第三百三話
昨日に引き続き二話目の更新となります。
第三百三話です。
ソランさんに案内された屋敷は、どこか日本の旅館を思わせる木造の建物であった。
あくまで似ているというだけで細かな部分は違うけれど、やはり元の世界と似ているという部分で少なからず驚きがあった。
僕、チサト、セーラさんの三人が同室といういらぬ配慮をされるというハプニングはあったものの、その後改めて個別の部屋に移してもらった。
あてがわれた部屋は和風で落ち着いた雰囲気の部屋だ。
「これからマオにもらった魔具で通信をします」
「「はーい」」
改めて僕の部屋に集まったチサトセーラさんが揃って返事をする。
マオから渡された魔具を取り出し、テーブルに設置してから起動する。
数秒ほどの点滅の後に、あちら側の魔具と連絡が繋がる。
「もしもし、繋がりましたか?」
『うん。魔具は無事に起動したようだね』
魔具を取ったのはリオンさんか。
後ろからも声が聞こえるあたり、何人かいるようだ。
「とりあえずリオンさんへの尋問は後にして報告から先にします」
『……えっ、私への尋問? え、なんのことかな?』
本気で困惑するリオンさんを後回しにし、今日の報告を行う。
無事にイルセイル島にたどり着けたこと。
うまく島の代表者、ソランさんと話をつけたこと。
島の巨大昆虫と戦ったこと。
当面の拠点となる宿舎も見つけられたこと。
『初日は順調にいけたようだね。よかったよかった』
おおまかな内容について説明すると、ひとまず落ち着きを取り戻したリオンさんは安堵したような声を通信機越しに零す。
『……巨大な昆虫型の魔物か。特定の地域にはそのような魔物が生息するという話はあるが、それが大型とはな』
『虫なら私も姉さんも大丈夫だったんだけど。姉さん普通にムカデ食べたし』
『食べてないよ! そういうリーファはダンゴムシがデザート代わりだったよねぇ!!』
『『……』』
イリスさんの呟きの後に、リーファとニーアの喧嘩する音が聞こえる。
あの二人は森でやんちゃしていたらしいからな。
虫とかはむしろ得意な部類なんだろう。
『え、えーと、それで、尋問の件についてなんだけど』
『カイト様、またこの畜生が何か粗相をしでかしましたか? こちらで私が罰を下しておきますか? その場合、遠慮なく私にお申し付けください』
『ひぃぃぃ!?』
メリアの圧がこもった声に悲鳴を上げるリオンさん。
そこまでするつもりはないのでやんわりと止めつつ、話を進める。
「リオンさん、この島が昆虫系の魔物しかいない島って知っていましたね?」
『? そうだよ?』
『!!? なんですって……?』
リオンさんと合わせて、イオさんの驚いた声も聞こえる。
当のリオンさんはどこかうきうきとした声で通信機越しに語り掛けてくる。
『フフフ、喜んでくれたかい? 私からちょっとしたサプライズのつもりだったんだ』
「え、そうなんですか?」
……サプライズとは?
『君の魔力の性質上、普通の昆虫と関わることが難しいと考えてね。こちらとしても君にお願いをしている立場でもあるから、こういう部分で楽しんでくれればなと思った次第さ』
「正直、嬉しいです」
『うんうん。もっと褒めてくれ』
「でもセーラさんが大の虫嫌いだということを考慮してほしかったです……」
『……え”っ』
思いもしなかった、といった感じの声が聞こえてくる。
これは全然考えてなかった感じかな……。
『あちゃー、そこまでは考えが及ばなかったなぁ。そっかぁ、虫を苦手とする人間がいることを忘れていたばばばばば!?』
『カイト様? このまま締め上げますか?』
「しなくていいから。まあ、悪意があったわけじゃないのが分かっただけでいいです」
まあ、だからといってそれでいいってわけじゃないんだろうけど。
話も分かったところで座布団で自然と正座しているセーラさんを見る。
「セーラさん、どうしますか? 無理強いをするつもりもありませんし船に戻りますか?」
「……い、いいの?」
『その場合は代わりに……イリスに向かってもらうことになるけれど……』
『私は構いませんが……』
逡巡するように視線を左右に揺らすセーラさん。
僕としてもあまり嫌なことをさせたくはないので、彼女の意思に任せたいところだけど。
……いや、その前に。
「チサトは大丈夫なの? セーラさんの反応が凄すぎて君にまで気が回らなかったけど」
「怖くなったら抱き着いてもいい?」
「大丈夫そうだな」
何気にチサトはメンタル強いから大丈夫だろう。
昼間の戦闘も安定して戦えていたし。
すると思い悩んでいたセーラさんがおずおずと手を挙げた。
「じゃ、じゃあ私は船に———」
『カイトさん、セーラ様は返していただかなくて結構です』
「なんで!?」
彼女の声を遮るように通信用の魔具からイオさんの声が飛んでくる。
『いい機会です。これを機にセーラ様の虫嫌いをなんとかしてもらいましょう』
「イオさん、さすがに無理に治すというのは難しいと思うんですけど……」
『セーラ様の場合、多少無理をした方がいいです』
な、なにやらイオさんの声に並々ならない決意が感じられるな。
『セーラ様の虫嫌いは今に始まったことではありません。それはもう、昔から酷くて……』
「い、イオ……?」
『自室に虫が出たとなればそれが深夜でさえも私に助けを求めてくるほどです。それも泣きじゃくりながらですよ? 18にもなって……』
「イオォ!! それは黙っておいてっていったわよね!?」
『部屋の中で虫を見失えば、自室で寝られず勝手に私の部屋にやってくる始末。そろそろ当主としてしっかりとしていただきたいのに』
そこまでなのか……。
僕としてはあまり分からないけれど、チサトが共感するように頷いているあたりそれほど珍しくない認識なのかな?
「だ、だってぇ。寝ている間に口の中に入り込むかもしれないじゃない……」
「……そうなの? チサト?」
「寝てるから分かんない」
そりゃそうか。
でも寝ている間に口の中に入ってくるのは僕でも嫌だなぁ。
「イ、イオは人差し指くらいでっかい虫でも簡単に排除してくれるのよ!?」
『屋敷に出る虫はそこまで大きくありません……』
「スリッパ片手に良い感じにゴキブリを潰さずに排除できるのよ!?」
『好きで駆除の技能を学んだわけではありません……』
「寝起きのイオはものすっごく機嫌が悪いのよ!? あ、でも枕元にぬいぐるみがあるのが可愛———」
『カイトさん、セーラ様の性根を叩きなおしていただいてください。慈悲をかける必要はありません』
「虫嫌いから性根に変わったわ!?」
これは相当だな……。
涙目のまましどろもどろに言い訳するセーラさんに、僕とチサトも呆れた視線を向ける。
『リオン様、セーラ様をもう少し島に残しても構わないでしょうか?』
『ああ、こちらの不手際もあるからね。調査も時間がかかるだろうし、まだセーラをこちらに帰さなくても支障はないだろう』
「そ、そんな……」
セーラさんが絶望の表情を浮かべる。
いつも飄飄としたセーラさんを知っている身としてはちょっと新鮮だな。
『セーラ様のことを頼みます』
「……分かりました。イオさんの代わりになれるかは分かりませんが、セーラさんのことは僕たちに任せてください」
「子守は私たちに任せて」
……なんでチサトは子守りといったのか理解できないけれども。
そのまま通信を切り、改めてチサトとセーラさんへと向き直る。
「ということで、頑張りましょう。セーラさん」
「一緒に頑張ろ。セーラ」
「うぅ……」
落ち込む彼女を二人で慰める。
まあ、イオさんにお願いされたとおりにこちらでフォローしていけばいい話だ。
「……はっ!? カ、カイトってさ。純魔の魔力のせいで動物に避けられるのよね!?」
「え、ええ、まあ、そうですけど」
「虫も例外じゃないわよね!?」
「そ、そうですけど……」
唐突だな。
すると何を思ったのかセーラさんが正座のまま立ち上がろうとする。
しかし足が痺れていたのか、畳の床に倒れ———ても尚、ゾンビのように僕へと這いずってきた。
「ね、ねえ、カイト。私と結婚しなぁい?」
「そんな理由が見え見えなプロポーズあります……?」
かつてないほどにストレートで浅ましい告白なんですけど。
魂胆が見え見えだし顔が迫真過ぎて少しもドキドキしない。
ホラー映画さながらの鬼気迫った表情過ぎて全然甘い雰囲気でもないしむしろ怖いまである。
「私、貴方のこと気に入っているのよ!?」
「……ありがとうございます?」
「じゃあ、オッケーね!?」
「お断りですが……?」
どの流れから行けると思ったんだ。
いや、真面目な話なら僕の態度も変わるんだろうけど。
「ならイオとくっつかない!?」
「イオさんの意思を無視しないでください……」
「執事でもいいわ! なんなら私が養ってあげる!! 屋敷にいるだけでいいの! 貴方がいるだけで私は夜安心して眠れるの!!」
「なんか他人の奇行を傍目で見ると普通に引くね」
チサト、これが普段の君だぞ。
内心でそう呟きながら、錯乱したセーラさんを落ち着かせにかかる。
……本当に明日からの調査、大丈夫だろうか。
ものすごい必死になるあまり打算的すぎる告白をするセーラでした。
一周回ってチサトが大人しくなる不具合よ……。
今回の更新は以上となります。




