第百八十八話
第百八十八話です。
今回は黒猫さん視点となります。
神獣にこの世界に呼び出された人間、アリハラ・カイト。
彼の戦闘は、一定の形をもたない。
いきなり見たことのない技が飛び出すし、ボク以外の使い魔達もそれを疑問に思わない。
「ハクロォォ!」
荒れ狂う嵐を纏うオオカミを前にしても、彼は戦う意思を曲げることはない。
ミスリルスライムが変化した曲刀を右手に、白い蛇が作り出した魔力の盾を左手に纏わせながら、ハクロと呼ばれたオオカミの猛攻を正面から受け止める。
『グルァァ!』
「ぬぐぐぐ、ふんっ!」
受け止めた前足での攻撃を無理やり曲刀ではじき返しながら、彼は左拳を強く握りしめる。
純魔の黄金色の光が拳に集まり、いきおいよく振るわれたそれが風の精霊の胴体に叩きつけられる。
「ふぅぅ……!」
怯むように後ろに下がった精霊を目にしながら、カイトは軽く呼吸を吐き出す。
そうしている間に、精霊の姿が突風と共に掻き消える。
「カイト、超高速の連撃が来るぞ!」
「ああ! 全力で凌ぐ!!」
ボクの出番……!
カイトの声に応えるように、自身の身体の一部であるマフラーの先端を伸ばす。
「———っと」
彼が側方からの精霊の体当たりを跳躍して避ける。
ボクは、彼が無防備な空中にいる時間を減らすために、すぐさま地面にマフラーを突き刺し、彼を着地させる。
「ありがとう!」
礼を言われる。
それだけで、自分の存在が満たされるような感覚に包まれる。
不思議な高揚感を抱きながらも、彼の動きをサポートしていく。
「やっぱり、防御で精一杯だな……!」
「なにか打開策を考えねばならないな!」
ユランの魔力の壁を破壊されながら後ろに下がった彼に、精霊が追撃の爪を叩き込む。
目前に迫った爪に合わせて、カイトが電撃と風に包まれた曲刀を切り上げる。
「ここだ!」
『ガゥ!』
カウンター気味に繰り出された斬撃。
それは、異常な速さで斜めに跳んだ精霊の体毛を切り裂くだけで直撃には至らない。
「埒が明かない! ライム、少しばかり無茶をするけどいけるか!?」
「キュ!」
「待てカイト! なにするつもりだ!!」
「とっ捕まえて、乗る!!」
……乗る?
風の精霊に?
一瞬彼の言葉を理解できなかった。
「待って、今アレに乗るって言ったのカイト!?」
「行くぞォ!」
駄目だぁ、もうやる気だぁ!?
シフとボクの声を聞きながら、自ら精霊へと駆けだすカイト。
当然、襲い掛かってくる精霊だがカイトは、いつのまにか棍棒へと変化させたライムの先端を地面に突き刺し、そのままの勢いで空高く飛び上がる。
「棒高跳びッ、からの黒猫さん!!」
ライムを手元に引き戻した彼がボクに指示を出す。
カイトの視界にあるのは、無防備な精霊の背中―――すぐに意図を理解したボクは、やけくそになりながら精霊の首にマフラーを巻き付け、そのまま引き寄せる。
「———縛れ、オロチ!!」
カイトの右手に握られたライムがさらに変化し、精霊へと延びる。
それは、三つ首の大きな蛇。
精霊の首と胴体に巻き付き、ロープへと変化したライムを手綱のように握りしめた彼は、精霊の背中に飛びついた。
「僕はテイマー! 精霊だって乗りこなして見せるわァァ!!」
『リーファ! き、君の相棒はなにやってるの!?』
『フッ、カイトは私の相棒だよ! 今更何しても驚かな……なにやってるの、カイト!?』
近くで戦っているニーアとかいう敵と、リーファの声を聞き流しながらカイトは暴れる精霊の手綱を強く引いて見せる。
「このまま我慢比べといこうじゃないか、ハクロ……! 因みに僕は乗馬経験のない初心者だ……!」
「それでよく行動に出れたよね、君!?」
「おぬしというやつはどうしてそう、考えなしなのだ!?」
思わずボクとシフが同調するほどに混乱してしまっていると、彼はその手を精霊の背の上に置く。
「ハクロ! 絶対に君を助け出す!」
『グルァァァ!!』
「おっと!」
手綱を引き無理やり精霊の向きを変え、御しようとするカイト。
ただ背中に乗っただけで状況は依然としてよくなっていない。
暴れ馬ならぬ暴れオオカミに振り回されていると、ふと―――広場の一角に魔物に囲まれている人間の姿を見つける。
「———あれは……!?」
茶色がかった黒髪の女、チサト……!? 数日前にボクを捕まえて、少し言葉を交わした勇者の一人。
仲間と思われる勇者と共に、魔物を惹きつけている彼女の姿に動揺してしまう。
彼女は空に浮かぶ船からの砲撃に晒されながら、魔物の攻撃に晒されてしまっている。
「か、カイト! あそこ!」
「むっ!? チサト!」
僕の声にチサトの方を見た彼が、目を見開いた。
チサトは仲間と共に魔法で魔物達を退けてはいるが、ここら一帯の魔物と空からの集中砲火の前では明らかに手が足りていないように見える。
このままでは、どちらかの攻撃で押し切られてしまう。
―――私がつけてあげようか? 名前
「……ッ」
話したのは一回だけ。
助ける理由も義理もないし、ボクの願いはある意味で叶ってしまっている。
だけど、どうしてもあの夜に、彼女と交わした会話が忘れられない。
「カイト! ボクが彼女を助けに行く!」
「む!?」
チサトの方を見て難しい表情を浮かべているカイトに声を張り上げる。
我ながら感情的になっているのは分かり切っているが、もう出した言葉を取り消すことなんてできない。
「ボクなら魔物に対処することができる! だから―――」
「よし、頼む!」
言葉にできない信頼が伝わってくる。
迷いのない判断にボク自身も言葉を失っていると、彼は自身が握りしめている手綱に視線を落とす。
「ならば、このまま魔物を薙ぎ払いながらハクロと一緒に突撃する」
「え、なんで?」
「すれ違いざまに、君はチサトを合流させる。ついでに魔物を散らせる」
「いや、カイト!? それは無茶ではないか!? 第一、今のハクロが言うことを聞くはずない!」
「いや! 無理やり方向を決めて突っ込ませる! ハクロ! 行けるか!?」
『グルルルァァァ!!』
憎悪に染まった目で暴れまわる精霊。
がっちりと、背中に取りついた彼はニヤリと引き攣った笑みを浮かべる。
「行けるみたいだ」
「「いや、無理だと思う!」」
「四の五の言ってられる状況じゃない! チサト、今行くぞォォ!」
「「いやぁぁ!?」」
グィっ! とライムが変形した手綱を引っ張り、チサトたちに襲い掛かる魔物達へと精霊の頭を向けさせるカイト。
雄叫びと共に走り出す精霊に、ボクとシフが絶叫する。
『グルァァァ!!』
暴走し、怒りに任せて大地を踏みしめる精霊。
風そのものの速さで一瞬にして、魔物が集まる場所にぶつかると、凶暴化した魔物達が風により吹き飛ばされていく。
その中を握りしめた手綱を力技で操りながら、彼は奮闘しているチサトの元へたどり着く。
カイトの姿に気付いたチサトと、もう一人いる矢を撃ちだす魔具を手にした勇者は驚きに目を丸くしている。
「カイト君!? なにそれ楽しそう!!」
「わわっ!? びっくりした!?」
どっちも驚き方がおかしすぎると思うのはおかしいことなのだろうか。
そう思っていると、カイトは首に巻き付いているボクを空いた左手で外してみせる。
「チサト、援軍だ!」
「わ、わわ!?」
驚きに目を丸くしているチサトにすれ違いざまにボクを放り投げる。
なんとか意識を保ちながら、彼女の元に辿り着いたボクは、すぐさま彼女の首に巻き付いて見せる。
それを確認するまでもなく彼は精霊を無理やり操り、魔物を蹴散らしながらリーファが戦っている場所へ走り去っていく。
「め、滅茶苦茶だ……」
だけど、無事にチサトの元に辿り着いた。
新たにボクがマフラーとして首に巻き付いた彼女は、空からの砲撃を器用に水で防ぎながら、なにやら感動に打ち震えてる。
「あ、暖かい……! カイト君、これが戦場でのプレゼントってやつなんだね……!」
何言ってんだこいつ。
素直にそう思いながら、マフラーの姿のまま声をかける。
「おい、チサト!」
「このボクっ子感溢れる声は……! あの時の猫!?」
どういう覚え方だぁ!
こいつもカイトと同じように変人じみてるなぁ!!
「詳しい話は後だ。お前は上からの攻撃に集中してろ! ボクは―――」
精霊に乗ったカイトが去り、襲い掛かってきた魔物に刃と化したマフラーの先端で切り伏せる。
「お前を守ってやる!!」
「援軍ってのは、そういうことね! よし、なら頼むよ!!」
そう言って彼女は防御に回していた水を空へと向かわせる。
その隙に乗じて、魔物が襲い掛かってくるがそれらはボクともう一人いる勇者が対処する。
「チサト! なになに!? それ私も欲しいわ!!」
「フフフ、セーラ。この子は隠しイベントをクリアしなくちゃ仲間にならない子なのです! ボクッ子黒猫ちゃんなのです!」
「えー! 羨ましい!!」
「お前ら真面目に戦えぇ!!」
ある意味でカイトと一緒に戦っていた時より大変だと、ボクは今更ながらに後悔しそうになった。
むしろ黒猫さんの能力はカイトではなく、チサトの方が相性がいいという……。