第百五十二話
第百五十二話です。
馬車での移動は五度目になるが、今回の移動はこれまでとは全く違っていた。
まず、この大きな馬車はほとんど揺れを感じないのだ。
なにかしらの魔具で補助されているのかは分からないが、微細な振動こそあるがそれ以外はほとんど揺れず、外の景色だけが過ぎていくのだ。
リオンさんの馬を操る技術がすごいのか、この馬車そのものが凄いのかは分からないけれど、とても快適なことには変わりなかった。
「ハクロ、なんだかちょっと大きくなったか?」
「ウォン」
隣で丸くなるように椅子に寝ているハクロを撫でる。
最初の頃よりも明らかに大きくなっているハクロの毛並みは相変わらずひんやりとしている。
リーファとチサトは談笑したり、各々で別なことをして暇を潰したりしているようだ。
ふと、馬車の正面方向にある窓へと目を向ければ、魔馬の手綱を引いているリオンさんの姿がある。僕の視線に気づいたのか、それとも偶然なのか、すぐにこちらへ振り返った彼女は、柔らかな笑みを浮かべ、こちらへ手を振ってくる。
同じテイマーとあって、すぐに打ち解けれてよかったな。
あとで使い魔の話とかしてみたい。
そう思い、背もたれに背中を預けると目の前にいるチサトとリーファの姿を見る。
「……あ、そういえばさ、昨日二人で買い物してたよね?」
「ん? そうだね」
特に話す話題もなかったので、とりあえず昨日気になったことを聞いてみることにした。
初めてヘンディル王国に来たチサトを案内する一環で、リーファとチサトが別行動することがあったのだ。
僕も買いたいものがあったので別々に買い物にいったが、結局二人がなにを買いにいったのかは分からなかった。
「セントレアル用の服を買いにいってたんだよ」
「セントレアル用……?」
「うん、もしかしたら社交界みたいなものかもしれないから、ちゃんとしたオシャレな服とか必要かなって思って」
なるほど。
いや待て、リーファもついて行ったってことは……。
「リーファ、君はおしゃれができたのか……?」
「キレそう」
「普段のおぬしを見る限り、そう思うのも無理はないと思うぞ」
いや、だって普段は動きやすさ重視の服だし。
寝間着を選ぶ時も、ものの数分で上下セットのやっすいやつ買ってきてたし。
「私だっておしゃれくらい知ってるし」
「で、服は買ったのか?」
「どれがいいか分からなくて結局買わなかった。いつもの服で行く」
「自分の発言に責任を持て」
「ありのままの私が一番」
開き直りやがった。
こういう時のリーファは強い。
「しかし、セントレアル用の服か。考えもしなかったな」
前に城用の服を買おうと思っていたけど、ジェシカ様のあまりのフランクさに必要ないって考えていたんだよなぁ。
勇者招集ってそんな格式ばったものなのか?
事前にそういう知らせすらなかったから、頭になかった。
「カイト、大丈夫だよ」
「なにが?」
「私、ちゃんとカイトの部屋からアレを持ってきたから」
そう言って影に手をいれた彼女は、そこから一着の服を取り出す。
それを目にした僕は目を見開いたまま硬直する。
「そ、それは、クローゼットの奥深くに隠しておいたはず……!?」
「とってきた。一度も袖を通していないんだから、着たら?」
「くっ……!」
「待って、今リーファがカイト君の部屋に勝手に入った事実が明かされたんだけど?」
チサトが頬を引き攣らせているが、そんなことより僕は目の前で見せられた黒色の薄地のコートにひたすらに驚くしかない。
もう羞恥心とか、そういうので着るのがはばかれた服。
着ればきっと帽子状態のシフと相まってかっこいいことになりそうだけど、着る僕自身が恥ずかしさのあまり昇天しそうになる。
「だって、カイトってずっとそのジャケットじゃん。しかもそれ三着ぐらい同じの持っているよね? 正直、それよりこっちの方が―――」
「このジャケットを馬鹿にするなよ? 小娘」
「どこにそこまで怒る要素あったの? 正直その服微妙だと思う」
僕は指をデコピンを放つ形にしてリーファへと叩き込もうとする。
しかしその前に、シフとライム、そしてチサトが僕の腕を止めてくる。
「カイト、お、おおお落ち着け!」
「キュ、キュゥ!?」
「カイト君!? そのデコピン、微かに金色に輝いているんだけど!? 大丈夫なのそれ!?」
「離せ! 僕ァもう堪忍袋の緒が切れた! お仕置きしてやる!!」
「おぬしはなんでそこだけ沸点が低いのだ!? 普段のリーファの行いの方がずっと駄目だと思うのだが!?」
「そうだよ、もっと怒るところがあると思うよ!?」
僕のことはいいが、このジャケットを馬鹿にすることは許さん。
艱難辛苦を共にした相棒ともいっていい存在だぞ。
むしろ冒険者なら、イメージ的にこの服の方がいいだろうが……!
しかし、しかしだ。
さすがに僕も怒りすぎていると思ったので、深呼吸をして気分を落ち着けさせる。
「どうしましたー? 騒がしいようですがー?」
騒ぎを感じ取ったのか、魔馬の手綱を引いているリオンさんが窓を開けてそう尋ねてくる。
さすがにうるさくしすぎたか。
普通に僕が悪いので謝ろう。
「すみません。僕のせいです」
「いえいえ、元気なことはとてもいいことですよ。セントレアルまでまだかかりますので、くつろいでくださって構いませんから」
リオンさんも一応、休憩は取るようだがほんの二、三時間くらいだからすごいよなぁ。
セントレアルまで結構距離があるので、しばらくは馬車での移動が続きそうなので、なるべくリオンさんに迷惑をかけないように心がけなくては。
「あのリオンって人、なんか怪しい」
「分かる」
「いやなんでだ」
そう思っている矢先にリーファとチサトがそんなことを言ってくる。
こういう時、味方になってくれる使い魔達もなぜだか微妙な表情をしている。
「野生の勘」
「女の勘」
「どうして異なる直感で結論が同じになるの……?」
チサトはともかくリーファはそれでいいのか。
「カイトって騙されやすいし、あまり疑うこともしないから、そういうのに付け込まれやすいと思うの」
「うむ。そういう部分を私達がカバーしていけばいいのだが、いかんせん巧妙な相手には後手に回らざるをえないな」
「心配しすぎじゃない?」
まるで僕が見知らぬ人にあっさりついていきそうな言われようなんだけど。
さすがにそういう区別くらいはつくよ?
……一瞬、頭に魔王軍幹部のデウスの姿がよぎったが、奴に騙された記憶は忘れることにしよう。
「それにほら、ジェシカ様いわくカイトってお姫様特性らしいし」
「ははは、あんなのジェシカ様の冗談だよ」
「姉さんに攫われて、デウスに攫われて、メリアに攫われたよね? それでも足りない?」
「ごめんなさい……」
笑顔で事実を並べられたら屈するしかない。
僕ももう攫われたくないんです。
改めて出されると割と自分の情けなさに泣きたくなる。
「で、でもさ、さすがに旅の始まりから騙されるなんてあるはずないでしょ? 相手はセントレアルから派遣された正式な人だし、ほら、僕と同じテイマーだよ?」
「……テイマーだから警戒しなくちゃいけないんじゃないの? セラは要注意人物だよ?」
「セラさんはテイマー以前に普通の人じゃないから……」
その理論だと僕まで要注意人物扱いされるんじゃないの?
いや、セラさんは尊敬できる先輩だが、あの人の突拍子のない行動には毎度ハラハラさせられてしまう。
「とにかく、カイトはもっと疑ってかかった方がいい」
「……分かったよ」
「まー、これから行くのは色々な人が集まる場所だからね。うっかり口車に乗せられて、三人目の勇者の従者になったりしないように気を付けてもらわなくちゃ」
チサトの言葉に引き攣った笑みを浮かべるしかない。
でも、セントレアルの勇者招集くらいは騒動に巻き込まれずに済ませたいものだ。
騙されやすいのもお姫様特性の一つ。
土日はお休みなので、次の更新は月曜となります。




