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8話 ガードキーププレイング ~2~



 クインヘルは引き込まれるように、礼拝堂へ至る扉をゆっくり押した。

 建物の古さ(ゆえ)か、ギィ……と音が鳴る。


 少しだけ開けたドアから覗き込み、その先の光景を見て、クインヘルはつい息を飲んだ。

 ようやく熱を持ち始めたような柔らかい光に満ちた室内が、神々しさにも似た不思議な雰囲気に包まれている。



 その空間で━━



「あろうことか、━━は神の星辰(せいしん)を振り、星を割り、血を流した。さらに空の震えそのままに、溟海千里(めいかいせんり)をつんざき、その眠れる海底から土壌を掘り起こした。これに怒りを覚えた神の童女は、その男の手足に卵を産みつけ()を作った。これが━━」



 黒髪の男が礼拝堂の椅子に座り、書の朗読をしている姿があった。


 その男がシンレスだと気付くのに、時間はかからない。

 深く腰掛けリラックスしているように見えるが、声音は一言一句読み間違えないよう細心の注意を払っているような緊張感があった。


「天空を裂く炎剣のイルグと、大地を繋ぐ氷弓のエレニアの誕生である。誕生した2柱の幼神、イルグは男の蛮勇を()しとし自身の炎を貸し与え、エレニアはその不遜(ふそん)を悪として自身の冷獄へ……」



 しばらくして、彼は人の気配を感じたのか、朗読を止めて振り返る。


「なんだ、クインヘルか」


 ドア付近で固まっている少女の姿を認めて、シンレスは淡く微笑んだ。


 ……昨夜の(あき)れ、(にら)み、さっさと帰ってしまった男と同一人物とは思えないほどの穏やかさに……クインヘルは少し気持ち悪さを感じてしまった。


「よくここが分かったな」

「エンカから……ここにいると聞いた」


 木造の床、足音を響かせながら、クインヘルはシンレスの方へ歩いていく。(とが)められることもなかったので、そのまま彼の隣へと近付いた。


「さっき読んでた、それは?」


 クインヘルはシンレスの手元を覗き込み、そして「げ、」と顔を歪めた。それには細かい文字がびっしりと埋められていたのだ。


「これはこの国の……神話みたいなもんだ。昔は暗唱出来たんだけど、今は見ないとダメだな」


 シンレスはため息混じりに、手元の書をぱたんと閉じる。

 長年使われているのか表面には手垢などの汚れが目立つ、年季を感じさせる書であった。


 それに加え、クインヘルはその厚さにも驚いた。本というより辞書のような……見るからに長そうな神話に、内心唖然(あぜん)として見つめてしまった。



 ふと、クインヘルはエンカの表情を思い出す。

 ここに向かう前……彼の悲しみにも似た笑い顔。

 何の理由もなく、あの表情は出ない。きっと何かがあったからだとようやく思い至った。


 クインヘルは顔を上げる。


 この長い物語を、一時的にとはいえ暗記出来るほどの信仰心を持つまでに何があったのか……彼の横顔からは読み取る事が出来なかった。






 クインヘルも椅子に腰を下ろし、しばらく談笑していると。


「祈りは済みましたかな?」


 好々爺(こうこうや)然とした神父が、2人のもとへやって来た。


「神父……はい、助かりました。書はお返しします」


 シンレスは立ち上がり、至極丁寧に書を神父へ手渡した。

 神父はそれを嬉しそうに受け取ると、背の高いシンレスを見上げた。


「貴方のような若者が熱心に祈りを捧げる姿は、私も久々に見ました……。きっと神もお喜びになる。これからの旅路に、どうか幸あらんことを」


 神父はシンレスに向かい祈りを捧げる。シンレスはお辞儀を返し、黙ってそれを受け入れた。



  ◇


 それから2人は教会を出て、エンカが待つ宿屋へ戻っていく。部屋に入ると、エンカはベッドに腰掛けた状態で待っていた。


「おー遅かったねー。もう待ちくたびれたよ」


 2人の帰りを笑顔で迎える。旗の手入れをしていたのか、軍旗の布を留める紐が()かれていた。


「悪かったな。クインヘルと話してたら遅くなった」


 シンレスの言動に、エンカは「おっ?」と目を見開く。

 そこには明らかな変化があった。具体的には、クインヘルに対する角がさらに無くなっていたのだ。

 きっと教会でよく話をしたのだろう……大分打ち解けた様子に、ついニマニマと笑ってしまった。


「へぇー。その分だと大分仲良くなったみたいだね。よかったよかった」

「…………」


 とりあえず旗手を1人にさせたことに関してはお(とが)め無しという事で終わり、一行は隣国への旅を再開させる事にした。



 それからの歩みはいつも通り……歩き続け、時に休み、腹を満たしながら歩き続けた。




 そして━━


 昼食をとった正午から2時間後……太陽がほんの少し西に傾きだした頃、景色が徐々に変わっていく。

 建物が減っていき、それと同時に木々が目立ち始めていた。


 それを見たシンレスはある覚悟を決めた。


 いずれは国境を越えねばならず、いつかは訪れる事なので自分は平気だが、エンカはとても嫌がるだろうなぁと思いながら、彼はふと足を止めた。



「ん? どうしたシンレス」


 急に足を止めるシンレスを不思議がるエンカ。……まだ気付いていないようである。


 シンレスは腕を組み息を吸い込んだ。


「さてここで残念は知らせがある。ここからは町を抜け森に入る……よって、野宿決定だ」


 シンレスの宣告に、エンカは悲鳴をあげた。





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