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不老でゆるりな国の命は、出先で隣国王女を娶って国に持ち帰る  作者: 鞘町
3章 彼方への愛は言うに及ばず
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28話 罪の無い人:邂逅

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 ━━迫る銀閃。

 シンレスは手早く剣を抜き放ち、向かってくる凶器を横へ打ち払った。


「づぅ……ッ」


 鋭く響き渡る金属の衝突音と、クライズの(うめ)きが重なる。

 衝撃にクライズは剣と一緒に横へ流されそうになるも、足を踏ん張りそれを耐えた。

 それでもがら空きになる横腹……シンレスは隙を目にするも反撃せず、代わりに後退し距離を取った。


「付き人というより、刺客みたいな奴だな。あんた。もしや、オレを呼んだというのはお前か」


 シンレスは灰色の瞳で男を睨む。

 出会って間もなく死合(しあ)えなどと、高貴なる者の付き人がする行動ではない。


 戦争を仕掛けに来たのなら話は別だが、それなら狙う対象が違う。王侯貴族に手をかけるのが常道だろうし、城に出入り出来る者の1人とはいえ、シンレスは一介の傭兵に過ぎない。


 仮にこの場でシンレスが死しても、それだけと片付けられてしまう。そればかりか、王太子側にはただ騒ぎを起こしたというデメリットが発生してしまうのだ。




 この男の行動は完全に悪手。しかし、クライズは特に気にしていない様子で剣を構えた。


「オレは従者というより『移動に付いてきた人』って意味での付き人なので、アイシェル様が我が主って訳でもないんですよ。それに、ここまで(・・・・)来るには付き人という事にしてた方がスムーズですから」


 臨戦態勢を保ったまま向かい合う。

 彼の口振りだと、王太子とは特に主従関係は無いらしい。ならば、問いただすべきは。


「なら、お前の目的は何だ?」


 王の従者でない者が、王族でもない者を呼び出す理由とは何なのか。変わらず睨みをきかせるシンレスに、クライズも変わらず飄々(ひょうひょう)と告げた。


「目的? それはひとえに君に会うこと。さ、続きをしよう。ローダの戦士の力、見せてください」


 この男は力の誇示を望んだ━━ならばもう迷う事は無い。


「望むところ……!」


 シンレスは一気に、様子見から攻勢へ転じた。

 瞬く間に距離をつめ、クライズへ斬りかかる。


 袈裟斬りの軌道を鋭く描く銀閃をクライズは紙一重でかわすと、左手で暗器━━腰に隠し持っていた短剣をシンレスの顔面目がけて突き刺した。


 長剣を囮とした一撃。その予兆を視界の端に捉えたシンレスは、伸びてきた腕を掴むと捻り上げ、痛みに(ひる)む一瞬をついて()いた腹に渾身(こんしん)の蹴りを入れた。


「ぐ……ッ」


 男の端正な顔が、赤い目が歪む。

 壁際まで運ばれ膝をつきかける。大きな後退を余儀なくされ体勢を立て直そうとするも、シンレスの追撃の方が早かった。


「ハァ━━!」


 崩れかけた体へ叩き込む。クライズは長剣で受け止めるも、衝撃に負けとうとう膝を床につけた。

 手をつき項垂れる状態となり、致命的な隙を晒す。


 シンレスは剣を逆手に持ち替え、振り下ろす。クライズは床を転がって回避、どうにか危機を逃れた。



 深い呼吸を繰り返しながら立ち上がるクライズを、シンレスは無言で見遣る。

 力の差は瞭然、このまま戦っていても男に勝機は無いはず。

 相手の出方次第では剣を下ろしてもいいと思っていた━━しかし、クライズはにやりと笑った。



「お見事。その技の()えなら……一晩で(みなごろし)を果たすのもさぞ容易(たやす)かっただろうな?」



 ━━突然の発言に、呼吸が止まる。

 あれほどまでに(たかぶ)っていた戦闘の熱が、体が、一気に冷えた。



「何を、言って……」


 ようやく出た、荒れた息と掠れた声。

 明らかに見せる動揺に、クライズは満足げに口を歪ませた。



「忘れた訳ではあるまい。6年前……お前が殺した敵の捕虜(ほりょ)達の事だ。かわいそうに……あいつらはやめてくれと、助けてくれと叫ばなかったか?」

「それは……」

「女は何人いた? 子供は何人いた? ……お前が最後に食ったあの女の味はどうだった? ━━なぁシンレス」


 クライズは(いびつ)に問いかけ続ける。

 刺すような視線に、シンレスは目をそらし、唇を震わせ、喘ぐように絞り出した。


「あれは……非常時だった。戦争中だったんだ」


「言い訳をする気か? では戦争が終わって……その後その地を訪れた事はあるか? お前が殺した人の……その遺族へ頭を下げに行った事はあるのか?」


「……っ、そんな事……」


「するわけないよなぁ! お前はかわいそぶって……アレスギアテスへ断罪を求めようとも、教会に多額の寄付を残そうとも、それは贖罪という名の自己満足でしかないんだからな!」


「……るっさいッ!」



 感情のままの、デタラメな剣が振り下ろされる。技の冴えなどないソレだが力は強く、クライズを再び押し込むには十分であった。


 シンレスは床に転がった男の胸を踏みつけ、剣の切っ先を向ける。

 対するクライズは、銀に反射する凶器を目の前にしても、口角の()みを絶やす事は無かった。


「なるほど、こうやって全員斬り殺したのか。あの狭い、暗い牢で床は当然、壁や天井にも血が飛び散って……あぁ、最後には別の色が混じったか」


「黙れ……」


 唸るような低い声なのに、表情は苦しそうに歪んでいる。

 踏みつける足にも力が入り、肺がさらに圧迫されたクライズは苦しそうに1度咳き込んだ。



「己の罪をまざまざと明かされたから、今度はオレの口封じをする気か?」


 首を切り落とし、この糾弾を無かった事にするのかと、追い詰められた状況でもなお責め立てた。



「もうやめろ……やめてくれ……」



 シンレスは(おび)えたように呟いた。

 目をぐっと閉じ眉間に皺を寄せ、頭を抱え、状況を忘れて苦悶した。



 徐々に踏みつける力が弱まっていき、隙を目の当たりにしたクライズは足を押し退け跳ね起きる。そのまま、よろけて反応が遅れたシンレスに鋭い回し蹴りを浴びせた。


「ぐっ……」


 体が吹き飛び、派手な音を立てて壁に激突した。


 衝撃で手からこぼれた剣も、カランと音を立てて遠くへ転がる。

 壁にぶつけられたままぐったりして動かないシンレスに、クライズはつまらなさそうに呟いた。


「もう終わりか、ローダの罪人。……あぁ、とっくに戦意喪失してたか」


 戦士に向かってそう侮辱しても、ピクリとも反応を見せない。

 気絶している訳ではないが、立ち上がる気力が無いようであった。


「オレはお前を知っているぞ、アインスタベルト。お前に眠る狂気を、オレが目覚めさせてやる」



 愉しそうに嗤い、落ちていた自分の長剣と短剣を拾って、シンレスへ近付いていくと━━








「どうした! 何をしている!?」



 騒ぎを聞いたランティスとエンカが足早に駆けつける。

 エンカは壁際でぐったりしている幼馴染を見て「シン!」と絶叫した。



 驚愕の表情を浮かべる2人へ、クライズはにっこりと微笑む。


「これはこれは王弟殿下。我が姫達はどちらに?」

「……今宵は貴賓室で休まれている。ところで、さっきの騒ぎは? ……うちの戦士が何か粗相をしましたか?」


 ランティスはすぐにでも胸ぐらを掴みにかかりたかったが、感情を出さず冷静に対応した。


 ローダ・ハヴィリアでも指折りの戦士であるシンレスが武器を放して項垂(うなだ)れている。やり合っていたのは確かだが、先方は賓客ともいえる人物である。そう思っていなくても、こちらに非がある事を前提にしなければならなかった。


 クライズもそれを察したのか、否定したあと慇懃に頭を下げた。


「申し訳ございません。この……アインスタベルト殿(・・・・・・・・・)に少々ご用がありまして」



 飛び出た名に、ランティスはとうとう瞠目した。

 そして、声音に(にじ)んだ悪意を逃さず、すぐさま食らいつく。


「失礼だが、どこでその名を?」

「さぁ……。さて、わたしもそろそろ休ませていただきたく。これにて失礼いたします」


 クライズはそう言って、2人の横を通っていく。

 やがて静かになった通路で、ランティスが口を開いた。


「エンカ、あいつに見覚えは?」

「無いよ。でも……」

 

 その名はシンレスの昔を知る者……それもごくわずかしか知らぬはずである。

 しかし、あの男ははっきりと、シンレスが棄てた名を言い放ったのだ。


 一体何者なのか……騒ぎの件もあるので、どちらにせよ彼から話を聞かなければならない。


「シンレスの事は任せるぞ。……お前は、こいつの名付け親だったな?」


 険しい顔つきをする王弟に、エンカは頷いて答えた。


「もちろん。……誰が何と言おうと、あいつに罪は無いんだから」




 そう名付けた幼馴染。

 打ちひしがれる必要は無い。死を選ぶ必要は無い。神に縋る必要は無い。

 戦争が終わって、変わっていく世界の流れのなか、これ以上自分自身を追い詰めさせないために、君に向かってそう叫んだのだから。





次話は10月6日、1時~となります



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