100年の旗振り
エピローグよりもさらにあとの物語
不老にして不要━━それが、今の少年の位置づけである。
少年は1人寂しく、風が吹き抜ける城のバルコニーで雲の流れを見つめていた。
ふわふわ揺れる亜麻色は変わらず、携える軍旗も変わらず……けれども、顔は昔と打って変わり、抜け落ちたように無表情だった。
エンカ・アイヅァ。17歳。
━━否、100回目の17歳を迎えた。
この100年間、エンカを取り巻いたのは、別れだった。
シンレス、ルリカ、ランティス、ラシュタード、エルザ……数多の友人を次々と看取り……つい40年前、とうとうクインヘルもいなくなってしまった。
結局、再び結ばれることなく逝ってしまった、愛する人……。
クインヘルの訃報を聞いたあの時ばかりは、本当に心が折れそうだった。
目の前が真っ暗になって……いっそのこと争いが起きて、さっさと旗手の代替わりが出来たらいいのにと思ったが何も起こらず、誰もが望んだ目が眩むような美しい世界となったのだ。
━━分かっていた。分かっていた事だった。
フレイアキルから旗手の任を受け継ぎ、国のために生きると決めた時から理解、覚悟していたことだった。
なのに、いざそれを目の当たりにすると、どうしようもない喪失感に囚われた。
10年、20年……どれほどの時が流れても癒える事はなく……人前に出ることを拒絶して塞ぎ込んでしまった。
しばらく無気力にぼうっとしていると……ふと、足音が聞こえてきて━━エンカの背後で止まった。
「ここにいらしたんですか」
振り返ると、黒髪の青年が立っていた。
旗手の姿にホッとしたような表情を浮かべた彼は、エンカの隣につき、同じく空を見上げた。
「景色がいいですね。外に出る気になりましたか?」
問いかけに、エンカは緩やかに首を振った。その答えに、青年はそうですかと返した。
そのまま居座る彼に、エンカはポツリと呟く。
「君は本当に……じいさんに似てないね」
面影はわずかにある程度で、性格は似ても似つかない。きっと、彼はおばあちゃん似だろうと、エンカは何となく思った。
「エンカさんは、いつも父さんではなく、おじいさんの話をしますよね?」
どうしてですか? と首を傾げる彼に、エンカは薄く笑みを浮かべる。
「そらそうよ。……幼馴染だったんだから」
思い出や思い入れは誰よりも強い。
祖父と幼馴染だと語ってみせる少年に、青年は目を見開いた。
「本当に年を取らないんですね。という事は、あの話も本当ですか?」
「今じゃおとぎ話だけどねー」
年を取らない少年が、女王様との結婚を誓い、永遠に彼女を待ち続ける……昔のエンカとクインヘルの話は、今や架空の物語として出回っていた。
あまり人前に出なくなった結果、不老の旗手の存在はだんだんうろんになっていたのだ。
「エンカさん……」
「ん?」
ふいに聞こえてきた真面目な声音の呼びかけに、エンカは曖昧な返事と共に隣を見遣る。すると、青年は頭を下げていた。
「ありがとうございました」
突然な事に訳が分からず言葉を失っていると、頭をあげた青年がさらに続けた。
「父が生まれてこれたのも、オレが生まれてこれたのも……すべて、エンカさんが昔おじいさんを立ち直らせてくれたからだと……そう聞きました」
青年は穏やかに笑う。
「何かあれば言ってください。おじいさんの代わりに……力になりますから」
そう言って、青年は踵を返す。
瞬間、エンカは瞠目した。風になびく黒い頭髪に……幼馴染の姿が重なったのだ。
自分がよく知る彼は短髪ではない……もっと、しっぽのように長く垂れ下がった髪なのに……一瞬で目元が緩み、涙が溢れた。
「シン、レ……っ」
嗚咽を堪えるように、口元を手で覆う。
『罪の無い人』と、あの時叫んだ思いは、こんなにも輝く命を繋いだのだ。
凛々しく立ち去る後ろ姿に、はるか昔に逝ってしまった友人を思い出して……エンカはその場に崩れ落ちた。
取り残される運命にある少年へ、去り行く者が遺していったもの……
という感じで書きました




