4話 フロイラインスカウト
「バッッカかお前はぁー!!」
黒髪の護衛は、口をわなわなと震わせてから路地裏で絶叫した。袋小路にはよく響き、3人の鼓膜を震わせる。
どうしてそんな事をこの男は笑顔で言えるのか、シンレスはさらに問い詰めた。
「お前のやっていることは暗殺教唆だぞ!? ほんとに何かあったらどうすんだテメーはっ!」
暗殺者に自分の代わりの紹介するなど言語道断。国の要人が聞いたら卒倒しそうな提案である。
そんな驚愕と激怒の叫びへ、エンカは熱弁を重ねた。
「オレの護衛は1人増えるし、シンは人を殺さなくてすむ。王女様はもっとすごい人を殺せて力を示せる。いいことずくめじゃないか!」
「何を言い出すと思えばっ……! オレがここで手を下せば終わる話なんだぞ!」
シンレスは剣を横薙ぎに振るう。
彼はまだクインヘルの排除を諦めていなかった。
仮に別の命を狙うとしても、クインヘルはまだエンカ殺害を諦めていないかもしれない。少女だが立派な危険人物だ。国王から雇われた護衛として、大事な旗手の近くに置くわけにはいかなかった。
「頭を冷やせエンカ! こいつを助けてメリットは何1つ無い!」
「んじゃこうしよう。クインヘル様はオレの護衛をして、シンレスはクインヘル様の動きを見張る。三竦みだね。これなら見逃しも殺しもない」
シンレスの怒りを全く意に介さず、逆に助けられる方法を提案してきて首を傾げてくる始末。
人の話を全く聞かず、どうやっても諦めようとはしない頑固な護衛対象。話をまともに聞かないのは今に始まった事ではないが、頑固になってしまったのは一体、誰の影響か……。
呆れ果ててため息すら忘れたシンレスは、しばらく考えて考えて……とうとう諦めたのか、心底嫌そうに首を縦に振った。
エンカは満足そうに笑い、再度クインヘルへ問う。
「どうする王女様。今ここで離れれば君の計画は頓挫し、旗手殺害未遂で殺される。逆に、一緒に行けば無罪放免だ……一時的にだけど」
━━護衛からは、いやいやながらも了承を得る事が出来た。
━━生か死か。最終決定を、彼女へ委ねる。
その後ろで、シンレスは静かに剣を構えた。クインヘルが護衛の任を断った時、すぐさま処断出来るようにである。
エンカの問いとシンレスの殺気を同時に受け、少女はしばらく考えた後、答えを出した。
「……分かった。狙った相手の護衛をするとは変な感じもするが、了承せざるを得ないな。それと『様』はいらない。私はもう王女ではないのだから、そのままクインヘルと呼んでくれ」
少女は、護衛の任を請け負った。
対するシンレスは少し残念がった。いっそ断ってもらった方が遠慮無く首をはねる事が出来たのに……期待に反し彼女は(見かけによらない大人しさで)受け入れてしまった。
そんな心情も知らずに、エンカはいいよね? と無邪気に聞いてくる。
シンレスは容認の返事代わりに長剣を収め、ひとまず今は殺意が無い事を示すと腕組みをした。
「その代わり、オレの出す条件を飲んでもらうぞ」
「条件?」
首を傾げる2人へ、シンレスはうむ、と頷いてからクインヘルをじっと見つめた。
「クインヘルにはこれから毎晩、オレに襲われてもらう」
◇
クインヘルは怪訝そうに眉をひそめ、エンカはジトッとシンレスを睨んだ。
「シ~ン~、言い方言い方。いい加減にしないとルリカちゃんに言いつけるぞ!」
その名を聞いた瞬間、シンレスは顔を歪めた。唐突に頭痛に襲われたような……出来れば聞きたくなかったといった表情である。
「面倒になるからやめてくれ……。っと、エンカの言う通り言い方は悪かったが、一口に言えば剣の稽古をお前につける」
シンレスはクインヘルが装備する、布の奥に隠された腰の剣を指差した。
「お前は騎士だと言ってるが、大した教えを受けていないだろ? エンカの護衛を名乗るなら、もっと強くなってもらわないとな」
シンレスが出した条件は、クインヘルの技術向上を目的とした提案であった。
その不可解さに、クインヘルは再び眉間に皺を刻む。
「……いいのか、わたしを強くしても」
クインヘルを強くするという事は、エンカへの脅威を上げる事になる。これに対し、シンレスは灰眼を細め薄ら笑みを浮かべた。
「その時は……オレが遠慮しないだけだ」
あとは無い。次に何かすれば、今度こそ首を落とすと睥睨した。
「……分かった。よろしく頼む」
護衛である限り命は保証され、背けばこの男が与える死がつきまとう旅路。
クインヘルは唇を引き結ぶ。それも含めて、了承し頷いた。
◇
仲間が1人増えて、問題も1つ発生した。
エンカとシンレスは肩を寄せあい「それについて」こそこそと話し合っていた。
「ねぇシンレス、お金足りるかな?」
「う~ん……微妙だな。あと1人分の食事代と宿代だろ? もう少し節約すれば捻出出来なくもないが……」
「オレ、女の子に野宿させるのは反対だからね」
そう、「金銭の融通」である。
国王から恵与されたのは、護衛1人と、贅沢しなければきちんと賄える2人分の遠征費用のみ。
それに加え、隣国への旅路はまだまだ長い。
今のペースだとあと4、5日はかかるとシンレスは見立てていた。
クインヘルの仲間入りにあたり、日々の食事代や宿代、エンカが行方不明になった時に物探しの術を依頼する術士へのお布施等々、……これらの使い方を改めなければ、おけらになってしまう可能性が出てきたのである。
2人のまとまらない内緒話に、クインヘルは怪しむ。
「さっきから何なんだ。ほかに問題があるのか?」
「あー、実はね……」
彼女へ、今直面している事情を話すと━━
「なんだ、そんな事か」
何でもないような声音でそう言い、クインヘルは腰部にぶら下げている巾着袋へ手を入れ中身を見せた。
「今……手持ちのお金は少ないが、有事の際活用出来るように宝石はいくつか持っている。換金すれば少しは足しになるだろう」
クインヘルの手には2、3粒の宝石。それを見たエンカの表情がぱあっと輝いた。
赤や青の輝きに、シンレスに財布を握られているケチな旅が、少しは潤うかもしれないと期待したのだ。
「ねぇシン! 馬車に乗ろう! これで少しは楽になるぞやったー!」
さすが王女様ー! と、1人喜びで両手をあげる。しかし、シンレスはエンカの手をさげさせこれを収めた。
「バカ言うな。それはクインヘルの金だ。……悪いが、そっちはそっちで負担してくれるか?」
「もちろんだ。金銭ではそちらに迷惑はかけない」
今後の方針も決まった。
まずはクインヘルの資金調達……宝石の換金へ向かうことになり、一行は町に戻るため路地裏を歩きだした。




