雨の舞踏会3
騒ぎを聞いてサファイアとセージ王子が駆けつけてくれた。それでも目の前のエリス様・・・様はいらないな。エリスの勢いは止まらない。
「後で仕舞おうと思ってたのに盗ったんでしょう!さっき備品を置きに行った時に鞄にでもしまったんだわ!王家の方や公爵家の方を巻き込んで!最低!」
どっちがだこのクソアマ。ああ、口が悪くなってしまった。そもそもこんな公衆の面前で侯爵家の人間が公爵家の人間をひっぱたいてタダで済むと思ってるんだろうか。
かかる火の粉は全力で消さないといけない。そのためにガーネットに目配せすると心得たとばかりにそっと部屋を出て行った。長年側にいるせいかアイコンタクトだけで伝わるのはありがたい。
さて、そのやり取りにも気づかずエリスはさらに続ける。
「あなたのバッグの中に入ってたらあなたが盗ったってことよ!」
「はあ、素晴らしい理論ですね。破綻しすぎていて驚きます。エリス様がブライト王子からマーガレットを貰ったという証拠がありますか?」
「しょ、証拠なんてないわ!でも頂いたの!いいから見に行きましょうよ!そうやって冷静ぶるのも怪しいわ!」
行き当たりばったりもいいところだ。たぶん私を少し困らせてやろうとかそれくらいのつもりだったんだろう。エリスは人の手をぐいぐいと引いて生徒会役員の荷物が置いてある部屋にやって来ると私のバッグを指差す。
周りには騒ぎを聞いて生徒会役員じゃない子も集まっている。騒ぎに便乗して入ってきたんだろう。
「開けてちょうだい!」
「・・・すごく上から目線ですね?」
「うるさいわね!早くしなさい!」
まあ、入っているだろうけど私がブライト王子からもらったものだ。しかし、バッグを開けるとマーガレットの花は入っていなかった。
「・・・え?」
「・・・何を驚いているんですか?それは私のセリフなんですよ」
「そうだね」
突然現れたブライト王子に回りはざわめいている。ガーネットに目配せしたのはブライト王子を呼んできてもらうためだ。急いで来てくれたのか息が上がっている。
「はあ、何事かと思えば・・・。大事にしたくなかったから、こっそりスカーレットに渡したんだ。皆、僕とスカーレットのことは知ってるだろうからね。そんなことより、スカーレットはマーガレットをバッグにしまってくれたってことでいいんだよね?」
「はい。セージ王子にジェイムズ様、サファイア様に王家、レジリエンス家、サーヴ家の騎士が証明してくれると思います」
サーヴ家とは会長の家のことだ。当の会長は生徒がこれ以上生徒会館に入ってきて混乱が大きくならないよう止めているのか下から珍しく少し怒ったような声音が聞こえてくる。
「そっか。じゃあ、それが無くなってるってことはスカーレットが盗られた被害者で誰かが加害者ってことだね」
ブライト王子の登場は予想外だったのかエリスは口をパクパクとしている。そんな彼女をよそにブライト王子が私の顔を見て顔を歪めた。ひっぱたかれたところがかなり痛いからひどく腫れているんだろう。
「スカーレット顔が・・・」
「ええ、まあ少々ありまして・・・。ブライト王子はお気になさらず」
「そういう訳にはいかないでしょ。誰か冷やすものを」
ブライト王子付きの騎士の1人が出て行ったときに道を譲ろうと身体をずらした生徒が「あれ?」と声を上げた。
「エリス様のバッグの隙間から白い花びらみたいなものが・・・」
「え?」
これを聞いて弾かれたように顔をあげるエリスにつられてエリスのバッグを見る。誰がどのバッグで来ているのかくらい生徒会の人間は分かっているので視線はそこに注がれた。
「ホントだ・・・。白い花びらって、あれ、もしかして・・・マーガレット・・・?」
「そ、そんなはずないわ!だって!だって!この子のバッグに入ってるのを確認してから・・・っ!」
「なるほど。私のバッグにマーガレットが入ってるのを知っていらっしゃったんですね?・・・よろしかったらバッグを開けて中を見せてくださいますか?」
「いやよ!」
「・・・断れるとお思いなんですか?」
侯爵家令嬢が公爵家令嬢に手を上げた上に泥棒呼ばわりしてさらにバッグを開けるように命令までしたのを大勢に見られている。さらに、今、王家から公爵家への贈り物を盗んだかもしれないと言われているのに断るという選択肢は彼女にはないのだ。
「開けなさいと、言ったつもりだったのですが分かりませんでしたか?」
「っ!」
「開けてください」
さすがの彼女も分が悪いと思ったのか震える手でバッグを開けるとマーガレットがポトリと落ちてきた。ブライト王子からもらったときと同じように青いリボンが巻かれているそれを拾って目を細めるとエリスは取り乱したのかバッグを床に落としてしまったがそれにも気づかないほど狼狽えている。
「私じゃない!私は入れてないわ!」
「それを証明できる人は?」
「こ、ここに来たときに今いる伯爵家と男爵家の騎士が居たわ!」
目線で促すと伯爵家の騎士が手を胸に当てて頭を少し下げた。騎士の誓いのポーズで虚偽は言わないという意思表示だ。
「確かにエリス様はこちらの部屋に騎士の方を2人連れて来られました。その際、部屋の外で大きな音がして、こちらは見ておくから外の確認に行った方がいいとおっしゃられたのでお任せして確認に行ったんです。侯爵家の騎士が2人居れば大丈夫だろうと思ったのですが・・・」
「では、ここに 侯爵家の人間しかいない時間があったと?」
「そうなりますね・・・」
疑惑の視線は完全にエリスに向いた。そもそもエリスの言う『スカーレットがマーガレットを盗った』ということを信じている人間はほとんどいないだろう。
「わざと物音を立てさせて騎士の注意を引き付けて盗ったということですか?」
「違う、違うわ・・・!そうだ、隣の部屋で物音がしてそれを私たち確認しに行ったの・・・!その時にあなたが私を陥れるために従者に私のバッグに入れさせたんでしょう!」
「どうして私があなたを陥れる必要があるんですか?いい加減にしてください。これまでの行為はフェイバー公爵家への侮辱としてモーティリティ家に抗議させていただきます。・・・残念です侯爵家の令嬢が泥棒だなんて」
「ちが、やめて!違うわ!それに、そこまでのつもりじゃ・・・!」
「エリス!!」
「・・・ケイシー・・・?」
エリスが驚くのも無理はない。もう1人ガーネットに呼んできてもらった彼はエリスの婚約者であるケイシー様だ。私と同じ1年生で次期侯爵として真面目に勉学に勤しんでいる。聡明な彼は状況を見て全てを察したらしく手で顔を覆って俯いた。
「・・・そんなに、僕が嫌だった?ブライト王子と噂になりたいくらい。それとも、フェイバー家を敵に回して僕を困らせたかったの??」
「待って、違うの!これは、少しこの生意気な子が困ればいいと思って・・・!」
年は確かに彼女の方が上かもしれないけど私の方が爵位が高いので生意気も何もないだろう。私は年功序列に馴染み深い人間だけどこの世界はそうじゃない。ケイシー様が首を振る仕草からもそれは見てとれる。
「君は何年貴族社会で生きてるの?彼女は公爵家だ。それに、生意気と言うほど不遜な態度をされてるわけでもないでしょう。フェイバー家は寛容な家だけどさすがに今回は許されるわけ・・・ああ、もしかして、寛容なフェイバー家の人間が相手なら問題にならないと思ったの?」
「ケイシー・・・話を聞いて・・・!」
「・・・残念だけど、僕は家を守らないといけない。先の読めない嫁も犯罪者の嫁も困るんだ・・・」
「なに、を?」
「・・・婚約解消を申し入れる。オネスト家からモーティリティ家へ公的な文書として」
それを聞いて『嫌だ嫌だ!』と叫ぶエリスに背を向けるとケイシー様は私に向き直って頭を下げた。
「・・・ご迷惑おかけしました」
「ケイシー様は悪くありません」
確かに彼は婚約者だけど、まだ婚約者なのだ。そこまで気に病む必要はない。彼女を追い詰めるためにわざわざ呼び出して利用してしまったこちらこそ謝罪するべきだろう。
「いやよ、いや・・・。あなたが、あなたが生意気だから・・・」
ケイシー様が謝罪しているのを虚ろな目で見ていたエリスは何か呟いたかと思うとケイシー様を突飛ばし、私に体当たりして押し倒して馬乗りになるとグッと首を絞めてきた。この細腕のどこからそんな力が出るのか聞きたいくらいの力で引き剥がせない。
「あなたばっかり気に入られてズルい!ズルいズルいズルいズルい!どうしてあなたみたいになれっていうのよ!いなくなれいなくなれいなくなれ!!」
まだ10代の子どもにこの状況はショッキング過ぎて誰も動けないでいる。さすがに息が苦しくなってきた。
もがいて手を外そうとしていると急に腕が離れて空気が入ってきた。
「ごほっごほっ!」
「スカーレット!大丈夫!?」
「おに、さまっ」
目の前には帰宅したはずのケビンが膝まずいて背中をさすってくれていた。私も驚いてるけどブライト王子や他の生徒も驚いた様子で目を丸くしている。
「ケビン様、帰宅したはずじゃ・・・!?」
「実は何かあったとき対処出来るように爵位が高い僕は残されてたんです。職員棟で先生方と待機していたらスカーレットがたいへんな目に合ってるとガーネットから聞いて慌てて・・・遅くなってごめんねスカーレット」
「ごほっごほっ・・・いえ、ありがとう、ございます。ケイシー様は・・・」
ケイシー様は突き飛ばされたときに倒れたようだけど他の生徒に助け起こされていた。 エリスはブライアンに地面に転がされ押さえつけていたけれど侯爵家の騎士もエリスを助けることが出来ないよう王家の騎士に取り押さえられていた。
「ブライアン、彼女は教師棟の指導室に連れて行ってくれるかな。あそこなら鍵がかかる」
「かしこまりました。さあ、立ってください」
「痛い・・・!」
「見張りは王家の騎士が担当します。侯爵家ですから王家の者が適任でしょう」
「お願いします」
ケビンとブライト王子の指示でエリスと侯爵家の騎士は連れていかれた。
息を整えているとサファイアが近づいて来た。ケビンが私の後ろに回って場所を作るとそこにサファイアは座って泣いている。
「うっうう・・・」
「・・・サファイア、泣かないで、大丈夫ですよ」
「何が大丈夫よ!」
「スティナー・・・」
慌てた様子で駆け寄ってきたスティナーは部屋着だ。終わったら部屋でこっそりパジャマパーティーで打ち上げをする約束になっていたから準備をしてくれていたんだろう。それにしても普段の完璧な彼女からは予想できない出で立ちである。
「スティナー、部屋着じゃないですか・・・」
「そんなのはどっちでもよろしくてよ!ああ、もう、早めに帰るんじゃなかったわ・・・!」
私的には大好きな二人が泣くのは我慢ならないのだけど心配してくれたということだろう。そう思っているとケビンがポンポンっと2人の頭を撫でた。
「ふたりとも、スカーレットを心配してくれてありがとう。スカーレットを部屋に連れていきたいから手伝ってもらえる?」
「は、はい!」
「お任せくださいケビン様っ!」
私の荷物を半泣きのふたりに持ってもらい、立たない方がいいといってお姫様抱っこしてきたケビンに逆らう力はないので黙ってされるがままになっているとブライト王子が近づいてきた。
「医者はこちらで呼んだから後で部屋に行かせるよ」
「ありがとうございます。ごめんなさい、こんな騒ぎに巻き込んでしまい・・・」
「ううん。呼んでくれてむしろよかった。彼女の処遇は王家でも検討することになると思うからあまり心配しないでゆっくり休んで」
「はい・・・」
「それではケビン殿お願いします」
「・・・失礼します」
そのままケビンに部屋に運んでもらったけど咎める人はさすがにいない。夜にも関わらず来てくれたお医者様によればしばらく安静にしておけば大丈夫とのことだった。
「よかった・・・」
「ええ、本当に・・・」
「ふたりとも、ありがとうございます。もう、遅い時間になってきましたから部屋で休んでください・・・」
いつもならもう寝ている時間だろう。心配してくれるのは嬉しいけれどふたりが休めないのは申し訳ない。でも、と渋るふたりの前にケビンがひざまずいた。
「サファイア、スティナー、スカーレットを心配してくれてありがとう。そばにいてくれようとするのはスカーレットも僕も嬉しいけど、それでふたりが休めないのは心苦しいんだ。また明日、スカーレットのお見舞いに来てあげて?」
「・・・そうですね」
「スカーレットも私たちが居たら休めないでしょうし・・・」
「ああ、そんなことは絶対に無いから大丈夫。純粋にふたりには無理をして欲しくないだけだよ」
ケビンの言葉に私が同意するとふたりは名残惜しそうに私にハグをした。
「何かあったらすぐに呼んでね・・・!」
「そうよ!叩き起こしなさい」
「僕も流石に長居できないから退室するよ。学園内の男子寮に泊めてもらうことになったから何かあればすぐに駆けつけるからね」
「はい」
3人が出て行ったのを見届けると枕に頭を深く埋める。さすがに首を絞められるのは堪えた。
「お嬢様・・・」
「ハーブティーを一杯いただいてもいいですか・・・?」
「もちろんです!」
ナターシャに用意してもらったハーブティーを飲んだらすぐに休もう。明日から考えなくちゃいけないことがたくさんあるのだから。




