19話 まさかお前……
また更に登場人物が増えていきます。
翌日、改めて王から召集がかかったので、エンカはクインヘルを引き連れ、途中でシンレスとも合流して城へ向かった。
手には軍旗、懐には婚約書を携え、城までの30分の道のりをひたすら歩いていく━━
◇
王城の門前。
今日の門番は初老と青年の騎士2人で、勤務年数も長いのか姿勢の崩れも気のゆるみも特に見られず、何とも言えない安心感があった。
そのまま入れてもらい城内を突き進み、王がいる玉間の前まで難なく辿り着く。
扉の前にも守衛がいたので、エンカは軍旗の布を括る紐をほどいた。
さすがにこの先へは無許可での進入は難しいので、自身が本物の旗手である証左を見せる事により、中へ入る許可を得たのだ。
守衛の穏やかな笑みに送られながら、そして……いよいよ中へ入る。
その先に広がるは、呼気の雑音すら躊躇われる静寂。
エンカを先頭に、顔は動かさず、まっすぐ━━鎮座する王の顔を見ながら3人は前へ進んだ。
その間に、シンレスはわずかに顔を動かし横をちらりと見た。
左横には、王の異母弟ランティスのほかに、王の妃ミレニと、旗手の正護衛ラシュタードが直立していた。
中ほどまですすんだあたりで、シンレスが素早く平伏する。
やや遅れて、エンカとクインヘルも王に向かい膝を折った。
「ヴァーメラン国王陛下。桔梗の旗印のもと、我ら3人、帰還致しました」
口を開いたエンカだが、声音はいつになく固くさせている。
軍旗は床に置かぬよう、両手で横向きにしっかり握られていた。
旅の初めはエンカとシンレスの2人だったのに、1人増えているこの状況に、誰1人驚きを見せてはいなかった。
王は婚約書を発行した本人であるし、妃も事情は知っている。ランティスは昨日クインヘルと会ったし、ラシュタードは婚約書を届けた人物である。
この場所で『彼女は誰だ?』という疑問が起こる事は皆無であった。
無事に帰国してきた旗手達に、齢42という君主にしては若いが、白髪が多く老けが目立つ国王、ヴァーメラン・ナーガ・ハヴィリアは頷いた。
「うむ。長旅と出席、ご苦労であった。公爵殿下は息災であったか?」
「はい。矍鑠たるご様子でありました」
これにもエンカが答える。
この場で王の許しも無しに発言出来るのはエンカだけなので、シンレスは微動だにせず、2人のやり取りを聞いていた。
「会議の、結論はどうであったか?」
「欠席国はアナゼル王国と、蔡の王国。それと、多少の……トラブルはありましたが、調印はつつがなく行われ、周辺国の平和は約束されました」
ノイステラ公国をはじめとしたローダ・ハヴィリアの周辺国……ラーダ・ハヴィリア、ディルタニア王国、マグノリア帝国、魔女国シーリングとの間に、軍費縮小などの平和協定が結ばれた事を報告する。
報告を聞き安堵したのか、ヴァーメラン王は息を吐きながら椅子の背もたれに寄りかかった。
「そうか……ならよかった。遂行、大儀であった。シンレスには後ほど報酬を与える。━━さて、こっからはその多少のトラブルの果ての結末を見よう。エンカ、私に出すもの、あるな?」
「はい王様。これです」
聞く事は聞いたので、堅苦しい事は終わりだといわんばかりに急速に緊張感をほどいていく王へ、これまた馴れ馴れしさを出したエンカが近付いていく。
軍旗を肩に寄りかけ器用に持つと、懐から出した婚約書を手渡した。
空気の様変わりを感じたシンレスが立ち上がり、視線での合図を受けたクインヘルも背を伸ばす。
ヴァーメラン王は紙を広げ、視線を紙へ落とし……瞠目した。
「お前……正気か?」
唸るような、エンカへの問い。
驚きと困惑を見せている王に、シンレスはわずかに目を細めた。
本気か? ならまだ分かる。本当にクインヘルと結婚するのかという確認があるから。しかし、正気か? とは何だろうか。
あの婚約書は、あとは出すだけの完成品。王はすでに内容を把握しているはずだし、悪知恵働くエンカといえど手を加える余地は無い……はずである。
シンレスが難しい顔でもやもやと考える最中、エンカが答えた。
「オレの決意は、すべてその中に」
その表情や声音はただ1人の、夫となる身としての責任感を滲ませている。
青い目をまっすぐ向けてくる若き旗手に折れたのか、ヴァーメラン王はもう1度婚約書を見てため息をつく。
「……分かった。この婚約書を受け入れよう。改めて━━エンカとクインヘルの結婚を認める」
これでようやく婚約書は正しい者の手に、エンカとクインヘルは正しく夫婦となった。
新しい夫婦の誕生に、王妃とランティス、ラシュタードは拍手を送った。
拍手が鳴り終わる頃、ラシュタードがクインヘルへ近付き手を差し出した。
「ひとまず丸く収まったと……。こんにちはクインヘル姫。オレはラシュタード・サイという。旗手の妻として、今後オレの仕事を楽にさせてくれる事を期待しているよ」
微笑む顔は軽薄さを感じさせる、いい言い方をすれば物腰柔らかといった雰囲気を持つ、エンカとは違うベクトルで緊張感が欠けたような男であった。
クインヘルは握手を返しながら、帰りの道中でのエンカとの会話を思い出していた。
このラシュタードという男は旗手の正護衛であり、本来なら今回の遠征もラシュタードが付き添う予定だったという。
何でも本人の強い拒絶により、仕方なく王命でシンレスが請け負う事になったらしいが。
その疑念も込めて、クインヘルが「エンカの守護が仕事では」と尋ねると、ラシュタードは眉根を寄せた。
「オレは旗手を守ってんじゃない。旗を守ってるんだ。旗を守ってる結果として旗手が守られてるだけ。そこは勘違いするな」
やや早口で、怒気が込められた、苛立ちを感じさせる声。
ラシュタードは一瞬で表情を豹変させ、鋭い眼光でクインヘルを見据えていた。
若干の職務放棄すら感じさせるが、エンカはおろか王も何も言わない……。この男のスタンスを認めているようであった。
引っかかるところはあるものの、当人がそれで納得しているのならわざわざかき回す必要は無いと思う事にして、クインヘルは頷いて終わらせた。
◇
これにて会議の報告と結婚の受諾が終わり、これ以上の長居は無用として、エンカ達は1度礼をしてから玉間をあとにした。
扉を開閉してくれた守衛にもお礼を言って、外に出るため城内を歩き出す。
その間、クインヘルは先ほどのラシュタードについてエンカとシンレスに聞いた。
「あのラシュタードという男は……不良なのか?」
予想外の質問に、エンカは目を見開く。
「え? んーいや、そんな事ないよ。ラシュは指折りの騎士なんだけど……」
「ラシュは……するかはともかく、仕事は出来る奴だ。心配するな」
頬を掻きながら目をそらすエンカ。シンレスもまた、心配するなと言いつつ晴れた顔はしなかった。
今後も顔を合わせるかもしれないのに、その情報量の少なさは何なのだ、とクインヘルは2人を非難する。
その最中……前方から歩いてくる人影に気付いた。
背中まである長い髪をポニーテールに結んで、金属製の胸当てと肩当て、高いヒールのブーツ。剣帯はしていないが武装した、凛とした女性であった。
女性の方もエンカ達に気付いたのか、まっすぐまっすぐ……エンカを睨みつけている。
ふいに、エンカのまとう空気が変わり、2人の間の、ただならぬ雰囲気を感じたクインヘルも自然と無口になる。
そして徐々に彼我の距離が縮まっていき、すれ違う頃。
「やあエルザ。調子はどう?」
エンカが足を止めながら尋ねた。すると、エルザは立ち止まり、わずかに顔を向けたあと、心底……迷惑そう不快そうに鼻を鳴らした。
「お前に答える義理は無い。お前など……何をしようと認めない」
長い髪を揺らし、冷酷な眼光と台詞を残して、エルザは立ち去っていった。
とりつく島もなく離れてしまった彼女の背を見ながら、クインヘルはエンカへ問う。
「エンカ、彼女は……」
「エルザ・ハーリティー。オレの……同僚みたいなもんかな」
エンカは変わらず苦笑いを浮かべている。
先ほどから変化しない、悲しそうな表情の彼を見て、クインヘルはつい呟いた。
「エンカ、お前……」
そして、ぐっと近付いていく。
深い紫色の瞳が宝石のように美しい。
妻となったクインヘルの美貌……急に距離をつめられたエンカは、顔が徐々に火照っていくのを感じていると━━
「ラシュタードの件もあって思ったんだが……」
クインヘルは神妙な面持ちで問いかけた。
「お前……まさか、嫌われているのか?」
「んな……!」
思わず、エンカは呻いた。
大抵の事は流せるエンカだが、これには狼狽せざるを得なかった。
ショックを受けるエンカへたたみかけるように、クインヘルは『旗手は国の命で、皆身命を賭して守るのだと聞いている……そんな旗手が不人気なのは如何なものか』と、真面目に聞いてきた。
非情な追撃を食らい、せっかくのトキメキの熱も、一気に冷めてしまった。
さらに失礼な事に、傭兵は背を向けくつくつと笑っている。
「一体何を言い出すの!?」
「いや……みんなお前への態度酷すぎないか? いくらお前がちゃらんぽらんだからって」
「……っ! たまたま! たまたま会った人達がちょっと因縁ある奴だっただけー!」
エンカは何かあった事は肯定しつつ、嫌われ者を全力否定し絶叫した。
スマホでしか見れないので、読みにくかったらすみません。
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