺に変わってブロッカーを務めているギタノが、後ろで魂が抜けた様な状態で精力なくふらふらと歩いている俺を説得していた。
「あっふふふふふふ!やはり私が判断した通りではないですか!ミミズに殺されそうになるなんて……あっふふふふ!格好つけながら突っ込んでいったのに無様に負けるとかありえないです。ぷっふふふふ……可哀想です。同情しますよ。一遍生まれ変わった方が良いでしょう」
そして、さっきからけらけらと容赦なく俺のことを嘲笑って楽しんでいるソフィアがいる。嘲笑われるのは構わない。何も言い返せない事実が辛い。それと、軽蔑する様な目じゃなくて、傑作でも見たかのような関心の目を向けられながら馬鹿にされるのが、すごく痛い……。本当、出来れば生まれ変わりたいくらいだ。
この小娘め……!
生まれ変わったら、覚えてろよ……。
「ソフィア、あまり酷いこと言ったらさすがのダグザでも立ち直れなくなるぞ。あいつ案外繊細なんだ……」
楽しそうに笑うソフィアをギタノが遠慮気味に注意する。
ミミズに埋もれてデカワームに殺されそうになった俺を助けてからはこれが続いている。ギタノは惨めな者を見る目で見ながらも俺を慰めようとし、ソフィアは楽しそうに嘲笑している。
最悪だ。
今日購入したばかりの装備もミミズで汚れてしまった。
最悪だ。
「ふーは~。そうですね。さすがに繊細なダグザには可哀想ですね。繊細な……ぷふふふ……繊細とか……あふふふ……ほ、ほら、ダグザ。前衛に戻ってきてください。私がちゃんとサポートしてあげますから……繊細に……ふふ……」
息を整えるために深呼吸をし、それでも笑いが止まらないのかソフィアは笑いを堪えながら喋っている。
「ソフィア。またデカワームが襲ってくるぞ」
前を向いて剣を構えながらダグザが伝えると、ソフィアは肩をすくめながら、
「まぁ仕方がないですね。ダグザはほっといておきましょう。どうせ役には立たないです」
と、ため息を吐いて弓に矢を番えた。
畜生……。
何も言い返せないし、ガツンとも言わせられない。
どれだけ落ちつぶれてしまったんだ俺は……。
マジで覚えてろ……。
この悔しさは一生忘れられない。
エリザに連絡して全てなしに出来ないだろうか……。
返品だ返品。
良く考えたら一億リアは少ない。
安い……。
この小娘と共に行動するにはせめて百億リアが必要だ。
それでも安いくらいだ。
ちっ、どうしてこうなった……?
状況が俺の制御から完全に逃れてしまった。
もうあれだ。
完全にソフィアの思うままに事態が進んでいる。
このままでは地獄しかない。
大金を手に入れて楽が出来ると思っていたというのに、耐えられない苦労と悲劇の毎日を送ることになるとは……酷すぎる。
残酷だ。
なんとかしないと……。
なんとかこの状況を直さないと……。
俺がこのパーティの絶対的リーダーだと示さないと……。
しかし、何をすればいい。
下手に行動しようとしたらギタノが妨害してくるに違いない。
あいつはもう相棒とは呼べない。
ソフィアの手に陥ってしまった可哀想な奴だ。
「ダグザ、早く来い。置いてかれるぞ」
な、何……!
ちょ、ちょっと待ってくれ……。
さっき現れたデカワームをとっくに倒したらしく、ギタノとソフィアはダンジョンの先を進んでいた。
こんな所に一人で置いてかれるなんて冗談じゃない!
置いて行かないで……。
恐れていると思われるのは嫌なので、俺は決して走らずに足早で彼らに追いついた。
まぁ、恐れてなんかいないけどね……。
本当だ……。
嘘なんてつくものか。
「戦わないのでしたら……もうダグザ荷物持ちとかで良いのではないですか?」
「そうだな。ただ単に付いてくるだけでは意味がないからな。それくらいやってもらおう」
「お、おい……」
二人共後ろから付いて来ている俺を完全にいない者扱いして会話を進めた。俺の役割を決めるために相談し合っているらしい。
なんてことだ。
「荷物持ちは勘弁してくれ。せめてただ単に付いてくるだけの者にしてほしい。邪魔はしない。約束する!」
「囮とかもダグザにはぴったりな役割だと思います。私達だけで手に負えないたくさんのモンスターが襲ってきたら、ダグザに引き付けて逃げてもらうのです。ブロッカーが努めなくても逃げることくらいは出来るでしょう」
「そうだな。ただ単に荷物を持つだけでは物足りないからな。荷物を運びながら囮の役割も追加でやってもらおう」
「お、おいおい……」
俺の存在なんかは完全に無視したままどんどんと勝手に話を進んでいく二人。
なんてことだ。
このままだとただの犬じゃないか。
「おい、お前らマジでそういう冗談は……」
「それではダグザ頼みますね」
「よろしく頼んだぞ」
丁度二人の間の後ろにいた俺に、抱えていたバッグやポーチを投げ渡された。落とすと怒られそうなので必死に受け止める。
「後、私達がピンチな時は敵を引き付けて逃げ回ってくださいね」
「荷物を落とさないように頼むぞ」
歩きながら俺を見て愛想よく頷くと、二人はそのままダンジョンの先を進み続けた。
「え……」
俺は荷物を両手で受け止めた状態で呆然と立ち尽くした。
なんてことだ……。
状況が思っていた以上に重大だ。
これはもう俺がどうにか出来る問題じゃない。
土下座して謝るか?
うん、それが良いな。
何ならソフィアの足を舐めていいくらいだ。この雑な扱いが続くよりはマシだ。ブロッカーを務めている方が良い。
うん……そうしよう。
プライドなんて今更どうでもいい。
微かなプライドとかなんとか誰がそんな馬鹿な事言ったんだ……。
俺は随分とダンジョンの先へ進んで離れてしまったギタノとソフィアの後を追いかけた。人生の中で一番覚悟を決めた気分で。
今までこれ程までに覚悟を決めた場面があったのだろうか……?
いや、ないね。
これは確実に乗り越えなければならない人生最大の壁だ。
むふふふ……。
なんか、レベルアップした気分だ。
小走りで二人の後を追いかけ、近くまで付いた時だった。
ダンジョン内が軽く振動し始めた。壁や天井に張り付いて蠢いてるミミズ共が大いに崩れてきて、それを避けるために俺は踊る様に変な動きをして見せた。
「うぇぇっ!?」
崩れてきたほぼ全てのミミズを見事に交わすことに成功した俺が勝ち誇っていたら、軽い振動が急に激しくなり、尻餅をついてしまった。
うわっ気持ち悪っ!
うわっみんなの荷物がっ!
うわって……ええっ!?
何なんだあれは……っ!?
前に、前方に、正面に、フロントに……!
意味不明な事態が起こっていた。
理解が追いつくにはやや時間が掛った光景だった。
しかし、二人の叫びが耳に入って俺は思わずニヤッと唇の端を吊り上げた。
「きゃあっ!?いやあっ!」
「うおおっ!?なんなんだこれはっ!?何のモンスターだ!?」
ははははは……。
あははははは!!
良いね!
これは絶景だ!
ギタノとソフィアがいた場所に、地面から何本もの触手が突き出していた。茶色の長くて大きい、大量のミミズで形成された触手。
触手はギタノとソフィアの足を捕らえて、高く吊り上げていた。
「この野郎!ソフィア待っていろ!今すぐ……ううっ!?」
ギタノは握っていた剣で足に巻き付かれている触手を斬ろうとしけど、手を空いていた新たな触手が彼の手に巻き付いて制止した。
やるね、ミミズ共。
その調子だ……。
やばい……何だかこのミミズ群を愛しく感じ始めた。
「ダ、ダグザ私達を助けて下さい」
「どうしようかなっ?」
逆様にされてぶら下がっているソフィアが頼んでくると、俺はのんきにそっぽを向いて見せる。
「お、お願いです!きゃっ!き、気持ち悪いです!だ、だめ!見ないでください!あぁ~……」
新たな触手がソフィアの両手に巻き付き、足に巻き付いていた触手はどんどんとローブの中へと突入していくと、ローブが徐々に下げていく。彼女の白い太ももが露わになると、途端にもがき始めた。
「おい、ダグザ!冗談を言っている場合じゃないぞ!」
「そうだね。じゃあ俺は俺の役割を果たすとしよう。えっと……確かお前たちの荷物を持ちながら逃げ回ればいいんだっけ?」
「だ、だめー!逃げたら駄目です!い、嫌っそこは駄目っ!ダ、ダグザ!早く、何とかしてください!っていうか見ないでください!」
いや、どっちだよ……。
逃げる素振りを見せたら彼女はすごく慌て始めた。
白い頬を赤らめて触手に抵抗しようとしながらも俺を止めようとするけど、ミミズで形成された触手が徐々に彼女の体を巻き付いていって、ローブが完全にめくられる状態になった。
うーん、黄色いパンティーか……。
まだまだ子供だね。
「見ちゃだめなら帰るか」
「ダグザ!俺達を見捨てる気か!?」
ギタノもほぼ完全に体を触手に巻き付けられて、余裕が全くなさそうだ。
「いやいや、俺は自分の役割を全うするまでだよ。そうじゃないか?」
俺はそう言いながらニヤリと微笑んで見せた。
良いね。
こんなに早く復讐が出来るとは思っていなかったけど、これはこれで悪くない。
その調子だ、我が相棒――ミミズ群よ。
「あ、いやぁ~!だ、だめ~気持ち悪いです!ど、どどこまで巻き付くつもりなのですか!そこは駄目ってうひゃぁ~!見ないで見ないで見ないで見たら駄目です!っていうか早く、は、は早く助けてください!!」
触手は彼女の下部を完全に巻き付き、腹へと突入し始めていた。
ソフィアの白い肌がミミズで形成された触手の通った後の茶色いぬめぬめとした液体で濡れていく。
うわっ、本当に気持ち悪いな……。
でも、悪くないね。
この生意気小娘には丁度いい。
「あっははははは!!二人共無様だね!散々俺の事を嘲笑していたのに次の瞬間がその様はねぇだろう!むっははははは!」
「ダ、ダグザ!は、早く、何とかしてくれ……うぅ……」
触手がギタノの首周りに巻き付こうとしている。
「ふーまぁまぁそんなに慌てるな。まずは交渉と行こうじゃないか」
俺は息を整えて真剣になって見せた。
「何の交渉ですか!ひゃあぁ~!?気持ち悪い気持ち悪いっ!吐きそうです!早く!そ、そんな場合ではないのです!」
触手がローブの中からソフィアの胸周りを探っている。
「いや、違うね。こんな状況だから交渉するんだよ。初めに、この役割は早くとも卒業だ」
そう言いながら両手を軽く広げて見せて、持っていた二人共の荷物をわざとミミズだらけの地面に落とした。
「次にリーダーを譲ってもらおうかな。さぁ、このパーティのリーダーは誰だい?」
気味悪い触手に高く吊り上がって好き放題に触られて巻き付かれているソフィアの方に耳を傾けながら手をかざした。
「何を言って……うぁ~!?リーダーは、はぁ……わ、私です!」
「あれれ~?今なんて~?良いのか?ほら、ミミズが口に入りたいようだぜ」
ミミズだらけの触手は胸の谷間から首の方へと巻き付く形で上がっていき、ソフィアの口に無理矢理突入しようとしていた。
「だからリーダーはっグエェッ!?ぺっ!ぺっ!ぺっ!ぺっ!や、だ……。リーダーは……うぅ~……。ダ、ぐえぇぇぇぇ……」
うわっ吐きやがったこいつ……。
やばい……。
口に突入したミミズ群がソフィアの吐いた汚い胃液と共に吐き出されて、ドロドロっと地面に流れた。
ああ……我が相棒のミミズ群が胃液に汚されて可哀想だ……。
「ダグザです!リーダーはダグザです!!お願いしますリーダー!助けてください!もう無理です!これ以上は耐えられないのです!!」
泣きそうになりながら必死で叫んで降参するソフィア。
良し。
これで情けなく砕けれていた俺のプライドが微かに再び復帰した。
誰だよ、プライドなんてくだらないとかなんとかほざいてた奴は……。
プライドなしで生きていけるわけねぇだろう。
そんなことほざいた奴は荷物持ちの役を引き受けるがいい。
「ダ、ダ……ダ……グザ……ッ!」
完全に首を巻き付かれないように必死で足掻いているギタノは、もう既に限界に至っているようだった。
「しっかし、お前達も情けないよな。特にソフィアね。ミミズが気持ち悪いならこんなダンジョンに来るなよ。他に色々いっぱいあるじゃないか。なぜこんなミミズだらけでモンスター材料も収集出来ないダンジョンに来るんだか……」
「ダグザ……!ギタノが!ギタノが!あ~あ……わ、私も……うぅ~……お願いしますー!うああぁぁ~!お願いですー……!」
泣きそうになっていたソフィアは我慢しきれずに涙を流しながら叫んでいる。彼女に巻き付いている触手は遊び飽きたらしく、本気で殺すために巻き付き始めていた。
俺はそれを無視して、大事な話を続けた。
「俺だってこんな所は嫌なんだよね。お前達二人もさっきの俺の気持ちが理解しただろう?」
うんうんと必死に何度も頷く二人。
「まぁでもあれだ。あれだよ。さっきミミズ群に埋もれたおかげでスッキリ気持ち悪さが消えたんだよ。今では愛しく感じる程にかわいいと思っているよ。ほら、細長くてフラフラと蠢く姿はキューティーじゃないか。家で飼おうかって考えうぇぇっぇぇぇぇぇ!?キモイキモイキモイキモイッ!!何なんだこれは!!ぶぇぶぇぶぇ!!顔に!俺の顔に!なんてことをするんだあああ!?ぐぅっぉぉぉぉぉぉっ……ぐぉぉぉぉぉぉぉぉ……ぐぉぉぉぉぉぉ……」
大事な話をしていたのにも関わらず、いきなりミミズ玉を顔面に投げつけられた。ミミズ玉は俺の顔面に直撃し、顔全体を覆った。
俺は手で自分の顔を何度もビンタして大抵のミミズを吹き飛ばすと、体を傾けて三回ほど勢いよく吐いた。
ミミズを含んだ胃液がいっぱい地面に流れる。吐きすぎて最後はもう出てくる物がなかった。
うわっ気持ち悪っ。
気持ち悪っ!
臭いし……。
腹痛い……。
「ギーギシギシギシギシ」
俺が気持ち悪く吐き終わると、突然にして耳が気持ち悪くなる音が発せられた。
口周りに付いていた汚いのを袖で拭い、気持ち悪い音を発している方に目をやった。
そこはギタノとソフィアが捕らわれている所だった。たくさんの触手が突き出ていて、そのど真ん中に小山の様なものが地面から突き上がっていた。それもミミズだらけで形成されている。
デカワームみたいだけどデカワームじゃない。そいつは地面とつながっており、巨大口をパクパクと閉じたり開いたりできる。
気持ち悪い奴らめ……!
「ちくしょおおお!このくそミミズ群共め!この裏切り者!!仲良くなったと思っていたのに!!なんてことをしてくれやがった!!全員殺してやる!!このくそダンジョン事殺してやる!!おおおおおおおおっ!!」
俺は剣と盾を構えて、耳がないミミズも耳を塞ぐほどの絶叫しながら襲い掛かった。吊り上がっているソフィアが泣きながら笑いを堪えていたのが一瞬窺えたけど、これは気のせいだろうか……。