26話 プロローグ
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エンカがいない日中、留守を預かるクインヘルは家事を終わらせると、買い物をするため外へ出た。
ローダ・ハヴィリアに……エンカに嫁いで数週間がたつ。
エンカやルリカの協力もあり、王都の街並みにもだいぶ慣れて1人で買い物も楽しめるようになっていた。
王都ダーデラットのメインストリートは、いつも買い物客やカップル、家族連れでごった返す。
賑やかな町は見るだけでも楽しいし、夜にエンカと語る話題作りも出来るので、クインヘルはここでの生活を気に入っていた。
以前の生活からは想像もつかない……エンカがくれた日々に、つい顔が綻んでしまう。
あちこち自由に見回ったあと、いつもなら何事もなく家に帰る事が出来るのだが……今日は不運にもトラブルに遭遇してしまった。
クインヘルの目の前には1人の大男が立ちふさがっている。
よく日に焼けた褐色の肌と、よく手入れされていないであろう、ごわつき煤けた色合いの金の短髪。
絵に描いたような悪漢に絡まれてしまった。
きっかけは何とも単純で、男がわざとらしくぶつかってきて、詫びとして金目のものを出せ、からの、よく見れば姉ちゃんいい女だなぁ━━といった感じである。
チンピラというのはどこの国も風体は一緒なのだと内心ため息をつきつつ、クインヘルは適当に流して去ろうとした。
「……っと、待ちな嬢ちゃん」
左腕を強く引っ張られ、そのまま肩を抱き寄せられる。
何という不躾、下品さ。いくら教養の無い悪漢とはいえ、このような形で女性に気安く触れるなど言語道断━━怒りを覚えたクインヘルの右手は自身の左側を探った。しかし、この日は剣帯しておらず、空を掴むだけであった。
(クソ……ッ!)
心の中で悪態をつく。眦を吊り上げ男への抵抗を続けながら、肝心な時に鍛練の成果を役立てる事が出来ない不甲斐なさに内心歯噛みしていると━━
ふっ、と体が自由になった。
半ば放り出されるように解放される。ふらつく体を立て直していると、聞こえてきたのは男の苦悶の声だった。
「いっだだだだだだだだだだ!」
男は、突如として現れた女性に腕を捻り上げられていた。
女性ながら長身に纏うは金属製の胸当てと肩当て。高いヒールのブーツをはいているのに、涼しい顔で軽やかな立ち回りを見せている。
性別も体格もまるで違うのに、不利を感じさせない実力差が見てとれた。
男が苦痛に満ちた顔と声で解放を求めるも、全く緩める気配を見せない。そのまま締め上げによる制裁が続いたところで。
「骨を折られたくなければすぐに立ち去れ。いいな?」
冷酷に告げ、突き放すように手を離した。
その後も走り去るチンピラを睨み続けるその人に……クインヘルは見覚えがあった。
ポニーテールに結われた髪はオレンジ色。同色の瞳は温かな色味のはずなのに、どこか陰りがあり冷えている騎士。
エルザ・ハーリティー。
エンカが「同僚みたいなもの」と語っていた人物であった。
彼女に危機を救われた━━クインヘルは感謝の気持ちと同時に、迷いも生じた。
記憶が間違っていなければ、ラシュタード同様エンカと仲が悪かったはず。今や、自分もエンカの縁者。あの時のように睨まれてしまうかもしれない。
そうこう悩んでいる間に、エルザは歩み寄っていく。
「大丈夫か? と、君は確か……」
凛と背筋を伸ばす、スラリとした女性騎士。そして、エルザの方も気付いたのか、目をしばたたかせた。
「わたしはクインヘル。エンカの妻、といえば分かるだろうか」
「あぁ、そういえば噂で聞いた。隣国の姫君が降嫁されたと。1人なのか?」
「そうだ。この町にも慣れて、1人でも出歩けるようになった」
予想に反し、エルザは穏やかに会話をしてくれた。
エンカ本人がいなければ、以前見た冷たい眼光も影を潜めているようであった。
2人はしばらく会話を交わし、クインヘルは買い物に戻ろうとすると、待ったをかけられた。
「ここは比較的治安がいいはずなんだが……さっきのようにゴロツキに絡まれるかもしれない。わたしでよければ付き合おう」
「いや……それはさすがに悪いし、何か仕事中では?」
「今日は非番なんだ。あのバカモンの代わりにエスコートさせてくれ」
バカモン……とは、エンカの事だろう。
エルザは、紳士から淑女へするような所作で手を差し出す。
クインヘルは迷ってしまったが、振り払うのも失礼だと思い、しばらくの護衛をお願いする事にした。
◇
遊覧と買い物を終え、クインヘルの家まで戻ってきた。
「今日は色々と助かった。エルザ……さん?」
「エルザでいい。お役に立てて何より」
エルザはふっと微笑みながら、持っていた袋をクインヘルへ渡す。彼女は同行だけでなく、荷物持ちもかって出てくれたのだ。
「よければ家に上がっていかないか? 今ならエンカもいないし」
彼は今不在だし、荷物を持たせて連れ回しておいて、お茶くらい出さなければ失礼ではないかと思い提案する。
しかし、エルザは首を横に振った。
「いいや。今日は非番だが、わたしの外出は町の哨戒も兼ねている。せっかくだが戻らせてもらうよ」
そう言うと軽く手を振り、オレンジ色の髪を翻し去っていく。
残されたクインヘルはその背中をしばし見つめ、家の中へ入っていった。
◇
時刻は午後5時。勤務を終えたエンカが帰宅する。
そのままソファーに腰かけたので、クインヘルは早速今日の出来事を話す事にした。
「そういえば、今日エルザに会ってな。買い物に付き合ってもらったんだ」
それから、チンピラに絡まれた危機から救われた事、そのまま買い物に同行してもらい何かと世話になった事を話す。
エンカは時折相づちを打ちながら耳を傾けていた。
「想像と違って、人当たりのいい人だった」
「うん。彼女はそういう人だからね」
見た目の暖色系とは違い中身は冷淡なのでとっつきにくさは感じるが、その実態は面倒見がよいお姉さんだ。
エンカも同僚的なものと言うだけあってか、エルザの行動に対して驚きは特に無いようであった。
「とりあえず、君が無事でよかった。あとでエルザにもお礼言わないとね。……聞いてくれないだろうけど」
最後はため息混じりに呟く。それを見たクインヘルは声音を低く落とした。
「なぁ、エンカ」
朗らかさが失せた妻からの呼びかけにエンカは「ん?」と顔をあげる。表情は実に穏やかで、二の句が続くのを待っている。
「エルザは……話せばいい人だったし、ラシュタードは偏屈だが何か信ずるものがあるようだ。だとすると、問題はお前にもあるんじゃないのか?」
違うのなら否定するだろう。いつものように、人好きのする柔和な笑顔で、明るい声で。
しかし、この仮定には確信があった。その証拠に、エンカから笑顔が消失していた。
「君は聡い。……嬉しい反面、それはたまに厄介だ」
俯いてため息を吐き、エンカは軍旗をぐっと握る。
「エルザはね、オレと同じ旗手候補の1人だったんだ」
そのまま、訥々と語り始めた。
「旗手は先代から役目を受け継ぐ。その資格がある者として集められた、先代の信頼を得る者の1人だった」
先代の旗手から指名され、候補として召集されたエンカとエルザ。当時の仲は、今ほど悪くはなかった。しかし、エンカが旗手となった瞬間、エルザは彼を嫌い突っぱねるようになったのである。
クインヘルは、ただじっとそれを聞き入っている。
語られるのはエンカとエルザ、2人の昔話。
しかし、その途中で━━
ふと捉えた物音に2人はハッとし、視線を玄関へと注いだ。
外から4足歩行の……慌ただしい馬の足音が聞こえてくる。
家の前で止まったと思っていると、続けてザッ、と下馬する音がする。
急に騒がしくなり何事かと身構えていると、扉を乱暴に叩かれた。
「おい! エンカ、クインヘル! いるか!?」
在宅を問う声を聞いて2人は瞠目する。声音からただならぬものを感じ、エンカは扉を開けた。
正体はラシュタードであった。
急いできたのか、銀の髪は乱れ、汗も拭わぬまま立っている。
「どうしたラシュ。珍しい事もあるもんだ」
ラシュタードが自らここに来るなど本当に珍しい。
「緊急だ! すぐに城に来い!」
よほど構っていられないのか、言うやいなやラシュタードはひらりと馬に乗る。
「お前達は先に行け。オレはシンレスにも知らせてくる━━ハイヤァッ!」
ラシュタードは声を張り上げ手綱を操り、すぐさま馬を走らせた。地を蹴る蹄の音をたてながら、瞬く間に遠ざかっていく。
この火急の件は2人だけでなく、シンレスにも関係のある事らしい。
「……とりあえず、行こうか」
肝心な理由は語ってくれなかったが、ラシュタードが知らせに来るほどの事態に、エンカとクインヘルは頷き合って家を出た。
◇
前を急ぐ少年の背を見ながら、クインヘルは考える。
エンカにはまだ、隠している事があると思っていた。
『旗手』とは国王とは違う役割を持つ、独立の、存続の、国守りの要である。
ローダ・ハヴィリア国が興ってから存在する特別な役割。
年を取らず死は赦されず、生涯をかけて担うものであり、『旗手』が死ねば国ごと死ぬとさえ言われている。
ここで疑問が起こる。
エンカはそれを、先代から受け継いだと言っていた。
旗を持った瞬間、不老の身になったと。
建国から在り、死による安寧を赦されない特別職……。
……ならば、『旗手』はこれまでにただ1人のはずである。
━━クインヘルの疑問。何故エンカが『旗手』に成り得たのか。過去の『旗手』達は、一体どこへ行ったのか。
━━すなわち、
━━何故、『旗手』の代替わりが起きるのか。
今後ともよろしくお願いします。
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