27話 “女”王太子
長く期間をあけてしまいすみません
復習として、よければこれまでの話を読んでいただけると嬉しいです
2日に1回ペースで更新、偶数日の夜中になると思います。
急ぎ足のエンカとクインヘルはやがて、城へと辿り着く。
玉間の入り口を守る兵は一瞬ギョッとしたが、事情は分かっているらしくすぐに通してくれた。
中に入ると、国王ヴァーメランとその王弟ランティスがエンカ達を迎える。しかし、歓迎ムードは無く、2人揃って無言で苦い顔を浮かべていた。
何も言わぬ様子を訝り、エンカはランティスへ声をかける。
「どういう事? ラシュがえらく急かしてきたから来たんだけど」
「ああ、呼んだのは間違いない。今、ミレニ様が相手をしてくださっているんだ。これはどちらかというと……クインヘルに関係する事だな」
「わたしに……ですか……」
クインヘルは目を丸くした。
何かしただろうか……。まさか今日の悪漢の事ではないだろうし、思いつくものといったら、黙ってアナゼル王国を出た事くらいである。
クインヘルがあれこれ思い返していると、沈黙を貫いていた王がおもむろに口を開く。
「これは下手をすると国際問題だからな……。エンカ、確かアナゼル王国は平和協定に参加していないんだったな?」
齢42にしては白髪やシワなど老けが目立つ王ヴァーメランの問いかけにエンカは頷いた。
「来なかっただけで平和への意思はあると思いますけど……。アナゼルがどうかしたんですか?」
エンカが首を傾げる横で、クインヘルはさっと青ざめた。
どうやら来客がいるらしく、王妃自らが相手をしているという。そして、出てきたのが故郷であるアナゼル王国。
嫌な予感がまとわりつく。
放置していたくせに……一体、今になって何しに来たというのだろうか。
やがてクインヘルは息を飲み、1歩、国王へ踏み出した。
「恐れながら陛下……。それは……わたしと縁ある者でございますね?」
恐る恐る聞いた質問の返事を待つ最中……バタンという物音が響いた。
玉間と隣接する応接間……主に王族が王族を接待するために造られた、特別な部屋の扉が開けられた音であった。
その中から靴音を立てて出てきたのは、王妃ミレニ。
それと、ドレスをまとった少女と1人の従者であった。
サラサラと流れる美しく整った金髪と口元には笑みを絶やさない愛され顔の、いかにも高貴な身分といった少女は、クインヘルを見るやいなや嬉しそうに駆け出し、抱きついた。
全員の視線が集まる。
面差しがよく似た美貌の……2人の関係は一目瞭然であった。
「お久しぶりです! お姉様!」
「アイシェル……」
嬉しそうな声音のアイシェルに対し、クインヘルは信じられない気持ちで呟いた。
アイシェル・アゼルシーナ。美しい金髪と赤紫色の瞳を持つ彼女はクインヘルの実妹であり、今や次代の王という国にとって重要な人物である。
その妹がこんな時間になぜここにいるのか……クインヘルが困惑していると、長身の男性がさっと現れた。
「本当にお久しぶりでございます。クインヘル様。突然の来訪、どうかお許しください」
「ホーデュ……貴方がいながら……」
長身の腰を深々と折る従者の男、ホーデュ・サラアン。
かつての派閥……アイシェル派の人物であり、きちんと主を諌める事が出来ると評判の男性。だからこそ王太子の従者を任された。
わがままに流されるような人ではないはず……クインヘルは彼をキッと睨んだ。
「それはわたしにではなく、ヴァーメラン国王陛下に言うことです。一体、何しに来たの?」
これから闇が深まっていく時間に、大した供もつけずに。
眦をあげるクインヘルに、ずっと抱きついていたアイシェルが顔をあげて答えた。
「お姉様を連れ戻しに来たのです! アナゼル王室に!」
「な……っ」
アナゼル王室━━昔の、クインヘルの居場所だったところである。
そこに連れ戻しに来たという……クインヘルは目を見開き声を荒らげた。
「バカな事を。そんなの、父王が黙っているわけ━━」
「お父様は構わないと言っています。逆に、お姉様がいなくなってとっても嘆かれていますわ」
アイシェルは胸に手をあて、悲しそうに目を伏せる。
その様子を見ていたクインヘルだが、にわかには信じがたかった。
王位争いをしていた時はあれほど邪魔そうにしていたくせに、出奔したあとも今の今まで使者の1人も送らず、そして今、王太子で妹のアイシェルを寄越しているのだ。
今クインヘルにあるのは、父王に対する不信感。
それに……。
「でも……それは無理だ」
クインヘルはアイシェルの肩に手を置き、首を振った。
「わたしはもう結婚している。離婚歴のある王女など、王室に戻っても迷惑だ」
婚約破棄、解消ならまだしも、すでに結婚し夫がいる。
離縁を経験したキズモノがいる王室など、周囲からはいいイメージは持たれない。結果的にクインヘルが出奔する原因となった……諸国へ媚びる外交を目論んでいるならなおさらである。
今さら戻っても邪魔のまま……アイシェルはそんな姉の心配より、今まで聞いたことのない言葉使いの方に口を覆った。
「まぁ! お姉様ったら、そのような男勝りな……。でもご安心なさって。お姉様ならすぐに元の淑女に戻られましょう」
明るくはしゃぐように、姉を説得する。
引き下がる様子をまるで見せない妹に困ったクインヘルは、エンカへ視線を投げ助けを求めた。
彼の口から『こらこら、この人はオレの奥さんだから、君はお国に帰りなさい』と、妹を止めてほしいと願った。
彼はいつものように、穏やかに笑っている。
しかし、飛び出た言葉はクインヘルの期待を裏切った。
「出来るよ。離婚でしょ? ……というより、ちゃんと結婚してる訳じゃないしね、オレたち」
「……は?」
何でもないように笑って言われた言葉に、クインヘルは頭が真っ白になった。
◇
エンカと同じく、ラシュタードから召集を受けたシンレスも城へと急いでいた。
ラシュタード曰く、シンレスに用のある者がいるらしいが、緊急とはいえこの呼び出しは少々不満であった。
夕飯の支度をするルリカの背を微笑ましく見ながらゆったりと剣の手入れをしていたのに、事情も明かされずただ急げと言われてどう腑に落ちろというのだろう。
ひとまず髪を縛り、剣を腰に佩き準備を進め……ルリカに外出する事を伝える。
ラシュタードから一緒に乗るか? と言われたが、狭い馬上に野郎と相乗りなど冗談じゃないので、1人急ぎ足で向かう事となった。
やがて白亜の城に着き、長い通路を通って玉間へ急ぐ。
その途中で、道の真中に立つ1人の男と対峙した。
身長はシンレスとほぼ同じ。漆黒の髪も一緒の美丈夫だが、目は赤く爛々と輝いている。
まるで通さんとする不審な人物に、シンレスつい眉根を寄せた。
「誰だ、貴殿は」
やや彼我の距離を置いて、男へ問う。
問われた男は胸に手をあて恭しく頭を下げた。
「オレの名はクライズ。アナゼル王太子、アイシェル様の付き人をしている者です。……貴方の名前を聞かせていただけますか?」
男は特に隠す様子もなくあっさりと名乗った。
ならば、こちらも名乗り返さねばならない。乗り気ではないので、シンレスは一拍置いてから口を開いた。
「……シンレスだ」
声音の低い名乗りを聞いたクライズは、わざとらしく目を見開いた。
「おお、『罪の無い人』とは。よい名ですね。……とても似合わない」
そう言って、嘲笑った。
明確な悪意を見せる男に、シンレスは視線を外さず剣へ手をかけた。
「どういう意味だ」
わずかに腰を落とし睨みつけるも、クライズは特に怯む事なく受け止め、さらに飄々と続けた。
「まあまあ、ここで会ったのも何かの縁。せっかくだし……死合ってくれませんか?」
クライズが言い終わると同時に。
刹那に響く、鞘を擦る金属音。
瞬きの間に引き抜かれた剣が、シンレスへ襲いかかった。
次話は10月4日、1時~となります




