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不老でゆるりな国の命は、出先で隣国王女を娶って国に持ち帰る  作者: 鞘町
3章 彼方への愛は言うに及ばず
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29話 疲弊の帰還

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「シンレス、大丈夫か?」

「すまない……手間をかける」


 動けるにまで回復したシンレスは、ランティスに肩を借りて家路についていた。

 ガタイのいいランティスとは違い、少年体格のエンカは役に立たないので2人のすぐ後ろをついて歩くだけだったが、エンカの仕事はこの後に待っている。



 時間をかけてシンレスの家まで歩き、中にいるルリカへ声をかけた。

 ほどなくしてルリカがやって来る。そして、ランティスの肩を借りたシンレスの姿を見るやいなや短く悲鳴をあげた。


「シン様! どうして……っ」

(わり)ぃ! 事情はあとだ。浮遊の巫女、こいつの部屋の案内を頼む!」


 バタバタと入っていくランティスに、ルリカは口元を押さえて狼狽える。エンカはそんな彼女を落ち着かせるため肩に手を置いた。


「大丈夫、シンレスは何ともないよ。ただ少し疲れているから、水とタオル……あとスープとか、何か温かいものをくれるかい? 案内はオレがするから」


 優しく笑むエンカの存在に安心したのか、ルリカはホッと息を吐いたあとキッチンへと向かった。




  ◇



 エンカの案内で部屋まで着くと、ランティスはシンレスをベッドへ放り投げた。

 ボスンと、体が沈む。その雑さにシンレスはジロリと睨んだ。


「人を投げるなよ」

「別に骨が折れてる訳でもあるまい。しばし休め……と言いたいが、いかんせん時間が無い。アイシェル姫の付き人というのなら、数日のうちに帰ってしまうだろう。それまでにあいつの素性を暴かなければならない。シンレス……あいつは何者だ?」


 いきなり核心をつくランティスをエンカが止めるも、シンレスはため息をついてから口を開いた。


「あいつはクライズと名乗ったが……オレにもこれと思い当たるものが無い。それに、あいつは姫の付き人という訳ではないらしい。こちらに来るのに都合がいいから、そういう事にしていると言っていた」



 ひとまず知っている事を明かし、情報を共有する。

 王太子の正式な従者ではないと知ったランティスは腕を組んで唸った。


「そうなのか。……それでも、いつ姿をくらませるか分からない。お前に対して何か目論(もくろ)みがあるか……何か聞いてるか?」

「オレの狂気を目覚めさせると言っていた。という事はやはり……」


 重々しく開かれていた口が、そこで閉じた。


 目的は判明している。

 奴はシンレスが行った6年前の出来事を、掘り起こし晒そうとしているのだ。



「この話、今や誰も思い出そうとはしないだろう。語るにも不吉だし……まさか、自分で言いふらしてるわけでは━━」

「……っ、んな訳あるか!」


 (まなじり)を上げ声を荒らげたあと、すぐさま表情を歪ませた。




「まだ……ルリカにも言えてないんだ」


 苦しげに絞り出すシンレス。

 それを見たランティスは、ああ……と目を細めて呟いた。


「お前がいつまでも結婚も婚約もしないのは、まだ明かしてないからなんだな」



 婚姻には当然名が必要。それも偽りの名ではなく、真の名でなければ正式な夫婦とならない。


 シンレスはルリカと真の意味で夫婦となる事を望んでいる。夫婦と認められないような、偽名での結婚など考えられなかった。


 しかしそれは、自分の記憶の封を開け、犯した罪の名を彼女へ語るという事。

 シンレスにとってはどちらも苦痛の選択であった。






 3人がしばらく口を閉ざしていると、数回、扉をノックする音が響いた。



「失礼します」


 遠慮がちな声音と共に、ルリカがゆっくりドアを開け入ってきた。

 わかめと肉団子のスープが乗った(ぼん)を持ち、それを近くのテーブルに置くとスープをシンレスへ手渡した。


「ああ……悪いな」


 シンレスはスープを一口飲み、ホッと息をつく。

 ようやく心も体も落ち着いたところで、ランティスがルリカを見遣った。


「久しぶりだな、ハイレンシアの巫女。父上……先代国王の時は世話になった」

「本当に……お久しぶりでございます、ランティス殿下」


 ルリカはランティスに向かって頭を下げた。


 2人は『浮遊の巫女』と呼ばれていたハイレンシア一族がまだ存在していた時……まだ王に仕えていた頃からの顔見知りである。

 没落後初の、数年ぶりの再会であった。



 ルリカはそのあと、小さな桶に入った水とタオルも部屋に運んだ。


「ありがとねルリカちゃん。あとはゆっくり休んで。オレ達はもう少しいるけど、そのうち帰るから」


 エンカが穏やかにお礼を言って休息を促す。


 このあとは先ほどの話の続きをする……しかし、ルリカは首を振って拒絶した。



「……シン様、わたしに何を言えてないんですか?」

「……!」


 3人の視線が、一気にルリカへ向けられる。

 いつもと違う雰囲気に、シンレスは眉尻を下げた。


「ルリカ……?」

「先ほどの会話、聞こえていました。ちょうど用意が出来たところで……ドアの前で聞いていました」


 立ち聞きなど品の無い行動だと思ったが、苦しげなシンレスの声に、反応せざるを得なかった。


「……聞きたい事があります」


 意を決したように、顔をあげる。


「2年前、わたしは一家心中の……自決の森にて貴方に見出だされました。あの森は名の通り、自ら命を絶つためのゴミ捨て場。自殺を決意した者しか立ち入らないはずなんです。……シン様はどうして、あの時そこにいらっしゃったのですか?」


 ルリカは問う。

 どうして、自ら(くび)ることを望んでいたのかと。


「お聞かせ願えますか。シンレス様」


 もし、その原因が自分に伏せている事と関係しているのなら、聞かせて欲しいと懇願した。




 そのまま、2人が引き裂かれてしまいそうな……張りつめた空気が満ちていく。



「……っ、ルリカちゃん。君はもう出た方がいい」


 耐えきれなくなったエンカが、早口にルリカの退出を促す。しかし、シンレスはそれを手で制した。


「いい。聞きたくなければ逃げればいい。……ルリカ」


 ふと彼女の顔を見ると、唇を引き結んでじっと待っていた。何時間でも、何日でも待つことを(いと)わないような……その表情に覚悟を見た。



「今から言う事はすべて真実。心して聞け」



 ルリカは赤髪を揺らして頷く。

 エンカは再び止めようと身を乗り出すも、ランティスに肩を掴まれた。

 もう2人は決意した、止めるのは無粋だと視線で訴えた。




 やや間があいて、シンレスは語り始める。



「戦争が起こり、そしてまだ戦時中だった6年前。敵国の捕虜を閉じ込めていた牢にて(みなごろし)があった。その虐殺をした犯人の名は……ジェッゾフィール。━━オレの事だ」





しばらくシンレス過去編が続きます


次回は10月8日、0時~となります



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