閑話 金と銀の狭間
別視点の閑話となります。
カイト達の訓練を目撃したある冒険者の話となります。
冒険者の序列における上下関係は、ほぼ存在しない。
少なくとも、ギルドに所属する大多数のシルバー、ブロンズのランクを持つ冒険者の間にはない。
さすがに先に入った者と後に入った者とでの、礼儀というものは存在するが、シルバーだからブロンズを見下していいという考えを持つ者は表向きにはほとんどいないだろう。
そもそも、そういう者がいるとすればギルド側が解雇している。
俺自身、三年もの間シルバーの冒険者として働いてきたが、一度たりともブロンズの冒険者たちを見下したり、嘲ったりすることはない。
なにせ、シルバーもブロンズも依頼を受け、それをこなすという点は変わりないからだ。
多くの収入を得たいからシルバーに上がって依頼を受ける。
安全に収入を得たいからブロンズに留まり依頼を受ける。
そういうシンプルな区別ができているからこそ、この二つの序列はうまく共存できているのだろう。
「依頼完了、確認しました。おつかれです、ユウさん」
「おーう。……大変だったが結構稼げたな……」
受付をしている馴染みのギルド職員と会話を交わしながら、出口へと向かう。
……ギルドの依頼は、多種多様だ。
王国中から多くの人からの依頼が寄せられ、その中には戦闘からかけ離れたものや、危険な魔物の排除を依頼してくるものがある。
俺が今回受けたのは、ギルドのある街から、遠く離れた集落に現れたコボルドの排除というちょっと手間のかかる依頼。
コボルド自体、それほど脅威でもないが移動に中々の時間をかけた。依頼料こそは中々だったが、往復するだけで二週間以上かかってしまったのだ。
「これで報酬が少なかったら、きつかったな……」
依頼を達成し、改めて報酬の入った袋の重さに頬を緩ませながら、ギルドの扉から外へ出る。
「……? 訓練場が騒がしいな」
なにやらギルドの裏手の訓練場に人だかりができている。
なんだ? と思い、袋をカバンの奥に突っ込みながら好奇心のままに訓練場の方へと歩いていくと入り口付近で野次馬化している冒険者仲間の姿を見つける。
「おう」
「ん? ユウか。帰ってきたのか?」
「ついさっきな。で、どうしたんだよ。この人だかり」
スキンヘッドのいかにもいかつい風貌の男が、顎で訓練場の方を示す。
首を傾げながら訓練場の方を見ると、目を疑うような光景が目の前に広がっていた。
『休んでいる暇はねぇぞぉ!』
『……ッ!』
「あれは、リックか?」
魔力の剣をこれでもかと空中に展開させ、嵐のような連撃を振るっている剣士。
リック・ケーシング。
ギルド内でも屈指の剣の達人であり、比較的言葉の通じる金の冒険者。
そんな彼が、普段のやる気のなさそうな適当な雰囲気から考えられないほどの、覇気を見せながらその剣を眼前の少年へと振るっている。
「……どういうことだ?」
「見ての通り、あのリックが新人冒険者を鍛えてんだよ」
「いやいや、訓練じゃないだろ。無茶ぶりを超えた別の何かだ。つーか、それ以前にあのリックが?」
シルバーとゴールドの序列的な差は一つだけだが、その境界は驚くほど深く、広い。
そんな金の冒険者が、ブロンズの新人冒険者に訓練を施す? そんな話が信じられるわけがない。
そう思い、リックと戦っている黒髪の少年へと目を向けると―――その少年も、ある意味で俺達にとって知っている存在であった。
『シフゥ! ハクロォ! 全力で凌ぐぞぉぉ!』
『任せろ!』
『ワォォーン!!』
一瞬のうちに手の中の棍棒を双剣へと変えた少年が、風と電撃を伴いながらリックへと向かっていく。
その姿はさながら嵐の如く、とても新人の冒険者の動きではなかった。
「あの子は、たしか最近入ったテイマー……だったよな?」
「ああ。あの訓練には、あの子の相棒の獣人の子も参加していたが……まあ、普通じゃないな」
ついこの前にギルドに加入してきた、新人冒険者。
たしか、カイト君って名前だったはずだ。
「おかしいな……彼、普通に優しそうな子だったんだけど」
以前、偶然依頼が被りそうになって顔を合わせた時は、物凄く礼儀正しい印象を受けたのだけど。
しかし、今戦っている姿にその面影はなく、むしろ戦いを楽しんでいるようにも思わせる豹変ぶりだ。
俺の言葉に、同僚は首を横に振る。
「スノウにボコボコにされているうちに、ああなるようになっちまったんだよ」
「……まさか、彼女も? 彼女って訓練に向いてないってレベルじゃないと思うんだが」
スノウ、という冒険者は……なんというべきか、相手に合わせて加減することを知らない。
最初から施す訓練の度合いが下がることがないので、その基準に満たない者は悉く心が折れ、逃げ出してしまう。
そんな奴らを何人も見てきた俺にとって、スノウにボコボコにされた上で心折れずにあんな戦いをしている彼が、ひどくおかしな存在に思えてしまう。
「ほれ、あっちを見てみろ」
「ん?」
同僚が視線を促した方向には、リックとカイト君が模擬戦を行っている区間の壁際で、ジッと彼らの戦いを見つめている三人の人影が見える。
あの燃えるような真っ赤な髪色の女はセラで、ややくすんだ灰色の髪はスノウか……?
もう一人いる黒髪の獣人の子はカイト君の相棒だろうが、俺からしてみれば異様な組み合わせと思えた。
「……これ、いつからやってんだ?」
「かれこれ三週間だ。程度の差こそはあるが、ほぼ毎日今みたいな訓練の連続だ」
「嘘だろ……」
「事実だよ。訓練終わりは決まってリックとスノウがニトさんのところに、二人を担ぎこんでいくのをみてるやつがいたからな」
つまり、ほぼ毎日治癒魔法使いの世話になることをしていたってことか?
「なにそれ、普通に怖ぇんだけど」
カイト君と、もう一人の相棒の少女。
二人とも、すぐにでも銀の冒険者へ上がってもいいほどの素養と力を持ち合わせている。
そしてその才覚は、金へと届きうるものがある。
……嫉妬? そんな気持ち微塵も湧かない。
少なくとも俺には金に上がれる才能がないのは自覚しているし、今以上のランクに上がったら物理的に死ねる。
そもそもが、金から上にいる奴らは皆どこかおかしいのだ。
強くなるやつらってのは、なにかしら人らしい感情を捨てているのだろうか?
「次にゴールドに上がるのは、ライラあたりだと思っていたが……これはもしかすると、異例の年になりそうだな」
目の前の光景を見て、思わずそう呟いてしまう。
実際、シルバーの俺から見ても、カイト君の戦いはブロンズの域を優に超えている。
「詳しい事情は分からないが、リック達が目をかけているということは彼らは“金”に上がれる素養を持っているってことだ」
「だろうなぁ。まあ、依頼の達成率から見ても、異常だったからな」
同僚の声に頷きながら、リックとカイト君の戦いに目を向ける。
圧巻の光景と、言うのだろうか。
あのリック・ケーシングを相手にして、ギリギリ食らいついている。
振るわれる魔力の剣を銀色の盾で防ぎ、空から降り注ぐ魔法の剣の雨を吹き荒れる矢で薙ぎ払っているその光景は、ギルドに入って数カ月しか経っていない少年の動きではなかった。
『フハハハ! リックさぁーん、今日こそ貴方を合法的にぶん殴―――一撃いれさせてもらいますよぉ!!』
『ハッハァ! 本音が漏れてんぞ! 面白ぇ! やれるもんならやってみろ!』
再び訓練場の中で激突する両者。
紫の魔力の破片と火の粉を飛ばしながら、彼らの戦いはより白熱していく。
その様子をまざまざと見せつけられた俺は、やや引いた様子の同僚へと話しかける。
「……俺、シルバーのままでよかったわ」
「奇遇だな。俺もそう思ってる。少なくとも、あんな化物連中と相対するなんて絶対に嫌だ」
しかも何より、笑っているのが最高に頭がおかしい。
なんで冒険者になったばかりで、しかも入った当時は戦闘慣れしていないように見えた彼が、あんな壮絶なことになっているんだ?
一般冒険者のユウさんでした。
改めて、ギルド内の序列の認識について描写させていただきました。




