第百五十話
18時更新のデイリーテイマー。
第百五十話です。
外交用の顔とでもいうのだろうか。
猫を被ったジェシカ様の振る舞いは、大人な女性そのものであった。
普段のフレンドリーな彼女を知る僕とリーファは微妙な表情にはなったが、チサトは結構緊張していた様子で、時折僕達に視線を送り不安を露わにさせていた。
かくいうジェシカ様もところどころで「リーファのことはどう思っているのかしら?」とか「やっぱり奪い合いとかしているの?」とか被った猫が外れかかったりしていたので、どっちもどっちだろうなという結果に落ち着いた。
ジェシカ様の話は主に挨拶と、明後日のセントレアルについての出発の話だけだったので、それほど時間はかからなかった。
なので、話が終わった後は次に彼女を僕達の住んでいる宿へと連れて行くことになった。
「やっぱり変装は大事だね」
「今日に限ってはそうみたいだね……」
移動には結構手間がかかった。
隣国の勇者ということなのでチサトは結構な注目を浴びていたらしく、彼女を一目見ようとする人たちが多くいた。
なのでフィルゲン王国の時と同じような変装をして城を移動することになった。
「私達は変装していないのに、この差はなんなの……」
「いや、僕達の場合は地域密着型の冒険者っていう認識があるから」
普通なら分かりそうなものだけど、僕とリーファを見て元気のいい挨拶をしてくる人たちはいれども、一緒にいる変装しているチサトに気付いた様子はない。
というより、この国の勇者であるリーファと隣国の勇者であるチサトの反応の差が地味にすごい。
「私だって持て囃されたい」
「勇者が汚い欲望をさらけ出さないで」
持て囃されたいとか勇者の言葉じゃない。
僕のツッコミを不服に思ったのか、リーファはむすっとした表情になる。
「カイト、私は褒められて伸びる」
「どうせ調子に乗るだけでしょう? 僕、知ってるからね?」
「調子に乗らないもん」
「そんなこといって、前も同じこと言ってたでしょ」
「言ってないもん」
もんもんもんもんうるさいわ。
この前、調子に乗ってボトル型の魔具を二つ同時発動して、真っ黒形態になって僕に襲い掛かってきたことは忘れてないからな。
あれ僕とオロチが頑張って止めてなかったら割と大惨事になってたからな?
「なにこの会話。親子? ジェラシー感じちゃう」
「この会話でそう思うお主の感性は大分歪んでいると思うぞ……?」
「大丈夫。自覚してるから」
「むしろ性質悪いぞ……」
何やら会話をしているシフとチサトの方を見ようとすると、ちょうど宿へと到着する。
もう時間的に夕方が近いのか既にメルクさんが料理の調理を始めており、宿の中から香ばしい匂いが香ってくる。
「ここがカイト君達の住んでる宿?」
「この世界に来てからずっとお世話になってるところなんだ」
「へぇ、でも宿ってのが不思議だね」
確かに普通なら宿は旅先とかで何泊かだけ泊まる場所ってイメージだけど、僕達の場合は宿というよりアパートみたいな住み方をしている節がある。
まあ、それは今となって慣れたものだからあまり気にしないようにしている。
そんなことを考えながら宿へと入ると、僕達が帰ってきたことに気付いたのか、メルクさんが食堂から顔を出してくる。
「ただいま帰りました」
「ただいまー」
「おう。で、そっちが話に聞いた勇者か?」
じろりとメルクさんがチサトを見る。
その強い目力にやや慄いた彼女だが、この人のことを誤解される前にちゃんと説明しなくては。
「この人はメルクさん。僕達がお世話になっている人だよ」
「あ……はじめまして。シシハラ・チサトです。この度は部屋を貸してくださり本当にありがとうございます」
「……こっちも頼まれただけだ。さっさと部屋に案内してやれ」
相変わらずの仏頂面だけど受けてくれたのは事実なんだよな。
やっぱり、この人は親切な方なんだと再認識させられる。
チサトも小声で「あ、いい人だ」って呟いているし。
「あ、そうだ。メルクさん」
「なんだ?」
「チサトがここに泊まるとすれば、宿代とかどのくらいなんですか?」
全然関係ないけど、気になったので聞いてみよう。
僕の質問にメルクさんは怪訝な表情を浮かべる。
「は? 城から金が出てるから必要ねぇぞ」
「もしもの話ですよ」
「はぁー……」
ため息をつきながらチサトを見るメルクさん。
数秒ほどの沈黙の後に、彼女は僕へと視線を戻す。
「三日で銀貨三枚だ」
「チサト、君は人間なのか?」
「なんで一般の宿泊料くらいの値段を言われたくらいで非人間扱いされるの……?」
「豪運のチサト……!」
「異名までもらえちゃった……! お得……!」
僕なんて十五日で銅貨三枚だったのにどういうことだ。
銀貨って銅貨の十倍くらいの価値があるはずなのに、運の差が激しすぎる……。
僕達のやり取りを見て、呆れたようにため息をついたメルクさんは、そのまま厨房へと戻って行ってしまった。
「さっきのはなんだったの?」
「いや、幸運度測定みたいなやつだよ。安く長く泊まれるほど幸運度が低いって感じ」
「ふーん、カイト君はどうだったの?」
「十五日で銅貨三枚」
「私の幸せ分けたほうがいい?」
初めてだよ、君からそんな憐れむような視線を向けられたのは。
「僕なんてまだまだ幸せ者だよ。この前、いたイリスさんって人は……」
「ど、どれくらい?」
「十日で銅貨一枚って言われてた」
「どんな壮絶な人生を歩んだら、そんな評価になるの……?」
イリスさん、今どうしているかなぁ。
また行き倒れたりしていないか心配だ。
次に会ったら、遺跡でのことちゃんとお礼しなくちゃ。
「カイト、先にチサトを部屋に案内してきたら? 私は食器とか揃えるの手伝ってくるから」
「あ、そうだね。それじゃあ、シフ達もリーファを手伝ってきてくれ」
「うむ、任された」
「キュー」
「シャァ!」
僕からリーファへとユランとライムが移動したことを確認して、チサトを二階の部屋へと案内する。
基本的にどこの部屋を使ってもいいらしいので、それほど時間はかからないだろう。
「カイト君はずっとここに住んでるの?」
「そうだね。結構住みやすいところなんだ。ご飯も美味しいし」
階段を上り、部屋が並んだ廊下へと進む。
部屋は8部屋、住んでいるのは僕とリーファとライラしかいないので、ある程度自由に選べる。
「カイト君とリーファはどこの部屋?」
「そことそこだね」
「隣同士? じゃあ、私も隣にする」
「なんだろう、僕、君のことが分からなくなってきた」
どういうノリなんだろうか。
いや、別に構わないんだけど。
扉を開くと、綺麗に掃除された部屋がある。
メルクさんの掃除が行き届いているのか、ベッドもしっかりと整えられている。
肩にかけていた荷物をベッドに置いた彼女が部屋のカーテンを広げると、オレンジ色の夕焼けの光が室内に差し込んでくる。
「いいところだね」
「フィルゲン王国とはまた違った雰囲気でしょ?」
「うん」
窓の外の景色を見たチサトが微笑みながら頷く。
そのまま十数秒ほど彼女が外の景色を眺めていると、不意に声を発する。
「セントレアルでの勇者招集、どう思う?」
「どう思うって、まあ、僕はあくまで従者だから二人を助けたいって感じかな」
正直な話、僕のするべきことはあまり分からない。
各勇者の従者とかで自慢したりとかするのかな、くらいは考えている。
「正直な話、私とリーファ以外の勇者の姿を想像できない」
「それはなんとなく分かる」
「というより、ファンタジーとかって勇者とか原則一人なのにどうして複数人いるの? おかしくない? あと勇者って何かしらの偉業をした人がそう呼ばれるのであって、最初から勇者って呼ばれるのもおかしいと思う」
「ストップ。それ以上考えると、ドツボに嵌る」
チサトの言っていることも尤もだろう。
今ならいざ知らず、最初に勇者として召喚された時点で、チサトもリーファも何も成してはいないのだ。
ただ並々ならぬ才覚があったというだけだ。
もしかしたら、勇者召喚とは名ばかりでただ才能のある人物を召喚するだけのものなのかもしれない。
———それでは、どうしてメリアはまるで僕のような存在が来るのが分かっていたような口ぶりだったのだろうか?
不意にそんな思考がよぎる。
メリアはあの場に僕が来るのを予期していた。
それは、どういうことなのだろうか?
「カイト君?」
「え、ああ、なに?」
「……? 集まる勇者達についてなんだけどさ」
彼女の声に我に返る。
そんな僕に首を傾げていたチサトだが、すぐに続きの言葉を口にする。
「もしかしたら、色々とやっかみを受けるかもしれない」
「……どういうこと?」
「不本意だけど、私って有名になってるから」
「あー……」
歴代でも類を見ない才覚を持つ勇者。
チサトはそう呼ばれ、話題になっている。
今は幾分かなりを潜めたけれど、広まった噂はそう簡単に消えることはない。
彼女の活躍を、その才覚をよく思わない人が出てもおかしくはない。
「セントレアルでは、極力勇者同士の争いは禁止されているらしいから、その時は代役として従者での決闘をするらしい」
「従者は使い魔みたいなものか」
「言うなれば、従者バトルだね」
そういうことがあって欲しくないけど、色々と面倒そうだな。
でも、従者としての僕が負けるとなれば、二人の面目を潰してしまうわけだから、やるとなれば勝たなくちゃな。
「なにが起こるか分からないけど、まずは行ってみないと分からないな」
「改めてよろしくね。私の従者君」
そう言葉を交わし、笑い合う。
出発は明後日、目的地は勇者召喚術式を各王国に配布した謎多き場所、中央都市セントレアル。
チサトとリーファ、二人の勇者にとっての大きな任だが、それと同時に従者である僕にとっても大変な行事であることは分かり切っていた。
イリスさんの現在までの境遇を箇条書きして並べてみたら、ものすっごい感情移入してしまった。
なんでこの人こんな不幸なの…?(邪悪)




