46話 最愛へ駆けつけろ! ~2~
じりじりと迫る賊を、エンカは構えた剣の切っ先越しに見据える。そのまま、左手をクインヘルを庇うように広げた。
「あまりオレから離れないように」
対峙する数は10人。大半の敵はラシュタードがひきつけてくれたようであった。
先にしびれを切らしたのは賊の方。数人が、一気にエンカへ飛びかかった。
エンカは右から来た敵の剣を下に強く打ちつけ、わずか数秒の隙を作ると、時間差で仕掛けてきた左側の敵を一息に斬り伏せる。
そして、残った右の敵は衝撃で手が痺れているのか、手をぶるぶると震わせるだけで構えようとしない。エンカはその両手を叩き斬り、怯みを見せる体に蹴りを入れた。
「ヒ━━」
「嫌だったら、目をつむっててね」
怯えるクインヘルの悲鳴を聞きながら、そのあとも戦い続ける。
敵からは当然、飛び散る血からもクインヘルを庇う。
そうして、エンカはものの数分で、対峙した10人をすべて倒し終えた。
大半を引き受けてくれたラシュタードも戦闘を終えたらしい。残党が残っていないか、周囲を警戒していた。
「終わった、みたいだね」
エンカは鞘を拾って剣を収めると、ひらりと馬へ跨がった。
「ひとまず、帰ろう。そのあとどうするかは、落ち着いてから決めればいい」
手を差し出し、クインヘルを馬上へ引き上げる。
クインヘルを前に、後ろから支えるようにして乗馬したエンカは、ラシュタードへ声をかけた。
「先に行ってるよー。気をつけてね」
ひらひらと手を振るも、呼びかけられたラシュタードは振り返る事も返事をする事も無く、馬車が行った方向へと駆けていった。
その背中を見送って、エンカは手綱を握り直した。
「それじゃ帰ろっか」
「行って、いいのか?」
前からの困惑ぎみな声音に、エンカはにこりと笑った。
「ラシュはね……オレの事、本っ当に守る気無いんだ」
ゆっくり進みながら、話は自然と先ほどの戦闘の件となる。
「エンカ、お前……戦えたんだな」
旗手はその役割ゆえ、戦闘には加わらないものだと思っていた。だから、戦闘技術もいらないものだと。
しかし、エンカは戦った。少なくとも、誰かを守りながら多勢を相手取る事が出来るくらいには武芸が備わっていたのだ。
「ラシュみたいに武芸百般とはいかないけど、手解きは受けていた。だから一応、ラシュはオレの護衛で師匠になるかな」
剣技は、ラシュタード仕込みだと語る。
クインヘルが持たせられた長剣は、ラシュタードがエンカに貸し与えていたものらしい。
「まだ、わたしに隠し事があったのか……」
「……そうなっちゃうね」
ごめん、と呟く。
「いや……いい……。おかげで助かった」
ありがとう、と素直に告げると、エンカは嬉しそうに微笑んだ。
「よく、ラシュタードが同行したな」
「実はラシュが言ってくれたんだ。自分がついていくから、オレにクインヘルを追わせろってね」
「そっか……お見通しだったんだな。あいつは」
アイシェルが抱える不穏さに気付き、人知れずエンカの武器を持たせ、エンカも動くよう仕向けた━━
1人合点がいったように呟き、エンカの胸に寄りかかるクインヘル。しばらくしてから頭を持ち上げると、エンカを見上げた。
「ところで、ラシュタードは何しに行ったんだ?」
「……」
彼は唇を引き結んだまま、前を見据えている。
愛想笑いもない物言わぬ横顔に、クインヘルは瞠目した。
「……!? エンカっ、すぐに戻れ!」
叫びながら、馬上で暴れる。
エンカは彼女が落馬しないよう、ぎゅっと抱き締めた。
「落ち着いて」
「ダメだ、アイシェルに手を出すな……っ」
その台詞に、エンカは目を細めた。
以前にも思ったが、やはり、クインヘルは聡い。いい事も悪い事も、すぐ勘づいてしまう。
彼女らの処理はラシュタードに一任してある。アイシェルに会う動機もあるから、彼は手早く成してくるだろう。
エンカ自身も、アイシェルを許していなかった。
涙を飲んで見送った愛する人を、貶めて亡き者にしようとしたのだから、彼女の実妹とはいえ情が湧く事は無かった。
だから、早く引き離す必要があった。
自分達が何をしようとしているのか……気付かれる前に距離を取り、気付いても手遅れになるように。
「もうすぐお城に着くから」
「待って! せめて話をさせてくれ!」
クインヘルは来た道……はるか後ろへ手を伸ばす。
やがて、嗚咽をもらしはじめるクインヘルを胸に抱きながら、エンカはラシュタードの合流を待った。
◇
エンカから離れたラシュタードは、馬車を追って森を突き進んでいた。
やがて、前方に慌ただしく走る馬車を捉える。商人の荷運びとは思えないその様子に、ラシュタードは確信した。
(あれか……)
スピードを一気にあげ、馬車のすぐ後ろへとつく。
まずは馬車の機動力を奪う━━御者台の近くまで接近すると、剣を一振りし、手綱を両断した。
馬と車体を繋ぐものが無くなり、自由となった2頭の馬は道を外れて森の奥へと走り去ってしまった。
次に、ラシュタードは御者台の男へと視線を移す。
先が無くなった手綱を握りながら狼狽える男の姿に、ラシュタードは顔色1つ変えずに馬から御者台へと飛び移ると、剣を振り抜き首をはねた。
断面から血が吹き出る丸いものは後方へ飛び、残された胴体はだらりと力無く沈黙する。
制御と機動を失った車体は、徐々にスピードを落としていき、やがて完全に停止した。
ラシュタードは御者台から飛び降りると、姫がいるであろう後方へと向かう。そして、乱暴に扉をあけた。
「よぉ小娘。やっと会えたな」
「きゃあ! 何なのよあんた!」
突如現れた失礼極まりない青年に、アイシェルは声を荒らげる。しかし、ラシュタードが持つ血が付着した剣を見て、肩を震わせた。
「ちょっと……、ホーデュ! 何をしているの!?」
「あいつはもういねぇよ。さて、オレにかけた小賢しい異能を解いてもらおうか━━いや、面倒だ。さっさと死ね」
能力者が死ねば身を蝕む呪いも消える……。解呪を乞い願うよりそっちの方が早いと、ラシュタードは容赦なくアイシェルを斬りつけた。
「ぎゃあああああああッ!!」
胸から腹を一気に斬られた、少女の断末魔が響き渡る。
ばっくり開いた傷口からの血でまわりを濡らしていき、やがて絶命する様子を、ラシュタードは何の感慨もなく見届けた。
妹以外、死のうが何しようがどうでもいいのだ。
ラシュタードは剣を振って血を飛ばすと、鞘に収める。
「さて、戻るか。エンカが配慮してゆっくり帰ってくれてるといいが……」
そう言って、ため息混じりに天を仰いだ。
何せ、きちんと護衛すると王弟へ誓ってきたのに、結局我慢できずに離れてしまったのだ。
城へ帰還する時くらい一緒にいて誤魔化しておかないと、サイ家が潰されてしまう。
ラシュタードは馬の背に乗り、腹を踵でグッと押す。
先行しているエンカと合流すべく、緩やかに速度をあげていった。
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