3話 男2人旅 ~3~
「エンカ……ッ!?」
護衛対象がまたしてもトラブルに巻き込まれている。
シンレスは人の合間を縫うように駆けながら剣を抜いた。
手を伸ばし、あと少しで届く……というところで、力尽きたエンカの手が柱から離れ、そのまま路地裏へと引っ張られてしまった。
「クソ……ッ、待て!」
シンレスも後を追い、路地裏を駆け抜けていく。
いくつもの角を曲がり、薄暗く狭く汚い道を進んでいると、その先の行き止まりで逃げ場を失った犯人が、壁を背にしてエンカの首元に短剣を突きつけていた。
今のところエンカも軍旗も無事……シンレスはわずかな安堵を胸に、犯人を睨みつけた。
「人狩り、ではないな? そいつを返してもらうぞ」
奴隷を集める人狩りは決して単独では行わない。複数人のチームを組み、確実にさらっていく。
隙を狙う人狩りではないなら残る可能性は1つ、国の守護たる旗手を狙っての犯行である。
犯人はシンレスの求めに応えず、黙って短剣を握る手に力を入れる。
体格は小柄なようで、頭から被る長い布のせいで表情は見えない。その布の奥に、腰から下がる鞘が見えた。短剣のほかに長剣も装備しているようであった。
彼我の距離約10メートル。その距離を、シンレスは少しずつ詰めていく。
「……っ」
犯人は息を飲む。
この人質はただの人質ではない。この優男は国の要……国の存亡を左右する旗手のはずだ。
その人質を省みない行動に、犯人は徐々に動揺を隠せなくなっていた。
距離を詰められるプレッシャーに耐えられなくなったのか、犯人はわずかに身動ぐ。
その油断を、隙を、シンレスは見逃さない。膝を落とすとバネのように爆ぜ、彼我の距離を一瞬で詰めた。
犯人の手からエンカを引き剥がし、手刀で短剣を叩き落とすと、そのままの勢いで犯人の胸ぐらを掴み壁へ叩きつけた。
狙いがずれないようグッと力を入れ、長剣を振り上げる。
あとはこの不届き者へ振り下ろすだけ━━その手が、ピタリと止まった。
先ほどの一連の動きで布が取れ、顔が露になっている、その正体に驚いた。
輝く金の長髪につり目がちな大きな双眸が印象的な、美しい少女であった。
予想外な刺客の正体にシンレスが固まっていると、少女は怒ったようにまなじりをあげ食ってかかった。
「今、こいつ女かって思っているだろ?」
「えっ、いや、その」
「絶対思ってる! 女だからってバカにしてるだろ!?」
狼狽えるシンレスにどんどん迫っていく勇ましい少女。先ほどとは形勢逆転である。
そのやり取りを見ていたエンカは、思わず声を出して笑ってしまった。
「……っ、うるさいぞ! 元はといえばこの女にさらわれたお前のせいだろうが!」
相変わらず能天気な旗手に、シンレスは声を荒らげる。
「いやぁごめんごめん。━━と、君はお隣の国の……クインヘル王女様だね?」
荒々しいシンレスと対照的に、エンカは穏やかに少女へ問う。あっさりと正体を言い破られた少女は、観念したように短剣を鞘に収め肩を落とすと、深い紫色の瞳をエンカへ向けた。
「……そう、わたしは元第1王女クインヘル・アゼルシーナ。1人の騎士として、そこの旗手の命を狙いに来た」
「騎士? 王女ではないのかい?」
エンカが不思議そうに首を傾げると、クインヘルは何かに耐えるように目をつむり握り拳を作った。
「わたしは……もうすでに王位争いに敗れている。継承権が無い王女など邪魔なだけ。いずれ他国へ嫁がされるだろう……それに抗うために騎士になった」
不要物として王家を出され、戦争など有事の際の人質として娶られる。
いずれ舞い込む婚姻話を避けるため、自ら王女の地位を捨て、剣を取った。
「わたしの力を我が愛国に示すために、手始めにその旗手を狙わせてもらった」
手始めに旗手を、という言葉が気に食わなかったのか、シンレスはへぇ……と薄く嗤う。冷酷に睨みながら、再度クインヘルの胸ぐらを掴み締め上げた。
「こらっ、シン……っ」
幼馴染の暴力をエンカが止めようとするも、彼のクインヘルを掴む力は少しも緩まなかった。
「そんな理由でうちの国の命を狙うとは、随分と甘く見られたもんだな。まさか、こんな事してただで済むとは思ってねぇだろうな?」
首を絞められ、自分よりはるかに長身のひどく冷たい視線と言葉を受けた少女は身をこわばらせたが、すぐさま背を伸ばし毅然と立ち向かった。
「……無論、わたしは騎士だ。剣に生きる者……命を狙う以上、その逆も覚悟している」
「いい虚勢だ。せめて楽にいかせてやる」
そう言って、シンレスはクインヘルを無理矢理地面に這いつくばらせ背中を踏みつける。
旗手を狙った者への制裁は斬首━━細いうなじを見据え剣を振り上げた。
背中から感じる死の危機にクインヘルはさらに身を固くさせ、無様に喚きそうになるのをぐっと堪えながら断罪を待った。
「はいはい、もうストップストップ!」
それを、ぱんっと手を打ち止めたのは、さっき人質にされた本人だった。
「んもーシンレスってば手荒すぎ。変な痕とかついたらどうすんの。責任取れるの?」
ほら、さっさとどいて! と、エンカはシンレスを押し退けてクインヘルの手を取り立たせる。
まるで助けるような旗手の行動に、シンレスは不快そうに腕組みをした。
「……まさかエンカ、見逃したりしないだろうな?」
シンレスはクインヘルに向けていた冷酷な視線を、今はエンカに向けている。見るもの殺すような鋭さだが、エンカは慣れた様子で静かに見返していた。
「シン、オレを守るのに人を殺すのは許さないよ」
「お前を守るのがオレの役目だ。暗殺者をむざむざ帰す護衛はいない」
「そう……。んじゃ、帰さなければいいんだね?」
エンカはおもむろにクインヘルを見た。
「ちょっと提案なんだけど、オレ達これから会議のため隣の国に行くんだよね。それには各国の代表とか要人とかも来る予定なんだけど……その護衛として、君もついてこない?」
「は……? 何を言って……」
呆気に取られているクインヘルを無視して、エンカはにんまり笑って続けた。
「オレの命より……もっとすごいの狙ってみない?」
……付き合いが長い幼馴染といえど、何でも分かるわけではない。
この時ばかりは、シンレスも理解が追いつかなかった。
勘のいい読者様はお気づきでしょうが、
作者はゆるふわな優しい青年、それに振り回される幼馴染、気の強い金髪美女が大好きです