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不老でゆるりな国の命は、出先で隣国王女を娶って国に持ち帰る  作者: 鞘町
3章 彼方への愛は言うに及ばず
33/51

32話 罪の無い人:■■


もう少しで10万字いきそうです!


誤字報告、評価等は

下からお願いします





 やはり自分は苦しんで死ぬべきだろう……。ジェッゾはそんな事を考えながら、死地を探して彷徨う。


 森の中を突き進むと、数多の首吊り死体と遭遇する。

 何日もたっていないような新しいものから、半分腐ったもの。体が完全に腐り落ちたのか、縄だけがぶら下がっている樹木もあった。



 ここでの自死は、十中八九首吊(くびつ)りが選ばれる。

 森の中という事もあり、刃物で首を切るよりもやりやすいのだ。


 しかし、縄は準備していない。自分を害せるのは腰に()く剣だけである。


 ならば方法は斬首……否、切腹だ。

 首を斬ってくれる介錯(かいしゃく)がいない切腹はさぞ苦しいだろうと、自然と笑みがこぼれた。




 あとは場所だけだと考えて……ふと、数人の足音を耳に捉え、足が止まった。



 人の気配を感じたジェッゾは、木の陰にさっと身を隠す。

 そこから半身だけを出し、気配の動向を探った。


 やがて見えてきた集団……一家心中だろうか。父親とおぼしき男性の後ろを、ぞろぞろとついて歩いていた。


 ジェッゾは木にもたれながら、歩く一家を見続ける。

 同じ日、同じ時間に自殺を決めた人物がどのような者なのか、何となく、最期に見ておきたいと思ったのだ。





 ━━といっても、やはり自殺を決めた者。表情は陰鬱で、皆すでに幽鬼のようである。


 興味を無くし、せめて会わぬように反対方向に向かおうとした瞬間、後方を歩く、1人の少女が目についた。

 月明かりでもわかる、長い赤髪の少女━━ジェッゾは目を見開いた。



 胸に沸き上がる感情は、捕虜の少女を陵辱した時に近い。……けれども、あの時ほどの凶暴さはなかった。

 不思議な心地になって少女から目が離せなくなっていき、そのまま追跡する事を決めた。



 後を追っていくと、その少女はふと天を仰いだ。


 ジェッゾは一瞬、体を硬直させた。尾行がバレたのかと思ったが、後ろを気にする様子は無かったのでひとまず胸を撫で下ろした。





 ━━やがて、心中場所を決めたらしい一家は準備に取りかかった。

 輪を作った縄を、木に巻きつけていく。そして家長に促され、今まさに首を吊ろうとしている少女へ━━ジェッゾは駆けた。


 縄が首を締める前に、強引に彼女の手を引く。そして、よろめく彼女の体を胸で受け止めた。


 突然の乱入者に、悲鳴が響く。


『な、なんだお前は!?』


 それは邪魔立てする者への焦燥か、娘に手出しする者への威嚇か。死ぬ余力しか感じられない父親だが、声は力強い。


 ジェッゾはそれを、鋭利な眼光で弾き返した。


『こいつはオレが引き取る! お前らの死に……こいつを巻き込むな!』


 とにかくこの子を、ここから引き剥がしたかった。


 ジェッゾの勢いに圧されたのか、父親をはじめ全員が固まっている。

 胸にもたれたままの少女の手を握ると、この場を脱するべく来た道を走り出した。

 少女は抵抗も異論もなく、ジェッゾに手を引かれていく。





 ぐんぐん離れる背中に、(父親)が叫ぶ。


 ━━娘を連れていくな、と。


 突然現れた男に、突然娘をさらわれる慟哭(どうこく)

 怨嗟(えんさ)にも似た声を無視して、ジェッゾは少女の手を引いて森を駆け抜けた。




  ◇


 追っ手こそ無かったが、この不吉な場所からは逃れていない。ジェッゾフィールは脱出を急いだ。



 繋がれていた2人の手は、すでに離れている。ジェッゾは、少女がはぐれていないか、時折後ろを向いて確かめた。


 少女は歩けてはいるが、少々覚束(おぼつか)ない。ジェッゾは、苦しまず死ねるよう何らかの薬を飲まされているのだろうと推察した。

 だとすると、今の状況を理解出来ているのだろうか……少し不安になっていると。



 沈黙を保っていた少女が、力無くポツリと呟いた。


『どうして……ですか』


 どうして家族から引き離したのか、どうして自分だけ連れ出したのか。……様々な思いが乗った問いであった。


 頭が回っていないようでも、ちゃんと分かっているのだとひとまず安堵する。

 一拍置いて、ジェッゾは口を開いた。


『何て、言ったらいいんだろう』


 何せ、不純だが、邪悪ではないのだ。少なくとも、害しようとは思っていない。


『お前を見てると、変な気持ちになる……いや、そうじゃなくて……』


 言語化出来そうで出来ない……いや、しようとすると気恥ずかしさが勝る。

 やがて、察してくれといわんばかりに口をつぐんでしまった。


『……戻るか?』


 その代わり、少女に引き返すという選択を与えてみる。

 ジェッゾの行動はまさに勝手であるし、どうしても家族に付き従いたいというのなら仕方ない。

 しかし、彼女は首を横に振った。少なくとも、生きることに後ろ向きではないという事は分かった。


『ならいい。……今、はっきり言える事はオレはお前を助ける。守る。それだけだ』



 救助と庇護を目的とする行動であり、悪意は無いと告げる。

 目的は教えずとも意思は伝わったのか、背後からかすかに安堵する吐息が聞こえた。


『わたしは、これからどうしたら……』

『一緒に暮らすんだ。お前には家の事をやってもらう』


 ジェッゾの稼業は傭兵。命を賭ける分、生活はおざなりになるし、部屋は散らかるし埃も溜まる。

 なので家の清潔を、そして留守を守って欲しいと告げる。


 淡々と交わされる会話に、緊張や警戒がほどけたのか少女の瞳に少しずつ光が戻っていく。

 鎮静剤の薬効もきれはじめたのか、足取りも力強さを取り戻していた。




 ━━やがて、これから共に暮らしていくためには当然ともいえる会話が交わされる。



『……名前は』

『何か言ったか?』

『名前は、なんとおっしゃるんですか?』


 遠慮がちに問われた内容に、ジェッゾフィールは動揺した。


『オレは……』


 呟きながら、視線を彷徨(さまよ)わせる。

 そのまま名乗ればいいのに、喉につかえて出てこない……ジェッゾフィールは有罪の男。彼女に名を明かすのを、躊躇(ためら)ってしまったのだ。



 沈黙してしまったジェッゾを、後ろから不思議そうに見つめる少女。


 その視線を感じながらも、依然言い出せずに唇を震わせる。

 代わりに、エンカの言葉が脳裏に(よみがえ)った。


 自分の過去を知ってなお、そう叫んだ幼馴染。

 お前に罪は無い……罪の無い人(SIN-LESS)であると。


 当時は(わら)った叫びだが、今はストンと胸に落ちてくる。

 やがて、唇の震えを抑え込んで答えた。



『オレは……シンレス。シンレスと呼べ』



 ジェッゾの返答は振り向く事なく、そして素っ気ない。

 けれども少女は、嬉しそうに頬を少し緩めた。


『シンレス……シンレス様』


 噛み締めるように繰り返し呟く。


『お前は……何という?』

『わたしは、ルリカと申します』


 彼女は素直に名乗ってくれた。

 誤魔化す事しか出来ない自分に、誤魔化さず……その事が嬉しかった。

 こうして、罪の無い人はルリカと共に森の脱出を目指したのであった。




  ◇


「これが、お前に黙っていた事だ」




 長い長い、昔話という懺悔が終わる。

 すでに知るエンカとランティスは口を閉ざしたまま沈黙を守り、ルリカも部屋を出ることなく、最後まで残って聞いていた。

 やがて、ルリカはおそるおそる口を開く。


「ジェッゾフィール様……?」

「そうだ」


 罪の深さゆえ放棄した、本当の名に頷く。


「捕虜を全員、殺した……」

「そうだ」


 生き抜くためではなく、ただ殺すために殺した事実に頷く。


「わたしを連れ出したのは……」

「……そうだ」


 死に場所で見た、可憐な少女を奪うための逃走に頷く。



「今さらだが、お前にも悪い事をしたと思っている。全部、オレの身勝手さが原因だ。……当然、お前には今後を決める資格がある」


 すなわち、ここに残るか……今までの事を忘れて出ていくかである。


 芽生えた衝動のままに手を取ったが、ルリカはまさに生きる原動力となった。けれども、この場から去る事を望むなら、手を離すしかない。

 ルリカは十分支えてくれた。……これ以上の勝手は望めない。

 ぐっ、と握り拳を作って決断を待った。






 ━━ふいに、ルリカの体が揺れる。エンカとランティスの側から離れ前へ前へ歩くと、そのまま男の体へ抱きついた。


「……っ、ル……っ」


 突然の抱擁に言葉を失う彼を無視して、さらに腕に力を入れ強く抱き締める。


「貴方に何があったとしても、わたしの気持ちは変わりませんから。……今さら嫌われようとしても無駄です。シン様」


 最後は笑うように、いたずらっ子のように声音を弾ませた。




 ルリカの行動(答え)に、シンレスは瞠目した。

 人を殺し犯し、それを秘匿した、耳触りのいい話ではなかったはずである。


 彼女からの軽蔑を覚悟した。離別を覚悟した。

 きっと死ぬよりつらいだろうが、唯一施された罰というのなら受け入れられる……。


 しかし、あの時のエンカと同じように。

 すべてを知ってなお、力を込め抱き締めて、受け入れてくれるのだ。

 シンレスは(ゆる)む目元を隠すよう、目を閉じた。


「ありがとな」


 (しだ)れかかってくる愛しい重さに、腕を回して抱き締める。

 ……こうなると、目の前の男2人がとにかく邪魔になった。

 再び瞳を開け、威嚇するように眉間に皺を寄せる。


「お前らはもう帰れ。クインヘルも待ってるだろうが」


 左手はそのままに、右手でしっしっ、と手を振って2人を追い出そうとする。


 さっきまでの怯え、恐れ、震えていたシンレスは一体どこへやら……このバカップルめ、とランティスは肩をすくませた。


「へいへい。せいぜいお大事にー」


 頭を掻きながら(きびす)を返す。

 対し、エンカは少し寂しそうに()んだ。


「クインヘルはね、もういないよ」



 その言葉の真意を。

 今度はエンカが語る番となった。





今宵もお読みいただき、ありがとうございました。

ここ数話、彼が『シンレス』と名乗るに至るストーリーでしたが、いかがだったでしょうか。


次回は場面が少し遡り、城中でのエンカとクインヘルの話にシフトします。


次回は10月14日、深夜帯更新となります。



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