雨の舞踏会2
「・・・だめ、かな?」
今は人目は無いから断っても恐らく構わない。ただ、少し確かめたいこともあるしダンス中に確認してみるのも手かもしれない。ここ最近、ブライト王子の様子がおかしい。いや、彼の場合は前の方をおかしいと言った方がいいのかもしれないけど。
「・・・私でよろしければ」
「よかった。誰もいないから断られるかと思った」
ブライト王子にホールドされると丁度ラストソングが始まった。毎度毎度タイミングがいい。
「・・・テストびっくりした?」
「失礼ながら、はい。大変驚きました」
「スカーレットにできないって思われたくなくてがんばったんだよ」
今までブライト王子から聞いたこともないような優しい声で囁かれて俯く。ブライト王子の胸ポケットに入れられたマーガレットを見て少し気分が落ち着いた。お花は偉大です。
「メイ・ホリデーの後にはダンスの練習もした。・・・俺は苦手なものが多いからね」
「存じております」
「・・・人との距離の取り方も苦手なんだよ。だから、失敗する」
「・・・ブライト王子のおっしゃりたいことは分かりますが、私は正直に申し上げて、よかったと思っています」
「エレーナ様のことだよね。もちろん、俺だって兄上のことは祝福してる。ただ・・・俺だけ好きな人と結ばれないのはとても心が痛い」
そう言うとブライト王子はステップを踏むのをやめてしまう。
「・・・諦めきれない恋を引きずる俺は、きっとスカーレットの憧れるフェイバー公爵とは程遠いけど、それでも好きなんだ」
「ブライト王子・・・」
ほんのり赤く染まった頬で寂しそうに笑うブライト王子は私の知っている姿と違いすぎて私も身動きが取れなくなる。不意にブライト王子が私の頭を自分の胸に押し当てた。
「・・・情けない顔してるからあんまり見ないで」
あまりにも早い心臓の音になんて言えばいいか分からない。
「・・・ギリギリまで好きでいさせて。そのかわり、スカーレットは守るものが多そうだからスカーレットのことは僕が守るよ。・・・守らせて。君が誰のものでも無い内は」
「・・・そんな風に言っていただけるほどのことを私はブライト王子にしていません」
「してくれたよ。スカーレットが簡単に婚約者になってくれてたら、きっと僕はロクデナシのままだったから」
しばらくそのままでいたブライト王子はゆっくり身体を離すと胸ポケットに挿していたマーガレットを私の髪に挿してその上をそっと撫でた。
「・・・僕の気持ち。すぐに枯れる花だからお返しはいらないよ」
それだけ言い残してラストソングが終わった会場に戻って行くブライト王子を見送って放心する。『ざまぁ返ししてやる!』なんて思ってたのに『ざまぁ』するどころか完璧な王子様過ぎて動揺が隠せない。
全く動けないでいると2人分の足音が近づいてきてハッとする。このマーガレットを見られるのはまずい!
白のマーガレットの花言葉は『秘めた愛』。そんな花言葉の花を私がブライト王子からもらったなんて色んな邪推をされるに決まってる。
会場から「ブライト王子、マーガレットはどなたに渡したんですの?」なんて声が聞こえてくるのでもう無くなってることはバレているみたいで余計に焦る。
どうしようと慌てても隠すところなんてない。絶望的な気持ちで近づいてくる足音に身を固くしていると見知った白の髪と黒の髪が現れた。
「スカーレット!ブライトき、てるよね!分かってた!」
「ふ、ふたりでよかったです・・・!」
現れたサファイアとセージ王子に胸を撫で下ろすとセージ王子に「バカ」とシンプルに怒られた。
「何にも良くないよ!隠すとこもないし捨てるわけにもいかないでしょそれ」
「ば、バレるのも時間の問題だって慌ててセージ王子と駆けつけたの・・・!」
「3人とも何してんのこんなと、こ、で・・・あー・・・」
片付けに中々現れない私たちを探しに来たジェイムズ様にも見つかってしまった。彼は私の髪からひょいっとマーガレットを抜くと近くにあった備品を入れる箱にポイっとそれを投げ入れ布を被せると1番身長の高いセージ王子に持たせた。
「集合に遅れた悪い1年生には重労働してもらおうね~。はい、スカーレットちゃんはコレもって~。サファイア嬢はこっちね」
片付ける予定の物を私たちそれぞれに持たせ自分も荷物を持つとジェイムズ様は近くに来た会長に声をかけた。
「1年生たちに荷物持っていってもらうから会長こっちよろしく」
「はいはい。おしおきは大切だからね。今の時間なら王家と君とウチのところの騎士が担当だから見張りとしてはぴったりだ。3人はよく反省して急いで行っておいで」
恐らく会長も何があったか分かった上でこう言っているんだろう。パチンっとウインクまで寄越して颯爽と皆に指示を出しに戻っていった。
「アイツがここを何とかしてくれるから急いで行こう」
4人でサッと生徒会室に移動して荷物を置くと役員の荷物が置かれている部屋に行ってマーガレットを私のバッグにしまって一息つく。荷物が置いてある部屋の護衛はシフト制らしく今の時間は王家の騎士と会長の家の騎士と 家の騎士だった。マーガレットを見ただけで納得したのか王家の騎士はアチャーという顔をして他の2つの家の騎士はニヤニヤしていた。従者は気さくな人が多い家なので気にしない。気にしないけどニヤニヤしないで欲しい!
「花1つに右往左往・・・」
「それにしても青いリボンまで結んでロマンチックなんだねブライト王子って」
「じ、自分の、め、目の色ってことかな・・・?」
「だろうね。自分から贈ったものっていうアピールの意味もあるのかも」
「はあ?騒ぎになるのは分かってるのに?」
「ブライトがアピールしたかったのは1人だけだと思うよ」
「誰?」
「僕の考えでしかないことを言うのはちょっと・・・それにスカーレットがポンコツになってるから戻ろう?あんまり遅いと皆が不審がる」
セージ王子の言うとおり私は今ちょっと使い物にならない。ブライト王子の動きがこれで全然分からなくなってしまった。それに、ちょっとかっこよかったりして・・・。
「いやいやいやいや!ない!ないです!」
「はいはい面食い落ち着いて」
「・・・相手はブライト王子です。落ち着きなさいスカーレット」
「うわ、面白い歩きながら目回してる」
「スカーレット・・・落ち着いて・・・っ」
「ギャップにトキメクってよく聞くよね」
会場が近づいてきたので皆話題を変える。中に入ると会長がニコニコ笑って私たちに中の片付けを命じてきた。花も回収しなくちゃいけないのでレティも来てくれていたのでそれに取りかかる。欲しい人は持っていっていいと言ってあったので少し減っていたけどまだまだたくさんあった。
「お嬢様、こちらお部屋に飾る分残して行きますか?」
「うーん・・・いいえ。青いものだけ名残惜しい気もしますが今回は持って帰ってしまってください」
「かしこまりました。ああ、お好きそうな花を用意しておきましたので部屋で確認してください」
「ありがとうございます。ちょうど何本か花が欲しかったんです」
「ふふ、お嬢様は人気があるから必要になるかと思って用意したんですよ。役に立ちそうでよかったです」
紛らわせるのに必要だというのを予期していたということだろう。私の行動は把握済みらしい。
「・・・今回は否定しにくいですね」
「ふふ。それでは失礼します」
そうレティがお辞儀をして出て行った後、入れ違いで入ってきた侯爵令嬢、エリス様が目の前に立ったかと思うといきなりビンタを食らわせてきた。
「この泥棒!私がブライト様から頂いたマーガレット盗ったでしょう!」
「・・・はあ?」
本編始まる前にこういうゴタゴタは遠慮したいので帰ってもらうことはできないだろうか。




