雨の舞踏会1
雨の舞踏会当日。役員とはいえ仮面とドレスの着用はしないといけないので昨日の内にナターシャに来てもらってある。ガーネットはさすがにドレスを着せて髪を整えることはできないからだ。
「さあ、お嬢様!着付けしますよ!ふふふ、着飾ったお嬢様きっと可愛らしいですよ~!あ、そういえばケビン様の様子も見に行った方がよろしいでしょうか?」
「お兄様は今回、参加されないそうですよ」
「ええ?手紙でお話を聞いたときからケビン様は誘われたものと思っていましたのに」
「それはもちろん。ただ、生徒交流を目的にしてるのに僕が目立ってはいけないって遠慮したらしいです」
「ひゃー、顔がよろしいと大変ですね」
生徒間の交流を深めるのが目的と知ったケビンは私と踊れないなら出ないと言ってさっさと辞退を申し入れたらしい。もちろんそれらしい理由はつけて。生徒からの人気も高いケビンには、出て欲しいと直接お願いした生徒も多かったけど笑顔でかわしていたらしい。
「でもお嬢様も心配ですね」
「何がですか?」
「大好きなお兄様がモテて気が気じゃないでしょう?」
「うーん・・・」
「あら、前はそんなことありませんって言ってましたのに悩まれるなんて珍しい」
「色々あって自分の気持ちを見つめ直してるところといいますか・・・」
「まあまあ!美しい兄妹愛は好物なのでどんどんやってくださいませお嬢様!じゅるり」
「じゅるりは隠してください」
なんだか私が大きくなってから私付きの従者は様子がおかしくなっている。その『萌え』は隠しておいて欲しい。せめて本人には黙っておくとかないんだろうか。
「隠さなきゃいけないときは気配でもなんでも消せますよ!」
「はいはい頼りにしてます」
「はい!影ながらお嬢様をお守りしますよ!舞踏会は危険が付き物です!相場が決まってます」
「そのために私がいるんです」
「ほら、ガーネットさんは、こう、力!って感じじゃないですか」
「なんですって?」
「そうやってすぐ暴力に訴えるところとか!」
聞き捨てならないとばかりに声を上げたガーネットに噛みつくナターシャはいつものことだ。お屋敷じゃないことも相まって猫を被ることをやめたらしい。
「ふたりとも、怒りますよ」
「ごめんなさいお嬢様」
「あ!ガーネットさん、お嬢様にベタベタ触らないでくださいドレスが乱れます!」
またあーでもない、こーでもないと
騒ぐ2人の手を取って握手させる。
「いい加減にしてくださいって言ったつもりでしたよ」
「ご、ごめんなさい」
「お、お嬢様、お顔が怖いことになってます・・・!」
「誰と誰のせいですか。サファイアと一緒に行く約束になってるんですから喧嘩はやめてください」
もうそろそろ約束した時間になる。ガーネットは白のサーコートを整えると咳払いした。
「そ、そろそろ参りましょうか」
「はい。それじゃあナターシャお願いしますね」
「はい!お任せください」
部屋を出るとサファイアも丁度出てきたところのようで私を見るとパアッと顔を輝かせた。
「スカーレット、綺麗!」
「サファイアの方が綺麗ですよ」
瞳に合わせた紫のドレスが良く似合っている。普段はおろしたままの髪もアップスタイルにされていて可愛いというより綺麗な感じだ。
「ま、またスカーレットはそんなこと言って・・・!」
「本当なのに」
「う、うう~。ほ、ほら!早く行かないと!スカーレットは私たちよりも少し早く行かないといけないんだよね?」
「そうですね。付き合わせてごめんなさい」
「ううん!スカーレットと一緒に行きたいもん」
本当はスティナーの綺麗な姿も見たかったけれど役員じゃないスティナーはまだ仕度中だろう。役員は他の生徒より早く集合していないといけないので忙しい。
サファイアと会場のダンスホールに移動するとサファイアが声を上げた。
「紫陽花?すごいこんなにたくさん・・・!」
「サファイア嬢の反応を見る限りサプライズは成功しそうですね」
「会長?サプライズって?」
「折角新しいことをしたんです。もう一捻りサプライズしたいと思ってスカーレット嬢に花をお願いしたんです。この国は花が好きな人が多いですから」
「季節に合った珍しい花だなんて言われて驚きました」
2週間ほど前、梅雨時期に映えるような花でこの国では珍しいものと会長にお願いされて紫陽花を用意した。
この世界では東の方の国にしかないものだけどなんとか用立ててもらったのだ。
さすがに見慣れない花のはずだけどちゃんと色鮮やかにセッティングされていて一安心する。レティは本当に植物に関しては何をやらせても右に出るものはいない。
「でも、紫陽花をこんなに用意するのは大変だったでしょう」
「そんなことは気にしないでください。皆さんよろこんでくださるといいのですけど」
「喜びますよ。紫陽花なんて滅多に見られる花じゃありませんから」
そう言った会長の言葉通り、紫陽花は好評だったらしい。特に同じ生徒会で2年生のモーティリティ侯爵令嬢・・・エリス様は大層喜んでいたらしい。
「スカーレットが用意したって言わなくていいの?」
「いいんですよ。誰が用意したか分かったら楽しめない人もいるかもしれないでしょう?」
パーティーが始まって紫陽花の周りには代わる代わる人が集まっている。用意したのが公爵家だと知れば褒めなきゃなんて考えて楽しめなくなってしまうかもしれないなら一々言う必要はないだろう。
「スカーレット、サファイア」
「スティナー・・・お互いに仮面の意味は無かったですね」
「本当にね。青いドレスが良く似合う公爵家の天使だってバレバレよ」
「それを言ったら赤いドレスが良く似合う公爵家のアテナだってバレバレですよ」
どうしたって青い瞳でバレてしまう。生徒交流が目的なのに案の定誰も話しかけてくれないのだ。私とサファイアは生徒会役員だからそれでも仕事があるので暇ではないけれどスティナーは非常に暇だろう。
「そういえば今からダンスの時間だけど二人は参加できるの?」
「どうでしょう?終わり辺りで自由時間にするつもりだなんて会長はおっしゃってましたけど・・・」
「スカーレットのダンス見たかったなあ・・・」
「もう!あなたは自分が踊ることを考えなさい」
いつものようにサファイアへの注意が始まったので逃げるように歩き出したサファイアに引きずられてその場を離れる。腕を組んで「もうっ」と言いたげな顔のスティナーは可愛い。私たちが離れたからかスティナーは早速ダンスに誘われていた。見る目のある人だと思ったら例のひょうきんなクラスメイトでがっくりくる。まあ、悪い子では無いしいいか。
「ふう。でも、もうダンスが始まったらすることもあんまりないね」
「後片付けして運べるようにしておきましょうか」
「うん」
備品の整理をして箱に詰める。そんなに数はないけれど入っていた箱に戻して蓋をしようとしたところに会長がやってきた。
「お~。感心感心。セージ王子もだけどふたりも結構裏方の作業好きだね」
「使ったものくらいは片さないと気持ち悪いんです」
「えらいね~。さっさと従者にやらせて躍りに行ってる子の方が多いのに」
「舞踏会はあんまり好きじゃないんです。相手も見つかりにくいですし」
「わ、私も目立つのは苦手で・・・」
「公爵家の薔薇姫たちは奥ゆかしいんだね。スティナー嬢も1人と踊ったら後は壁の花を決め込んでるよ」
サファイアとスティナーは奥ゆかしいかもしれないけど私は舞踏会に付随するゴタゴタが面倒なだけだ。
「さて、踊らないなら何か食べたらどう?もうすぐ終わりだし少し休憩しておいで」
会長によしよしと頭を撫でられた私とサファイアはお言葉に甘えて少し休憩させてもらうことにする。裏のテーブルに食べ物を持ってきて少しつまむサファイアの表情は少し寂しそうだ。
「・・・セージ王子と踊りたかったですか?」
「ふえ!?」
「いえ、なんだかそんな気がしただけです。違ったならごめんなさい」
「・・・皆、仮面のおかげかいつもより積極的だったでしょ?」
「はい」
「普段は、その遠慮がちな子とかがセージ王子に話しかけてるの見ちゃって、その子とセージ王子が踊ったりしたら、ちょっと嫌だなって思ったの・・・」
「・・・ですってよセージ王子」
後ろで聞いてるのがバレバレだったセージ王子に声をかけると気まずそうな顔でゆっくりと目の前にやってきた。気がついていなかったサファイアは目を丸くしている。
「えっ!?」
「なんでバラすかな・・・」
「乙女の会話を盗み聞きするなんて最低ですよ」
「ぐうの音も出ない」
「え、え?」
「その、誘うタイミングを逃してたというか・・・あー・・・」
いい雰囲気を察してそっとその場を離れようとした私のドレスを何故かふたりに掴まれた。私がいないとまともに話ができないのそろそろ止めてくれないだろうか。
「その、えっと・・・」
「は、はい・・・」
ラスト2曲目が始まってもふたりはモジモジしたまま話が進まない。私が促すのは簡単だけどどっちかが誘ってこそ進展すると思うからこのまま成り行きを見守る。
「~っ!」
助けてと言いたげなセージ王子にそんな困った顔をされても促しませんという意味を込めて顔を横に振る。曲が終わる少し前にようやくセージ王子がサファイアの手をとった。
「僕と、踊ってください」
「はっはい・・・!」
『これ私がいる必要はあっただろうか?』と思うけどまあ、ふたりが幸せそうだからいいか。2曲目が終わる直前にセージ王子とサファイアが出てきたからか会場がざわざわしている。全くあのままくっついてしまえばいいのに。
さて、1人になってしまったし裏にいる他の生徒と合流しよう。
「スカーレット」
「っ!え、あ、ブライト王子・・・?」
いきなりブライト王子が現れて驚いているとブライト王子が苦笑した。
「俺が居たら2人の邪魔になりそうだから生徒会長にここに隠れさせてもらうことにしたんだ。スカーレットは躍りに行かないの?」
「相手もいませんし、出ていって目立つのは私も本意じゃないといいますか・・・」
「そっか。お互い目立つと大変だね」
そういうブライト王子に苦笑しつつ同意する。目立つのは目立つので気を使うものだ。
ブライト王子も実は目立つのは嫌いだというのはさすがに交流が無いわけではないから知っている。目立ちたがり屋でも無くなってるなんて大分性格が変わっているんだろうかと思っているとブライト王子がおもむろに手を差し出してきた。
「・・・よかったら、ここで僕と踊ってくれませんか?」
既視感のある景色にクラクラする。どうあっても舞踏会はブライト王子と踊るしかないのだろうか。




