無自覚?
入学と就職の挨拶をしに王城に来て無事に挨拶も済みました。もう勝手知ったる感じなので緊張することもない。あとは生まれたという甥っ子の顔を見てすぐに帰ろう。ブライト王子になんて会ったらたまったものじゃない。
「それでは失礼いたします」
「え?」
「えっ?」
エミリア様の言葉に首を傾げると陛下が苦笑した。
「お茶でもどうだ?まあ、スカーレットとケビンが早く帰りたい理由も分かるがな。家の息子が物分かりが悪くてすまない・・・ブライトには来ることは伝えていないしセージが引き付けてくれているから少しくらいいいだろう?」
私だってエミリア様や陛下とお茶をするのは嬉しいけれども果たしてあの元突撃マンがセージ王子で止められるものだろうか。彼はトリッキーなので頭脳派のセージ王子には思いつかないような行動をするし・・・。
「・・・折角だからご一緒させていただこうかスカーレット」
「・・・はい」
「大丈夫だよ。僕もいるし」
「・・・そうですね。お兄様もいますしね」
それはそれで私にとってみれば胃痛を引き起こしますが。ヤンデレシスコンのケビンと俺様王子のブライトは原作でも仲が悪かった。原作ではケビンが『ブライト王子がスカーレットをたぶらかして僕を見てくれないようにしたから僕が不幸になったんだ』と一方的に嫌っていただけだ。
しかし今はブライト王子もケビンのことを『邪魔をしてくるシスコン野郎』と思っているとセージに話しているらしい。間違いではないかもしれないけど私としてはぜひとも邪魔して欲しいものだ。
「もう仕度は出来てるの!こっちよ!」
エミリア様が立ち上がって案内してくれようとしたところで扉が開いたかと思うとブライト王子とセージ王子が立っていた。
思わず陛下とセージ王子を交互に睨むと両手を上げられた。手をあげれば許されると思うなよ。
「陛下、お父様には陛下に大変なお心遣いをいただいたとお話しさせていただきます」
「いや、あの、そのだな」
「オロオロなさらないでください」
だんだんサナトに似てきたと呟く陛下を無視してお兄様と王子たちの前に立って礼をする。
「ごきげんようブライト王子、セージ王子。お急ぎのようですか何かございましたか?」
「そうでなければさすがに王子がこのようなことなさるはずありませんからね。お邪魔になってはいけませんから私たちはお暇した方がよさそうですね」
遠回しにふたりで『相変わらずノックもできんのか貴様は』と言っている。その間ずーっとどういうことだとセージ王子を睨み付けるが彼は『ごめん!ごめん!』と口パクで訴えるだけだった。
「スカーレットが来てるなんて俺にとっては一大事だからね!だからケビンは帰っていいよ」
「おいケビン様に向かって呼び捨てとは何様だお前謝れ」
「セージの怒るポイント昔から謎なんだけど?セージだってスカーレットのこと好きじゃないか」
「僕は綺麗なものが好きなんだよ。ケビン様とか最高に綺麗だろ!」
分かる。ケビン沼にハマりきってた私には分かるよ。綺麗なのは。
「・・・あのさ、スカーレット」
「なんですかお兄様」
「・・・その、恥ずかしいからあんまり頷かないで・・・」
「え!?」
無意識に頷いてしまったらしい。しまった。
「ごめんなさい・・・。でもお兄様がお綺麗なのは事実ですし・・・」
「僕は綺麗よりカッコいい方が嬉しいよ」
「カッコいいのは言うまでもないじゃありませんか」
ケビンがさらに照れてしまった。これは可愛いまで付け足すべきでは?そう思っているとブライト王子が咳払いしてアピールしてくるけど答えてやる義理はない。
性悪な考えかもしれないけれどフェイバー家は現皇太子妃を嫁がせた王家に影響が強すぎる家だ。その上、私とケビンは陛下やエミリア様からもありがたいことに可愛がっていただいている。オフィシャルな場ならともかく私的な場で少しくらい第二王子様を蔑ろにしても誰も咎められないのだ。悪役令嬢じみた考え・・・いえ、元々は悪役令嬢だもの少しくらいの傲慢さも精神衛生のために必要よスカーレット。
「お兄様は褒められるのに慣れるべきですわ。どうしてご自分で言うときは自信満々なのに私が褒めると照れてしまわれるんですか?」
「そんなの・・・今更言わなくても分かってるでしょう。あんまり意地悪なこと言わないで」
「セージ王子!セージ王子!私の!私のお兄様可愛らしいでしょう!?」
「そういうところフェイバー公爵にそっくりだねスカーレット」
「お父様に?それは嬉しいですね」
お父様は私の目標なのでどんなことでも似ていると言われれば嬉しい。あ、でもお父様に似てるって私の見た目を上げてお母様を下げる奴は潰しますが。黒髪赤目のお母様、涼やかで美人でキリッとしてるのに相変わらず私たちにはデレッデレになってお顔が可愛らしくなってしまうのとかギャップ萌えじゃないですか。
「こほんっ!」
「ブライト王子、風邪ならお部屋に戻られたらどうですか」
「これが風邪だと思うなら君こそ医者にかかるべきでは?主に頭の」
「ご自分の心配をなさってください」
ケビンとブライト王子は最近放っておくとすぐ喧嘩するんだよね。もうちゃんと止めるのも面倒だし・・・。そうだ
「お二人とも喧嘩するほど仲がよろしくなっていらしたなんて私知りませんでしたわ」
そう言うとふたりが固まって信じられないものを見る顔で私を見てきた。セージ王子だけは笑うのを堪えた顔をしている。何笑ってるんですか元々はちゃんと止めておくように言われてたのに出来なかったセージ王子にも責任があるんじゃないだろうか。
「改めてブライト王子、セージ王子、挨拶もせずに申し訳ありませんでした。それで、ブライト王子、私に何か重要なお話がおありでしたか?」
「えーっと・・・」
今になって扉をノック無しに開けたことに比例する用事を考えて来なかったことに気がついたのだろう。
「私を歓迎しようとしてくださったことはありがたいことですがもう15歳なのですからマナーには気をつけていただきませんと」
「・・・はい」
「見た目はよろしいのですから所作とお勉強の方をしっかりなさらないと。目立つ人は少しでも出来ないとがっかりされるものです。人望がなくなって損をするのはブライト王子なんですからね」
私のブライト王子に対するお説教は珍しいことではないので誰も驚かないしセージ王子に至っては後ろで『もっと言ってやって』と口パクしてくる。今度から口パク王子って呼びますよ。そんな剽軽なキャラクターでしたっけあなた。
「ブライトもスカーレットちゃんの前だと形無しかあ」
「パトリオット、エレーナのそばにいなくていいんですか?」
「ん?ああ、いいのいいの。いや、僕的にはぜんっぜん良くないけど乳母たちに少しはエレーナ様を休ませてあげろ!って追い出されちゃってね?スカーレットちゃん改めて入学おめでとう。ケビンも一緒で嬉しいね」
「ありがとうございます。そうですねお兄様が図書館にいらっしゃるのは嬉しいですよ」
そう答えるとケビンが私の頭をよしよしと撫でる。嬉しいときケビンはよくこうしてくるから もう慣れてしまった。
「今からお茶でしょう?父上、母上、僕もお邪魔してもいいでしょうか?のけ者にされてしまったもので」
「ああ、構わない」
「ありがとうございます。ブライトとセージはどうするの?」
「俺たちもぜひ一緒に。お邪魔でなければ」
「おねがいしまーす」
エミリア様はちょっと困ったようにしつつも嬉しそうだ。最近息子たちと過ごせなくなって寂しいという手紙が来ていたので無理もない。私とケビンはお互い顔を見合わせて苦笑する。エミリア様が嬉しそうだからこれ以上ブライト王子たちとの喧嘩はやめましょうということだ。それを見ていたパトリオット王子はねえねえとケビンの頬をつつく。
「ケビンとスカーレットちゃんはそんな目で会話ができるの?今完全に分かりあってたよね?」
「ええ。僕とスカーレットは運命共同体ですから」
怪獣と魔法使いのことを運命共同体と言いますか。確かにあの絵本、ふたりはずっと運命を共にしてましたけどね。
ただ、私が努力しても結果としてやっぱりヒロインに負けて不幸になったり死ぬことになったときケビンに着いてきて欲しいとは思わない。だからこれは釘をさしておこう。
「でも、私が不幸になるようなことがあればお兄様は逃げてくださいね」
「え、やだ」
「やだじゃないです。私はお兄様に幸せになって欲しいんですよ」
「どんなところだってどうなったってスカーレットが傍にいることが僕にとっての幸せだから。それにスカーレットを不幸にする悪いやつは僕がみんな退治するから心配しないで?」
もうダメだ。こうなったらやっぱりヒロインに負けるわけにはいかない。この人はたぶん私が死んだら後を追う。絶対にそんな気がする。いや、私が死ぬことはないと思うけどブライト王子と婚約者じゃない今、本筋が変わってるのでもう何があっても不思議じゃないのだ。
「はいはいラブラブで結構結構!ほら移動するって」
パトリオット王子の発言にブライト王子は狼狽えて「兄上は何か知っているんですか?」と歩いていくパトリオット王子に詰め寄っている。それを面白そうに眺めながらセージ王子も後に続いていった。最後尾を歩いているのをいいことにケビンは私の手を繋いできた。彼の手を握って少しだけ身体を寄せる。
「・・・後追いだけは嫌ですよ。しないでください」
「そう?ひとりで逝かせるよりずっといい。・・・ひとりになるより遥かにいい」
・・・この人は本当に私しか大切じゃないんだろうか。
「私は追いませんよ。大切なものがありすぎます」
「・・・遠回しに告白してくれたの?そんなことわざわざ言うなんて」
「・・・ちが・・・うはずです」
「あは、可愛い。僕はスカーレットのものだから、スカーレットが好きって言ってくれるまでいくらでも待つからね?・・・その間にスカーレットが男を作ったら、どうなっちゃうかは自分でも分からないけど」
流石にそんなこと言うとはあまり思っていなかったので驚いた。考えてはいるかもしれないくらいは思っていたけれど。もう私にはほんの少しも取り繕うことはやめるつもりなんだろうか。
心配しなくても小さいときからケビン以外には動揺しないし生前から男の人と積極的に関わりたいタイプでもない。
「心配しなくても男の人なんて作りませんよ」
「スカーレットモテるのに?」
「・・・そっくりそのままお返しします。お兄様もモテモテですから私よりいい子が見つかるかもしれないでしょう?」
なんだか、やっぱりそれはそれでモヤモヤするけれど。
「・・・まいったな」
「お兄様?」
「スカーレットは自覚がないの?」
「なんのですか?」
「それってもう、絶対嫉妬だよね?」
「・・・!!え、いや、そんなこ・・・!」
「・・・スカーレットも、僕のこと好きなんじゃないの?」
そう言ったときのケビンの顔はさっきまでの少し病んだような顔つきではなくて心の底から嬉しそうだった。




