10話 王政《ローダ》と帝政《ラーダ》
悪口考えるの楽しかったです!
ノイステラ公国は、ザンデア公爵を独立の象徴として成り立っている国である。
代々、ザンデア公爵はその土地の「王」としては君臨せず、あくまで爵位の人間、国民の1人として、最高責任者の任についていた。
それにより、神から授かったとされる権限がある。それが、世界の開廷と結審の権限であった。
その証として、当時のザンデア公爵へ太陽の天秤が贈られる。
以降、公爵は神に絶対中立を約束し、天秤を大切な遺産として守り続けていた。
この逸話で、ノイステラ公国は神に認められた裁判官と認識され、世界から中立なる遺産国と畏れられた。
世界平和への第一歩である軍縮会議の会場には、まさにもってこいのお国であった。
◇
エンカ達はそのまま国境を越え、特に難も無く公国入りを果たした。
次に向かう場所は集合場所である迎賓館━━軍縮会議に参加する要人達がぞくぞくと集まっているであろう場所である。
地図を見ながら歩き、やがて大きな館が見えてきた。シンレスは入り口に直立している守衛へ声をかける。
「ローダ・ハヴィリアより、国王名代として参上しました。旗手エンカ・アイヅァと護衛のシンレスです」
シンレスの目配せがあり、エンカは軍旗の紐に手をかけた。布の拘束をほどく。蒼天の下でバサリと広がり、国花であるキキョウの柄が露になった。
エンカが旗手であり、正式な使者である証━━それを堂々と見せつけた。
しばし軍旗を見上げ呆けていた守衛だったが、すぐさま我に返り旗手と護衛へ敬礼をした。
「長旅、お疲れ様でした。ようこそアレスギアテスへ、歓迎いたします。あの、そちらのご婦人は……」
守衛はクインヘルを見る。
ローダ・ハヴィリアからの出席者は2人のはず……何の連絡も無しに人数が増えたので、守衛が訝ったのだ。
内心、しまったと思った。クインヘルも入館させる理由を、考えておくのを忘れていたのだ。
しかし、あまり長く悩むのは不信感を与えてしまうのでよろしくない……シンレスはパッと思いつくもので言い繕った。
「これは……わたしの弟子です。剣を持ってまだ数日ですが、見込みがある故、近くで学ばせてやりたく。どうか同行の恩情を」
シンレスが守衛へ頭を下げる。クインヘルもそれに倣い、ペコリと頭を下げた。
それから守衛から、入館の許可はするものの、女性用の部屋が確保出来ないと説明される。シンレスは、彼女も旗手の護衛を兼ねているので問題無いと答えた。
こうして、クインヘルの迎賓館入館も許されたのであった。
「いつの間に弟子になった……。いや、師事は受けているが」
「そういう事にしとけ。面倒だから」
とりあえず今におけるクインヘルの立ち位置も決め、館内への扉を開ける。
館内は昼間だというのに電気がつけられていてとても明るい━━来賓を迎えるに相応しいきらびやかな空間であった。
しかし、要人が集まっているはずなのに中は静かだった。おそらく、それぞれ部屋の中で休んでいるのだろう。
自分達も早く部屋へ行ってしまおうと、守衛に渡された全体図の紙を見ながら探していると━━
「おや、これはこれは王政のクソ……失礼、おクソ様方ではありませんか」
刹那、シンレスの瞳が殺意でギラリと光った。
わずかに腰を落とし身構えながら振り返る。そこには2人の男性……老人と少年がいた。
隣国ラーダ・ハヴィリアの宰相ルシオラと、側仕えの少年カナタであった。
ルシオラは仰々しく両手を広げ3人を見下し、カナタは数歩後ろで縮こまっていた。
「ああ、貴公は帝政のザコ……失敬、おザコ様ですね。殺したいほど存じております」
シンレスも若者らしい爽やかな笑顔で、息をするように暴言を吐き返す。
その時クインヘルは……固まっていた。
暴言をさらりと返されたルシオラはシンレス、エンカ、クインヘルと順番に見たあと、不快そうにフンと鼻を鳴らした。
「どうやら、王政の愚王はここに来る度胸も無いようで。若造が揃いも揃って乳臭いああ本当に乳臭い!」
最後の方はヒステリック気味に早口に捲し立てる。対するシンレスは。
「貴公こそ、若い少年を側仕えに置いてもご自身の加齢臭は消えませんよ? 今の内に入浴をおすすめします。煮えたぎった湯に沈んでみては?」
死ぬまで浸かれば綺麗になりますよ、と笑顔で言い切った。
それを受けたルシオラはいかにも外向き用な笑顔を浮かべていたが、同時にギリ……と奥歯を擦り合わせる嫌な音が響いた。
その様子を半ば呆然と見ていたクインヘルは、エンカの耳元でひそひそと聞いた。
「こ、こいつら何でこんなに仲が悪いんだ?」
「この人達……というより、国同士が悪いんだ」
昔むかし、王政・ハヴィリアと帝政・ハヴィリアは1つの国……ハヴィリア王国という名の国であった。
しかし、ある日突然国土のちょうど半分が帝政を敷き、独立してしまったのだ。これにハヴィリア王室は激怒。
武力行使こそ無かったが、話し合いすらまともに取り合わず、結果的にそのまま喧嘩別れしてしまったのだ。
これにより、従来の国である王国はローダ、新興国である帝国はラーダと名乗り、それぞれ治世を始めたのである。
そういう歴史があり、それぞれ誇張したりねじ曲げたりして後世に伝えているため、今でも互いをクソやらザコやらと罵りあうほど、両国の仲はすこぶる悪いのだ。
エンカがクインヘルへ説明している間も、とにかく罵倒しあうという争いが続いている。
そんな中、側仕えのカナタ少年が申し訳なさそうにやってきた。
「あの、宰相がすみません……」
「いえいえ、うちの護衛こそ……」
いがみ合う2人の近くで、エンカとカナタがこそこそと互いの無礼を謝罪しあう。
このように、みんながみんな互いを嫌っている訳ではない……好悪の差が激しいのだ。
「ったく! これだから王政の野蛮人は! 気分が悪い! 行くぞカナタッ!」
悪口の応酬が終わったのか、ルシオラ宰相は苛立たしげにカナタを引き連れ、足早に去っていく。その背中へ、シンレスはさらに追い打ちとして叫んだ。
「うるせぇ! 何が帝政だ! バーカバーカ!」
「ちょっとシン! 落ち着いて!」
まるで子どもの喧嘩だった。
頭に血が昇りすぎて悪口に捻りが無くなったシンレスをエンカが宥めた。
「普段の君はそんな人じゃないでしょ!?」
「剣を執らなかっただけマシだろ」
「だからー! 殺しはダメだって!」
「大丈夫だ。ランティス殿下からも隙あらば殺してヨシと言われている」
「王弟殿下はそういう人だけども……。 とにかく、部屋に行って顔でも洗って落ち着きなさい! これは旗手命令!」
エンカがシンレスを引き連れ、クインヘルはそのあとを追う。
2人の背中を見ながら、クインヘルはあの冷静なシンレスがあんな風に感情的になることもあるのだと、その意外さで頭がいっぱいになっていた。




