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不老でゆるりな国の命は、出先で隣国王女を娶って国に持ち帰る  作者: 鞘町
3章 彼方への愛は言うに及ばず
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33話 はじめての夫婦喧嘩

場面が少し遡り、27話のエンカとクインヘルの話にシフトします。




「ちゃんと結婚してるわけじゃないから、離婚……という言葉も正しくないだろうけど、無傷で離れる事は出来るよ━━ねぇ王様?」



 言葉を失うクインヘルを尻目に、エンカはヴァーメラン王へ首を傾げる。

 すると王は嫌そうに、苦虫を噛み潰したような表情で1枚の紙をエンカ達に広げて見せた。━━エンカとクインヘルの婚約書であった。


「これを渡された時は正気かと疑った。しかし、これが決意だと聞かされれば受けざるを得ない。そして、これをただの紙きれに戻す覚悟を決めたという事でいいな? エンカ」


 ため息混じりの問いかけに、エンカはしかと頷いた。


「何だ? どういう事だ」


 2人だけで進む話に、訝るランティスが王から紙を引ったくる。そのまま目を落とし━━カッと目を見開いた。


「お前……っ、やっていい事と悪い事があるぞ!」


 細めた瞳をエンカに向け、語気を荒らげるランティス。

 エンカとクインヘルの婚約書……。しかし、その内容は名も印も、用紙すらもデタラメの偽物であった。

 婚約書を偽造するなど大罪も大罪。

 王弟の目にも余るそれを、エンカは笑って受け流した。


「本物はちゃんと大事に保管してるよ。無くしたらそれこそ大問題だからね。……つまり、オレとクインヘルはただの同居状態。もちろん手も出していないから、気にしている離婚歴もつかず気兼ねなく王室に戻る事が出来る━━クインヘル、戻るべき場所に戻る時が来たんだ」


 穏やかに、そして淡々と、依然呆然とするクインヘルへ語る。


「お姉様?」


 妹の声かけにようやく我に返り、少し身じろぎしたクインヘル。抱きついたままのアイシェルをやんわり押し退けた。


「少し……エンカと2人にしてくれませんか? 落ち着いて、話をしたい」


 王に進言し、エンカは快く応じる。

 応接間の利用が許可され、クインヘルが先に入るとその後をエンカが追う。

 扉が閉じられ、2人は静寂に包まれた。


「……どういう事だ」


 クインヘルは振り返らず(うつむ)いて、低く呟くようにエンカへ問う。


「またお前は勝手な事をしたのか。わたしに黙って」


 勝手に結婚させられたと思ったら、王に渡した婚約書はデタラメの偽物で、実は夫婦ではありませんでした、などという。

 1度ならず2度までも、エンカに振り回されたのだ。呆れ果てて、ため息すら出なかった。



 クインヘルの静かな怒りを、エンカは黙って受け止める。



「そうだね。ごめん、いつもいつも。……でも、君のためなんだ」

「……っ、わたしがこんな事を望んでいるとでも……っ!」


 叫びなから振り返る。ようやく聞けたのは、そんなありふれた言葉。

 それにすら、クインヘルは絶望を覚えた。


「それに……エンカ、まだわたしに伏せている事があるな?」

「伏せている事?」

「……その旗の事だ」


 軍旗を指差すと、エンカの肩がびくりと動いた。目を泳がせ、表情も強張らせる。

 そんな彼を無視して、クインヘルは問い続けた。


「お前は旗手の任を受け継いだと言っていた。国が(おこ)ってからあり続ける不滅の任だと。国のために生き続ける旗手が、どうして代替わりを起こすんだ?」


 旗手は王に匹敵する力を持ち、その代わりに独立を守り続ける永遠の任につく。

 狭小たるローダ・ハヴィリアが依然侵略されていないのも、ひとえに旗手の存在のおかげである。

 建国から在り、死による安寧を赦されない特別職。

 ならば、旗手はこれまでにただ1人(・・・・)のはずであると疑念を持っていた。



「それは……」

「シンレスやルリカも知っているんだろう!? なぜわたしには言わないんだ!?」


 口ごもるエンカに詰め寄っていく。

 やがてクインヘルの手が、旗の柄へ伸びた。


 エンカの目が大きく開かれる。驚愕というより恐怖に包まれたような表情であった。


「クインヘル……放して……っ」

「この旗がそんなに大事かっ!? あれもこれも……っ、そんなにわたしは信用ならないのか!」


 叫びに比例して、柄を握る力が強くなる。

 一緒にいたのに……。(ことごと)()され、今や怒りより悲しみが勝る。

 機密事項だと言われればそれまでだが、そんな理由では納得出来ぬほどクインヘルは冷静さを欠いていた。



 放してほしいエンカと、聞く耳を持たないクインヘルの応酬に旗が大きく揺さぶられる。


 瞬間、エンカは一層顔を引きつらせ━━





「……っ、離れろ!」


 ドンッと、クインヘルを突き飛ばした。

 反撃を想定していなかったクインヘルは、踏ん張れず数歩の後退を余儀なくされる。


「あ……ごめ……っ」


 ハッと我に返り、エンカは己がやってしまった事を慌てて謝罪する。

 しかし、クインヘルの口からは乾いた笑いがもれ出した。

 今まで、何があってもこのような事は無かった……彼から受ける初めての明確な拒絶に、ふと思い出す。


「そうだ……。この結婚はそもそも、ほとぼりが冷めるまでの、お前からの施しだったな」


 エンカと出会い、シンレスから剣を習い、ルリカと友人になり、ランティスやラシュタード、エルザと知り合った日常。

 ━━日々が楽しくて、充実していたから忘れていた。


 元々は、不出来の王子との婚約を諸国から押しつけられそうになったクインヘルを救うための結婚……。

 相思相愛の末に結ばれたものではないのだ、と。


 クインヘルは両手で顔を覆った。


「満足か? 何から何まで、思った通りに事が運んで」


 怒り、悲しみ、情けなさ……消化しきれない感情が彼女の口角を歪ませる。


「クインヘ━━」

「もう分かった。わたしは妹と一緒に戻る。……お前は帰れ」


 感情が抜け落ちたような声音と共に、クインヘルは足早に部屋から出る。そして、アイシェルと何やら会話をしはじめた。



 残されたエンカは声をかける事も出来ず、誰もいない部屋で伸ばしかけた手を引っ込めた。




  ◇


「っていうのが、オレの顛末(てんまつ)

「そういう事だったのか……」


 シンレスは額を押さえた。

 エンカが婚約書を出した時、王が「正気か」と言った違和感の正体がようやく分かった。

 王は2人の結婚に疑問を抱いたのではなく、用意したはずの婚約書(本物)が偽装されて戻ってきた事に対して困惑したのだと。


「それで、エンカの処刑はいつだ?」

「残念ながらこいつぁ旗手だ。殺したくても殺せない。どんなに重くても訓告がせいぜいだ」


 何故か腕組みをして悔しそうにしているシンレスとランティス。物騒な話を繰り広げる2人に、エンカは「なんでそんな顔するの!?」と反論した。

 しかし。


「うるさい。お前はそろそろ何か痛い目にあうべきだ」

兄貴(国王)は全体的に甘い奴だからな。お前にはお灸を据える係が必要だと進言しておこう」


 と、辛辣に流されてしまった。


「それで、クインヘルは今どうしてる?」

「今日は妹と一緒の部屋に泊まるって」

「だから、オレがエンカを家まで送る事になった」


 送っている途中で、(クライズ)に敗れ項垂(うなだ)れているシンレスに遭遇した。



「いいのか? このままクインヘルを帰しても」

「いいんだ……。クインヘルはここにいちゃいけない人だ。戻った方がいいに決まってる」


 シンレスの問いかけに、エンカは暗い表情で頷く。


「それは本人も望んでいたのか?」

「それは……」


 話が再度始まりそうになるのを見たランティスは、2人の会話を遮るように咳払いをした。


「積もる話はあるようだが、さすがにもう終わりだ。……今日は疲れすぎた、互いにな」



 一方は妻に別れを告げ、一方は戦い傷つき、恋人に過去を告げた。

 体だけでなく、心にも疲れがたまっているはず。

 今日は休むべきだというランティスの意見に従い、解散する事にした。





  ◇



 シンレスの家を出たエンカとランティスは、夜道は無言で歩き出す。沈黙に居心地悪さはない。

 しばらくして、エンカが口を開いた。


「シンレスの事、王様に話したほうがいいかな?」

「クライズとの一戦の件か。うーん。勝敗はともかく、何があったかくらいは必要だろう。壁が破壊されてる訳だし。オレから兄貴に伝えておく」


 王も気付いてはいるだろうが、改めて報告は必要だろう。その任はランティスに委ねられた。





「それとね……。旗の事、クインヘルに話してもいいかな?」


 ランティスは息を飲んだ。

 それが何を意味するのか、エンカが一番理解しているはず……。

 やがて、クインヘルと2人で話した時に何かあったのだと悟り、ため息をついた。


「いいと言える訳ないだろ。それは大罪通り越して反逆だ。聞かなかった事にしてやるから、ヘンな気は起こすなよ……さすがに、庇いきれない」


 王弟として友人として、出来る事をしてきたつもりだし、これからもする気だ。……けれども、これ以上の濫用(らんよう)は看過出来ない。

 今のエンカに必要なのは立場の自覚であり、ランティスの役目は越権行為の叱責である。





 答えを聞いたエンカは、軍旗を抱き締めると悲しげに呟く。


「フレイア……オレはどうすればいい?」


 幼子(おさなご)のような小さな嘆きを、ランティスはまたも聞かぬふりをした。





そろそろストックが尽きそうです



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