第三話
三話目の更新です。
第三話
シェイプシフターと名乗る謎の黒猫と遭遇した僕は、とりあえずここで目覚めるまでのいきさつを説明することにした。
ゆらゆらと尻尾を動かしている黒猫に気を取られつつも大体を説明し終えると、黒猫は頷きながら口を開いた。
「ふむ、どうやらおぬしは異世界召喚に巻き込まれたようだな」
「イセカイショウカン?」
え、なにそれ。
老舗の羊羹のこと?
「英雄の素質を持つ者をこの世界に呼び出す儀式のことだ。私も知識でしか知らないが、恐らくおぬしがこの場にいる原因はそれだろう」
「英雄の素質を持つ者……」
まさか、僕にそんな才能が……。
そう考えていると、黒猫がジトーっとした目で僕を睨む。
「勘違いするな。素質があるのは、娘の方だ。おぬしは特筆すべき体質はあれど、英雄とは程遠い」
「少しくらい夢を見せてくれてもいいじゃないかぁ!」
「こんな場所で夢を見ても、悪夢にしかならんさ。さて、おぬしの話は大体分かった。次は私の話をしよう」
「……はい」
そう口にした黒猫に地味に落ち込みながら頷く。
「私の名は、シフ。この遺跡に住む魔物の一人だ。魔物というのは、おぬしの言う猫のような動物とは違う、強力な力と能力を持った生物の総称だ」
「総称と言うと……シェイプシフターってのは、君の種族名みたいなものなのか?」
「うむ。自身の姿を変えることができる不定形の怪物、それがシェイプシフターだ。なので、今の黒猫の姿は私の持つ一つの側面にすぎない」
そう言うやいなや、黒猫―――シフの姿からぐねぐねと粘土のように変形し、フクロウやカラス、ネズミのような小動物へと変わっていく。
最後に黒猫に戻ると、僕を見る。
「こういうことだ。分かったか?」
「お、おお……」
なんというか、凄い。
ここが別世界なのはなんとなく理解していたが、その証拠を見せられると認めるしかない。
「そして、ここからが本題となるが……おぬし、私と共にこの遺跡から脱出しないか?」
思わぬ提案に僕は目を丸くする。
「願ってもない話だけど、君だけじゃ無理なのか?」
「ああ。ここには私以外にも魔物がいる。その中で最も強い者が入り口を護っているのだ」
瓦礫でほぼ塞がられている出口の先に視線を移す。
最も強い者、今までの話の流れからして、もしかすると―――、
「戦うっていうのか? その、強い魔物と……」
「そのような展開になる可能性もあるだろうな」
「は、話し合いでなんとかできないか……?」
「無理だ」
有無を言わせぬ言い方に、気圧される。
魔物という存在を始めて知った僕にとって、魔物であるシフはかなり理性的な性格に思えた。
なので、魔物という存在は知能の高い個体が多いと思ったのだけど……。
「残念ながら、私のように人語を解する魔物は少ない。私は、ある人間に言葉と術を学んだからおぬしと話せるのであって、大抵の魔物は言葉を口にすることはない」
「そう、なのか……」
しかし、どうして僕が必要なのだろうか。
僕なんかが増えても、足手まといにしかならないはずなのに。
「……僕を囮にしようとしているのか?」
「そう疑うのも無理はないが、違うと言わせてもらおう。それならば、ここに住む適当な魔物を囮にすれば事足りる」
嘘はついていない……ように思える。
シフに疑惑の目を向けていると、彼は続けて言葉を発する。
「私にとって重要なのは、おぬしという人間と共にこの遺跡から脱出することなのだ」
「そこまでする理由が、君にはあるのか?」
「ある」
迷いなく断言するシフに、思わず呆気に取られてしまう。
……彼とは、さっき初めて会ったはずだ。
それなのに危険を顧みずに僕を助けようとする理由が分からない。
「お主のような人間を待っていた。我が主となる人間をな」
「……それが僕だっていうのか?」
「ああ、おぬしにはテイマー……魔物を従わせる才覚が備わっている」
「テイマー? それって、モンスターとかを使い魔にする……?」
「なんだ。それは知っているのか」
ファンタジー系のゲームをやったことはあるので、一応は知っている。
それでもシェイプシフターなんて名前は聞いたことはなかったけれど。
「お主の魔力は魔物にとって、そうだな……美味いというべきか。私達に力を与えることのできる特別なものなのだ」
「美味いって、味とかするの?」
「あくまで比喩だ。しかし、魔物を惑わす魅力があることは自覚しておいたほうがいい」
魔力なんてものが自分に備わっていることに驚いたけれど、まさかそれが魔物にとって特別なものだったなんて思いもしなかった。
「心当たりはないか?」
「え、心当たり?」
「例えば……動物に避けられるとか?」
「なぬ!?」
まさかの事実に目を見開く。
「心当たりはあるか。動物に避けられるのは、おぬしの魔力の質が強すぎて、野生の動物は本能的におぬしを避けていたからだ」
「だ、だからか……ッ! やっぱり、僕自身の体質のせいだったんだな……」
でも体臭とかじゃなくてよかった……!
というより、動物に近づかれなかったのが魔力のせいだとは思いもしなかったな。
元の世界ではそもそも魔力の存在すらも知らなかったわけだし。
「だからこそ、おぬしには私の主になってもらいたいのだ」
「なんで、わざわざ僕の使い魔なんかに……」
「言っただろう。おぬしのような人間を待っていたと」
……。
シフは、ちらりと祭壇によりかかるように力尽きている白骨死体を見る。
黒猫の鋭い瞳には、どこか懐かしさと、悲しみのようなものが感じられたが———その中に僕に対する悪意はないように思えた。
……。
信じても、いいかもしれないな。
「……分かった。僕はどうすればいい」
「いいのか? 私が言うのもなんだが、おぬしの魔力目当てで騙そうとしているのかもしれないんだぞ?」
「君のことを信じるよ。ここまで来たら、頼れるのは君だけだからね」
「そうか……ならば、手を出してくれ」
彼に言われたとおりに手を差し出す。
「少々、血をもらう。すまないが我慢してくれ」
「あ、ああ」
シフが僕の手の甲に軽く爪を立てると、うっすらとした一筋の傷が刻まれる。
痛いのを覚悟していたけど、少し引っ掻いたくらいの傷で逆にびっくりする。
「え、これだけ?」
「痛いのは嫌だろう? それに、おぬしほどの魔力ならばこれだけで十分だ」
呆気にとられた僕の手の上に、ポン、と小さな前足を置いた彼は、こちらを見上げた。
「意識を手に集中しろ。今はそれだけでいい」
「……やってみる」
アッ、肉球だ。
手の甲に感じる感触に集中を乱されかけながらも、意識を集中させる。
「魔と人、伏し者と仰ぐ者。血の証を以てして、古き契約を今、結ばん」
シフが呪文のようなものを口ずさむと、僕の手からシフの身体に淡い光が流れ込んでいく。
彼は何かに耐えるように目を瞑っていたが、淡い光がその体全体を包み込むと、僕の手から前足を離す。
「これで、契約は完了だ。些か古いものだが、成功してよかった」
「君は、僕の使い魔になったのか?」
「目を閉じてみろ。私の存在を感じ取ることができるはずだ」
彼に言われたとおりに目を閉じると、なんとなくだが目の前のシフの存在が分かる。
その鼓動と、僕と彼を繋ぐなにか。
多分、これが魔力というものなのだろう。
「さて、改めて名乗ろう。私はシフ。不定形の怪物のなり損ないであり、かつて人間を友とした変わり者のシェイプシフターだ。今の名は、その友に名付けられたものなので、今後ともそう呼んで欲しい」
……多分、彼とは長い付き合いになるだろう。
会ってからほとんど経っていないし、まだまだ得体のしれない存在ではあるが、なぜか僕はそんな予感をした。
だからこそ、彼の名前を今一度心に刻みつけ、小さく深呼吸をしてから、僕も自分の名を告げる。
「僕はアリハラカイト。アリハラでも、カイトでも好きなようで呼んでくれ。……こんな頼りない僕でよかったら、よろしく。シフ」
「うむ、こちらこそだ。我が主、カイトよ」
未だに右も左も分からない場所ではあるが、頼れる仲間ができたことは僕にとって喜ばしいことだ。
今回の更新はここまで。
一応、毎日更新となります。