34話 誤算と暗躍
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今回5000字と、少し長いです…
妹が姉を差し置いて次期王に選ばれたのは理由がある。
優秀な息子2人が立て続けに亡くなり、悲しみにくれた父王は女王制を許し、獅子の如き勇猛な政策ではなく、猫の如く媚びへつらう治世への転換を決めたのだ。
その新たな方針に相応しいとされたのが愛らしいアイシェルであり、凛とした美のクインヘルは敗れ去る事を余儀なくされたのである。
アナゼル王国の女王太子、アイシェル・アゼルシーナの目的は、出奔した姉クインヘルを自国へ連れ戻す事。
それと同時に、ある事を父王から仰せつかっていた。
━━国王、もしくはそれに近しい要人を誘惑する事。
狭小とはいえ隣国のローダ・ハヴィリア。
新しい体制となった後、アナゼル王国が外交において不利にならぬよう、早いうちから懐に潜り込んでおこうという魂胆であった。
「だというのに……」
あてがわれた貴賓室で、アイシェルは愛嬌のある顔を苛立たしげに歪めていた。
彼女にとって、手痛い誤算が生じていた。
誘惑対象の1人であるヴァーメラン国王陛下がこんな……こんなくたびれたジジイだとは思わなかったのだ。
齢42にしては疲労の色が目立つ皺だらけの顔。不細工ではないが覇気もない表情に、一瞬目的を忘れて顔をひきつらせてしまった。
これでは誘惑しても意味が無いと思い、次に金髪の美丈夫にウインクをしてみせる……も、すごく冷めた目を向けられただけ。
唯一、王弟ランティスは微笑み返してくれるが、なびいている気配は皆無であった。
アイシェルには煽惑という異能が備わっていた。目を合わせれば相手を虜に出来る、惑わしの力である。
アナゼル王国にとってはまさに天恵とも言える力であり、誘惑を得手とする魔女国シーリングの魔女には及ばないが、王太子に選ばれてからはそれなりに能力を伸ばした。
しかし此度の実践、殿方を惑わすために身につけた技芸が、虚しくも不発に終わったのだ。
こんなはずでは……と、テーブルを爪でカリカリと引っ掻くアイシェル。
その近くで、1人の男がせせら笑った。
「うまくいってないようだな?」
黒髪赤眼の、名をクライズ。
彼はホーデュのような正規の従者ではなく、ローダに行くなら護衛として雇えと言われたので連れてきた男である。
忠誠心はなく、互いにどうでもよい。
不躾な男を、アイシェルはじろりと睨む。
「うるさいわ。あんたこそ、計画はどうなのよ」
「種は蒔いてきた。どう出るかはあいつ次第だ」
途中で外野に阻まれたが、目標通りしっかり罪を自覚させ、名を思い出させた。
そのまま剣を捨てるのもよし、罪の意識に潰されて死ぬのもよし。……けれども、そのような可愛げのある男だとも思っていない。
必ず再戦を望み、やって来る。
その時にこそ、奴を破壊し尽くすのだ。
歪む口元に邪悪な意図を感じ、アイシェルは不快そうに鼻を鳴らす。
「別にいいけど。お姉様の気が変わらないうちに帰りたいから、あんたもさっさと済ませなさいよね」
アイシェルは椅子の背にもたれながら、紅茶に口をつける。
誘惑は失敗したが、せめて姉を連れ戻す事は成功させたかった。
「御意」
クライズは微笑み、慇懃に一礼した。
◇◇◇
急な賓客を城に受け入れた後、国王ヴァーメランは1人浴場に足を踏み入れていた。
湯船には湯が並々と満たされ、湯気がもうもうと立っている。ヴァーメランは鏡に映る異様に老いた体を見て、ため息を吐き出した。
ほどなくして、ひかえめにドアを開ける音が響く。
振り返ると、銀の長髪をまとめ体にバスタオルを巻きつけた、王妃ミレニが入ってきた。
「お背中、流しましょうか」
妙齢の女は美しく微笑む。ヴァーメランは、その顔をしばし睨んだ。
「……よろしく頼む」
やがて王は妃に背を向け、裸身を預けた。
◇
「さて、魔女たる我が妃へ聞く」
「なんでしょうか」
しばらくの沈黙の後、2人の日課とも言える問いかけが始まった。
「私は老人に見えているか?」
「はい」
「情けなく見えているか?」
「ええ」
「気弱な男に見えているか?」
「もちろんです」
繰り出される質問は王らしからぬものであり、答えは不敬である。しかし。
「王者に相応しくないと思うか?」
従順に頷き続けたミレニだが、最後の質問には否定を示した。
何故だ、と王は低い声で問う。
「だって、本来の貴方様は━━」
ふいに、ミレニはヴァーメランの頬へ唇を寄せた。
触れ合う直前で止まり、変わりに吐息が頬にあたる。瞬間、顔が剥がれ落ちた。
皺だらけの肌はハリがある健康的なものに。
疲労の色を見せていた瞳は切れ長の、より生気に満ちたものに。
白髪混じりのくすんだ水色の髪は、ランティスよりも色濃い、目が覚めるような色彩へ変化する。
さらに体も、筋肉がつき、衰えという言葉を知らぬような屈強な体へと姿を変えた。
みるみる変貌を遂げるヴァーメランに、王妃はうっとりと微笑む。
「こんなにも覇気に溢れた、素敵な方なのですから」
鏡に映った本来の姿に、ヴァーメランはため息をもらした。
◇
「先代の……我が父の治世は厳格過ぎた。わずかな過不足も許さなかったがために、道を踏み外した者やこの世に留まる事をやめる者もいた」
王太子時代、それを間近で見てきたために、即位の際父の二の舞になる事を恐れた。
何せ、血は争えない。いつの日か、国を乱してしまうかもしれないという不安が常にあった。
そんな中で、ミレニと出会った。
彼女に頼み込み、父王に似た切れ長の目を封じる。それに準じた、穏やかな性格に。不審に思われぬよう、体格をも変えた。
それからの治世は概ねうまくいっていると自負している。
臣下からは頼りないと思われているだろう、諸国からは情けないと思われているだろう……けれど、それでよかった。
張りつめた政では呼吸すらままならない。そうなるくらいなら老いた姿で、相手に隙を与えるくらいの方が丁度よいのだ。
「そういえばあの少女、私を誘惑してきたぞ。私では意味がないと悟った瞬間、標的をランティスやラシュタードに変えていた。……一応ランティスは応えたようだが、あの精度ではダメだな」
「……本当に愚かな娘ですわ。特に貴方様は、わたくしの誘惑ですらはね除けた方ですから」
元々、ミレニは婚姻目的でローダに来た者ではなかった。
魔女国出身の人成らざる者である彼女は、当時王太子であったヴァーメランへ拝謁し、誘惑しようとした。
情欲の誘いであり、乱世への導きであったそれを、ヴァーメランはすげなく一蹴した。
氷のような冷たい男にミレニは逆に惚れ込んでしまい、そのまま付き従いやがて婚約し、王太子妃となったのである。
しかし、最愛のその人は「ナメられるため」に姿形を変えろと言ってきたのだ。不満以外の何物でもない。
そんな、苛立ちのようなものを彼女から感じているのか、ヴァーメランは苦笑した。
「あまり腹を立ててくれるな、我が千年の魔女。……私は気に入っているのだ。腹違いの弟も、任に興味を示さぬサイも、狂人と呼ばれたアインスタベルト本筋の男も。強者という自覚あるがゆえ、私に口答えが出来る。譲れぬものを持って命をかけている……それが心地よい」
ミレニのおかげで抑え込めているが、実の性格は好戦的であるランティスに近い。
さらに、父王の血が濃いせいかランティスよりも質が悪かった。
政治に疲れた皺だらけの男を、周囲はやがて「こんなものか」と歯牙にかけなくなる……そんな「油断」を見るのを、玉座にてひそかに楽しんでいた。
「あ、そうそう。エンカが婚約書を偽装してきた時、何しようとしてたと思う? こうだよ、こう」
ヴァーメランは揚々と、右手を左上から右下へ、大きくナナメに振り下ろす動作を繰り返した。
━━殺せ。王が出来る無言の指示である。
「その場の感情に流され、うっかり大事な旗手を殺めるところであった。私もまだ若い証拠だろうか?」
本来の顔で破顔するヴァーメランは勇壮で美しい。
けれども恐ろしい。
まれにだが、残忍で名を馳せる魔女たるミレニですら畏怖を感じる事があった。
「さ、ミレニよ。そろそろあがるから、元に戻しておくれ」
元の覇気のない老人に戻してくれと、彼女へ命じる。
「かしこまりました」
即答とは裏腹に、至極残念そうな表情を浮かべたミレニは、再び魔女の吐息を吹きかけた。
◇◇◇
アイシェルの部屋を退出したクライズは、隣の部屋へと移る。
しばらくの滞在にと許されたこの部屋は隣室と変わらない、賓客を迎え入れるに相応しい内装が施されていた。
自分は王族でも貴族でもないので、この部屋に通されるのは何だかこそばゆく恐れ多い。……それに、豪華さに感動できる素直な心も持ち合わせていない。
あるのは常に、憎悪だけであった。
◇
実を言うと、クライズはジェッゾフィールの存在は知っていたが、凶行の事は知らなかった。
すべてを知ったのは4年前。あの男が犯した一連の罪は、すべて『協力者』が教えてくれた。
どうして『協力者』が近付いてきたのかは今は記憶もおぼろげであるが、クライズは確かに願望に同調し、協力を約束した。
『協力者』の望みとは、ジェッゾフィールに同じ苦しみを味わわせる事。
……脅し、切り刻み、弄ぶ。
そのために、クライズは4年かけてジェッゾフィールの情報を集め、いかにすれば懐にまで辿り着けるかを考え続けた。
そして訪れた好機。隣国から、大した供も連れずに来るという姫の情報を得て、直談判して従者の任をもらう。
姫は大変愛嬌のある顔立ちだが、まだ15歳という事もあり後継者という風格はまだ見られない。けれども、顔立ちとは裏腹に世界を冷ややかに見る瞳は気に入っていた。
◇
指を組んで、あの男をどう潰すかを考える。
その方法は、クライズに一任されていた。
殺害こそ『協力者』の望みだが、クライズは奴を堕とす事が目的であった。
すべてを自ら捨てさせ、嘆き狂わせる。
何なら6年前の再演をさせてやりたいとさえ思っていた。
再び狂人に堕とすのは簡単だ。大切なものを目の前で壊せばいい。……しかし、それではダメだ。ジェッゾフィール自ら堕ちる事を望まなければ意味が無い。
当時はあの檻の中の被害で済んだが、殺戮者が野に放たれたらどうなるのだろうか……。クライズは想像しただけで震えた。
しかし、それでは『協力者』が納得しない。
無益な殺人を起こさない事が『協力者』から唯一言われた条件であるからだ。
クライズは自分の目的と同時に、『協力者』の溜飲も下げれるような案を考えなければならなかった。
そういえば……と、クライズはふと天井を見上げる。
最近、『協力者』から新たな情報を得た。
何でも、ジェッゾフィールには同棲している恋仲の女がいるらしいとの事だった。
聞いた時、クライズは思わず目を剥いてしまった。
親愛など、あいつに最も縁遠きものだと思っていたのに、ちゃっかり懇ろな関係を築いていたのだ。
これには『協力者』もさぞご立腹であろう。
自分としても腹立たしい……そして、これを利用しない理由もなかった。
問題は方法……。女をさらって人質にするなど、簡単で無粋なマネはしない。
けれども、ジェッゾフィール自ら恋人を差し出してくるくらいの、都合のいい案も思い浮かばなかった。
アイシェルとの事もあり、手段を選んでいられる時間も無いので、クライズはその無粋さもよしとして作戦を練る事にした。
10万字いきました(ノ゜∀゜)ノわーい
今回、小説を結合させて2話分ぶっ込んだので
次の更新は20日ぐらいにしたいと思います
ストック尽きましたら、不定期に戻ります




