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23話 勇躍せよ我が勇士 ~2~



 ━━国の象徴、けれども王に(あら)ず。

 治世と繁栄が王ならば、勝利と存続の……旗手がそこに立つ。


 風にはためく桔梗の軍旗は(まぶ)しいほどで、同じくなびく淡い褐色の亜麻糸の髪は、陽に当たり金にも似た色彩を放っていた。


 性格を表したような涼やかな青い瞳は、今は鋭利に(きら)めき、エンカは眼下の騎士へ引き結んだ口を開く。







「さて、何か言いたい奴(・・・・・・・)はいるか(・・・・)?」


 ついさっきまで無駄口を叩いていた騎士たちへの一喝が、しんとした広場に響き渡った。

 当然、この場で申し立てる愚か者はいない。

 これでようやく舞台が整ったので、エンカはふっと息を吐いた。



「先般、我々は国王名代、国の意思としてかの(・・)アレスギアテスへ向かった。目的はローダ・ハヴィリアと周辺国との平和協定を結ぶためであり、調印は協議と相互理解により見事なされ、今代の平和は約束された!」



 滔々と語られる演説に、騎士たちは微動だにせず聞き入っている。



「……当然、隣国であるラーダ・ハヴィリアの代表も参加した。これにより、いかに相容れぬ者だろうと訳合(わけあ)い無き抗争、害する行為はご法度となる」



 それを聞いた何人かの騎士は分かりやすく肩を落とした。

 クインヘルはこの時、わざわざ釘を刺さなければならないほどローダとラーダは不仲なのだと改めて感じた。



「世界を(なら)す大戦は無くなれど、いつかまた……お前たちを戦地へと進ませ、その背を見送る日が来るだろう。しかし、気高き桔梗の旗印のもと、最後までお前たちを記憶する墓標となろう! 勇躍せよ(スタンド・オブ)我が勇士(・ハヴィリアス)! 誇り高き貴殿らに、我が加護あれ!」



 風にあおられブレないよう、両手でしっかり持ちながら旗を高く掲げる。


 ━━瞬間、爆発したかのような轟音が響き渡った。

 ある者は拳を突き上げ、またある者は儀式用の剣を抜き天に掲げた。さながら戦場へ向かう前の……(とき)のような大歓声。


 クインヘルは思わず耳を塞ぐ。離れているのに、まさに大地を割らんばかりの大絶叫であった。

 

 




 普段のゆるふわな雰囲気は影を潜め、旗を掲げ力強く、騎士たちの前に立つエンカ。

 昨晩の宣言通り、堂々たる自身の姿をクインヘルへしかと(・・・)見せつけた。



 見事、任務と誇りを果たした夫を見届けたクインヘルは、なお止まぬ大歓声を聞きながら広場をそっと離れた。



 ……だからなのか、歓声を浴びる最中(さなか)、エンカが悲しそうな表情で遠くを見つめている事には気が付かなかった。





  ◇



 広場を離れ帰路についていると、城の敷地内の人気(ひとけ)の無い所に1人、(たたず)む痩身の男性がいることに気がつく。

 対する男も視線に気付いたのか、顔をクインヘルへ向けた。



「おや、ご機嫌麗しゅうクインヘル姫。今日は一段とお美しい。エンカの様子でも見に来たのかい?」



 声をかけたのは銀髪の美丈夫。

 軽薄な旗手護衛、ラシュタードであった。彼は軍服姿で柵に寄りかかりながら、煙草(たばこ)をふかしている。

 


「いやー、バレたのが君でよかった。さすがに、この姿までは王はお許しにならないだろうから」


 紫煙を吐きながら、苦笑いを浮かべる。

 その口振りから『サボり』であることは明白であった。


 一応、騎士団の規定では酒、煙草などの嗜好品は禁止されていない。しかし、国の命(旗手)の守護たるラシュタードが任務をサボって喫煙していたなど、職務怠慢にもほどがある。



「……サイ殿。貴方がこうしている間にも、エンカは立派に職務を果たしている」


 苦言を呈した瞬間、ラシュタードは嫌な顔をした。

 出来る限り力を抜こうとするラシュタードにとって、真面目なクインヘルは天敵というか、相性が合わない相手なのかもしれない。

 加えてエンカの名も出されたので、不快さはさらに上がったようであった。


「それと……」


 二の句を継ごうとするクインヘル。

 ラシュタードはさらなる小言かと思い、最早隠そうともしない鬱陶しそうな表情で、新たな煙草に火をつけた。


「エンカとの間に何があったかは分からないが、エンカが信じているのなら、わたしも信じる」


 一瞬、ラシュタードの動きが止まった。

 予想外の台詞に目を丸くするも、すぐさまクッ、と(わら)った。


「……信頼していただけるとは、光栄です姫」


 冷えた声音で口元を(いびつ)に曲げたまま、煙草の灰を地面に落とす。

 紫煙を(くゆ)らせ続ける姿に、クインヘルはどこか、見くびられていると感じた。


「何も知らない小娘が……とでも思ったか?」

「滅相もない。不快に感じたのなら謝罪しよう」


 ラシュタードは煙草を吸い、ふっと煙を吐き出した。


「でも、どちらかというと、オレはあいつを目の敵にしている。君に白状するとね、オレはこの国すら嫌いなんだ。……妹の犠牲無しでは存続出来なかった国など、さっさと滅んでしまえとさえ思っている」


 遠くを見つめながら、独り言のような吐露をしてみせるラシュタード。

 え、というクインヘルの表情を無視して、寄りかかっていた柵から離れた。


「オレとしたことがしゃべり過ぎた。大丈夫、命だけは助けるから。そろそろ戻るから、君も早く帰りなね」



 ラシュタードは吸殻を地面に落とし靴で踏み消すと、ひらひら手を振って立ち去っていった。






  ◇


「ただいまー」


 エンカが少し遅めの帰宅を果たす。

 演説時の精悍さはとっくに失われ、ゆるゆるとした少年に戻っていた。




 そして夕食の準備が整った。


「エンカ、ご飯が出来たんだが」


 夜。食事を用意が済んだので、ソファーにいるはずのエンカを呼ぶ。

 今日の料理はルリカにも手伝ってもらったので、盛り付けはともかく味は保証出来る。

 熱いうちに食べてほしいのだが、本人からの返事がなかった。





 仕方なく近くまで寄ると、今日の演説で疲れたのかソファーで爆睡していた。


 白の軍服のままで。


 着慣れないから嫌だと言っていたのに、1日着ると馴染むのだろうか……安らかに眠っている。

 そして、爆睡していても、大事そうに抱えているのは軍旗。

 今日の演説でも気高くはためいた、旗手の必需品である。



 あの時……エンカの姿に、旗に思わず目を細めてしまったのは、陽の光のせいだけではないはず。




 クインヘルはその軍旗へ。

 ほんの、指の先端だけ触れて━━










「クインヘル?」

「……ッ」


 驚いて、思わず手を引っ込めた。

 ついさっきまで爆睡してたのに、目をバッチリ開けたエンカと目が合った。


「お、起きてたのか」

「起こされたって感じだけど……。クインヘル、1つ言い忘れてた事があるんだ」


 エンカはゆるゆると体を起こして、クインヘルを見上げた。


「君が何をしていても構わない。どこに行っても、誰に会っても。でもね、この旗にだけは絶対に触らないでくれないか?」

「それは……」


 なぜだ? と問うと、うっすらと悲しそうな笑みを浮かべた。


「……オレには警戒心が備わってるからさ、ほぼ強制的に目が覚めてしまうんだよ」


 それには覚えがあった。

 昔、エンカたちの旅に同行していた時。野営の際におこしていた火に、シンレスが枝を適当にくべた時の爆ぜ音に目を覚ましていた出来事がある。


 シンレス曰く『旗手特有の、旗を守ろうとする後天的な警戒心』らしいが、エンカが言うには周囲の異音のほかに、旗手以外が直接触れる事も警戒対象となるのだという。



「さすがに気絶とかしてたら話は別だけど、オレが許可した時以外は触らないでくれると助かる」

「わ、分かった」

「うん。よろしくね」




 申し訳なさそうなエンカを見て、クインヘルはふと、ラシュタードの事を思い出した。


 後天的な警戒心ゆえ触らせないエンカと。

 旗手は守らないが、旗の守護に重きを置こうとするラシュタード。


 この2つに何か関係あるのかどうか……この時はまだ聞く事が出来なかった。





ありがとうございます。

評価などもよろしければ。



出だし4行目の「亜麻糸の~」は誤字ではないので悪しからず。

煙草のポイ捨てはやめましょう!


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