第十六話
第十六話です。
前話を見ていない方は、まずはそちらをー。
「ねえ、どういうこと? 貴方はジェイコブじゃないの? 今、あの人『カイト』って言ったよね?」
ライラの応援に反応してしまったら、僕の名前が偽名だってことがリーファにばれてしまった。
先ほどまで、滅茶苦茶落ち込んでいた彼女だが、背後から聞こえる声と肩を掴む力は半端なく強い。
「おい、喧嘩すんならその場で失格にするぞ」
顔をこわばらせている僕とリーファに、やや苛立ったリックさんがそう忠告してくる。
さすがにこの場で失格させられるのは嫌なのか、大人しく肩から手を離した彼女に、安堵の息を吐く。
「後で、絶対に話を聞かせてもらう」
耳元で冷たい声で囁かれ、心臓が止まりかける。
やだ、僕この後死んじゃうの?
さっきみたいなナイフとかで、刺されちゃうの?
「カイト、落ち着け。いずれはバレることが、今バレただけだ。今は試験のことに集中しろ」
「ああ……そうだね。分かった」
もう一度気分を落ちつけ、右手に握るライムの存在を感じ取りながらリックさんの前へ歩み出る。
彼は、帽子に変身したシフと、鉄棒へと姿を変えたライムを見て、目を細めた。
「俺も長く冒険者をやっているが、お前のようなテイマーは初めてだな」
「……ギルドには僕以外のテイマーがいらっしゃるのですか?」
「まあ、な。さて、さっさと試験を始めようか。どこからでもかかってきていいぞ?」
自然体のまま、リックさんはこちらへと手招きをして挑発してくる。
これまでの動きを観察するに、最初の数合は彼は様子見に徹している。
動きに見張るものがあれば対応を変えてくるが、そうでなければ最初の三人のように、ただただ変化がないまま模擬戦が終わらされる。
「……シフ、ライム、修行の成果を見せるぞ」
「ああ、サポートは任せておけ」
「キュッ!」
シフにより全身に『肉体強化』の支援魔術が施される。
体に力が満ち、感覚も鋭敏化される。
内から溢れる高揚感に呑まれないように、深く呼吸を吐いた僕は、視線の先にいるリックさんを睨みつけ———地面を踏み込み、前へと飛び出す。
「ッ!」
一転して腰を低くし木剣を構えたリックさんへ、大きく振りかぶったライムをフルスイングで振り切る。
風圧により、地面から砂煙を立たせるが、手ごたえはない。
「おいおい、使い魔による支援魔術か? にしては、効果が強すぎる。……まさか、お前がオロチから逃げおおせた子供か?」
「カイト、後ろだ!!」
シフの声を聞くと同時にライムを振り回すも、身を低くさせたリックさんに躱され、一気に懐へと潜り込まれる。
思わず攻撃に備えるが、リックさんの持っている木剣の柄で肩を軽く押され、後ろへ下がらされる。
「四番と違って、対人経験はないが……面白いな」
「……っ」
「もう少しお前の力が見たい」
木剣を素振りし、切っ先を向けるような構えを取るリックさん。
さっきので理解した。
肉体強化をされた今なら、リックさんよりは肉体的に僕の方が強いが———それ以外の部分では天と地ほどの差がある。
「言っただろう? ギルドは化物の巣窟だとな」
「確かにそうだね。……だからこそ、全身全霊でぶつからないとな」
「ハハッ、それでこそ我が主だ……!」
「ライム! 棍棒じゃ長すぎる! もっと短い武器に!」
「キュッ!」
手元の棍棒が変形し、リックさんの持っている木剣と同じ形へと変わる。
剣の扱い方は分からないけれど、動きを制限される棍棒よりかは扱いやすいはずだ。
「行きます!」
今度は一気に飛び出さず、リックさんの姿を確認しつつ接近を試みる。
そんな僕に対して、リックさんは迎え撃つつもりなのか、僕が叩きつけるように振り下ろした剣を木剣で受け止め―――そのまま斜めに受け流した。
「受け流されたぞ!」
「なら、もっと強化を!!」
正攻法じゃ無理だ。
僕はこの人に、冒険者としてやっていける資格を見せなければならない。
その為ならば、多少の無理はする。
「ぬぅん!!」
片手で持った剣を力の限りに叩きつける。
それを剣で受け止めず、さらりと避けるリックさんだが———空いた左手で手刀を作り、水平に叩きつける。
「す、素手だと?」
「ふんっ! ふんっ!!」
「お、おおぅ!?」
木剣だから、肉体強化もあって痛くはない!!!
意表を突かれたリックさんはそれでも僕の手刀を剣で防ぐが、腕力で後ろへ下がらせることに成功する。
連続して手刀を繰り出しながら、入れ替えるように右手の剣を叩きつける。
「ッ! 下手な力押しではあるが、突き詰めれば立派な戦術だな……!」
「手と剣!! 実質二刀流です!!」
「お前、もしかして天然か!?」
地味にツッコまれながらも、僕は攻撃の手を緩めない。
僕の変則的なゴリ押しにリックさんは、テンションを上げていく。
「ハッ、変な戦い方するじゃねぇか! 面白くなってきた!!」
「カイト、なんだその技は!?」
「手刀打ちだ!」
またの名をチョップともいう。
素人がプロレス技とか、自分にとっても相手にとっても危険すぎる。
あれはプロの方々がしっかりとした鍛錬と培った技術に基づいてやっているわけだし、気軽な気持ちでマネしちゃいけない。
でも、これなら僕にもできる。
「攻撃を続けろ、カイト! 諦めるな!!」
「まだ、止まれない!」
型なんてへったくれもない剣での叩きつけを、リックさんは木剣を用いて受け流し、躱していく。
他の人の戦いを見て、正面の打ち合いでは敵わないことは分かっている。
「とんでもない力だな……! こりゃ、オロチから逃れた話もあながち嘘ではなさそうだ!!」
「ハァ!」
「おっとっ!」
ガキィン、と剣が木剣に叩きつけられ、僅かに亀裂が入る。
何度も攻撃を叩きつけているはずなのに、木剣が原型を保っている時点で、リックさんという冒険者が卓越した剣の技術を持っていることは明白だ。
だけど、亀裂さえ入れば———、
「ライム! 棘!!」
「キュッ!」
突き出した剣から、幾本もの棘が伸びリックさんへと襲い掛かる。
「っ、マジか!」
さすがに木剣だけでは防げないと判断した彼は、そのまま後ろへ下がり距離を取った―――が、まだそこは僕達の間合いだ!!
剣を引き戻し、踏み込みと共に突きを繰り出す。
「伸びろ!」
「火炎付与!!」
剣を炎が纏い、その刀身が高速で伸ばされる。
赤い軌跡を伴って迫る突きに対し、リックさんは身を翻すことで回避するが、その表情はどこか楽しそうに見える。
「支援魔術のシェイプシフターに、武器に変形するスライムか。応用性があるな……! だが、まだ足りないな!!」
「これでも駄目か……!」
有効打はない。
しかしこの距離———僕達が技を繰り出す時間ができた。
ライムを引き戻し、炎を払いながらシフとライムに指示を出す。
「ライムは籠手に! シフは電撃を!!」
「キュー!」
「任せろ!!」
僕の声に反応し、魔力を吸い上げたライムが剣から右腕を覆う銀色の籠手へと変身する。
そして、シフによる雷撃付与が籠手に施され、拳から金色の電撃が迸る。
このまま殴りかかればそれだけで絶大な威力を発揮するだろうが、ただの拳ではリックさんには届かない。
だからこそ、僕は自身が最も恐れている“最強の存在の形”をライムへと伝える。
「——ライム、いけるな?」
「キュ!」
言葉は分からない。
しかし、肯定してくれたことを感じ取り、僕は雷撃の纏った拳を引き絞り———力の限りに放つ。
瞬間、ライムが僕から大量の魔力を吸い上げ、その体を大きく変形させる。
拳からは銀色に輝く三つの触手が伸び、先端を竜のような頭に変形したそれらは雷撃を纏いながらリックさんへと襲い掛かった。
「! そいつは……!!」
「食らえ! “オロチ”!!」
“三つ首のオロチ”、あの遺跡で遭遇した僕達にとっての絶対的捕食者。
あの遺跡にいたライムにとってはこれ以上になくイメージしやすい魔物だ。
「「「キュォォォ」」」
リックさんを挟み込むように襲う二つの蛇と、真正面から食らいつこうとする蛇。
加えて、電撃付与により電撃をまき散らしているので、迂闊に受けることすらも難しいはずだ。
それを見て、これまで崩さなかった表情を引き攣らせた彼は、それでもなお罅の入った木剣で迎え撃った。
「ハッ、とんでもねぇな!」
しかし、ただの木剣だけでは防ぎきれるはずがない。
頭の一つにより、木剣は真っ二つに噛み砕かれる。
残り二頭がリックさんへと襲い掛かろうとしたところで、我に返った僕はライムにストップをかけた。
「ライム、もういい!!」
驚愕と少しばかりの笑みを浮かべたリックさんが、右手から紫色の魔力を発しはじめたところで、ライムが変形を解除し、オロチの状態から元に戻る。
「危うく魔法を使わされるところだったか。こりゃ、四番と合わせてとんでもねぇ奴がきちまったようだな」
紫色の魔力を消し去ったリックさんは息を切らしている僕へと視線を移す。
オロチを止める寸前、リックさんは魔法のようなものを使おうとしていたから、僕が止めなくても自分でなんとかしていたのかもしれない。
魔力を大量に使って、木剣を折っただけなんて……ギルドの冒険者ってのは、本当に怪物揃いなんだな。
ゆっくりと呼吸を整えていると、こちらへと歩み寄ったリックさんが僕の肩をポンポンと、軽く叩いた。
「模擬戦闘はこれで終わりだ。最後のあれには驚かされた」
「……す、すみません……」
「責めたわけじゃない。いい戦いぶりだったぞ。アリハラ・カイト」
そう僕の名前を口にしたリックさんは、他の受験者たちのいる方へと向いた。
「これにて一次試験を終了とする。一次試験の結果は、ギルドで張り出されるので確認を忘れないようにな。二次試験も午後にやるので、勘違いして帰らないように気をつけろよ」
それだけ言い切ったリックさんは、背伸びをしながらその場をあとにしてしまった。
ようやく、リックさんとの模擬戦が終わったことを自覚した僕は、安堵のあまりその場に大の字になって寝転がる。
怪我はしていない。……してはいないけれど、物凄く疲れた。
「やったな。カイト」
「キュ」
「シフもライムもお疲れ様。あー、もう本当に疲れた」
元の姿に戻ったシフとライムにお礼を言いながら目を瞑って体を休める。
しかし、あの必殺技はうまくいってよかったな。
恐ろしい怪物、オロチを模した技。
ライムがオロチという存在を知っているからこそできた技だけども、名付けるならなんだろうか。
「よし、あの技を『スライム闘法、雷電オロチアタック』と名付けよう」
「あの技の名はあとでじっくりと考えるとして! よくぞ戦いの最中にあの技を思いついたな! さすがは我が主だ!!」
今技名を決めたはずなのだけど、なぜに……?
太陽の光が温かいなー、とそんなことを呑気に考えていると、誰かが太陽の光を遮りながら僕を覗き込んでいることに気付く。
誰だ? と思い、目を開くと――、そこには頭までをフードで覆った少女、リーファがジッと僕の顔を覗き込んでいた。
「ヒェ!?」
すっかり忘れてたけど、この子に偽名を名乗ったことがバレていたんだった!?
思わず身をよじり、逃れようとするが、その前にリーファが女の子とは思えない力で僕の肩を押さえつけた。
「強いんだね」
「……ぼ、僕だけの力じゃない。使い魔の、シフとライムの力があってこそだ」
「……」
声を震わせながらもそう返すと、リーファはフードの奥に見える赤い瞳を細めた。
「貴方の、本当の名前は?」
「……えっと、その……」
「もう、嘘はつかないよね?」
彼女の赤い目に晒された僕は、普通にビビっていた。
あれほど頼もしいシフとライムも、ふるふると震えている。
「僕は君に嘘の名前を言った。それは謝るけれど……」
「私も怪しかったのは自覚している。だから、私のことも話す。それでいい?」
自覚はあったのか……。
だとしたら、これはある意味で好都合かもしれない。
シフの言っていた通り、いつかはバレることだった。
彼女が僕の名前を呟いたことが聞き間違いかもしれないことを確かめることができるし、何より、ジェイコブなんていう名前を名乗らずに済むからだ。
「……カイト。僕の名前は、アリハラ・カイトだ」
「———」
目を見開き驚きに、少しだけ肩を掴む力が緩む。
「そう、それじゃあ、やっぱり貴方が本物の“アリハラ・カイト”なんだね……」
「……本物? それっていったい――」
「カイトくーん!!」
意味深な言葉を口にしたリーファに追求しようとしたその時、僕達の元に訓練場の外側で観戦していたライラが手を振りながら走り寄ってきた。
彼女の姿を見たリーファは、無言で立ち上がると僕に背を向けてそのままどこかへ行ってしまう。
「っ、待ってくれ!」
「今は時間もないし、二次試験の後に話そう」
そう口にした彼女は、僕の制止の声を無視して歩いて行ってしまう。
「カイト。彼女はいったい何者なんだろうな」
「……僕にも分からないよ……」
僕が本物だとか、訳の分からないことを言っていた。
彼女の言葉から全てが判断できるとは思えないけれど、まだまだ謎は多いようだ。
唐突に逆水平チョップを叩き込む主人公。
ようやく物理テーマ―らしい戦いができた気がします。
明日も同じ時間帯に二話更新いたします。




