35話 もう隠さないよ
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翌日、ランティスとエンカはシンレスの家を訪れていた。
「再戦を希望する」
「君ならそう言うと思ってたよ」
手を組み足を組み、椅子にふんぞり返って座るシンレスに、エンカはため息混じりに答えた。
3人が集まっている理由は対クライズの、今後の方針や作戦の決定のためである。
近いうちに、クライズはアイシェル達と共にローダを離れてしまうだろう。そうなる前に決着をつけなければならなかった。
「しかし、このまま行っても精神攻撃されて沈むのはお前だぞ。どうする気だ」
シンレスと同じように腕を組んだランティスが、険しい顔をしながら問う。
シンレスの敗因は、過去の罪業を想起させられた事。
身体ではなく精神を強く蝕む記憶……クライズに挑み、勝利するためにはそれを克服する必要があった。
ランティスからの指摘を受け、シンレスは頷いてから少し俯いた。
「……正直、それを乗り越えられる自信は無い。分かっていても、再び突きつけられたなら間違いなく隙になる。だけど、それを理由に負ける気は無い。次は勝つ。絶対にだ」
最後は顔をあげて力強く語る。しかし、ランティスは彼をじろりと睨んだ。
「……つまり、今のところは無策って事だな?」
「その通り」
具体的な策は無い……シンレスはあっけらかんと明かし、ニッと笑って返した。
2人にしては珍しいやり取りに、エンカもつい苦笑いを浮かべてしまう。
「……勝てるのか? あいつに」
「純粋な腕ではオレの方が強い。ちゃんとした勝負になればまだ勝機もある」
「だがな、シン……」
「あれが奴のすべてじゃないと言うんだろ。まだ素性がはっきりしてない限り、油断はしないさ。……ランティス、いつから心配性になった?」
戦士としての心得はとっくに知れてるだろうに。
今さら何を言うのだとわざとらしく首を傾げてみせると、ランティスは吐き捨てるように鼻を鳴らした。
「バカ言え。相手が相手だから、何かあったら言及されんのはオレや兄貴なんだぞ。少しは神経質になるわ」
「大丈夫だ。アナゼル王国はアレスギアテスでの会議に欠席してるから、本当に平和を望んでいるかワカリマセーンって言えばいい」
「はっ倒すぞテメェ」
ぎゃいぎゃいと言い合う2人。そんな姿を見ながら、エンカはふっと息を吐いた。
同じ戦士として信じてはいるが、王弟と傭兵という立場を越えた友人同士である。
それに加え、ランティスはシンレスの……『ジェッゾフィール』の件を知っている。
戦時中に彼が何をしたのか、どうなったのか、何を考えたのか……。それがなおさら気がかりになっているのだと推測した。
実際に口に出す事は無いが、どれほど時がたとうと相手に対する一抹の不安はあるのだろう……。
「まったく、素直じゃないんだから……」
旗手の呟きは、2人の耳に届く事なく消失した。
◇
話し合いを終え各自帰路につき、自宅へと戻ってきたエンカ。玄関にて一息ついていると、物音が部屋の奥から聞こえてきた。
何かを探しているような、がさがさと忙しない音に一瞬だけ身を強張らせる。
━━まさか、空き巣だろうか。
もし相手が武器を持っていたのなら、全力で逃げなければならない……応戦も出来なくはないが、下手打って自分が死んだら、国ごと死んでしまう。
内側からじわりと滲む緊張で、エンカは旗を握り直した。
用心して、玄関のドアは開けておく。退路を確保しておいてから、そろそろと物音がある場所へと向かった。
音の出所である部屋のドアは開け放たれているようで、壁に寄りかかり身を隠しつつ慎重に、ゆっくり中を覗く。
その中で、金色の長い髪が忙しなく揺れていた。
「ク……クインヘル!? 帰ってきたの!?」
その姿に、思わず中へ飛び込んでしまうエンカ。
帰って来てくれたのだと声高に喜んだが、対する彼女は淡々と答えた。
「私物を取りに来ただけだ」
よく見るとそこはクインヘルに割り当てた部屋であり、アナゼル王国へ帰るにあたり、荷造りのため一時帰宅したのだという。
よく見ると、胸や肩につける防具が床に転がっている。それは刺客として出会った当時に、彼女が身につけていたものである。
……何でも、国を出る時に友人の父親に頼んで作ってもらったものらしい。
その後も作業を続けるクインヘルに、エンカは声をかける。
「オレも手伝おうか?」
「いや、いい。1人でやるからどっか行ってろ」
手伝いを申し出るもすげなく断られ追い出され、ついでにドアも閉じられてしまう。
取り残されたエンカは、分かりやすくガックリ肩を落として部屋の前から離れた。
しばらくして、エンカは再びクインヘルの部屋の前に立った。
「ねぇ、クインヘル。あの時……突き飛ばしちゃってごめんね」
静かに話しかけるも、扉の奥からの返事は無い。しかし、クインヘルが耳を傾けてくれていると信じて続けた。
「君に旗を掴まれて、オレ、頭が真っ白になって……。君が乱暴する人じゃないって事は、オレも……フレイアも、分かっていたはずなのに」
━━ぴたりと。
ここまで順調に進めていた、クインヘルの手が止まった。
フレイア……今まで1度も聞いたことの無い、どう聞いても女性の名であった。
「誰だ? それは……」
誰何すると、息を飲む気配がした。
クインヘルはドアへ近付き、ゆっくりドアレバーを下げ前へ押す。
扉を少し開けると、旗をグッと握り締めているエンカと目が合った。
「フレイア、とは?」
再び聞くが、変わらずエンカは口を閉ざしたままである。
ある予感がして、クインヘルはおそるおそる聞いた。
「お前の……好きな人か?」
━━今もなお、忘れられない人がいるのか。
━━だから、正式に妻としなかったのか……。
エンカは否定も肯定もせず、悲しげな微笑を浮かべるだけ。しかし、立ち去る様子も見せないので、さらに扉を大きく開けた。
「話して、くれるのか?」
「うん。……君の怒り、悲しみ、そして疑念に答えよう」
覚悟を決めてきたであろう彼を見たクインヘルは体を傾け、中へ入るよう促す。
エンカは部屋に踏み入れ、2人揃ってベッドへ腰をおろした。
◇
「今1番気になっているのは、フレイアの事だね?」
穏やかに聞かれて、正直に頷く。
この期に及んで嘘をついても仕方がない。知りたい……未練があるのなら、それでもよかった。
直接聞くことに意味があるのだ。
「彼女は、本当は、フレイアキル・サイと言うんだ」
「サイ……!」
「そ。ラシュの妹。そして、オレの前任だった人」
ラシュタードの妹がエンカの前任……先代の旗手であったと明かされる。
やはり、旗手の代替わりは存在するようだ……クインヘルは、以前ラシュタードが語っていた事を思い出した。
エンカが平和協定の報告のため騎士達の前に立ち、ラシュタードが護衛をサボって煙草をふかしていた時の事。
『━━君に白状するとね、オレはこの国すら嫌いなんだ。……妹の犠牲無しでは存続出来なかった国など、さっさと滅んでしまえとさえ思っている』
ラシュタードが護衛の任を真面目にやろうとしないのは、エンカが嫌いに加えて国が嫌いだからと言っていた。
そして国嫌いの理由が、妹の犠牲。
彼の言い方だと、フレイアキルという女性は……。
「その人は、もうすでに……?」
神妙に聞くと、エンカがふと視線を落とした。
「いや、いるんだ。今も、ずっと……」
その先には、彼が常に持つ軍旗がある。
「フレイアはローダを救う奇跡を受けるために、この旗へと身を転じた。そして、次はオレの番だ」
これを最後に、不定期に戻ります
最近やたら難産なので、早くて週一ペースかと思います…




