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16話 ……そして帰路につく

1章、完結します!



 本当なら会議のあとちょっとしたパーティーを開く予定だったのだが、毒の事件もあり中止……会議後さっさと帰国してしまう者も出てきていた。


 しばらくの逗留(とうりゅう)を命ぜられたルシオラ宰相とカナタは大人しく自室に籠っているようで、最後までいがみ合う事にならなくてよかったとエンカは胸を撫で下ろした。



 寝台に寝かされ解毒の治療を受けていたユアナも、徐々に体調がよくなり歩けるくらいには回復したようで……。


「さようならクインヘル様。またお会いしましょう」

「どうかお元気で、ユアナ様。ローレアシュ様も」


 あとの治療は自国で行うと公爵に伝えたあと、笑顔でクインヘルへ手を振り、姉のローレアシュ王女に支えられながら自国への帰路についた。





 そうして、残ったのはエンカ達だけ。

 彼らも帰国するべく、それぞれ準備を進めていた。


「まずは……ごめんね。勝手に妻にさせちゃって」


 エンカは一緒に作業するクインヘルへ、申し訳なさそうに眉尻を下げていた。


「いや……謝るような事では、ある……けど……」


 あの状況では仕方のないこと。

 むしろエンカに感謝しなければならないほどで、クインヘル自身も誰もが納得する形にするにはあれが最善だったのだと言い聞かせていた。


「あの婚約書……本物だったんだな。シンレスのでまかせかと思っていたんだが……」

「うん。オレがシンレスに頼んでたの。いざとなったら大立ち回りよろしくって」


 婚約書は公爵が調べたのち、改めて本物と認められ、今はシンレスが持っていた。


「正確にいうと、あの紙を王様に出して、受理されて初めて夫婦になれるんだけどね。あの場で言うと面倒になるから黙っておいたんだ」


 みんな頭に血が昇っていたから助かったけど、そこを詰められたら負けてたかもね、とエンカは笑った。


「すぐに破棄するとまた狙われるかもしれない。せめてほとぼりが冷める……1年でも2年でもいい。オレの、奥さんになってくれないか?」


 これはプロポーズっていうのかな? と照れたようにはにかむエンカ対し……。


「わたしは……」


 クインヘルは(うつむ)き、声音を暗く落とした。


「わたしは、妻にはなれない。剣と同じように、誰かの妻となれる技術も自信も無い」


 妹に敗北し女王にはなれず、剣の腕は未熟で騎士にもなれない。何もかも中途半端な人間だ。

 

 それなのに、今度は人の妻にならなければいけない自信の無さに気持ちが沈む……。項垂(うなだ)れるクインヘルに、エンカは静かに近付いていった。


「オレも……1つだけ伝える事がある」


 ゆるふわな少年は珍しく真剣に……かつ穏やかさを残した相貌で、クインヘルを見つめた。


「オレは、一緒に時間を過ごす事は出来るけど、一緒に年を取る事は出来ない。オレは旗手で不老の身。いざとなったら……君さえ踏み越えて生きていかなければならない人間だ」


 エンカは軍旗を握り締める。

 旗手の命は国の命。この旗と体は国のために捧げられ、自分や、誰かのためには生きられない運命があった。


「オレも……君にとっていい夫になれる自信は無いよ。君にあげられるのは、あの王子よりはマシだという事と、ローダでの自由な暮らしだけ」


 仮に誰かの暗殺を達成させたとして、美しいクインヘルに何かに追われる薄汚い暮らしは似合わない。

 王女として過ごしたような贅沢な暮らしは出来なくとも、何にも(おびや)かされない、しがらみのない国で自由に生きる事は出来る。


 せめて、それ(・・)をあげたかった。








「━━オレと結婚してくれ、クインヘル」


 真剣に、彼女へ言葉を贈る。

 伝えたい想いは、この一言に集約されていた。



 正真正銘、エンカのプロポーズ。

 クインヘルは恥ずかしそうに顔を赤らめながら唇を引き結ぶ。そして、胸を押さえるように両手を握り締めた。


「本当に、わたしで……いいのなら……」


 表情はまだ沈んだままだが、少しだけ気丈さを取り戻したような声に、エンカはたまらず微笑んだ。


「もちろん。これからよろしくね!」


 指輪なんてものはこの場には無いので、固く握手をして夫婦の誓いを立てる。








 その2人の近くで。

 シンレスもまた、ザンデア公爵に呼び止められていた。


「君らも帰るのか、戦士よ。……今は、シンレスと呼んだ方がいいか」

「閣下……今回もお世話になりました」


 公爵は国の(おさ)としての面が少し薄れ、まるで、孫か甥の見送りに来たおじいちゃんのような優しい表情で笑っていた。


 ……しかし、姿勢を崩さない礼儀正しいシンレスが面白くなかったのか、口をヘの字に曲げた。


「……なんだか大人しくなって面白みが無くなったな。以前の粗暴さも君の良さだったのだが」


 残念そうにため息をつく公爵。

 その様子に、シンレスもつい深く息を吐いた。


「……昔の事は忘れました」

「嘘だな。そんな分かりやすい名までつけて。まさか、自分で考えた訳ではあるまい?」





 『罪の無い人(SIN-LESS)





 ━━言わずもがな偽名である。


 由来は数年前。

 エンカに呼ばれたものを、そのまま自らの名として使っているのだ。


 (うなず)き肯定するシンレスに、公爵はやっぱりかと言わんばかりに唸った。


「やっぱりな。あの穏やかで横着者で、悪知恵が働くという意味で頭のいい少年が考えたものだろう」


 本人がいないのをいいことに大笑いするザンデア公爵。

 やがて、笑いすぎたと感じたのか、息を整えたのち咳払いをした。


「……っと、気を悪くしないでくれ。馬鹿にした訳では無い……君らしい(・・・・)いい名前だよ。どうか、元気でやってくれ」


 まだ少年だった彼の……野犬のような昔を知るからこそ、心から出た言葉だった。

 その言葉を受け取ったシンレスは礼を言い、悲愴に満ちた表情で公爵へ別れを告げた。


「……またお会いできる日を。閣下」






  ◇


「それにしても、ローダ・ハヴィリアか……。見た事はあるが、住むとなるとどうなのだろうか」

「いいとこだよー。クインヘルもきっと気に入る」


 嫁ぎ先への不安なのか……そう言うクインヘルへ、エンカは励ますように笑顔で語る。


「会わせたい人もたくさんいるよ! 王様とか、手紙届けてくれたラシュとか!」


 みんな旗手のトンデモ提案に協力し、この結果に導いてくれた功労者であった。

 本当に楽しそうに言うので、自分の心配は杞憂(きゆう)なのだと悟ったクインヘルはエンカにつられるようにニッと笑った。


「ルリカって子に会うのも楽しみだしな」

「ん? クインヘルはルリカちゃんの事を?」

「ああ、前にシンレスが言ってた。かわいい子だと言っていたな」

「おやおや、シンってばいつの間にそんな事を……」



 エンカはにやにや笑う。やはり、人の色恋話は面白い。


 思いがけず帰る楽しみも増えてしまい、ちょうどシンレスも2人のもとへ合流したので、3人は公爵へ手を振って帰国への長い旅を始めた。






お読みいただきありがとうございました!


今回で最終回と相成りました。

一旦完結とさせていただきまして、2章を投稿する書き溜め時間を設けたいと思います。


回収するものをいっぱい振り撒いているので、それをひたすら回収していきたいと思っています。

夏あたりに公開出来るようになればいいと思っています。


その時はまた来ていただけると嬉しいです!

評価感想もお待ちしています。


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