第三百話
お待たせしました。
ようやく第三百話となります。
イルセイル島は船から見た感じ、どこにでもあるような普通の島に見えた。
そこそこ大きく、都市とは異なり自然に溢れたこの島に本当に神獣がいるのだろうか、と内心で不安になりながらも島の岸沿いにたどり着くと港らしき船着き場を見つける。
「人がいるわね。ここの漁師かしら?」
「むぐぐ、あちらもこちらに気づいているようだが敵意はないように見える」
帽子へと変身したキッシュを被ったセーラさんが岸にいる人影を確認する。
やっぱり人がいるようだけど、その人たちはリックさんの知り合いなのだろうか?
「リックさん、あの人たちは……」
「あ、ああ。顔ぶれが変わってなけりゃ多分知り合いだ。ド田舎っつっても大陸との流通はしているからな。逆を言えば、速攻で俺の存在が島に広まる可能性があるわけだが」
もうこの時点で疲れた顔をしている。
「とりあえず、あそこなら普通にとめられるはずだ」
「がってん」
「なんて?」
頓珍漢な返事をしたチサトが海の水を操り、リックさんが指定した場所に船を移動させる。
……リーファがいないというだけで荷物を自分で持たなければいけないから大変だな。僕はともかく装備が重要なセーラさんは猶更だ。
「荷物、持ちましょうか?」
「ふふ、大丈夫よ。遠出するときはいつもこのくらいの荷物だから。でもありがとね」
……なんというべきか、いい意味で貴族らしくないんだなぁ。
僕も船を降りる前にライムとハクロの存在を確認していると、不意に目の前を蝶が横切る。
「……?」
綺麗な翅をした蝶だな。
僕にここまで近づいても逃げないってことは普通の蝶じゃないことは確かだけれど。
「静かな島だね。カイト君」
「ん? ああ、そうだね。今のところこれといった異変もないし……」
我に返りながらチサトの声に返事をする。
本当に神獣がいるんだろうか。
別にリオンさんを疑うわけじゃないけど、今のところはのどかな港町って感じだ。
「リック!! あんたリック坊やじゃないか!!」
「「「!」」」
船が沖に流されないように縛り、荷物を全て下ろしたことで島民らしき男性がこちらにやってくる。
知り合いなのか、リックさんもバツが悪そうな様子で顔を上げる。
「お久しぶりです、センジさん」
「久しぶりどころじゃないだろう! 帰ってくるなら知らせの一つくらい送ってくれればいいのに」
「いやー、その……暇すらなかったもんですから」
遠い目をするリックさん。
まあ、依頼を受けた直後に既に船が目的地に到着しているなんて普通は想像できないからなぁ。
するとセンジと呼ばれた男性は僕達を……いや、チサトとセーラさんを目にすると、若干訝し気な視線をリックさんへと向ける。
「おい、リック。まさかお前どういうことだ」
まさか、よそ者を歓迎しない場所なのだろうか?
リックさんも少し動揺している。
「お前、ソランって子がいながら別の女を連れてきたってことか!?」
「いや、ちげーよ!? 変な勘違いすんなよ!! ここに来たのは断じてそういうことじゃない!!」
……ん?
これは、まさかリックさんと幼馴染さんってまさかそういう……。
いや、まずは僕達の自己紹介から先にしておくべきか。
「えーっと、はじめまして。アリハラ・カイトです。リックさんには後輩としてお世話になっておりまして、今回は冒険者としてこの島に調査にやってきました」
「調査? こんな島にか?」
「はい。その関係でリックさんに同行してもらったということです」
名目としての目的を話しておく。
調査、という点では嘘はついていないのでこれでいいはずだ。
あとはチサトとセーラさんもそこはかとなくいい感じに自己紹介を———、
「シシハラ・チサトです。カイト君とは口では言い表せない関係です」
「セーラ・ルージェスよ。彼とは婚約者なの」
「……いや、あんた。大人しめかと思ったらとんでもねぇな。本土の人間は進んでるなー……」
「ちょっとすみません」
初めからとんでもねぇこと言い出す二人がいて困っちゃうよね。
一旦話を中断して後ろを振り向き、声を潜めて問いただす。
「いったいどういうつもりですか……!?」
「流れからしてリックさんの推定幼馴染のソランは彼にホの字。そんな彼に近づく異性は、彼女から見たら恋敵のようなもの」
「そういう誤解をされて話がこじれるのを防ぐために先手を打ったってわけよ……!!」
思ったより数倍真面目な理由だった……!?
しかし、セーラさんは絶対愉快犯なのは分かる。
チサトはいつものノリだと判断。
「でも僕がとんでもないすけこましみたいに思われてるんですけど……!!」
「「……」」
なんでそこで無言になるの!?
一転してなにも言わなくなったチサトとセーラさんに驚愕すると、慌てた様子のリックさんが代わりに話を続ける。
「と、とにかくこっちの二人はそういうもんじゃねぇから気にするな!」
「あ、ああ。じゃあ、お前さんはその調査とやらで帰ってきたんだな。まあ、とりあえず着いてきな。ソランの元まで連れて行ってやるよ」
「……いいのか?」
「いいもなにも、ようやくお前さんが帰ってきたんだ。あの子も到着を待ちわびているし、とんでもなく怒っている」
「だよなぁ。俺が島に来たことはもう知っているんだろ?」
「だろうな。あの子はここの巫女だからな」
……巫女?
リックさんの幼馴染さんって特別な立場にいる人なのか?
促されるままに荷物を持った僕たちは港町へと足を踏み入れる。
リーファの故郷とはまた違ったのどかな街並みが広がってはいるが、島民はそれほど多くはいないように思えた。
「……」
しかし、さっきと同じ蝶をよく見るな。
別にたくさんいるというわけじゃなく時折見かける程度だけど、あらゆる動物に嫌われる僕を避けていないという時点で普通の蝶じゃないことは確かだろう。
「見られてる……?」
それが誰だか分からないけど、悪意とかは感じない。
「千刃の巫女」
「はい?」
少し前を歩くリックさんの声に耳を傾ける。
「ここに来る前に説明できりゃよかったが、幼馴染……あー、ソランはこの島固有の蝶の魔物の視界と繋がることができるんだよ」
「へー、綺麗な魔物ね。視界を繋ぐって魔法なのかしら?」
「特別な血筋にのみ許された技とは聞いているな。俺も詳しくは知らないが」
なるほど、その幼馴染さんがリックさんの到着を知っているというのは既にこの蝶の魔物で確認しているからか。
「……蝶なんて遠目でしか見たことがなかったからなぁ」
「カイト君の純魔の特性って昆虫にも影響しちゃうんだね」
「人生、一度でいいから黒い悪魔と呼ばれる虫は実際に見ておきたかったなぁ」
「あれは見ない方がいい生き物だからね?」
そこまで引かれるほどか。
げんなりとしているチサトを横目で見てそんなことを思っていると、気づけば場所は海のある港から自然と家々が並ぶ集落へと移り変わる。
その先の、一際大きな屋敷が見えてくると……そこには、どこか着物を思わせる近い白を基調にした服を着た黒髪の少女がいた。
「……げ、ソラン……」
リックさんの呟きからすると、あの人が幼馴染さんか?
日焼けした褐色の肌に強気な印象を思わせる瞳。
げんなりとしたリックさんを視界に見定めた彼女は、こちらに駆け寄ってくる。
「リックっ、帰ってきたんだね!!」
なぜだろうか、若干の既視感が。
笑顔で手を振りながら駆け寄る彼女に、諦めた様子のリックさんが腕を広げて前に歩み出る。
その姿は、今まさに走り寄ってくる彼女の抱擁を迎える腕というより———、
「今までどこほっつき回っていたんだこのバカ者めがァァァ!!」
一瞬にして怒髪天を衝いた幼馴染さんの飛び蹴りを甘んじて受けるものであった。
驚くほど綺麗な放物線とフォームにより繰り出されたドロップキックは、リックさんの胸に直撃し彼を吹き飛ばした。
悲鳴もなくごろごろと地面を転がったリックさんを見れば、白目を剥いて気絶しているではないか。
「リック……!」
無防備な状態で蹴りを受けあっさり気絶した彼を見下ろしたソランさんは、次第に瞳に涙を浮かべそのまま脱力するリックさんへと抱き着いた。
「もう! 寂しかったぁ!」
「「「……」」」
なにかとんでもないラブロマンス(物理)を見せられたような気がする。
あっ、この既視感ってリーファとニーアが実家に帰った時の件と似ているんだな。
激烈な再会からイルセイル島編の開幕。




