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24話 傷心者の夜 ~1~



 心まで晴れやかになるような青空が広がる、王都ダーデラット。

 しかし━━騎士団が所有する訓練用の荒野にて、そんな陽気をかき消すかのような、物騒な金属音が響き渡る。

 そこでは、2人の剣士が絶え間なく刃を交わしあっていた。



 片や、爽やかな水色の髪の軽鎧(けいがい)の青年。

 片や、黒の長髪を踊らせる、防具を身につけない軽装の青年。


 現国王の異母弟ランティスと、歴戦の若き傭兵シンレスである。


 2人は愛用の剣……正真正銘、人を殺傷するための真剣で、幾度となく打ち合っていた。

 興味本位で遠巻きに見ていた騎士らもいたが、激化する戦闘にやがて真っ青になって離れていく。


 さながら遊戯のような気軽さ……果たし合いのような気迫さであり、『オレを前に気を抜こうものなら容赦しない』という殺気さえ垣間見えた。







 全力で振り抜き、紙一重でかわす。

 実力は同等。拮抗した戦闘は延々と続き……。




 ━━終わりは唐突に訪れた。





「━━けろ! シン!」

「━━ッ」



 ハッ、とシンレスが瞠目。

 前方からの怒鳴り声で、知らぬ間に己が自失してしまっていたのだと気付いた。


 剣を振り上げる姿を視界の端に(とら)え、咄嗟に剣を振り上げ防御の形を取る。


 ━━しかし間に合わず、ランティスの一閃が左の手首から肘までをまっすぐ斬り裂いた。



「ぐ……ッ」


 瞬く間に血が噴き出し、地面にまで飛び散った。

 これにはシンレスもたまらず後退する。

 動揺からか激痛からか、剣も地に落としてしまった。


 腕を押さえ(うめ)くシンレスに、ランティスは剣の構えを解く。


「どうしたシンレス! らしくないぞ!」

「……悪い」


 (まなじり)を上げ心配するどころか怒るランティスに、シンレスはそっけなく謝りながら落とした剣を拾った。



 表情には出さないが、この事態にランティスは心底驚いていた。

 シンレスは自分が認めた数少ない勇士で、国全体から見ても『精鋭』の部類に入る。

 だからこそ、真剣で本気で打ち合える貴重な相手であり、かすり傷程度ならお互い頻繁に負うが、この事態は初めてであった。


 対するシンレスは取り乱す事こそ無かったが、戦闘中に放心などという戦士にあるまじき事をしてしまい、悔しそうに歯噛みしていた。





 ひとまず2人は得物を鞘に収め、手合わせを一時中断させる。



「治癒師を連れてくるか? 確か、星詠みの女が治癒の術を使えたはず━━」

「いや、それはいい」


 手近にいた兵を呼ぼうとするランティスの提案をはね除けた。


 呪術師ならありがたく施しを受ける。が、それが星詠みというなら話は別だ。

 おそらく、現国王に仕える星詠み……もしかしたらルリカの(かたき)かもしれない。彼女のいないところで、そんな者の力を借りるわけにはいかなかった。



 とはいえ、このままにしてはおけない。

 パックリと裂けた傷口からの血は指を伝い、地面へポタポタと(したた)り落ちるのだ。


「……とりあえず、手当てはしてくる」

「あぁ。そうしてこい」


 ツバつけておけば治る……と言いたいところだが、傷は大きい。もしかしたら縫合が必要になるかもしれない。


 シンレスは手当てを受けるべく、騎士団本部の救護室へ向かった。





  ◇


 処置を終え救護室を出たシンレスは、ランティスのもとへ戻るべく通路を歩く。



 左腕には包帯が巻かれているが、完全に血が止まったわけではなく、時間がたつと赤いものがじわじわと浮かんでくる。

 痛みも薬のおかげで幾ばくかは引いたが、それでも絶え間なく痛みシンレスを苦しめた。


 治療中はというと、手首から肘までをまっすぐ斬られ、血でベタベタになっている男は結構な惨状だと思うのに……さすがというべきか、救護室のヌシはこの怪我を見て『斬る方も斬られる方も上手なのねぇ』とのほほんと語っていた。


 相手がランティスでよかったと、この時少しだけ思った。





 深く息を吐きながら歩いていると、前方に白いローブをまとった少女の姿が見えた。幼さを残した可憐な容貌と長い銀髪を簡単に結わえた彼女は、まるでシンレスを待っているかのようにじっと佇んでいる。


 対するシンレスは少女の顔に見覚えは無く、無視して横を通ろうとして━━横切る寸前で、少女はシンレスを呼び止めた。



「あの……ハイレンシア様は、お元気なのでしょうか?」


 小さい、遠慮がちに発せられた声に、シンレスは目を見開く。

 ハイレンシアとは、今は没落して消失した、ルリカの姓である。思いがけない名の登場にシンレスは思わず睨んだ。


「……何だお前は」


 何故、シンレスがハイレンシアの娘を救出していた事を知っているのか。今になってかの(・・)一族の生死を問うような真似をするのか。

 まさか、ルリカの一族を没落にまで追いやった者の縁者なのか……答えによってはタダでは済まさんと身構える。



 少女は(うな)るような低い声と鋭い眼光に(おび)えながらも、意を決したように、包帯が巻かれた左腕に飛びついた。



 ぎゅっと掴まれた傷が一際(ひときわ)痛み、顔を歪ませる。


「……ッ、おい!」


 少女の行動に、シンレスは反射的に剣に手をかける。

 これは自衛の範囲だ。女からの襲撃をこの手で払おうとしただけだと言い聞かせ、一瞬で処断する気持ちを固める。



 いざ剣を抜き放とうとした瞬間、シンレスは気付いた。


 痛みが引いていく。包帯に広がる血は止まらないけれども、(さいな)む激痛は驚くほど皆無となった。


 やがて、少女は手を放し2、3歩後ろへ距離をとる。

 それから、何か言いたげにもじもじしながら(うつむ)いてしまった。


「……どういうつもりだ」


 眉間に皺を寄せながらシンレスが問うと。


「申し訳ございません!」


 白ローブの女は勢いよく深々と頭を下げた。


「わたくしの異能は治癒ではなく痛み止め……麻酔のようなものでございます。傷は塞げず、ただ苦痛を取り除くものであります」


 震える声で、懸命に語る少女。

 その口振りから、この子がランティスが言っていた治癒能力を持つ星詠みの巫女だという事に気が付いた。

 そして「治癒」という表現は正しくないと言う。正確には麻酔……痛みを消すものだと巫女は語った。




 偶然か待ち伏せか。はからずも星詠みの能力を受けてしまい、シンレスは何とも言えない気持ちになる。

 けれども救われた事実は変わらない。言うべき事は果たさなければと咳払いをした。



「礼は言う。……だけど、もし何か余計な事を考えているなら━━」

「誓って、ハイレンシアの巫女様には何も手出し致しません」



 白ローブの巫女は再び低頭する。

 ルリカには何もしない、と確かな答えを聞き、シンレスはひとまず胸を撫で下ろした。




  ◇



 やがて、ランティスが待つ荒野まで辿り着く。



「悪い、待たせた」

「いや。んで、どうだった?」

「縫う必要は無いだと。続きはどうする?」


 血は出ているが星詠みの異能のおかげで痛みは無い。


 それに、職業がら粗雑な処置で戦闘を続けるのはよくある事。負傷時でも戦闘は出来るのだが、ランティスは呆れたようにため息をついた。


「戦時中でないし。中止だバカ。……ホントにどうした。何か悩み事でも出来たのか?」

「……実はな」



 長い沈黙の末、口を開く。


 シンレスはこの時、度重なる衝撃・動揺(ショック)のせいでうっかりしていた。


 自分でも想像以上に精神的に参っていたのだと心労に気付かされ、ランティスという男に昨夜の出来事を話してしまった事にシンレスは後々、この判断を後悔する事となった。





次の話で、2章は終了となります



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