ep15 - 凡骨ナイトはワームに負ける……!
「うっわ、気味悪っ。吐きそう……」
遠く離れたとある地下洞窟の中。
俺(無理矢理)とギタノとソフィアの三人は酷く汚れたその地下ダンジョンに降りたばかりだった。
酷く汚れたという発言は優しい。
優しすぎる。
汚れたという言葉は正しくない。
正しくないね。
本当は乱れたダンジョンだ。
ダンジョンの壁全体は細くて小さな茶色何かで蔽っていて、それがもぐもぐと蠢いている。臭い上に気を付けないとたらたらといっぱい崩れてくる。
くそ気持ち悪い……。
何なんだ。
もっとマシなダンジョンがあったはずだ。
あったはずだ。
最悪……。
新しい装備買いそろえたばかりだというのに。
畜生、ソフィアめ。
覚えてろよ……。
覚えてろよ!
俺達はあれから鎧を買いそろえて、そのままこの気味悪いダンジョンに向かった。
俺とギタノも軽装な防具を選んだ。
ギタノが新しく身に着けている装備は全体的に濃い青色で、腹部は普通に布の生地だけど、背中部は金属で守らており、両肩防具も同じく腕まで覆っている。
俺はというと、ギタノ程軽装じゃないけど、重装とも言えないその半ばくらいの装備を身に着けている。
白い装飾の付いた結構の厚さがある黒革の防具で、ギタノがある肩防具はないけど、腹部も背中部も腕も防具で守られている。後はもちろん、新しい剣も長い六角形の盾も購入した。
これらの装備は全て人工的に鍛造されていて、モンスター材料が含まれていないので、誰でも使える装備だ。ただ、その代わりにはモンスター材料が備わっている色んな特性やスキルが装備に身に付いていない。
まぁ、あるだけマシってことだ。
「集中してください。いつデカワームが襲ってくるかわからないのです!」
周囲を警戒するようにあちこちを見渡しながら付いてくるソフィアが、後ろでうるさく注意してくる。
ソフィアは変わらず地味な灰色のローブで身を包んでいて、今は手に弓を持ち肩に矢がいっぱい詰まった矢筒を背負っている。
「で、出たぞ!で、でで、出た出た出た!うわっ気持ち悪いっ」
正面にある角からソフィアが言ったデカワームが姿を現して襲ってくる。
「ダグザ!落ち着け!」
「ほら作戦通りですよ!デカワームは弱いモンスターです!ダグザはただ盾を突き出して攻撃をブロックしていれば大丈夫です!」
一番後ろにいたギタノは素早く俺の隣に移動し、ソフィアは矢を弓に番えて構えた。
俺は言われた通りに盾を前に突き出して襲ってくるデカワームを迎え撃った。
デカワームというモンスターは大きなミミズだ。
この地下ダンジョンのいわゆる所を覆ってもぐもぐと蠢くミミズが、集大して形成されたモンスターだ。
だから、説明しなくても超気持ち悪い外見をしていることは理解できるだろう。
デカワームには手足はなく、ソフィアくらいの高さで酷く太っていて、何でも構いなく飲み込む巨大な口を開けたままでいる。その長くて丸っこい図体からぽろぽろとミミズを溢しながら地面を這うように進み、ジージージーという不気味な鳴き声を発して襲ってくる。
こいつには手足も歯もないため、体当たりと獲物を丸ごと飲み込むくらいの攻撃手段しかない。
飲み込まれない様に気を付けていればいいだけだとソフィアが言っていた。
しかし、恐ろしい……。
恐ろしい程に気持ち悪いモンスターだ。
うっわ、マジで吐きそう……。
「ダグザ、しっかりしろ!盾で硬く防御していればいいだけだ」
「汚いからと言って母から受け継いだ刀を使わないお前だけには何も言われたくない!」
ギタノは今俺と一緒に新しく買った剣を利用している。得物の刀は鞘に収めたまま腰に差したままだ。
「ジ~ッ」
気持ち悪くなりながらも仕方なくデカワームを迎え撃つと、俺の髪の毛をかするように背後から矢が放たれた。矢はデカワームの体に突き刺さり、突き刺さった所から血である黒い液体が流れると一緒に無数のミミズが崩れ落ちた。
「おい!俺を殺す気か!」
もうほんの少しの所で殺されていたかもしれない……。モンスターにじゃなくて……自分のパーティメンバーに。
「ダグザはただ黙ってブロックしていればいいだけです!私が放った矢は必ず命中するのです!」
「信用できるか!!ちっ、この野郎!」
後ろにいるソフィアに振り向こうとした時にデカワームが体当たりしてきたので、俺も盾を使って体当たりを返した。
「ほうっ!」
ギタノは俺と力の張り合いをしていたデカワームを剣で横に斬った。
「うわあぁっ!?気持ち悪っ!気持ち悪っ!気色悪いぃぃぃぃ!!
斬撃はデカワームを貫き、衝撃で多くのミミズが吹っ飛んで俺の方にまでくっついた。俺は慌てて飛びついたミミズを取り払おうと、バタバタと手で自分の体を叩く。
「落ち着けダグザ!ただのミミズだ!」
「だからお前に言われたくない!」
「本当にだらしないですね。それだとブロッカーは務まらないですよ?」
後衛にいたソフィアが小走りに近づいてきた。
デカワームの図体を形成していた無数のミミズ共は地面に散って、他のミミズ共と交じり合って逃げた。
「俺はもうブロッカーなんて引退したんだよ!」
「何を言うのです?私と共に行動したいのであれば、これからはきちんとブロッカーを務めていただきますよ?」
くそったれ!
これは地獄だ。
サバイバルだ。
今更気付いたけど俺にはこんな生き方は向いていない。
「ソフィア。このモンスターからは何も取得できないのか?」
ギタノは地面に崩れて跡形もなく図体をなくしたデカワームを見届けると、ソフィアに確認するように尋ねた。
確かに、集大してデカワームの図体を形成していたミミズ共が散ると、そこにはミミズ以外には何も残らなかった。
「デカワームは見ての通りもともと一匹のモンスターではなくて、ミミズが合体して形成したモンスターなだけで、モンスター材料は取得できないです。そもそもミミズは釣り以外には何の材料にもなりません」
「なんだ。役立たずじゃねぇか。じゃあここで狩りをしても意味ないじゃねぇのか」
「そうですね。ダグザみたいです」
「な、何だと!?」
「デカワームは非常に弱いモンスターです。滅多なミスをしでかさない限り食われることはありません。初心者のあなた達が戦いに慣れるにはいい狩場です。後、あなた達の実力も見たかったので……」
ソフィアは俺を無視し、淡々とまた説明しだした。
戦いに慣れるね……。
こっちはもう散々エリザに地獄を見せられたんだよ。
こんな弱っちいモンスターじゃ歯ごたえがない。
「ふん、見ての通り俺とギタノは戦い慣れしている上に結構やれ……」
「そして、私が見定めた結果は……思っていた通りにギタノはいい筋していて腕があります。ダグザは初心者よりだめですね」
「な、なな、何だって……!」
いつもみたいに俺を遮って喋ったソフィアに身を乗り出した。
「ナイトのくせにまともにブロッカーも務められず、攻撃もしない上にミミズを怖がるとか失格です」
「お前な!こんな気持ちの悪いモンスターとまともに戦えるか!じゃあお前ブロッカーなしで正々堂々と戦ってみろよ!」
「嫌です」
今更ただのミミズが蠢いているデカワームが崩れた場所を指さしながら挑発したら、ソフィアそっぽを向いて即答した。
「こ、この小娘め……!」
「ダグザ、ソフィア、気を付けろ。二匹が来るぞ!」
ギタノの言葉で前に向き直ると、正面から二匹のデカワームか這いながら襲って来ようとしている。
ふん、集大しても弱っちいモンスターが……!
ソフィアに見せてやるよ。
俺の本気モードの実力ってやつよ!
「俺一人でやる!二人は見てろ!」
そうとだけ言い残してデカワームの方に突っ込んでいった。腰に下げている剣を抜き、盾を前に突き出しながら全力で突っ込んだ。
「ほりゃあっ!」
盾を使って一匹に思い切り突進して後方へ押し飛ばすと、もう一匹に剣を突き刺した。
『ジージ~ッ』
二匹とも鳴き声を上げる。俺は剣を突き刺したその一匹に何度も切り刻んでやった。多くのミミズが飛び散って装備にも付くけど、気持ち悪さを我慢してデカワームの図体が全部なくなるまで斬り続けた。
「はっははははは!見ろ!この俺の実力よ!次はお前だ!このくそミミズ共めぐおぅぅっ!?」
突進して盾で後方へ突き飛ばしたもう一匹のデカワームに斬りかかろうとしたら、何かに躓いて勢いよく前へうつ伏せに転んでしまった。
「ぐっぇぇ」
地面がミミズだらけで滅茶苦茶汚いからすぐに立ち上がろうとしたらまた転んでしまった。
あれ……!?
おかしいぞ?
おかしいぞ!
マジでおかしいんだけど!!
転んだんじゃない!
足が動かないのだ!
「ひぇぇ……?」
ミミズが……。
汚いミミズが集まり……縄を形成して俺の足を強く縛っていた。頭が真っ白になり、パニック状態に陥りそうになった俺はもがき始めた。体をねじ曲がり、両肘を使って立ち上がろうとしたり、横に転ぼうとも試したりもしたけど、もがく度に地面のミミズが俺の体をより深く捕らえてくる。
段々と体がミミズの地面に沈み始めて、正面にはさっきのデカワームが巨大な口ですぐ目の前まで接近していた。
俺は耐え切れず、完全なパニック状態に陥ってしまった。
「ひやぁぁぁぁあああああああっ!!たすけてくれぇぇぇえええええ!!しにたくないぃぃぃぃぃぃ……!!ミミズに飲み込まれて死にたくないぃぃぃぃぃ!!ギタノおおおおおおおお!!ソフィアぁぁぁぁ!!頼むぅぅぅぅ……!!お前ら俺を見捨てないでくれぇぇぇ……!!いやあああああぁぁぁぁぁぁぁ……!?ぐうおぅっぉぅぅぅっごぉぉ……」