ep13 - ソフィア・ホーリーアルケンという手強い小娘!
神殿に残ったのは俺と、ギタノと、ソフィアと、神殿のおじさんだけだった。エリザが去ると、少しだけ心細くなった気がした。
彼女がテレポートしたとほぼ同時に、一組のパーティがこっちにテレポートしてきた。五人の者達が光に包まれながら表れ、すぐさま歩いてどこかへと去っていった。
ソフィアはそのままの体勢で数秒立ち尽くした後、ゆっくりと俺とギタノの方へ向いた。心底嫌そうな表情を浮かべながら……ごみを見る様な目で……長いため息と共に……俺達を見つめた。そして、もう一度ため息を吐いた。今度は低め。
俺とギタノは固唾を呑んで彼女の様子を見守っている。
短い間金色の目を瞑り、口を開きかけたけど、何かを言うのを諦めたらしく、目を開けると同時に歩き出した。早歩きで俺の隣をスーッと通り、神殿を出ていく。
俺は急の状況の進歩に追いつかず、説明を求めてギタノを見たけど、彼も同じく、へ?の表情を浮かべて俺を見つめ返した。
「って、ちょ、ちょっと待て!」
「お、おい……!」
二人揃って声を掛けながら大急ぎでソフィアの後を追いかけた。
「待ってくれよ!どこに行くつもりなんだ?」
小走りで彼女を追いかけながら背中越しに叫んだ。
「あなた達には関係ないです。目的のお金はもう手に入れたはずです。これからは私をほっといて、自由にして構いません」
振り向きもせずに、俺達から逃げる形で歩く足を速めてソフィアは答える。
「何言ってるんだよ!?三人で行動するのがエリザの頼みだったじゃねぇか。お前行く当てでもあるのか?」
「あります」
あっさり即答された。
「な、じゃ、じゃあ……」
「お金はあるのか?」
即答されると予想していなかった俺が口ごもっていたら、ギタノが続けて質問を投げつけた。
「あります」
しかし、それもあっさり即答されてしまった。
「女の子一人だと色々と心細いだろう?」
「大丈夫です」
うぅ……手強い小娘だ……。
でも、あきらめるわけにはいかない。
約束は約束だ。
いくら俺でも、エリザとの約束を破って、小娘を一人にする様な男じゃない。
「大丈夫じゃねぇだろう。一人で心細いに決まっている!頼りないかもしれないけど、俺達を頼ってもいいんだぞ!?」
そうソフィアの背中から一生懸命叫ぶと、彼女はビクッと反応して足を止めた。
「そうだ。俺もダグザと一緒に居てもいつも心細い。だから良く理解している」
「お、おい……!」
「しかし、二人だからこそ乗り越えられた壁はたくさんあった」
ギタノはソフィアが足を止めた隙に前へと回り込んで、両手を広げてそれ以上の通行を妨害する。
「だから何っていうのですか?」
後ろに居るため表情までは窺えないけど、ソフィアは不機嫌そうに苛立った声音で尋ねた。
「だから一人でいる心細さは良く理解している。確かに認めよう。俺とダグザは頼りない。だが、エリザと約束をしたんだ。ソフィアと一緒に行動して守ってやると。俺は、俺達は何としてでもその約束を果たすつもりだ」
ギタノは目の前に居るソフィアを真剣に見つめながらはっきりと心強い声音で言い張った。
流石だ。
これでこそ俺の相棒だ。
ギタノは滅多にひるまないからすごい。
ま、まぁ、俺も滅多にひるまないけどな……。
「へぇ……。言いたいことがそれだけですか?あなた、エリザに気があるように見えましたけど、やはりそうだったのですね。私にはどうでもいいですけど、一応忠告しておきます。諦めた方が良いですよ?エリザは昔の失恋から未だに回復していないのです。彼女は誰とでも付き合うつもりはありません。では……」
彼女は苛立った様子のままそう厳しくきっぱりと言うと、再び歩き出した。
大丈夫だ。
ギタノはその程度で動揺する様な……。
「そ、そうだったのか……。そ、そんな、つらい過去が……。俺には、どうにも、出来ないということなのか……。今まで、隣にいたのにも関わらず、気付いてやれなかった……。俺には、彼女の、横にいる資格は、ない……ないのか……。ああ、やはり俺は役立たずだ……」
「あ、相棒よ!」
くそ、ショックが予想以上に大きかったようだ……。
ちぇっ、だから褒めない方が良いんだよ。褒めると大概の場合は次の見せ場で失敗してしまう。
後は俺が一人でやるしかないみたいだ。
俺は駈け出して、ギタノを通り過ぎようとしていたソフィアの前に回り込んだ。
「まだ用があるんですか?勝負は付いています。あなた達は私を説得できません」
腰に手を当てながらさらに不機嫌そうに言って俺を睨んだ。
こ、怖い……。
だけど、尚更ここを引くわけにはいかない。
エリザとの約束とかそんなのはもうどうでもいいさ。
勝負って言われた以上……何であろうと小娘に負けるとかそんな恥を掻いてたまるか。
「良いか。良く聞け、小娘が……!」
「こ、小娘……!?」
「ああ、小娘だ!いい加減……」
「死ねばいいのです!」
は……?
俺の言葉を最後まで聞かずに、ソフィアはものすごく不機嫌な表情で怒声を上げて、再び歩き出した。
動揺しているギタノと、呆気に取られている俺を通り越して、彼女はそのまま歩いて行った。
何なんだ……。
手強いレベルじゃねぇぞ。
あれはダメだ。
諦めて恥を掻いた方が良い。
道路を往来している者達がちらちらと俺達を哀れな目で見ているけど、そんなのはもうどうでもいいさ。
負けを認めるのも大人ってやつだ。
なぁ、そうだろう?
相棒よ……。
あれ?
気がつけば、隣にはギタノの姿が居なかった。
まさか……!?
「ああ……あれが純粋なる恋の力というものか……!」
いつの間にか立ち直ったギタノは、恋の力に押されてもう一度ソフィアの前に回り込んでいた。前と同じく両手を広げて通行を妨害し、真剣で尚且つ恋の炎に満ちた眼差しで見つめて。
「諦めが悪い男ですね。もっと酷いこと言われたいのですか?まさかドMだったりするのですか?」
背後から窺える限り、ソフィアの態度にはもう苛立った様子は消えていて、今は完全にうんざりした様子だった。
やばいな。
これでだめだったら、もう終わりだ。
俺には正直心底もうどうでもよくなったけど、相棒として応援してるぜ。
「ああ!その通りだ!」
「はい……?」
「え?」
ギタノのその答えに、俺もソフィアもびっくりしてしまった。
お前……ドMロリコン野郎だったのか……。
相棒として応援するべきかどうか、少し不安になってきた。
「ドMになる程エリザのことが好きだ!ドMでも構わない!彼女のためであれば俺はいじめられても喜んで耐えて見せよう!俺はエリザと交わした約束を果たす!俺の恋の気持ちは無限大だ。君が何を言おうと、何をしようと、俺の気持ちは絶対に揺るがない!」
ギタノは、恋の力を纏った決意で、精一杯一生懸命大声で叫んだ。
道路を歩いていた一般人が足を止め、商売をやっていた者も、買い物をしていた者も、全員が静かにこっちに注目しだした。
終わった……。
これでこの町にとってギタノはドMロリコン野郎で、俺はドMロリコン野郎の仲間だ。
畜生……。
どうにでもなれ……!
もう後には戻れない。ならば最後まで付き合おうじゃないか。
「その通りだ!こいつはドMロリコン野郎で、俺はドMロリコン野郎の仲間だ!」
「はい……?」
覚悟を決めた俺は、素早くソフィアを回り込んでギタノと肩を並べた。
彼女は口を開けたままさらに呆気に取られていた。
「そうだ!ソフィア!俺達が必要ないと言い切るのであれば、ここで斬るが良い!」
ギタノは腰から刀を抜いて勢いよく地面に突き刺した。
「お、おい……バカ……」
俺は思わず小声で呟いた。
覚悟を決めたけど、死ぬ覚悟じゃねぇよ。
バカかこいつ……。
そんなこと言ったら、この小娘は迷わずに俺達を斬るに決まっているじゃないか!
「はぁー……。いいですよ」
ソフィアは心底うんざりした様子の長い吐息を吐くと、強く頷いてこちらに向かってきた。
ほら……!
言わんこっちゃない!
畜生が……。
人生というのは何という残酷なんだ。
子供との勝負に見っともなく負けて、最大の恥を掻いて、その上……大勢の者達が哀れむ目で見つめる中で殺されるとは。
何という残酷な人生なんだ。
まぁ良い。
慣れているさ。
これが人生なんだ。
自分が最も酷い状況に置かされている時、尚更悪くするのが人生というもんだ。
結局エリザとの約束を果たせなかったけど、彼女の信頼を裏切らない活躍だっただろう。
これでドMロリコン野郎とそのドMロリコン野郎の仲間の伝説が終わる。
あらためて覚悟を決めて死を待っていたら、ソフィアは地面に突き刺された刀の隣を通り過ぎ、何をすることなく俺とギタノをも通り過ぎっていた。
「ソフィア……」
「お、おい!お前……!」
慌てて振り返った俺とギタノと同時に彼女もゆっくり半身だけ振り返って、
「私と、一緒に行動したいのなら勝手にすればいいです……!」
と、だけ言い残すとそのまま歩き続けた。
俺とギタノは呆気に取られた様子でお互い顔を合わせて、
「よっしゃあぁぁあ!!」
と、ガッツポーズ決めながら大きく叫んだ。
その日以来、街中での俺達の通り名は……変人ドMロリコン野郎と変人ドMロリコン野郎の仲間、と新しく更新された。