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12話 クインヘル行動す



 ノイステラ公国到着から翌日、クインヘルは動き出した。

 


 ここに来た目的は……忘れがちだが暗殺だ。元々は旗手(エンカ)を狙ってきたのに、何故か本人から違う要人を狙うチャンスがあるから、護衛になれと言われたのである。


 その話をされた当時はシンレスの存在もあったので受けざるを得なかったが、命狙い狙われつつも、道中はとても楽しく過ごす事が出来た。


 ……正直、いっそのこと正式に仲間になってしまおうかとも思っていた。話せばエンカは快く受け入れてくれるだろうし、シンレスからも、同居する女の子と友達になって欲しいと言われているのできっと認めてくれるだろう。


 しかし……2人と過ごす時間が居心地よくて出来ませんでしたなどと今さら引くことは、国を出たあの日の思いにかけて出来なかった。



 そんな事を考えながら館の中を動き回っていく。


 ここから出ては行けないという公爵からの指示もありがたかった。その指示を受けたのは自分達だけでは無いはず……すなわち、誰1人ここから外に出ていないという事である。


 よって人数や場所の把握がしやすい……計画が練りやすかった。

 しかし━━閉じ込め状態のために、人の多さも問題だった。



 クインヘルは、館の廊下で会った令嬢から声をかけられる。

 

「あら。ごきげんよう、クインヘル王女」

「サルマ様……。わたしは……もう王女ではありません。対等ではないのです」

「こんな事ないわ。今日は本当にお茶会に来ないの?」

「ええ、申し訳ありません」

「それじゃ、明日は来るのね?」

「いいえ……ですから……」


 このように、会うたびにご子息ご令嬢から挨拶をされ、お茶会に呼ばれ、丁重に断るたびに時間が削られていくのである。


 クインヘルのような良家出身の美しい少女が、豪奢(ごうしゃ)なドレスで着飾る事なく、剣を携え武装する姿が異質で新鮮なのだろう。

 結局この日は歩き回るたびに、暇を持て余した人懐っこいお嬢様方がやってくるので、満足に下調べが出来なかった。



 狙いが多いのはありがたいが、行く先々(さきざき)で人の目があるのはやりづらい。

 いつ会議が始まって帰国する日が来るか分からないのに、どうするべきか、クインヘルは1人頭を悩ませていた━━










 それを、ものの影からひょっこり観察していた2人の男。


「うんうん。うまく動けないみたいだねぇ」

「またこんな趣味の悪い……」


 エンカはにこにこしながらクインヘルの動向を見つめ、シンレスはストーカーじみた行為にげんなりしていた。

 クインヘルがやっている事……暗殺の下調べを、エンカとシンレスは止める事なく見守っているのである。


「もしクインヘルがほんとに暗殺したらどうするんだ?」


 絡まれ続けて困っている少女を見続けるエンカへ、呆れた口調で聞いた。


 出身国は違うが護衛として連れてきているので(とが)は2人にも来るだろう。

 ここはアレスギアテス。世界の法廷である。公爵の裁きによりすぐさま処罰が下されるかもしれないというのに、エンカは危機感なく答えた。


「大丈夫、彼女はやらないよ。というか、出来ないと思う」


 やけに自信あり気なエンカ。その理由を聞くと、予想外の返答が返ってきた。


「クインヘルは美少女だからね。間違いなく周りは放っておかないよ」


 エンカは断言する。たとえ自分達から離れる事が出来ても、彼女は決して単独(ひとり)にはなれないと。

 呆気に取られ、それから徐々に口を戦慄(わなな)かせるシンレスを見て、エンカは再びにんまり笑った。


「まさかお前っ、それを狙って……」


「狙わせてあげるとは言ったけど、実行させてあげるとは言ってないからね。国の要人の、ほぼ男性が集まっている中でクインヘルのような女性は目につきやすい……さぁ大変だ。どうするクインヘル!」


 楽しそうに説明しているエンカ。

 シンレスは正直このバカと殴りつけてやりたかったが、尾行中あまり大きい音をたてるのはよろしくないのでとりあえず拳を収めた。





 しかし、和やかな雰囲気を一変させる人物が現れる。


「……っと、あれは……」


 クインヘルのもとに、見たことのある少年が駆け寄ってきた。ラーダ・ハヴィリアの宰相……の側仕えのカナタであった。

 少し離れた場所にはルシオラ宰相本人がいるのだが、クインヘルとカナタの邂逅(かいこう)を咎める様子は特に無かった。


 クインヘルはアナゼル王国出身なので、ローダやらラーダやらを気にする事は無い。……2人はしばし笑顔を見せあいながら話していた。


 クインヘルは先ほどの令嬢とのやり取りから一変して、元来の性格がよく出た凛とした態度で接している。


 しかし、カナタの様子は少し違った。


 何というか……照れている。もじもじしているが、懸命にクインヘルに食らいついているのだ。


 おそらく、あれは今日の挨拶ではない。

 求愛……まではまだいかないだろうが、クインヘルに気がある事をアピールしているのだろう。


「へぇ……あいつもやるなぁ」


 昨日会ったばかりだというのに、大人しそうな顔に似合わず行動派なのだと、シンレスはつい感嘆の声をもらしてしまう。


 が、エンカの様子は違った。険しい顔つきで、クインヘルとカナタの様子をじっと凝視していた。

 さっきまで楽しそうだったのに。シンレスは、自分と同じように微笑ましく見守るものだと思っていたのでエンカの表情に驚いた。



 そして何か思いついたのか、エンカはバッと振り返り、背後のシンレスを見た。


「ねぇシンレス! オレ、取り急ぎ欲しいものがあるんだけど!」

「欲しいもの?」

「そ! 公爵に頼んで鷹便(たかびん)飛ばして欲しいんだ」


 鷹便……鷹の足元に手紙を結わえつけ、目的地へ飛ばすという郵便方法である。障害物の無い空を羽ばたき、国境を一瞬で越える。馬車便のように多くの荷物は運べないが、届く速度ははるかに早い。

 緊急の用事には不可欠な通信方法なのである。


 そんな鷹便を、何故エンカは必要としているのか……。


「何か忘れ物でもしたか?」

「忘れ物ではないけど、もう今すぐ欲しいもの! ……はいこれ! よろしくね!」


 エンカはその場で書き上げた手紙をシンレスに押し付けた。勢いがよかったので、ぐしゃ……と紙が潰れてしまう。

 そんな、手紙というより……殴り書きのメモみたいなものを渡されても困る。少し狼狽(うろた)えながらも、シンレスは紙を広げ内容を見た。





「……は~~~~!?」


 シンレスは絶叫と共に目を剥いた。

 目眩(めまい)がしそうだった。だって、これじゃまるで……。


 いや、彼は本気なのだろう。何故ならこの殴り書きの手紙……国王宛てにしているのだ。

 丁寧な挨拶も無く、(しょ)っぱなから『至急!』という文言で始まっている。このような国王に対する不遜、旗手にしか許されない。


 破り捨ててしまおうかと思ったが、エンカは国の命で、自身は国王からの雇われ護衛。腹立たしい事に、社会的立場はエンカの方が上なのである。


 よって否応なしに行動が決定される。

 今からこれを出さなければならないのかと、シンレスは深いため息を吐いてから、重い足取りでとぼとぼと歩いた。







 シンレスは手紙の内容は伏せ、公爵に事情を話す。

 すると、すぐさまローダ方向に飛んでくれる鷹を手配してくれた。


 理由を聞かない公爵の気遣いに感謝しながら、シンレスは逞しい猛禽の足元に手紙を外れないようしっかり結わえ、そのまま天に放した。






  ◇


 ━━数日後、早朝。

 まだ薄暗く、町全体には(もや)がかかっていた。


 そんな中、シンレスは迎賓館の門前に佇んでいた。

 長い黒髪を束ね、長い外套を羽織り、傭兵らしく剣帯している。さらに、今は1枚の紙を握りしめていた。


 2日前、エンカの(めい)自国(ローダ・ハヴィリア)へ送った手紙の、その返信であった。

 同じく鷹便で来たもので、その内容は『旗手より頼みの物、1日後早朝にお届けします』というものである。


 この手紙を受け取ったシンレスは公爵に話をつけ、特別にこの時間だけ外へ出てもいいと許可をもらったのだ。



 待つ事に抵抗は無いのだが、(もや)がかかっているので、まとわりつくような湿気を肌に感じる。……少し不快に思い、来るであろう自国からの使者を今か今かと待っていると、軽快な馬の足音が遠くから聞こえてきた。


 やがて現れた、馬に乗った男はシンレスの前で止まった。


「お待たせ、お届けもんだよシンレス。うちの旗手様は元気かい?」


 馬上の男は軽やかに地上に降り、挨拶もそこそこにシンレスへ手紙を渡す。

 白い封筒……あまり厚みが無く、本当にそれだけが入ったもののようであった。


「……すこぶる大変だった。何回もいなくなるし……。あいつの正護衛はお前だろ。ちゃんと(しつけ)しとけよラシュ」


 封筒の上から触って中身を確認しながら、どこか軽薄そうな雰囲気の旗手護衛へお小言を放つ。

 エンカを知っている者なら誰もが耳が痛くなるような言葉に、ラシュ……ラシュタードは苦笑した。


幼馴染(お前)が無理なら無理だな。会議はまだなのか?」

「ああ、昨日の夜最後の国が来たから、会議は今日の予定だ」

「そっか。ひとまず間に合ってよかった。……にしても、何だってあいつはこんなものを……」


 ラシュタードはシンレスの手元のそれを、覗き込むように見る。会議にはおよそ必要の無いもの……いや、必要であってはならないものである。


 彼が何故今、鷹便(たかびん)を使い届けさせるほどにこれを欲しがったのか……。

 シンレスはため息をついた。……本当、幼馴染ながら考えている事が分からなかった。


 ラシュタードはふと思考を巡らすが、わずか数秒。


 旧知の仲であるはずのシンレスにすら分からないのなら、今ここで考えても無駄だろう……ラシュタードはふっと身をひるがえす。


「……ま、確かに渡したぜ。会議頑張れよー」


 ラシュタードは来た時と同様、軽い身のこなしで馬に乗り颯爽(さっそう)と帰っていった。

 その背中を見送って、周囲に人がいない事を確認すると、シンレスは封を切り中身を(あらた)めた。


 綺麗に三ツ折りにされた白い紙。それには陛下……ローダ・ハヴィリア国王の桔梗印がしっかり押してあった。

 紛れもない本物……これをわずか数日足らずで用意したのだと考えると、無駄な手際のよさに感心もするしがっかりもした。


 何なら間に合わなければよかったのにと思っていたのだが、旗手の力は王と同等、みんな努力したのだろうとシンレスは1人思い巡らせた。


「さて……あいつはこれをどうするつもりなのか……」


 紙を封筒にしまいながら呟く。

 エンカの考えもだが、クインヘルの計画も気にはなる。彼女は、本当に暗殺を実行するのだろうか。



 日が高くなれば会議が始まる。何がどのように転がるのか……。

 シンレスは館へ戻り、その時を待つ事にした。






次回『13話 軍縮会議』



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