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9話 星空の下で


お待たせしました

本年もよろしくお願いいたします




 野宿……露天に宿る事。屋外で睡眠をとり、夜を明かす事である。

 シンレスは傭兵(ゆえ)の慣れもあるので、多少劣悪な環境でも躊躇(ためら)い無く過ごすことが出来る。しかし、この原始的な行為を、エンカはすこぶる嫌っていた。


「オレ野宿は反対って言ったよね!?」

「時と場合による。仕方のない事だ」


 理由……といっても大したものでは無く「寒い・暗い・虫が嫌」というものである。

 シンレスもそれを知っているので、エンカの文句をただのバカ男のわがままだと一蹴(いっしゅう)した。


「だったら明日! 明日の朝イチで町を出れば乗り越えられない!?」


 今日の移動は諦め、明日の朝一番に移動を始め一気に森を越えてしまおう、というエンカの提案。だが、シンレスは。


「半日もここに留まる訳にもいかないし、1日でこの森は抜けられない」


 ごく冷静に、提案をはねのけた。

 到着が遅れ、他国の権力者をあまり待たせるのはよくない。国の評判にも関わるからだ。


「クインヘルも外で泊まるの嫌だよね!?」


 ここで頼みの綱……女性(クインヘル)へ問いかける。

 しかし━━


「男なら覚悟を決めるんだな」


 彼女は、エンカより(たくま)しかった。


 クインヘルにも一蹴されてしまい、もはや勝利の道筋は見えず、エンカは諦念(ていねん)しがっくりと肩を落とした。



 ◇



 そんなこんなで、森移動を始めた一行。


 昼間の移動はよかった。ハイキングみたいだね~と、エンカも機嫌よく歩みを進めている。しかし、いよいよ日が落ちてくると、たちまちわがままに逆戻りしていった。


 森の中という事もあるのか、暗くなる時間が町にいる時より早く感じる。

 完全に見えなくなる前に、腰を下ろすところを見つけなければならなかった。


「ねぇシン~」

「しつこいぞ」

「せめて虫除けの(まじな)いだけでも……」

「オレは術士じゃないから無理だ」

「……シンのバカ!」



 やがて、比較的寝やすそうな場所を見つけ、光源・暖の確保と獣避けのための火を焚く事に。シンレスはそこらで拾った金属の小さな板と、長剣を手早く何度も(こす)り、発生する火花を利用して火を起こした。


 手慣れた様子に、クインヘルは感嘆の声をもらした。


「手際がいいんだな」

「稼業だからな。お前は経験無いのか?」

「夜行馬車での寝泊まりはあるけど、木の根元で寝るのは初めてだな」


 徐々に大きくなっていく火を見ながら、クインヘルは木の根元へトスンと腰を下ろす。心なしか楽しそうだった。




 3人は焚き火を囲って、町で調達しておいた携行食を食べて、疲れた体に栄養を入れる。

 



 そして、いよいよ就寝。


「うぇぇ~嫌だよ~怖いよ~」

「なら早く寝ろ。寝れば気にならなくなる」


 未だ情けないエンカへ、シンレスはまとっていた自分の外套を被せる。

 エンカは不満そうな表情でそれを肩まで寄せあげて、木に寄りかかって目を(つむ)った。



 やがて穏やかな寝息があがり、シンレスは今日はもう大丈夫だと胸を撫で下ろす。そして、絶えず火の番をしていたシンレスが眠そうに欠伸(あくび)をした。


「さて、明日はきっと早い。オレ達も寝るぞ」

「寝ても、大丈夫なのか?」


 それは、寝ずの番をしなくてもいいのか、という質問だった。

 通常は交代で火を見たり、周囲の警戒をしたりする……そういう知識はあるのか、とシンレスは少しだけ笑った。


「まぁ、ちょっと見てろ」


 そう言って、手元の小枝を火の中へ放り投げた。

 無造作にくべられた小枝が炎の中で転がる。数秒してバチンッと、破裂する音が響き、


「ふりゃ……!?」


 その音に驚いたエンカが、変な声をあげて体を振るわせた。


 薄目を開け、眠気に負けながらも状況を探ろうとしている間抜けな表情に、吹き出したシンレスは慌てて口元を押さえた。


「ごめんごめん。何でもないから寝ろ」


 笑いを噛み殺した楽しそうな声に、遊ばれている事を悟ったエンカは迷惑そうに(うめ)きながら再び寝つく。

 シンレスはその様子を見ながら、どういう事かと言いたげなクインヘルへ一連の説明をした。


「エンカにはな、旗を持った瞬間から持っている特別な感情がある……旗を守るための警戒心だ。何らかの物音がすると、さっきみたいに目を覚ます。それを見ると、こいつは腐っても旗手なんだと思い知らされるのさ」


 どんなに能天気でも、自覚が無さそうでも、周囲の音に反応し軍旗の主として旗を守る……動物のそれとは別の、後天的に備わる旗手の本能だった。



 バチンッ! と焚き火が爆ぜる。


 その度にエンカがびくびくと反応してしまうので、さすがにかわいそうになったシンレスは焚き火をかき回し、少し火の勢いを抑えた。


「と、いった感じで、何かあればエンカが反応するから、とりあえず大丈夫だろう」


 よっこらしょ、とシンレスは体勢を変える。

 それに(なら)い、クインヘルも就寝を試みる。

 何せほぼ初めての野宿だ。どう寝れば寝やすいのだろうと色々考えていると、ふいにシンレスが口を開いた。



「お前……家族から見放された時、どう思った?」

「……何を聞きたい」

「家族を恨んではいないのか?」

「…………」


 結論を言うと、クインヘルは家族を恨んで()いなかった。


 争いに(やぶ)れ、徐々に疎まれ、結婚という名の廃棄処分に見舞われそうになった人生を打破すべく選んだ、王女の地位を捨てるという判断。

 当時の状況など、色々考えた結果なのだから、仕方のない事だと彼女は納得していた。


 クインヘルは無言を貫き、代わりに聞き返す。


「どうして、そんな事を聞く?」

「……お前のような、周囲の環境に人生を曲げられたような奴を1人知っている。ルリカっていう……オレのとこで世話をしている女の子がいる。もし……もし帰ったら……あの子と友達にでもなってくれないか?」


 きっとあいつも喜ぶ、とシンレスは呟くように言った。


 クインヘルは目を見開いた。

 シンレスから言われた事の意外さにもだが、この旅が終わった先にも、わたしの居場所があるらしい。

 クインヘルは嬉しくて、わずかに微笑む。



「そうか……そうなると、いいな」


 もし、一緒に帰れたら……。

 刺客として、旅に同行している自分には過ぎた願いだと分かっているが、不思議とそう思った。


 シンレスが寝る前に、クインヘルはさらに聞く。


「そのルリカって子は、どんな子なんだ?」

「ん……元々巫女の家系の子でな……偶然オレが助けて、世話をする事になった……」


 今にも寝そうなシンレスだが、無視して聞いていく。


「ふんふん、他は?」

「あと……かわいい……」

「へぇ! かわいいのか」


 よもやこの男からそんな言葉が出てくるとは思わなくて、クインヘルはついニヤニヤして聞き返す。


「うん……かわ……」


 シンレスが寝落ちて、そこで途切れた。




  ◇



 3人は朝日に顔を照らされ目を覚ました。

 この日で、旅は通算5日目を迎える。無事に野営を乗り越え、旅を再開させた。

 森の中に食事処は無いので、ひとまず携行食を食べて腹を満たす。落ち着いた場所で温かい食事がしたくて、エンカは早く町に行きたかった。




 移動と休憩の繰り返しの中、剣の稽古も組み込まれる。


 クインヘルに対する稽古は昼間……食事が終わった、そのあとのわずかな時間に行われた。

 全くの初心者に夜間の修練はキツイだろうという、シンレスの考えからである。

 加えて、教える技術も変えた。クインヘルに与える(技術)は防戦……応援の到着、もしくは逃走できる状況になるまで耐え忍ぶというものであった。


 受ける、いなすが主な動きとなるため、自ら勝負を決めにいく事が難しくなる。いかに体力と集中力を持たせるかが重要となった。

 日中とはいえ、クインヘルにはつらい稽古となった。


 まだ(やわ)い手の平にはマメが出来て、度々手当てを受けた。それでも、気丈な少女は泣き言を言わずにシンレスの指導を受け続ける。

 そのかいもあってか、シンレスの全力の太刀を、10回程度なら受けられるようになっていた。


 稽古初期の、すぐに武器を落とした彼女からは想像もつかない上達ぶりである。その成果を見たシンレスは、「とりあえずヨシ」と彼女へ及第点を与えた。





 6日目の夕方頃には森を抜け町を見る事が出来たので、早速エンカは待望の温かい食事と、ふかふかなベッドを全力で堪能する。




 そして、エンカとシンレスが旅立ってから1週間……長かった旅に終わりが訪れようとしていた。


 7日目、最終移動日は気温が高く、じわじわと体から水分が抜けていく。

 シンレスは頬を伝って流れる汗を拭いながら、前方を指し示した。


「さぁ、ようやく見えてきた。あれが目的地……アレスギアテスだ」


 瞬間、クインヘルがひゅっと息を飲んだ。勝気(かちき)相貌(そうぼう)が瞬く間に緊張の色に染まっていく。普段は能天気なエンカすら、無言を貫いていた。

 表情が強張るのは無理もない。今から足を踏み入れるのは審判と裁定の国。

 知っている者であれば、畏敬の念を(いだ)くであろう。



 正式国名・ノイステラ公国。別称・アレスギアテス━━『中立なる遺産国』の意味を持つ、世界の裁定者である。





次回から新たな展開、隣国……アレスギアテスに入ります。

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