第八十九話
第八十九話
第三の砦から少しだけ離れた場所に存在する湖。
ちょうどベヒモスの予想進路に隣接していることもあり、もしもの事態になったらそこで私は奥の手を使おうと考えていた。
しかしそれは本当に最後の手段であって、カイト君が敵に連れ去られる前まではそんなこと考えもしなかった。だけど、彼がこの騒動の中心に引きずり込まれ、厳しい状況に身を置くことを余儀なくされたとあっては私も覚悟を決めなくてはならない。
「チサト、ここでいいの?」
「うん、いいよ」
リーファにおんぶしてもらい連れてきてもらった私は、今一度目の前に広がる湖を瞳に映す。
そこまで大きな湖ではない。
元の世界にあったような、普通の水がたくさんある湖だ。
「———第三の砦が突破された」
魔物の力を解放した姿から元に戻りながら砦の方を見たリーファがそう呟く。
砦が破壊される音と、空に上がる白い砂煙。
時間がない、急いで作業に取り掛からなくちゃ。
「ふぅー」
水際でしゃがみこんだ私は、両手に魔力を纏わせて湖の水につける。
「なにしてるの?」
「私の魔力を水に混ぜて、この湖の一部を掌握してるの」
私の魔力を混ぜることで水分を操ることができる。
普通の水系統の魔法使いがやろうとすれば、魔力枯渇で死の危険が伴う方法ではあるけど、私の魔力量ならそれが可能だ。
だけど、やっぱり危険なことには変わりないので極力使いたくなかったけれど、この状況では四の五の言ってはいられない。
「……」
瞳を閉じて、魔力で湖の水の存在を感じとり、浸食し掌握する。
かつてないほどにまで巨大な質量に、意識がもっていかれそうになりながら自分の魔力をしっかりと認識し、操っていく。
ベヒモスの足音が響いてくる。
砦を超えた奴は、真っすぐにフィルゲン王国に向かっていき、破壊の限りを尽くすだろう。
もう避難も終えているとはいえ、フィルゲン王国の人達の帰る場所をむざむざ壊させるわけにはいかない。
「それだけじゃ、ないよね……」
後ろにいるリーファに聞こえないように、小さく呟く。
これから、始められる気がするんだ。
リーファとカイトとの友達として、勇者としての生き方を。
だから、私はそれを始めるために魔王軍を止めてみせる。
「そして、今後面白くなりそうなカイト君従者イベントを絶対に勃発させてやるんだから……!」
「なにいってんの? 真面目な顔してなにいっているの?」
「リーファ、集中が切れるからやめて」
「えぇ……」
後ろで真顔のリーファが肩を掴んでくるが、やんわりと注意しておく。
すると、水を通して私の手元と頭の中に何かががっちりと嵌まった感覚が伝わってくる。
「いける……!」
掌握完了!
そのまま両手を水面から抜いた私は、空気を持ち上げるように手を掲げる。
それに合わせて、水面が一人でに大きく盛り上がっていく。
「チサト、これは……」
「成功したよ。あとはこれを形にもっていくだけだけど……!」
湖といえばネッシーかな?
いやでも人型の南極のアレとかでもいいし。
———駄目だ、ここは真面目にいこう。
「リーファ、足場お願い!」
「え、え、なに? どこに!?」
盛り上がった水を操り、私達の前に水の通路を作り出す。
動揺しながらもすぐに私の意図を察したリーファは、影を操り水の中に足場を作り出してくれる。
二人で水の中に作った空間に入り込んだ後は、掌握した湖の水を球体にさせる。
「貴女がいてくれてよかった。普通に入ったら足元から服がずぶぬれになっちゃうからね」
「そ、そうなんだ……」
というより、集中して操るときは基本的に顔だけ出すようにしなくちゃならないので、足場になってくれるリーファの影は本当にありがたい。
それに、今こうして足場を作れたとしたら―――、
「無茶を言うようで悪いけど、影で骨組みも作れる?」
「チサトがなにを作るかで変わるけど、やってみる」
チサトが足場にしている影に手を添える。
それに合わせて私も、球体からそれぞれの箇所を伸ばすように、水をつぎ足しながら大きく変形させていく。
「ここにいる生き物たちに迷惑をかけちゃうけど、ごめん……!」
使う水量はあくまで湖の一部分のみだけど、それでも生態系を乱しかねない行いをしているのは自覚している。
そして次の手段は文字通りにここにいる全ての生物を戦いに巻き込みかねない危ない作戦だ。
そういう意味でも極力使いたくはなかったけれど、今はやるしかない。
「行くよ、リーファ!」
「二人の勇者の合わせ技だね」
人型の方が操りやすいので、私達がいる球体を胴体部分に見立てそのまま四肢を伸ばしていく。
今は無理に精巧に作る必要はない。
重要なのはベヒモスに匹敵する質量と力。
それさえ、備わっていればあとはどうでもいい。
「むんっ」
ちょっと変で可愛らしい声と共に、リーファが足元の影に力を籠める。
伸ばした水の腕の中をリーファが伸ばした影が伸びていき、ところどころを補強してくれる。リーファがいてくれているからか、以前もっと小さいので試した時よりもやりやすい。
「っ……!」
しかしそれでも、かなりの精神力を使わなきゃいけないようだ。
私の内の魔力が大きく削られたことで、立ち眩みかけながらも必死に足に力をいれる。
「いける……! これで戦うよ! リーファ!!」
「うん!」
ベヒモスに相当する大きさまでに巨大化した水でできた人型の巨人。
ゆっくりとした動きで湖の中で立ち上がらせたソレを、地面へと踏み出させる。
これが私の……私達の最後の奥の手。
「浮き上がれ、水の巨人……!」
本当はだいだらぼっちとか、海坊主とかネッシーとかにしたかったけれど―――これなら、ベヒモスとだってなんとか戦える。
急激に高くなった視界にちょっとだけ足がすくみかけながら、ベヒモスが壊した第三の砦の方へと目を向ける。
そこには、着実にこちらに歩を進めてくるベヒモスの姿が映り込む。
その体には血が滲み、幾本もの杭が突き刺さっている。
ダメージは受けているのだろう。
しかし、それでもベヒモスは怒りに染まった瞳のまま、真っすぐにこちらへ進んできていた。
「っ、カイトがいた!」
「どこにいた!?」
「ベヒモスの頭の上! デカい人に襲われてる!!」
私の目じゃ、まだベヒモスの姿しか見えないけど、リーファの目にはカイト君がピンチになっている姿が浮かんでいるのだろう。
なら、よりいっそうに私達のやるべきことは固まった。
「リーファ! 今から作戦を伝える! あの傍迷惑な巨獣をやっつけるよ!」
「うん! やろう!!」
水の巨人の腕を大きく広げ、迎え撃つようにさせる。
それに伴い、リーファの操った影が骨組みを通して腕に集まっていく。
私達、二人の勇者の力を今ここで発揮していく時だね……!
巨獣VS水の巨人の怪獣対決ですね。
申し訳ありませんが、明日の更新はお休みとさせていただきます。
次の更新は土日を挟んで、次の月曜日からとなります。




