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22話 勇躍せよ我が勇士 ~1~



 シンレス宅。

 朝はまずルリカが先に起き、朝食が出来上がる頃にシンレスが起床する。そして朝食をとる前に、眠気覚ましにシャワーを浴びるという生活をしていた。


 ━━ちなみに、寝台は別にしていた。

 主な理由はルリカの羞恥によるもの。それを考慮したシンレスは、ベッドはおろか部屋も別々にして、ルリカの負担にならないようにしているのだ。


 シンレスは長い髪を乾かしてから、食卓につく。

 食事は2人揃ってとるのが習慣であった。

 ルリカは行儀よく綺麗に食べ進めるが、シンレスは面倒くさがって、トーストの上に目玉焼きとベーコンを乗せてまとめてかぶりついた。


 食後は、のんびり出来る時であればコーヒーを淹れるのだが、この日は急ぐ予定があるのか、シンレスは食後胃を休める間もなく準備に取りかかる。

 家の(あるじ)が立ち上がったのを見たルリカは、慌ててそのあとを追った。


「……ルリカ、お前はゆっくりしてていい」


 自分の準備に彼女は関係ない。しかしルリカは首を振り、追従する意思を示す。

 一緒に暮らすなかで分かった事だが、彼女は繊細な子であると同時に、頑固な部分が存在する子でもあった。


 これも毎度の事であるので、シンレスは唸って準備を再開させた。




 身支度のため動き回るシンレスのあとを、ルリカはちょこちょことついていく。

 たまに……少しだけ鬱陶(うっとう)しく感じる時もあるが、懸命に見上げてくる彼女は小動物のようで面白いので、笑いを噛み殺しながら追従を許していた。




 最後に、靴を仕事用のブーツに履き替えるべく玄関口で身を(かが)める。


「今日は王城で旗手の演説があるから、それの哨戒(しょうかい)。夜は立食パーティーがあるから、隙を見て飯はそこで済ませる。オレの分の用意はいらないし、いつもより帰りは早いかもしれない」

「分かりました」


 

 編み上げブーツの紐を()めながら告げ、履き具合を確認するよう靴音を鳴らしながら立ち上がった。


「それじゃ、行ってくる」

「行ってらっしゃいませ」








「ああ、そうだ━━」


 外に出る直前で、シンレスの動きが止まった。そして、掴んでいたレバーから手を離し振り向いた。


 ルリカは、何か忘れ物をしたのかと思いきょとんと見つめるが、そういう顔つきでは無かった。

 穏やかに、ルリカを見つめ返していたのだ。











「今夜……オレのベッドで待ってろ」



 ふっと、ルリカへ微笑む。

 そして彼女の反応を見る事なく、ドアレバーを握り直すと今度こそ家を出た。





  ◇


 エンカもまた、大舞台へあがるための準備を進めていた。


 自室にて細く絡まりやすい亜麻色の髪を整え、寝衣を脱ぎベッドへ放り投げる。


 全身を映す鏡に現れるのは、旗手となった17歳から変わらぬ肉体の、22歳の自分……。

 旗手となって5年。見た目は少年。しかし、精神は生きてきた年数以上に磨耗していた。


 兵を鼓舞する旗印、国家存続の証として戦士を見送り、時に前線に立つ……かつてあった争いの日々(せいかつ)

 そして、先日は国王名代で平和協定を結ぶという大役を無事に遂行した。


 これにより、この先大きな戦争は起きないだろうから、未来永劫、旗手の任を担う事になるだろう……。


 シンレスやルリカ……知っている人が死にゆく時でも、自分は時が止まった体と共にそれを見送っていく……。

 最後には置いてけぼりにされる、その空虚さを覚悟していた時━━自分にも、伴侶を得る機会がやってきたのだ。



 はじめはなりゆき……彼女は刺客であった。

 王女だが勇ましく、優しく、何より美しい。この子なら、自分の奥さんでも大丈夫ではないかと直感で思った。


 当時の護衛が、気心知れた優秀な幼馴染(ようへい)で助かった。彼は嫌々ながらも条件を出し、折り合いをつけて、同行を許してくれたのだ。


 もし、正護衛のラシュタードであったなら、こう上手くはいかなかっただろう。

 彼はとにかく無駄を省こうとするし……何より━━


 前に、クインヘルから「お前は嫌われているのか?」とすこぶる真面目な顔で問われた事があった。その時は気が動転して大声で否定したが、ラシュタードに関しては……嫌われているとは自覚していた。


 けれどもラシュタードは護衛の任を辞さず、ある信念を持って守護を続けている。エンカもこれに答えるべく、最低限の関わりだけで過ごすよう心がけていた。



 クインヘルにしてみたらこの決断は迷惑千万だっただろうが、自分としてはよき判断だと思っている。




 そんな事を考えながら、エンカは旗手の正装……堅苦しくてあまり好きではない白を基調とした軍服に袖を通し、家を出た。





  ◇


 午前9時頃。


 ローダ・ハヴィリアの王都ダーデラット。そこにそびえ立つ白亜の城の、その前の広場にはぞろぞろと人が集まっていた。


 皆一様に紺色の詰め襟の軍服に飾緒や勲章を身につけ、腰には儀式用の細い長剣を装備し、等間隔をあけ整列していく。





 鎧姿でなくとも物騒で屈強な群衆のその中へ、一際(ひときわ)可憐な影が現れた。


「ここが……」


 クインヘル・アゼルシーナ……(いな)、クインヘル・アイヅァであった。

 金髪は普段のポニーテールではなく、風が吹いても邪魔にならないような髪型にまとめあげている。唇も艶のある色彩に彩られ、スッと伸びた姿勢は王女であった品性は損なわれておらず、滲み出る令嬢感があった。



 エンカから話を聞き、祭典のようなものかと思いそれなりの身なりに整えてきたのだが、どうやら雰囲気を見ると着飾った女が来るような場所ではないようで。


 少し場違い感を覚えながら、演説の開始を待っていると、背後から声をかけられた。



「お前も来てたか」


 よく見知った黒髪の男、シンレスが歩いてきた。

 黒の外套と長剣。いつも通りの装備にクインヘルは不思議な安心感を覚えた。


「お前も出席者なのか?」

「いや、オレは無関係。この演説の見回り役だ」

「見回り?」

「演説中はあいつの独壇場だし、用心に越した事は無いだろう。ま、何も無いだろうし、オレも久々にあいつの大舞台を見物するか。お前も気楽にしてるといい」


 そう言って手を振り、離れていくシンレス。


 どこかへと消えていく彼を見送って、クインヘルは再び、整列した群衆のその先の塔を見上げた。


 この塔が、エンカの立つ舞台。

 一見独立していそうな白い塔だが、エンカ曰く王城とは渡り通路で繋がれているらしい。

 






 ━━そして、総勢200人。

 現時点で王城に勤務する騎士たちが揃い踏み、あとは旗手の登場を待つのみとなり……。



 しかし、なかなか始まらない旗手の演説に、緊張感が途切れだしたのか、騎士たちが雑談をし始めた。




 騒がしい波が、徐々に全体に広がっていく。

 周囲を見るに、王や王弟など、この状況を咎める人物がいないようで……やりたい放題なのである。


 この状況では、エンカが来ても気付かないのではないかと、騎士たちの態度に一抹の不安を抱くクインヘル。




 しかし、その懸念は一瞬で粉砕された。










「━━皆の者ッ、よく集まったッ!」





 雑音のなかでも、万人の耳に届く張り上げられた声。


 ザッ……! と全員の視線がそこへあがった。


 その姿に、誰もが口を閉ざした。水を打ったように、広場が静まり返る。


 数多の騎士たちが、同じ色同じ形の軍服に身を包むなかで、唯一、許された色を着衣する少年。

 クインヘルも、およそ初めて見る彼の姿に瞠目した。




 高い塔の上、風が吹くなか(ひる)むことなく堂々と立つ。引き締めた厳しい顔つきで眼下の騎士を見下ろす。


 軍旗をはためかせた白い軍服の、エンカの姿があった。




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