1話 男2人旅 ~1~
今回ものんびり投稿です。
ゆっくり読んでいってください。
散歩の途中だったというのに、どうやら誰かに頭を殴られてしまったらしい━━
不規則な振動に目を覚ましたエンカは、ぼんやりとそう思った。
少年は、少し痛む頭に顔をしかめながら周りを見る。気絶している間に日が落ちたのか外は暗く、一緒に揺られている人々も皆一様に表情が暗かった。
奴隷━━ヒトによって売り捌かれる、ヒトの商品である。
この振動の正体は奴隷を運ぶ馬車で、檻に押し込められ今まさに運搬されている真っ最中……数はざっと20人で、齢は15、6ほどの少年少女。
全員に鉄製の手枷と足枷がはめられていて、この世の終わりのような絶望感を浮き彫りにさせていた。
みんな隙を狙われ襲撃され、さらわれてきたのだ。
少年エンカも、彼らと同じく1人でふらふら歩いている最中に襲われ、人狩りにあった。
だんだんと意識がはっきりしてきた少年は、枷のせいで不自由となった手で周りを探り始める。身動きがうまくとれない状況の中、探すこと数分。ふと、固くひんやりした感触が手に当たった。
どうやら、大切なものは無事らしい━━
少年はホッとして一息つくと、檻に寄りかかり天井を見上げ、大人しく馬車に揺られた。
……別に、脱出を諦めたわけでは無い。焦らずとも、きっと『彼』が助けに来てくれるだろうから━━
その時は、エンカが思うより早々に訪れた。
突然、馬のいななきと人の叫びが夜闇に響いた。急停止する激しい振動が荷台の檻を大きく揺さぶる。ほどなくして振動が収まると、馬車の前から後ろへ移動する足音がして、今度は檻の入り口がガチャガチャ鳴った。
うっすら見える人影は苛立たしげに錠前を叩き斬り、ギィィと音をたてて檻の扉を開けた。
「お前なぁ……ほんといい加減にしろよ。さっさと出ろクソエンカ」
手に持つ剣を月光に閃かせながら、呆れたような声音で少年の名を呼ぶ。
仁王立ちになっている人影を見て、エンカは申し訳なさそうに声をあげた。
「いやぁ、毎度毎度すまないね、シンレス」
ははは、と笑って誤魔化すエンカに対し、シンレスはうんざりといった態度でため息をついてみせた。
◇
「ったく、もう何回目になると思っている……。お前に何かあったらタダじゃ済まないんだから、少しは自覚持ってくれないと」
「いいじゃん。まだ時間はあるんだし。それに、何かあったときの君でしょ?」
シンレスの言葉も、烏滸言程度にしか受け止めていない少年。シンレスはその手を引き、檻から地面へ降ろした。ふらつきはあるものの怪我が無さそうなのには安心したが、奴隷にされかれたとは思えないほどにこやかなエンカに軽い制裁として、肘で軽く小突く。
それと同時に、シンレスはエンカの両手が空いているのに気がついた。
「エンカ、旗はどこにやったんだ? ━━まさか」
「大丈夫! ここにあるよ。……よいしょ」
わざとらしく声を出しながら人の中に埋まっている金属製、棒状のものをズルズルと引っ張り出していく。やがて全貌が現れ、不自由な手で布部分を止めている紐を解いた。
バサッと大きく音をたてながら布が広がる……それは、長さ2メートルほどの軍旗。国の証として国花が刺繍されたそれは、乱雑な扱いをされたにも関わらず大きな欠損は見られなかった。
「この状況でよく無事だったな」
旗を見上げ、シンレスはつい感嘆の声をもらした。
エンカを捕らえた時点で放置……もしくは質屋に売られていてもおかしくなかったのに、持ち主のそばにあったのは例えようもない奇跡だった。
「きっといい人狩りさんだったんだよ」
「人狩りの連中にいいも悪いもあるかよ」
どこまでも能天気な幼馴染に頭を痛めながら、シンレスはエンカの自由を縛っている枷を、剣で器用に割り斬った。
「エンカ、こいつらはどうする」
シンレスは枷を投げ捨てながら問う。
意識はあるはずなのにこれまでの騒音に反応せず、絶望にのまれている人の群れ。問われたエンカは先ほどの柔和な雰囲気を一変させ、檻の中を一瞥した。
「別にいいんじゃない? どうせ外したって逃げようとしないでしょ? この人たち」
氷のような青い瞳が、項垂れる人々を貫く。
生きることを諦め、他人の所有物になろうとしている現実に抗わない……エンカはこういう人を1番嫌っていた。
「そうかい。……お前ってほんと、能天気だかシビアだか分かんねー奴だな」
シンレスはため息をつき頭を掻いた。
2人は幼馴染であり付き合いは長い方ではあるのだが、シンレスはたまにエンカが分からなくなる。普段は穏やかで騒がず、のほほんとしているくせに、急に冷淡な物言いをするのだ。
「そう? オレは普通だよ。……いや、普通ではないか。オレの命はみんなの命。オレが死ねばみんな死ぬ……。だから、みんなには好きに生きてほしいし、少なくとも自分の人生を他人に預けちゃダメだ」
「それは……旗手様の教訓か?」
シンレスは嫌味を含ませた言葉を吐きながら剣を鞘へ収める。エンカも同じように、軍旗の布を柄に巻きつけ紐でくくり止めた。
「別に旗手じゃなくても思うでしょ。自分から人生を捨てる奴は嫌いだ。生きようとしない奴がどうしても許せないだけだ」
「はいはい。分かったからさっさと行くぞ。他の人狩りが応援に来るかもしれないし、他の国の王子やらお偉いさんやらが来る会議なんだろ? あまり到着が遅れると嫌味言われるぞ」
奴隷馬車が襲われるという、異常事態に気付いた仲間の人狩りが来るかもしれないと警鐘を鳴らすシンレス。
それにはエンカも大人しくこくりと頷いた。
「はいよ。でもさ、徒歩で現地集合しろってのもおかしいでしょ。いくら隣の国だからってさ……。オレ旗手だよ? もう少し大事にしてくれても━━」
国王名代として会議に参加するよう言われるのはいいが、支給されたのは移動中の食費や宿代程度のお金(と、護衛のシンレス)で、移動費に回せるほどの額はもらえなかったのだ。
今回の遠征について文句を言うエンカに、シンレスは贅沢な奴だなと口にした。
「不足分は稼ぎながら移動しろって言われるよりマシだ。もらった分を上手く使えば飢えはしないし、夜はベッドで寝られる……。ほら、早く森の抜けないとこのまま野宿になるぞ」
「馬車の費用くらい出してくれてもいいと思うけど……」
ぶちぶちと不満をもらしながら奴隷馬車に背を向け、2人は夜の道を歩き始めた。
頑張って完結を目指します。
今後もよろしくお願いします。