6話 シンレスプラクティス
食堂から少し離れた森の中。
この日の夜から、クインヘルへの襲撃が始まる。
が、ここで予想外の事が起こっていた。
甲高い剣戟の音が、幾度も夜闇に響く。
その最中一際強い、シンレスの横殴りの一撃がクインヘルの持つ剣へ衝突した。
「きゃ……っ」
火花が飛び散るのと同時に、小さくあがる悲鳴。
剣を伝い腕に来る振動に耐えきれず、クインヘルは剣を落としてしまった。
弾かれた勢いそのままに数歩後退し、彼女は戦慄したように身を固めた。が、すぐさま凛々しい表情に変え、剣を拾い上げる。
それを見つめるシンレスは表情一つ変えずに剣を構えるが、瞳の奥にはわずかな失望の色をのぞかせていた。
「やぁ、調子はどう? 順調かい?」
対峙を続ける2人のもとへ、ようやく食堂から出てきたエンカが様子を見に来た。
「順調なわけあるか。ただ場数が足りないだけかと思っていたが……誤算だった。こいつはとんだ素人だ。……それでよく暗殺など企てたもんだ」
シンレスは隠そうともせずため息を吐き出す。
「クインヘル、改めて聞くが剣の師事を受けた事は?」
虚偽を許さぬ灰色の眼光。
対するクインヘルは気の強そうな瞳で悔しげに見返すが、すぐに逸らせた。
「……ちゃんと誰かに習ったことは、無い」
……クインヘルに、剣の技術は皆無であった。
これにはエンカも驚いた。剣を振るう技術が無ければ、どんな至高の武器でも、どんなに心が勇敢でも無意味になる。
元々、守られる側であっただろうクインヘルだって理解しているはずなのに、大した修練を積まずにエンカの暗殺を目論んだ。
それは何故なのか━━
そもそも、彼女はどうして━━
「クインヘルは、どうして騎士に?」
当然ながら生まれる疑問に、クインヘルは観念したように1つ息を吐いた。
「前も言った通り、わたしは王位争いに負けた。王は男がなるものだけど、2人の兄は死んでしまって、王の子はわたしと妹が残されて……たちまちいさかいが起きた」
まだ少女の身である子の……どちらを“女”王にするのか、少女の周りで官吏たちの陰謀が渦巻いていったのだ。
「生まれ順なら、クインヘルが王位を継ぐのでは?」
エンカは首を捻り、シンレスも疑問に同意するよう頷いた。しかし、クインヘルは悲しそうな、淡い笑みを浮かべるだけだった。
「そうはいかなかった。何があったかは王家の名誉のため省かせてもらうけど、結果的に次の王は妹に決まり、わたしは敗者となり用済みになった」
クインヘルの表情がみるみる悲愴に満ちていく。
「やがて父や母、妹……身内からも疎まれるようになり、このままだと無理矢理結婚させられ、人生すら奪われる……それだけは許せなかった」
王族の婚姻は政治的……有事の際のいわば人質だった。
そんな扱いをされるくらいなら、絵本や夢物語で憧れた剣士になろう。勇ましく、悪を絶やし、道を切り開く騎士となろう……。
その思いを胸に慣れぬ剣を携え武装し、クインヘルは身分を捨て1人祖国を出た。
「婚姻を避けるため国を出るのは早い方がよかった。これにより、わたしはただの女となった」
よって、剣の鍛練をおざなりにしてしまい……武術の技量がほぼ無いのである。
「わたしはアナゼル王国民ではあるが、アゼルシーナ王家では無い……今や無関係だし、向こうもそう思っているだろう。……この生き方を決めた。決めてしまった。頼れる者は誰1人いない……ずっと、孤独だった……もう……なりふり構ってはいられなかった」
自ら慣れぬ騎士の道を志し、単独である王国を目指す旅……1つの目的、ローダ・ハヴィリア国の『旗手』を殺すという思いを拠り所にして。
「その口調なのも、それが理由?」
いつも感じていた、元王女らしくないクインヘルの男らしい口調……それを指摘された彼女は、ばつが悪そうにわずかに俯いた。
「……うるさいな。悪いか」
ふいに、シャ……と金属が擦れる音が響いた。その方を見ると、シンレスが武器を鞘へ収めた音だと分かった。
シンレスは穏和ではない、けれども冷たくもない眼差しで、クインヘルを見遣る。
「お前が結婚義務を拒絶し、騎士という言葉に憧れ、絆された奴だったという事はよーく分かった。……明日もあるから今日はやめだ。体、しっかり休めておけよ」
やる気喪失……といったように、シンレスはエンカとクインヘルを置いて宿屋へ向かってしまった。
その背中を何も言わず見送っていたクインヘルは、肩を落としため息をついた。
「さすがに……呆れさせてしまったな……」
「大丈夫。シンは見捨てたりしないよ……ただ……少し苦手かもしれないね」
エンカは落ち込むクインヘルを励まし、さらに続けた。
「シンレスは、君みたいな境遇の子に少し弱いところがあるから……ま、機会があったら聞いてみるといいよ」
戻ろっか。
相変わらずな穏やかな口調で、エンカは先を歩いた。
次回更新…
作者のアトランティス攻略まで、しばしお待ち下さい