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不老でゆるりな国の命は、出先で隣国王女を娶って国に持ち帰る  作者: 鞘町
3章 彼方への愛は言うに及ばず
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31話 罪の無い人:再会

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 その日の深夜。目を覚ましたジェッゾフィールは厩舎(きゅうしゃ)へと急いだ。


 月明かりに照らされた厩舎には複数の栗毛の馬が繋がっており、その中に1頭の黒毛の馬が混じっていた。


『━━カーランジャル』


 ジェッゾは名を呼びながら黒馬の頭へ手を伸ばした。


 この馬はジェッゾが精鋭兵と認められた証として、戦時中にあてがわれた軍馬である。

 よく訓練されているという事もあり、すぐに、そしてよく(なつ)いた駿馬(しゅんめ)であった。




 馬体を見ると、公爵の言った通り怪我は無いようで、牧草と飲み水も与えられていた。

 世話役の者は、外部の馬にもよくしてくれたようだ。


『すまなかったな。さ、もう行こう』


 首あたりを掻くように撫でる。

 落ち着きを取り戻した主の姿に安心したのか、カーランジャルはその手にすり寄った。



 やがてジェッゾは馬の背に乗り、誰にも出立を告げずに静かにノイステラ公国を立ち去った。




  ◇




 砂を蹴立てて走ること4日。ローダ・ハヴィリアに戻ったジェッゾは軍属の兵を辞した。

 強かったが、嫌われ者でもあったジェッゾフィール。彼の退役に、引き止めや見送りは存在しなかった。




 愛馬であるカーランジャルとも別れ、未練無く城を去ったその後、ジェッゾは傭兵という職についた。


 金銭の報酬を条件に、安全危険を問わず任務を請け負う。

 剣の腕さえあれば成り立つ稼業に、すぐさま足を踏み入れた。


 流れは違うものの、やることは以前と変わらない。斬って捨てて金を得る……新たに定めた職はすぐに馴染んだ。

 しかし、身に浴びる赤いもの……剣を濡らす鮮血も変わらない━━鼻につく血の匂いに、ジェッゾフィールは苦しんだ。



 当時の記憶が呼び起こされるのだ。

 仕事として数多(あまた)を切り捨てる日々と、逃れられない罪の意識……。

 捕虜を鏖殺(おうさつ)し、欲を満たし、それをなんとも思わなかった1年前の凶行がジェッゾを(さいな)んだ。




 昼は思い出すたびに頭を抱え、夜は震え眠れずに過ごした。

 食事も受け付けぬようになって、何度何度も吐いた。




 それでも傭兵という職は捨てなかった。

 自分から剣を取ったら、何が残るのだろうか……今度こそ、本当に意味のないモノになってしまうと恐れた。





 人々からは恐怖の対象として見られ。

 アレスギアテスへ断罪を申し出ても、受け入れてもらえなかった。

 苦しくてどうしようもなくなったジェッゾが次にすがったのは教会……神であった。



 教会へと出向き、醜い己を救ってくださるよう、手を組んで膝をつく。神に救済を求めたのだ。


 教会に足を運んでは熱心に書を読み、稼いだ金銭の大部分を寄付金とする。

 その信仰心は分厚い神話を暗記出来るほどになり、ジェッゾ唯一の支えとなっていく。


 やがて、寄付の額は生活をおざなりにするほどに膨れ上がり。

 罪の意識に潰されそうになるたびに行われる祈りは、己の身すらすり減らすものへと追い詰めていった。




 結果、少年の体は以前にも増して痩せてボロボロになった。






  ━━自己を捨てるような贖罪。

 そんなジェッゾフィールを、唯一見咎(みとが)める者がいた。



 転機は、ジェッゾがある任務を終え、せりあがる吐き気をこらえながら教会へ転がり込んだ時。

 いつもは無人なのに、その日は1人の先客がいた。



 柔らかそうな亜麻色の髪と青い瞳の少年。人の良さそうな顔立ちに、ジェッゾフィールは見覚えがあった。

 間違いでなければ、同い年の幼馴染。最後に会ったのはいつだったか……久々の再会である。



 少年も騒がしい来訪者の正体に気付き、驚きの声をあげた。


『その顔は……まさかジェッゾ!?』


 座り込んでいるジェッゾへ、少年は急いで駆け寄る。

 そして、手に持っていたものを床に置いて、力無く項垂れる彼の肩を揺すった。


『ジェッゾ、しっかりして!』

『エンカ……何でここに?』

『それはこっちの台詞だよ。……君、絶対ご飯食べてないでしょ?』


 ジェッゾの顔を覗き込むエンカの顔は険しい。

 普段のほほんとしている幼馴染にすら、一目で看破されるほど顔色が悪いのだと、ジェッゾはぼんやりと自覚していった。




 対するエンカは久方ぶりの再会を喜ぶことなく、変わり果ててしまった幼馴染の事情を問いただした。




 ━━ジェッゾフィールは、洗いざらいすべて話した。


 信仰を膨らませていた、教会という神の御前という事もあり、嘘を混ぜる事もなく……戦争の駒として志願した事。


 拘束されていた敵国の捕虜を残らず惨殺した事。

 その内の1人を陵辱した事。

 ……それに対し、何の感慨も無かった事。


 やがて罪を自覚し、アレスギアテスへ処刑を求めた事。


 そして今は、神を心の()り所とし、膝をつき祈りを捧げている事を明かした。





 話を聞き終えたエンカは、信じられない気持ちで唇を震わせる。


『何でそんな馬鹿な事を……。君は、そんな弱い人ではない』


 幼馴染だから知っている。ジェッゾフィールは強い。体も、心も。しかし。


『そうでもしなければ、オレの穢れは(そそ)げない』


 今の彼からは、その勇ましさは霧散していた。

 さらにジェッゾは、未だ救済が訪れないのは、きっと祈りがまだ足りないからだと思いを吐露した。




 そんな彼を見たエンカは、(うつむ)く彼の顔を両手で挟み持ち上げ、うろんな灰瞳を見つめながら叫んだ。



『お前に罪は無い……お前は「罪の無い人(SIN-LESS)」だ!』







『……は?』



 一瞬、理解が出来なかった。

 しかし、懸命に訴えてくる青い瞳が、聞き間違いではない事を実感させた。


 しばらくして、ジェッゾは冷笑を浮かべた。


『何言ってんだ、お前……』


 (ゆる)しはおろか、罰を受ける資格すらない男だと卑下すると、エンカは首を振って否定した。


『打ちひしがれる必要は無い。死を選ぶ必要は無い。神に縋る必要は無いんだ。だからジェッゾ……』


 そして、今にも崩れそうなジェッゾの体を抱き締めた。



『君はちゃんと……大人になって……』



 祈るような呟きの少年に、ジェッゾフィールはようやく気付く。


 エンカの傍らにある、1本の旗。

 軍属時代、噂程度に聞いた、守りの要である『旗手』の存在。


 この時、幼馴染は『旗手』になり、そしてもう成長する事はないという事実を知った。





  ◇


 エンカの必死の訴えを冷たく笑ったあの日から、さらに3年の歳月が流れた。


 20歳という節目を迎えたジェッゾだが、生活は変わらず身を捨てるような日々であり、しかし救いが訪れる事も無かった。


 やがて、長期に渡る心労に耐えられなくなり……最後の手段に出る事にした。





 彼が足を運んだのは、星が(またた)く夜の森。

 緩やかな風が運んでくるのは清涼な空気ではなく、腐臭であった。


 ここは通称『自決の森』

 何らかの事情により自死を選んだ者が集う、誉れなき墓場であった。


 その中に立ち、息を深く吐く。

 ……むしろ、なぜ早くこうしなかったのかと自分で疑問に思うほど、実に腑に落ちた決断であった。




シンレス過去編は次回で一段落します

次回は10月12日、深夜帯となります

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