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11話 アレスギアテスの公爵


陛下とか閣下とか殿下とか、そういう敬称が好きです。






 守衛から渡された案内を見ながら部屋を探し、とある一室のドアノブへ手をかけた。


 中は洗練された美しい内装と、結構な広さのあるまさに上級クラスの一室……ここが、3人に割り当てられた部屋であった。

 ベッドは2つだが、壁際のソファーを寄せて広げればベッドになるらしいので、ひとまず全員分の寝床があることは確認できた。



 それから3人は、外の景色を見たり、外套を脱いだり、室内をうろちょろしたりと各々動き回る。

 旅の苦労も吹き飛ぶような豪華なお部屋で一息ついていると、コンコンとドアを叩く音が響いた。


「あ、はーい」


 その扉から、1番近いエンカが元気よく返事をして出ようとする。


「あ! こら……!」


 そんな迂闊(うかつ)に出て、もしラーダの刺客とかだったらどうする! とシンレスも慌てて来訪者を迎えに行った。


 開けた先にいたのは、顔に皺が深く刻まれた……しかし、品のよさを感じさせる1人の老人。

 老人は出迎えた2人の顔を見て、朗らかに笑った。


「やぁ。ローダの旗手殿が来たと報告を受けてね。挨拶に参った次第だが、迷惑だったかね」


 エンカとシンレスは目を見張る。

 部屋を訪れたのは、ノイステラ公国の頂点、ザンデア公爵本人であった。白髪の、真っ白な頭髪と髭……優しげな風貌は公爵といわれなければ、ただのおじいちゃんのようである。


 そんな公爵本人からわざわざ挨拶に来てくれるとは、何とも(おそ)れ多い。









「━━お久しぶりです、閣下」


 シンレスは、その場で膝を折った。

 (うやうや)しく(こうべ)を垂れる青年を眺め、公爵はしみじみしながら1つ頷く。


「うむ……大きくなったな、戦士よ。旗手殿も、久しぶりであるな」

「こんにちは公爵。お世話になります」


 エンカとの再会は5年前……軍旗を受け継いだ時の報告以来であった。やがて、ザンデア公爵からの合図があり、シンレスは立ち上がる。

 それを見て公爵は、ところで……と話を切り出した。


「君達が来た頃だろうか、何やら騒ぎがあったらしいのだが、何かあったのかね?」


 例えば他国とのトラブルとか……と、公爵が睨みをきかせた。

 思い当たる騒動といえば、ついさっきのしょうもない悪口の応酬しかない。おそらく聞きつけた使用人か誰かが、公爵へ報告したのだろう。


 その問いかけに、シンレスは首を横に振った。


「いいえ、決してそのような事は。ただ、やけに年老いた小うるさい(はえ)が飛んでいたもので、追い払おうとしただけです」


 本当に臭い虫でした、とシンレスはわざとらしくため息をつく。

 特に悪びれた様子も無しに、ラーダの宰相を小虫呼ばわりするので、公爵も仕方ないといった様子で肩を落とした。


「まぁ……貴国らの事情を全く知らない訳ではないから大目には見るが……。ここが裁定の国である事を忘れるでないぞ」

「……肝に命じておきます」


 ここは世界の法廷アレスギアテス……加えて、世界平和へ進むための会議会場であるこの場所での刃傷沙汰など、ご法度中のご法度である。





「それに……アナゼル王国の姫君が、何故君らといるんだい?」


 公爵がクインヘルを見遣った。

 緋色の瞳が、金髪の美女を捉える。守衛は、彼女がアナゼル王国の王女だと気がつかなかったようだが、各国貴族の顔を知っている公爵からは一目で看破されてしまった。


 ぶれない視線を受け、クインヘルは静かに口を開いた。


「恐れながら閣下━━」


 しばらく沈黙し、やがて重々しく続けた。


「閣下……わたくしは、王家を出奔(しゅっぽん)致しました。王女とも、アゼルシーナとも名乗る資格は有しておりません。(ゆえ)に、ただクインヘルとお呼びください」


 そう言って頭を下げ、最低限の敬意を払う。

 それ以上の事は決して出さず、黙秘の許しを()うような彼女を見た公爵は喉の奥で(うな)った。


「そうか……貴女にも、深い事情があるようだ」


 ひとまず納得してくれたようなので、クインヘルは胸を撫で下ろした。





 そして━━

 公爵から本題……今後の予定が説明される。


 立ち話もなんだからと、4人はソファーへ腰かける。それからシンレスとクインヘルが慌てて飲み物を用意して……それから話が始まった。


 あと1つ、国の代表の到着がまだという事なので、それまでは客室待機。集まり次第会議を始めるという。

 ちなみに外出は急用時以外不可。その代わり、館内であるなら自由に出歩いていいらしい。


「出席者の付き添いで来ている令嬢がお茶会を開いているようだから、よかったらクインヘル嬢も参加するといい」


 もしかするとご友人が来ているかもしれないと、必要ならばドレスの貸し出しもすると、公爵は言う。


 しかし、王家を出た事情が事情なので知り合いに会うのは避けたかったし、ここにいるのは誰かしらの命を狙っているからであるので、目立つ事は極力したくない。

 その(たくら)みは笑顔で隠し、クインヘルはお礼を言った。



  ◇



「それじゃ、わたしはこれで失礼するよ」


 一通り説明が終わり部屋を出る間際、公爵はもう1度シンレスを見て、安堵したような淡い笑みを浮かべた。


「それにしても……あの時とは顔つきが全然違う。君は、あれからいい人生を送ってきたのだね」


 ザンデア公爵は思い出していた。

 つい5年前……エンカが旗手となった同じ頃、城の前で多くの憲兵に取り押さえられている1人の少年。

 なりふり構っていられなかったのだろう……全身傷だらけ、ボロボロな姿で、ここに来るまで数多の困難があった事を語っている少年戦士を……。




 すべてに噛みついてきそうな顔つきなのに、(おび)えた瞳を持った野犬のような少年戦士が、自分の足で立派に立っているのだからつい目許(めもと)も緩む。


 目頭を押さえている公爵を見て、シンレスも穏やかに微笑みを返した。


「当時は……閣下の裁きが受けられず、長く苦しんだ事がありました。……しかし、閣下が裁かなかったからこそ、得たものがありました」


 それが今の自分であると、シンレスは胸を張った。


 (たくま)しく成長した彼の、確かな言葉を聞けて嬉しかったのか、ザンデア公爵はうんうんと満足そうに頷く。


「旗手殿……いや、エンカ君……。彼の事、これからもよろしく頼むよ」

「……はい」


 公爵は静かに立ち去っていく。


 その背中を3人で見送り、扉を閉めた。






次回、クインヘル行動す。多分。



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